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学院のウワサの不審者さん

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学院のウワサの不審者さん

リアクション

「あいつめ、最近夜な夜な部屋を抜け出すから何かと思ったら、『イコン・超能力実験棟』だぁ? こんな廃墟に何の用事があるってんだ?」
 百合園女学院から天御柱学院に留学しており、そろそろ百合園に帰ろうかと準備を進めていたシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)が目にしたのは、深夜の実験棟にこっそり入っていくパートナーのサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)の姿だった。
「しかも今日に限って調査団が結成されてる……。となると、ここはこれに便乗するのが手だな」
 不審者だの幽霊だのと噂が持ちきりではあるが、シリウスにとってそのような話はどうでもいい。彼女の関心事はもっぱらサビクに向いていた。
 そこで彼女は、他の調査団のメンバーと適当に連絡を取り合いつつ、実験棟をしらみつぶしに捜索を始めた。照明は自身の光術で生み出した光球だ。もし途中でサビク以外の不審者を見かけたら、即座に子守歌を歌って眠りに落とすつもりでいた。もっとも、彼女は孤児院育ちのロックシンガーであるため、どのような形で子守歌が発動するのかはわからなかったが。
「で、こんな所に入ってったわけか」
 そうしてシリウスがたどり着いたのは、1階の倉庫だった。明かりを灯しながら入り口をくぐってみれば、確かに奥の方で何かが動いているのがわかる。
(まったく、何をやってんだか……)
 光球を服で隠し、倉庫の奥にいる人物に気づかれないようにしてゆっくりと進んでいく。
 数分ほどだろうか、倉庫に置かれてある箱を開け、その中を覗き込むサビクの姿がはっきりと見える位置まで来た。
「は〜……、やっぱり無いなぁ。あるとしてもほとんどガラクタばっかりじゃない」
「ほぉ、何を探してるんだ。手伝おうか?」
「え、いいの? それじゃちょっとお願いしちゃおうかな」
「おう、いいぜ。それで何を探すんだ?」
「ちょっとした資料を、ね……」
「資料ねぇ。そうなると明かりが必要だな。貸そうか?」
「あ、それじゃお願い――……って!?」
 こっそり忍び寄り、さりげなく会話に加わったシリウスの姿を認めたサビクがその場で素っ頓狂な声を上げる。驚いたのは、相手がシリウスだったからというだけでなく、彼女の顔が光球に照らされて、三流ホラー映画さながらの恐怖演出となっていたからでもあったが。
「し、しししし、シリウス!? 何でここに!?」
「お前が夜な夜な部屋を抜け出すもんだからこっそり後つけたんだろうが!」
「お〜い、そこに誰かいたりすんの〜?」
 今度はそこにまた別の声が飛び込んでくる。シリウスと同じく光術の光球を明かりとして歩いてくるのは、仮眠室で寝ていたジェンド・レイノートのパートナー、ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)だった。
「お〜? そこにいるのはアンデッド……じゃないよなぁ、どう見ても」
「どう見てもただの人間だぜ?」
「ですよね〜。まあそう都合よくアンデッドなんかがいるとか思ってなかったけどさ〜」
 ゲドーがこの調査に参加したのは、ひとえに「少女の残留思念をアンデッドとして自分の元に引き込む」ためだった――もちろんいるかどうかはわからない、というのは覚悟の上で、である。
 最初は3階の倉庫でも探そうかと思ったのだが、階段を上がるのがダルイという理由で――「空飛ぶ魔法↑↑」があるので足を使わなくてもよかったのだが――1階の倉庫に捜索場所を変えた、というのがここに来た経緯である。ちなみにパートナーのジェンドが、勝手にゲドーから離れて仮眠室で寝ているという事実は知らない。
 そしてサビクの立場が悪くなることを期待しているのか、1階倉庫にさらに人がやってきた。当の仮眠室を捜索していた桐生理知と北月智緒のコンビである。
「幽霊さ〜ん、どこ〜?」
「着物、シーツ、足が無い、ポルターガイスト、何でもいいから出てきて〜」
 この2人、いまだに幽霊探しを行っていたらしい。
「あ〜、一応ペットで連れてきてるのはいるけど?」
 確かにゲドーが連れてきているアンデッドのペットにレイスがいるが、理知たちはそのような存在を求めているわけではない。
「……う〜ん、できれば犯人さんが幽霊なのが希望なんだけど」
「そりゃちょっと難しいんじゃね? それらしい犯人があそこにいるみたいだし」
 言ってゲドーは奥にいるサビクを指差した。だがそのサビクを見た理知と智緒の反応はあまりいいものではなかった。
「え〜、犯人は人間さん? またまたご冗談を〜」
「幽霊じゃないの? そんなぁ、せっかく探してるのに〜」
 特に理知は相手が幽霊であると決め付けているため、人間が犯人であると言われても信用しないのである。
 後から入ってきた者同士で話が弾む中、シリウスは目の前のパートナーに説教していた。というか、このままだと一向に話が終わらないからである。
「なあサビク、何でも話せとはいわねぇ……。けど、もうちょっとオレらを信頼しろ。なんでも1人でやろうとすんな。取引でもなんでも契約者だろうが?」
「……悪かったよ。正直、君を過小評価してた。ごめんなさい……」
 結果として、その後の罰を2人揃って受けるということで話はまとまり、サビクは大人しく捕まることとなった。

「……ねぇ、これで、いい?」
「だめよ、そんなんじゃ。カレに喜ばれないわ。もっと、こう、手を添えて……やさしく、丁寧に……」
「……あんっ、手が、べとべとしちゃう……」
「バカね、それで良いの。そこは、勢いに任せて……そう、上手じゃない」
「でも、これじゃあ……恥ずかしい……」
「そんなこと言ってられないでしょ? その時に出来なきゃ、意味がないわ! ……恥ずかしさは捨てるのね」
「……ん、頑張る。……ちょっと、上手くいかなくても、出来るように、ならなきゃ……」
 女性2人の言葉が発せられるたびに、何か粘りのあるものがはねたり、水音が響き渡ったりするが、これは決していかがわしい何かを行っているというわけではない。文字面だけでは非常に誤解を招くが、これは3階の食堂兼休憩室を利用して六連 すばる(むづら・すばる)パピリオ・マグダレーナ(ぱぴりお・まぐだれえな)の2人がケーキを作っている光景を表したものなのだ。主に調理を行っているのはすばるで、パピリオはその補佐兼コーチといった具合である。
 そしてその調理は、割といつもと同じ結果として表れた。
「あっ! そんな事したら、またっ!」
「えっ?」
 スポンジケーキと生クリーム以外に特別なものは使っていないはずだというのに。余計なことができる要素など無いはずなのに。気がつけばそのケーキと呼ぶべき「物体」は、あまりにも不気味な「モノ」へと変貌していた。
「……ごめん、パピリィ。……また失敗しちゃった?」
「すばるんってば……」
 それを見届けてしまったパピリオの顔がだんだんとゆがんでいく。
「あのねぇ、何でスポンジケーキと生クリームしか使ってないのにこんなヘンテコなことになるのよ!! 見た目からしておかしいでしょ! これじゃ今にも動き出しそうよ! っていうかサイコキネシスで動かすつもり!? それで『ハンドパワー』なんてしょ〜もない冗談でも飛ばすっていうの!? んもーっ! 訳わっかんなぁ〜い!!」
「あうう……、こんなケーキじゃ、マスターにあげられない……ん?」
 ケーキになるはずだったものをすぐさま捨て、すばるは奇妙な雰囲気を感じ取る。食堂の入り口に仕掛けておいたブービートラップが発動したらしい。
「トラップに引っかかった人がいます、ね……」

「な、何でこんなところに金ダライトラップが……?」
 食堂兼休憩室に入り込んだ直後、脳天に金ダライの一撃を浴びたのは西城 陽(さいじょう・よう)だった。彼はパートナーの横島 沙羅(よこしま・さら)と、今しがた合流した天貴 彩羽(あまむち・あやは)と共にここの調査を行おうとしていたのだが、まさか向こうから先制攻撃を受ける破目になるとは想定外だった。
「あら〜、結構痛そうね。大丈夫?」
「ま、まあ大丈夫……」
 落ちてきた金ダライを端にどかしながら、彩羽は陽の頭を確認する。さすがに金ダライ程度ではコブすらできないだろう……。
「暗がりに人影らしき存在が2つ。……しかもこの金ダライ、最近設置されたものね。来る度に仕掛けたって感じ」
 ダークビジョンで室内を見渡し、金ダライにサイコメトリを行った結果、彩羽は中にいるのが女性2人であるところまで突き止めた。
 可能性としては一部の学生による「不良ごっこ」か、秘密の逢瀬――世の中には女性同士の恋愛もある――、もしくは怪しい実験か。幽霊という可能性もあるが、彩羽はこの事件の真相を学生のお遊びであると判断していた。そもそも幽霊が金ダライトラップなど仕掛けるとは思えないからだ。
「何とかと煙は高い所へ行きたがるって言うし、休憩室なんかだとくつろげるから、って思ってたけどビンゴね」
「確かに、研究室だとどっちかといえばゾンビだし」
 彩羽の言葉に陽も同意する。
 陽はどちらかといえば、この調査には肝試し感覚で参加していた。小学校の頃にあった歩く二宮金次郎像、使われていないピアノが鳴り響く等の怪談話。陽はそれらを楽しむ性質だった。今回の事件では強化人間の残留思念が渦巻いているという話だったからと、彼はこの調査に参加することを決めたのである。とはいえ、人為的な罠を受けるというのは歓迎していなかったが。
「ところで陽くん、さっきからずっと前が見えてないんだけどどうなってるのかな?」
 最近巻き込まれたとある事情により、暗闇においても目隠しをしたままの沙羅が「断頭の巨鉈」を片手に陽に呼びかける。
「……そりゃ目隠ししてたら、ねぇ」
「私、ダークビジョン使えるんだけど?」
「それ単なる『暗視』だから、目隠ししてたら見えるわけないよ。『心眼』じゃないんだからさ」
「……そうなの?」
「そう。だから目隠し取らないと見えないし、牙突が避けられるわけじゃないから気をつけてね」
「……道理で暗いままだと思った」
 借り受けたフラワシの能力がコントロールできれば目隠しなど必要無くなるのだが、ダークビジョンで視界が確保できないというのであれば、沙羅はその時点で戦力にならないことを意味する。
「それにしてもさ、陽くん」
 目隠しを取らないまま沙羅が不気味な笑みを見せる。
「幽霊って、いたらとっても面白いよね」
「ん? まあ、そうかな……」
「だってそうじゃない。恨むことで、自然の摂理をこえる力を得ることができるなんて。フラワシも幽霊みたいなものだけど。怖いと言われるのは、元は普通に生きていた存在だってことからだよね」
「……陽さんのパートナーさんって、ちょっとアブナい系?」
「……かなり」
 語り続ける沙羅に聞こえないように彩羽と陽は耳打ちする。
「人間でも動物でも、異型に変化するっていうのは忌むべき事。死だってある意味異型への変身だけどね、あはは。ミラージュもサイコキネシスも、ある意味ドッペルゲンガーとかポルターガイストとかの超自然的な物だよね。私達の存在そのものがオカルトなのかもね、あはははは♪」
「はいはい、幽霊の講釈はその辺でいいからとりあえず行こうか」
 前が見えないままの沙羅の手を引き、陽は彩羽と共に食堂へと足を踏み入れる。
「隠れているなら出てきなさい。今なら反省文3000文字で許してもらえるように言ってあげるわよ」
 彩羽が奥に向かって声をかけるが、リアクションは無い。ならばこちらから踏み込むまでだと3人はそのまま奥へと進んでいく。
 程なくして、前方に2人分の影が見えた。ダークビジョンで見通した限りでは、少なくとも1人は天学生であるようだ。
 そしてその天学生が突然振り返り、鬼のような形相で何かを投げつけてきた。
「そこで何をしていますかッ! 見ましたねッ!」
 天学生――すばるの手から放たれたそれはフォークだった。だがコントロールを誤ったのか、フォークは彩羽たちの上を通り過ぎるコースをとる。
「何よ、コントロールミス?」
 彩羽が馬鹿にしたようにフォークを眺めるが、突然それが落下して彩羽を襲う。
「うわ、落ちてきた!?」
「ふ、フォークでフォークボールなんてどんなつまらないダジャレ!?」
 もちろん彩羽とてそのままフォークを食らうわけではなく、すぐさまサイコキネシスでその軌道を逸らす。肝試しのつもりでやってきたため、有事の際に使える技や武器の無い陽は慌てふためくしかできない。
「あなたッ、のぞき見に入ってきたというわけですか! 見られたからには抹殺あるのみ! ただじゃあおきませんッ! 覚悟してもらいます!」
「……なに、このイタリア人?」
 フォークを投げつけ、今にも戦闘態勢に入らんとするすばるの姿は、陽の目にはなぜかイタリア人のシェフに見えていた。
「っていうか、なんであんたなんかに『ただじゃおかない』なんて言われなきゃならないのよ? それは私のセリフよ!」
 怒鳴り返しながら彩羽は魔道銃を抜き放つ。
 だが、その銃口から弾丸が吐き出されることは無かった。起きる寸前だった戦闘を別の人物によって止められたからである。
「……うるさいから駆けつけてみたら、何なんだこの状況は?」
「おやおや、どうやら犯人らしき連中が見つかったみたいだねぇ」
 先ほどまで3階の倉庫を捜索していた椎葉諒(体は椎名真)と七誌乃刹貴(体は七枷陣)の2人である。
「見る限りこの状況、犯人は幽霊でもなんでもなくて、人か……?」
『人、みたいだね……』
「……俺の早とちり、か?」
『……えっと?』
 怒りに震える諒の内側で、思念のみをもって真が慰めようとするがどうにもうまい言葉が出てこない。
「しかしまぁ……安易に悪ふざけに興ずるってことは、そのまま無為に散っても文句はないって事だよな……?」
『いやいや刹貴、いきなり散らさんでも……』
「散らす必要無いって? でもさぁ、ご同輩もやる気みたいだよ?」
『いやいや刹貴、だからって乗りに乗らなくても……』
「便乗するな? 何言ってんの宿主サマ。こういうのを渡りに船って言うんじゃないか」
『いや待て、思いっきり何考えてんの? 馬鹿なの? 死ぬの?』
「何考えてるかって? 決まってんじゃない。仕置きだよ」
 諒の怒りに便乗して犯人にお仕置きをしようと企む刹貴が、内側にいる陣の声を無視して1歩進み出る。
「初めまして紳士淑女の皆々様方。私はつい先日までナラカに隠遁していた名無しの殺人鬼に御座います。さて、今宵の皆様はやや悪巫山戯が過ぎるようで、少々看過しがたく存じます。……端的に申し上げれば、……亡霊の恐ろしさを、身を以て味わえって事さ」
「というか……、茶番か? ……くくく……はははは……はーっはっはっはは!」
『ち、ちょっと諒、どうしたの!? っていうかなぜに三段笑い!?』
 名乗り出る刹貴、そして狂ったように笑い出す諒。彼ら以外の誰もが思った。コイツら、やばそうだ、と……。
「この野郎、俺の純情返しやがれ馬鹿野郎! 大体ツンデレとか超兵とか好き勝手弄りやがって! こちとら好きでギャグやってんじゃねーんだぞこら!」
「まあそんなわけだから大人しくお仕置きされろよな!」
 そうして先に入っていた集団に飛び込む2人だったが、ここでさらなるパニックが巻き起こされる。3階仮眠室の前から全力で逃走したはずの狭霧和眞、その和眞を追いかけてきたルーチェ・オブライエンが食堂兼休憩室に飛び込んできたのである。
「もうやだあああああ、オレのおウチはどこッスかあああああああ!?」
「に、兄さん、帰るなら別方向ですよ〜!」
 こういった人間が部屋に飛び込むとどうなるか、もうお分かりのことだろう。
「っていうか、もうこんな所いたくないッス〜!」
「だから落ち着いてください! でないと帰れませんよ!?」
「許せません! 断りも無く秘密の調理現場に入ってきたのは許せませんッ!」
「どわっ、だからって全力でポルターガイストはやめろ〜!?」
「ええい、大人しく俺にお仕置きされろこの不審者ども!」
『ちょ、ちょっと待て! 相手は人間だから切り刻むなや〜!』
「ええい、この場であんたら2人ともまとめて叩きのめす!」
「あっはっはっはっは! みんなみんな壊れちゃえ! 平穏ってね、その先にあるものなんだよ!」
「ツンデレとか心配とか知るか! さっさと俺に殴り倒されろ!」
『いいじゃない、そういう日もあるよ! っていうかむしろさまよう者はいなかった、ってことでいいじゃない、ね!?』
「あ〜……、こりゃもうぱぴちゃんわっかんなぁ〜い」

 結局、あまりにも危険すぎると判断した陣と真がそれぞれの体を奪い返し、和眞は廊下に放り出され、鉈を振り回して大暴れする沙羅をどうにかなだめた挙句、すばるとパピリオは乱闘の末に捕縛されることとなった……。