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緊迫雪中電車――氷ゾンビ譚――

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緊迫雪中電車――氷ゾンビ譚――

リアクション


■■第七


 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)、そして姿を現したアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)と、ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が車掌のいる先頭車両のその先、運転席へと向かっていくのを確認しながら、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)はゴルダ投げで、皆を氷ゾンビから待避させていた。元凶の元へと向かう為である。その傍らでは、パートナーのイルマ・レスト(いるま・れすと)がハンドガンを構えており、そんな二人を朝倉 リッチェンス(あさくら・りっちぇんす)は、神妙な顔つきで見守っていた。
 そんな中、携帯電話が震えた事を、千歳は自覚した。どうやら車内にいる者同士であれば、繋がるらしい。
 ゴルダ投げ――つまり、千歳は氷ゾンビに向かって、元々は乗客である事を考えた為にあまり傷つけるような攻撃をしないように努めながら、手持ちの小銭を相手に投げつけて攻撃していたのである。よく見知った契約相手がゾンビ化してしまっている事も、一つの大きな理由かも知れないが、千歳は元々情に厚い性格をしているのである。なぜか地球人しか使おうとしないこのスキルであるが、投げた小銭をあとで拾う暇も無い程、現在は恐慌状態だった。
「千歳、皆が中へ入りましたわ」
 イルマの声に頷きながら、千歳は携帯電話を取り出した。
「ダーリンどこへ行くのですかぁ」
 先にイルマが運転席のある場へと入り、千歳が中へ入れるよう銃を構える。
「此処で少し待っていてくれ。中に、リツとはいえゾンビをいれる訳にはいかないからな」
 心なしか切なそうな色を瞳に浮かべて、千歳は断言した。
 千歳が中へと滑り込んだ瞬間、SLの運転席の扉をイルマが封鎖する。
 その窓の向こうでは、悲しそうに目を瞠るリッチェンスの姿が見て取れた。
「もしもし」
 通話に応答した千歳は、月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)から、兎にまつわる後部車両での情報を耳にすることになる。
『千歳さん、うさぎと――時計を回収したよ。そっちはどう?』
「蒼いゾンビだらけだな……」
『えっ、大丈夫? 助けがいるなら行くよ?』
「何とか車掌の所までは辿り着いたんだ――時計?」
『ヒルデが言うには、コレが原因の一つなんだって。六時のままで止まっているの』
 そんなやりとりをしたのち、千歳はあゆみとの電話を切った。そうして振り返る。


 そこにはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、バックハウスという名札をつけた車掌を左右から問い詰めている光景があった。アロイス・バックハウスは車掌である。
「貴方が、氷ゾンビを発生させたのね?」
 セレアナの問いに、車掌が深々と帽子を被り直しながら頷いた。
「どうしてこんな事をしたのよ?」
 セレンフィリティが尋ねると、アロイスが溜息をついた。
「運営会社のマニュアルを遵守して行動しただけだ」
 その声に朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)が眉を顰める。
「マニュアル? だとしても乗客を氷ゾンビに変えるだなんて、過激すぎる上に犯罪だろう」
「一体何が起こった場合の対処マニュアルなのですか?」
 イルマが冷静に先を促すと、車掌が腕を組んだ。
「『時間が止まった』場合に備えたマニュアルだ」
「まるで不思議の国でのお茶会ネ。いつまでたっても、六時のままなのヨネ」
 アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が告げると、アロイスは始めて苦笑するように表情を動かした。
「嗚呼、今のこの電車と同じ事だ。このまま悠久の刻を、秒針すら動いてはまた戻る異空間で過ごすか、止まった時の中、動き出せば無かったことになる歪みの内側で、多少の被害を覚悟しても、元の時空間に戻ることが出来るように対策を取るか。会社のマニュアルでは、少なくとも最後の例が記述されている」
「じゃあ乗客を氷ゾンビにしたのは、空間や時を元に戻す為って事?」
 セレンフィリティの問いに、深々と車掌が頷いた。
「その通りです。このSLには刻を止める力を持つと噂される兎とその飼い主が乗っていた。車両の各所の状態は、ここに設えられているカメラで確認することが出来る――車両後方で起こっている騒動は、ご存じですか」
 アロイスの声に、ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が緑の髪を揺らしながら頷いた。
「乗客が石像になっているんだろ?」
「ああ、そうです。そう、少なくとも私達にはそう見える。だが実際の所、彼らこそが元の時空間にいるのです。今意識在るこちら側こそが、刻の歪みに囚われ、本来は存在しないはずの『時の中』にいる、それが現実だ」
「その氷ゾンビとやらに死霊術で、影響を与えられるのは何故なんだ?」
 ゲドーが続けると、アロイスが腕の袖のカフスを直しながら返答する。
「時間という概念は、過去今未来を行く一方向型の可能性もあれば、円環状である可能性もあり、あるいは螺旋やバネのようにもとも言われ、どこで生まれ、どこで潰えるのかも不明瞭な存在なのです――その為今、生まれてはいない時間の中を生きている私達は、死にごく近しい存在だ。それ故に、本社で緊急対策装置を提案した副社長は、元々死霊術士だった経験から、氷ゾンビという防御策を講じたのでしょう。新しい時が生まれれば、それは潰えて、生まれるまでは消えない存在を量産し、原因の探索をする為に。死した時を生きるアンデッドを念頭において」
「ならば、その原因を捕まえて時間を戻せば、石化は解決する――つまり、時空間は元に戻るんだよな?」
 千歳がそう尋ねると、車掌は再び大きく頷いた。
「勿論。氷ゾンビと化した乗客も元に戻り、トンネルを抜けることが出来るでしょう」
「どうすれば時は元に戻るの?」
 セレンフィリティが尋ねると、アロイスは何度か瞬きをした。
「時を止める時計を持っている、そう、時計兎と呼ばれるあるパラミタウサギを元の通り、檻の中へと入れることが出来れば……その為の氷ゾンビなのだから」
 車掌が視線を向けたのは、一両目へと続く扉の窓だった。
 朝倉 リッチェンス(あさくら・りっちぇんす)と、副車掌が窓を何度も何度も叩いている


 その頃エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は懸命に、氷ゾンビと化したミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)へと向かい、ウサギのような物を投げ続けていた。
 六両目と五両目を閉鎖している扉の所では、フィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)が氷ゾンビの侵入を退ける為に立っている。それを知り、より奧へと逃れたエヴァルトは、七両目でしかして二匹の氷ゾンビの相手をする羽目になってしまっていたのだった。
 七両目の乗客は、そのほとんどが石化していて、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)など、お菓子を傍らに置いたまま、眠るように石化している。
「ウサギ〜、ウサギ」
 ミルディアのそんな呟きに、エヴァルトは唇を噛んだ。
「よく分からんが、ウサギがどうとか言っていた……こうなったら、ウサギだろうがウナギだろうが捕まえて突き出してやる!」
 そう決意した彼は、アキラが車席の卓上へと広げていた、ウサギが描かれたチョコレート菓子をミルディアへと投げつけながら、再び高速で逃げ始めた。しかしその正面には、八両目へと向かおうとしているゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)の姿がある。
 ここまでは、スキルの軽身功を駆使して壁を走ったり、ドラゴンアーツや龍鱗化でなんとか窮地を乗り切り走りきってきた彼だったが、現在のように前にも後ろにも氷ゾンビがいる状況下では身動きの取りようがない。
「ほら、これだってウサギだろ!」
 アキラが広げていた菓子の数々を投げながら、エヴァルトは唇を噛んだ。
「おっぱい、おっぱい」
 そう口にしながら後方を遠ざかっていくゲブーはまだしも、この車両で石化していない者はエヴァルトだけで、他は皆避難済みらしい。その状況下では、ミルディアが仲間を増やそうとした場合、対象となるのは――エヴァルトしかいないのだった。
――……どうする?
――――…………どうする、俺!
 些か目付きは悪いが大人びた表情で、彼はつとめて冷静に考えようと、精悍な顔つきの中で、目を伏せた。

 丁度その時のことだった。

 時計を持った緋王 輝夜(ひおう・かぐや)と、兎を抱きかかえた中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)、そして護衛するような草薙 武尊(くさなぎ・たける)と、主に救護をしているフィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)が姿を現したのは。
「あ、ウサギ!」
 ミルディアが綾瀬の元へと走り寄ろうとする。
 だが、その後頭部に、エヴァルトの投げたウサギ模様の入ったチョコレート菓子、ウサギのマーチが直撃し、ミルディアは一時行動を止めた。そこへ輝夜が、綺麗なポニーテールの黒髪を揺らしながら、フラワシであるツェアライセンを放つ。同時に武尊のスキルである鬼眼で僅かにミルディアが後ずさった。その時、フィリシアが逃走により疲弊していたエヴァルトに対して、ヒールを用いる。
「有難う――って、ウサギって、それが原因なのか?」
 エヴァルトが尋ねると、綾瀬が穏やかに微笑んだ。
「そのようです。私達は、飼い主の元へ行く途中ですわ」
「飼い主は、此処よりも後ろにいるのか?」
 先程、一匹の氷ゾンビが後列車両へ向かったことを確認しているエヴァルトが尋ねる。
「そうだけど」
 輝夜のその声に、エヴァルトは注意を喚起したのだった。


 その頃ある個室の車両では、アイラ・ハーヴィストの楽しそうな声が響いていた。
 正面にいるのは、葉月 可憐(はづき・かれん)アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)である。
「トランプも終わってしまいましたね」
 地域によって大富豪あるいは大貧民と呼ばれるトランプゲームを終えた所で可憐が呟いた。
「このトランプが兵隊になってくれるんなら、少しは退屈も紛れますのに」
ゲームに負けたアイラがシュンとしながら、唇を尖らせた。
「まぁまぁそうは言わないで下さい。――よし、次はじゃあ、謎料理当!」
 可憐はそう言うと、カレーライスとハヤシライスとシチューとビーフストロガノフとボルシチのようなものを出現させた。
「美味しそう」
 アイラは頬をゆるませそうになったが、ゲームという言葉を念頭に再度置き、気を引き締めなおす。
「この五品目の内に一つだけ、謎料理があります。さぁさぁどれでしょう!」
 可憐のその言葉に、アイラがスプーンを握りなおす。
「この5つの中の料理で一品だけ謎料理があります。皆で食べながらどれが謎料理かを当てましょうっ♪」
 繰り返された料理の説明に、アイラは興味津々の様子で、それぞれの皿を見る。
「どれも美味しいです。こんなの分からないわ。貴女達も石化しちゃえばいいのに」
 呟いたアイラに対し、アリスが首を振る。
「私達はちゃんと暇つぶしのお手伝いに来たの。それにアイラちゃん、本当に悪い子には見えないし……ね?」
 アリスのその声に、アイラは瞠目した。
「本当……? 本当にそう思ってくれるのですか?」
「私達は石化しない薬を飲んでるし、食事中も奥歯の薬を間違えて噛むなんてことはしませんっ♪ アイラ様が楽しんでくれるならそれがベストですっ。ほら、他にもこんなにボードゲームを持ってますよ」
 可憐が持参した鞄の中を探りながら、次々と面白そうな玩具を取り出していく。
 その一つ――チェス盤に目をとめたアイラが、黒の歩兵を進めながら微苦笑した。

その時だった。

「おっぱい、おっぱい――!!」

 ゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)が、ピンク色のモヒカンを揺らしながら、個室へとはいってきたのだった。
 何事かと視線を上げた三人には構わず、彼はアイラへと突進し、その胸をもみ扱く。弾力と柔らかさを兼ね備えた白磁の乳房を掻き掴むようにしながら、彼は咆哮するように笑った。

 だがその直後、ガチンという音を響かせて、近場に落ちていたパイプで草薙 武尊(くさなぎ・たける)が、その氷ゾンビを振り払ったのだった。涙を浮かべているアイラに対し、フィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)が落ち着かせるように手を握る。
 その場から強制排除された氷ゾンビ、ゲブーは、とどめとばかりに、輝夜から熱い攻撃を受けたのだった。
 そんな喧噪の最中中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が、静かに尋ねた。
「何故このようなことをしたのです?」
 するとアイラが俯いた。視線に呼応するように頭部のウサ耳もまた垂れる。
「貴女は恋をしたことがありますか……? 嫌われることよりも無関心の目で見られる辛さを存じていますか? 好かれたい、そう思う以上に、それらは辛い事」
 アイラの悲愴を滲ませる声に周囲が押し黙る。
 時計兎と呼ばれるルパラミタウサギをケージへ戻しながら、アイラは微笑した。
「でも、そうね。あなた方のことを待っている誰かもいるかも知れない」
 彼女がそう告げ、兎のケージへ鍵をかけた瞬間、そのSLは元空間へと戻ったのだった。 そうして時計だけを掌へと、彼女はおさめた。


 まさに同時刻、輝石 ライス(きせき・らいす)のパートナーであるミリシャ・スパロウズ(みりしゃ・すぱろうず)は、自身の氷ゾンビ化を予期していた。――兎を捕まえなければ。思考がそのように掌握されていき、体躯は徐々に冷たくなり始める。
「ミリシャ?」
 ライスが顔色の悪いパートナーに声をかけた時、彼女は最後の微笑を浮かべた。
「逃げろ」
 滅多にないその表情にライスが困惑している撃ちに、彼女の体は凍てつき始める。
「兎を……捕まえなければ……」
 二人の周囲にいた乗客達が、攻撃する為にものを構える。
 俯きがちで、薄茶色の髪が僅かに蒼く代わった彼女の表情は、見えない。
「嘘だろ」
 ライスがそう呟いた、そのまさに瞬間の出来事だった。

 綾瀬達が連れて行ったパラミタウサギの時計を、アイラが正確な時刻へと直した。

 その瞬間、時間の流れは元に戻り、各車両に散漫していた氷ゾンビは、通常の人へとなり代わり、石像と化していた者達は元に戻ったのだった。

――トンネルを抜ける。

 するとそこは雪国ではなく、春の訪れを知らせる、桜の花びらに包まれていた。


 最前列でそうした花吹雪を見ていたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が呟く。
「良かった……ねぇ、セレアナ、き」
――キスをして。
 歩み寄ったセレンフィリティが最後までは告げる前に、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は波がかった黒い短髪を揺らしながら顔を背けて、それをやんわりと拒絶したのだった。