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緊迫雪中電車――氷ゾンビ譚――

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緊迫雪中電車――氷ゾンビ譚――

リアクション


■■第四


 ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が、三両目と四両目を繋ぐ扉の前で構えた時には、既にミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)ゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)は四両目以降へと進んでいた。
 背後にも群れ始めた氷ゾンビを後目に、ゲドーは、続いて現れた3人の少女達を見据えていた。片野 永久(かたの・とわ)三池 みつよ(みいけ・みつよ)、そしてグレイス・ドットイーター(ぐれいす・どっといーたー)である。
彼は波打つ緑色の長い髪を揺らしながら、アンデッドである屍龍――レッサーワイバーンを放ったのだった。
 屍龍は、ドラゴンを素体とした大型のアンデッドである。朽ちてなおその力が衰えることは無いのが特徴で、自らの身に起こった出来事を呪うような咆哮が印象的な代物だ。――この世の全てを憎悪するかのようなブレスを吐くその存在は、まさに生命の敵対者である。この場合は死者に近しい氷ゾンビが相手だったのっだけれども。
 屍龍のブレスを駆使しながら、ゲドーはまず永久の足を止めた。
 元々が、乗り物であり龍騎士の従者が乗っていた飛竜は、口から炎を吐き、彼女達三人に炎のダメージを与えたのだった。
「あ、熱っ!」
 ゲドーの攻撃に、永久がまず声を上げた。
 だが氷ゾンビと化したその体躯は、温度を関知こそするとはいえ、瓦解することも溶解することもない。
 永久を守るかのように、みつよとグレイスが、一歩前へと進み出る。


 そこへ追いかけるようにしてリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)ナカヤノフ ウィキチェリカ(なかやのふ・うきちぇりか)がやってきた。
永久を庇うように前へと出た二人は、既に屍龍の手にかかり、氷化した内蔵が露わとなっている。
 それを見て取ったウィキチェリカが、氷術で離れた人体の修復を試みた。
「どうして助けてるんだ? 敵じゃん。少なくとも俺様から見たら」
 ゲドーがウィキチェリカにそう声をかけると、彼女は同じ死霊術士としての一見解として首を振った。
「少なくとも私のパートナーは、死霊術で思考を操作することが可能なんだよね」
 ウィキチェリカのそんな言葉に、露出した凹凸在る小腸が元の位置へと戻っていくグレイスとみつよを一瞥しながら、ゲドーは静かに頷いた。派手な外見をしている彼は、長い髪を手で後ろへ流しながら、ウィキチェリカを見据える。
「さっき副車掌らしき奴を見た。これが死霊術の応用だとすれば、責任者の車掌に話を聴くのが一番だと思うぜ」
 彼のその声に、ウィキチェリカが静かに頷いた。
「ではこちらは、氷ゾンビと化した皆さんが探しているという『ウサギ』を探しに行こうと思いますわ。――氷ゾンビ化に由来する特殊能力もあるかも知れないんだもん」
 彼女のその声に、深々とゲドーは頷いたのだった。


 そこへ事態の収拾に乗り出し始めたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が姿を現す。
「意識がある氷ゾンビもいるのね」
 セレンフィリティの声に、ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が深々と頷いて見せてから、前方の車両を見る。
「ともあれ、原因――車掌の所へいってみましょう」
 セレアナの声に、ゲドーが顎を縦に振る。
 そうして彼らが話しあっていたところへ、何とかゾンビの群れをくぐり抜けて朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)イルマ・レスト(いるま・れすと)がやってきた。ついてくる朝倉 リッチェンス(あさくら・りっちぇんす)を、イルマが止める中、千歳がセレンフィリティ達に視線を向ける。
「原因が、車掌?」
 千歳の声に、セレアナが頷いてみせる。
「ええ、方向から推測して私達はこちらへ来たんだけれど、こちらの彼が言うには、副車掌らしき人を見かけたとの話しで」
 セレアナの視線がゲドーへと向いた時、彼はリッチェンスをまじまじとみていた。
先程のウィキチェリカの言葉を思い出したゲドーが、リッチェンスに対して死霊術士としての力を発揮していたのである。
「ちょっと大人しくするんだぜ」
 彼がそう声をかけると、リッチェンスの動きが僅かに止まり、イルマが嘆息した。
「まさか車掌が乗客をゾンビに変えているとはな……」
 呟いた千歳の声をかき消すように、未だ前方からは氷ゾンビが溢れてくる。
「全ての氷ゾンビを操ることは出来ないのでしょうか」
 イルマが動きを止めているリッチェンスを眺めたまま、ゲドーに尋ねた。
「やってはみる……けどな、完全な死者でも無いようだし、死霊術の亜流の可能性はあっても、氷ゾンビの操り方事態が死霊術のみとも思えないぜ。あまり期待は出来ないな」
 ゲドーの応えに、どうやって車掌の元へと向かうか、彼女達は視線を交わし合ったのだった。こうして五人は、ひとまず前方の二両目を目指して走り始めたのだった。


 二両目には、その時既に輝石 ライス(きせき・らいす)ミリシャ・スパロウズ(みりしゃ・すぱろうず)の姿があった。幸い訓練帰りだった為、二人は応戦するに満足な武器を携えていたのである。
「この青い連中は何なんだ?」
 座席の陰に身を隠しながら、ライスは銀色の髪を揺らした。
 長い足の膝をついて、彼は愛用している銃――禍心のカーマインの銃把を握り直す。そして遠くの物も的確に射撃できるようになるスキル、シャープシューターを発動させてから、身を乗り出した。スプレーショットを放つと、機関銃を放つような轟音が辺りに谺する。床には断続的に薬莢が落ちていった。
「きりがないわね」
 ミリシャは返答すると同時に、氷ゾンビを彼女が大槌で叩き飛ばした。
 頷きながら、ライスも再び身を乗り出して、氷ゾンビを狙撃する。頭を狙い一部欠けても、しばらくすると際接着する上、四肢を狙ってもそれは同じだった。氷ゾンビ達は増えこそしても、あまり減っているようにはみえない。
 ライスは赤い瞳を揺らしながら、その負けず嫌いな一面をのぞかせるように、氷ゾンビへ向かって狙撃を繰り返す。訓練の成果か、彼の腕前は的確な物だった。元々銃器を好んで使用していることも一因かもしれない。彼は、元々は厳格な父親に、半ば強制的にパラミタ行きを決められてこの地へとやってきたのである。
 その為最初は嫌な思いばかりが募っていたライスだったが、今では、遠く離れたここなら父から早く自立できるのではとも考えている。
 比較的ラフな服装をしているライスの体躯の中では、左耳につけた赤いピアスが一際目を惹いていた。
「狙いが甘い。左側の二匹目をさっさと崩さなければならないだろう」
 だが精一杯尽力し効果を上げているライスに対し、パートナーの厳しい叱責が飛んだ。
 ミリシャの右の耳にも、ライスと同じ赤いピアスが揺れている。
 これは二人が分け合った代物なのである。
「そんなこと言ったってオレは」
 ライスが声を上げようとした丁度その時、不意を突くように後方から氷ゾンビが現れたのだった。気づいていない様子の彼に対し、慌ててミリシャが大槌を振りかぶる。

――そして。

 氷ゾンビの体事態は、ライスの真正面で一時粉々に崩れたのだったが、残った頭部だけが刃を向いていた。彼を庇うように、氷ゾンビとライスの間に入ったミリシャの手の甲へと。
「おい、ミリシャ!? 大丈夫か」
「この程度で狼狽えてはいけない。革手袋をしていたから、私は平気だ」
 薄茶色の髪を揺らしながら、ミリシャは黒い瞳で、ライスへと振り返った。
「すぐに再生するであろう。もう少し前へ出よう」
 床で氷の粉が集まり、再びゾンビの体躯を構築しようとしている姿を一瞥しながら、彼女は豊満な胸を揺らした。右の手で、左手を押さえていることを、ライスに悟られまいとして、ミリシャは先を歩く。
「それにしても、どっから出て来たんだ?」
 追いかけ、次の座席の陰に隠れながら、ライスが呟いた。しかしミリシャは、表情にこそ生来の頑固さ故露見させなかったが、このハプニングに恐慌状態だった。元々白い彼女の肌から、血の気が次第に失せていく。
 厳格な雰囲気を持つミリシャは、大変生真面目な性格をしており、自分にも他人にも厳しいのである。特にパートナーに対しては教育役を自認しているため、パニック寸前の状態を見せてなる物かと、固く決意していた。
 これまでに氷ゾンビと化していった人々を見る限り、噛まれると自分もまた氷ゾンビになる可能性を、彼女は想像せずにはいられなかった。そこで几帳面な性格から、氷ゾンビ化までには、どの程度の猶予があるのか、また、僧侶として持ち合わせているスキルのヒールで治癒可能なのだろうかと、思案していた。
「ミリシャ?」
 返答がないことにライスが、不安を覚えるように、眉間に皺を刻む。


 そこへ偶然、隣席から前方を狙撃していたジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)が、視線を向けた。
「最前部は既にゾンビの巣窟だろう。この車両もほとんどの乗客が氷ゾンビと化している。後部車両へも被害が広まっていたとしてもおかしくはない。ただ、要はこの車両だろう。ここより先は、まだ『数体がいる』といった状況ではないだろうか」
 ジェイコブの言葉に、ライスが顔を向ける。
「オレはLos AngelesのSWATにいた事がある。あちらは、日本で言うところの民俗学の授業に似た、ゾンビ学の講義があるような土地なんだ」
 ジェイコブは実に優秀な隊員だったものの、いかんせん血の気が多すぎて手段を選ばぬという長所とも短所ともとれる一面を持っていた。強引かつ過激な手法は賛否両論を得る。 そんな彼の時に協調性に欠けた行動のために、SWATにおいて不適格とみなされ、研修の名目でシャンバラ教導団へと入学した経緯を持つ彼は、金色の短い髪を静かに撫でた。
「ゾンビには様々な種類があるんだぜ。哲学的な物からオカルトに至るまで」
 代々軍人の家系の出自であるジェイコブは、その屈強な体躯を座席の陰から乗り出し、近距離に迫ってきた氷ゾンビの頭部をアサルトカービンで狙撃しながら、スキルである弾幕援護を用いた。これは、弾幕を張って、味方の行動をカバーする技術である。
 その後、茶色の瞳でライスを一瞥した後微笑した。熱血漢である彼の一面がのぞく。彼は短気な面があるとはいえ、味方には、実の所優しい面もあるのだろう。
 ジェイコブは、視線を氷ゾンビの集団に向け直し、クロスファイアを発動させた。十字砲火で敵全体を攻撃するこのスキルに由来する炎熱が、敵の群れを襲っていく。
「だから何とか二両目、嫌可能であるならば、先頭車両でこれ以上被害が増えないように路を封鎖してしまうことが大切だと思うんだ」
 ジェイコブはそう口にしながら、後部車両で避難誘導や介抱作業に当たっているパートナーのことを思い出していた。