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【カナン再生記】東カナンへ行こう!

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【カナン再生記】東カナンへ行こう!
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第1章 ようこそ東カナンへ!

 東カナンは馬の産地として名高い。
 しかもそのどれもが女神イナンナより賜った馬の子孫たちと呼ばれるほど、名馬が数多く産出される地である。
 そこで、伝説の黒馬・グラニに酷似した馬が目撃されているという。
 2年前からランサー(馬捕獲人)たちの手を逃れるほど賢く、美しい黒馬。
 この黒馬を、東カナン領主バァル・ハダドの結婚のサプライズ・プレゼントとして捕獲しないか? という提案が書かれた書状が各校の掲示板に貼り出されたわけだが。
「ほら、もう少しでお山に着くわよ、夜魅。長かったわねぇ」
 小型飛空艇に乗って、東カナン上空を飛びながらコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)は同乗している蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)に向かって前方の山を指差した。
 連なるエリドゥ山脈の1つ、南カフカス山。黒馬が最も目撃されるという山である。
 本当なら彼女も3泊4日の馬追いに参加したかったのだが、山の中を馬で駆け回るにはさすがに無理があると自覚していた。
(このおなかではねぇ…)
 丸く張り出したおなかを服の上からさする。
 妊娠8カ月。もう飛空艇を運転するのもひと苦労だ。
 だから彼女は馬追い自体は遠慮することにしたのだが、どうしても伝説の黒馬を夜魅に見せてあげたくて、こうして『飛空艇から馬追い見学しちゃおっかツアー』を自ら敢行したのである。
「ママ、大丈夫?」
 コトノハの動作をしっかり見止めて、夜魅が心配そうに眉を寄せた。
「あっ、大丈夫大丈夫。ちょっとおなかが空いたかなぁ? って考えていたのよ」
「じゃあ、降りてお弁当にする?」
「そうね」
 ちら、と下を伺う。
 領主の反逆が発覚し、ついには東カナンにも砂が降り始めたものの、まだ全土を覆いつくすほどにはいたっていない。
 山の頂上付近は白く雪がけぶっているように見えるが、裾野では緑の下生えが点在し、少ないが花も咲いているようでピクニックには最適な雰囲気だ。
「あの辺りがいいかも――って、きゃあっ!?」
 ぐらり、強風もないのに突然大揺れに揺れた飛空艇に、コトノハは悲鳴を上げた。
 ――ガタン、ぷすぷす、ガタガタン。
 飛空艇が変な音をたてている。特に後方で。
 見ると、マフラーから嫌なにおいのする黒煙が噴き出している。
「あ、あれってもしかして…」
 さーっと血の気が下がった。
 コトノハは降砂を軽視しきっていた。砂まじりの大気で黄色くけぶった西を横断し、さらに東カナンも飛び続ける間、一度もメンテナンスをしなかったのだ。
 特に今の東カナンはネルガルの怒りそのまま降砂率200%増! なめんな降砂。
 ――ガタッガタガタガタッピシッ…………ぷすん。(←エンジンご臨終)
「ママっ……ママーっ!!」
「うっそーーーーーーんっ!!」
 グッドタイミンで吹きつけた横風にビュウッと押され、コトノハと夜魅の乗った飛空艇は、ひゅるるるるるーーーーーん、と落下していったのだった。
 合掌。


*          *          *


東カナン首都・アガデの都――

「ここがアガデなのね」
 正門をくぐって早々天津 亜衣(あまつ・あい)は、ほうっとため息をついた。
 市街戦を想定されて作られたのか、アーチ型の小門が路地の入り口に設置されている。扇状に敷き詰められた石畳、大型の石材で曲線を多用して組まれた切石積みの家々、張り出した窓。ドーム型の屋根や尖塔のような屋根もあるが、そのどれもが赤い。屋根だけ見れば中世ヨーロッパというよりはイスラムに近い建築のようだ。2つが適度に混ざり合い、融合している――ちょうど、昔のトルコのように。
 噴水を中心とし、シンメトリーで配置された広場の正面には、まさしくアギア・ソフィアと言うべきよく似た大聖堂があり、上部には女神イナンナをかたどったステンドグラスがはめ込まれ、きらきらと陽光を受けて輝いていた。イスラムは外面を質素に、内部を荘厳に造る建築様式が多いから、きっと内部はあれ以上に、さらに豪奢なアラベスクやカリグラフィーがほどこされているに違いなかった。
 道を行き交う人々もまた、亜衣にしてみればクラシカルでレトロな服装だ。
「きれい……なんて美しいの」
 大通りの中心に立ち、まるで物語の中に迷い込んだような錯覚さえ覚えながら、亜衣が感動に打ち震えていたというのに。
「おーい、これうまいぞ。おまえも食うか?」
 こういった感動・感激とはまるっきり無縁の男、ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)が、広場の露天商から購入した羊串を両手に握りしめて歩いてきた。
 旅情だいなし。
「……ヴェーゼル…」
「なんだ? 串は嫌か? じゃあこっちはどうだ?」
 紙袋をガサガサさせて、ハーブが練り込まれた丸パンを取り出す。ほかほかしておいしそうなので、つい亜衣も手が出てしまった。
「ありがと」
 こうなると、もう責められないから困る。
 いや、これもひとつの情緒だろう。この風景にパンの食べ歩きは許されると思う。うん。
 そう思い直し、並んで歩きながらぱくついた。
「ほかにも何か買ったの?」
 左手にまとめられた袋にちらと視線をやる。
「そりゃ、せっかく東カナンの首都に来たんだしな。名物はひと通りためしとかないと。
 あ、馬刺し食うか? というか、馬刺しだと思うんだが」
 袋をガサゴソして、三つ折りされたケースを掴み出した。下の肉が見えないくらい草(多分ハーブ)がふんだんにかけられていて、まるでタタキのようだ。
「馬の肉だと言っていたから、馬刺しだな。うん」
「――パス」
「ふーん。うまいのに」
 ひと切れ持ち上げ、ぺろりと食べた。
(……なんでこんな男と一緒に歩いてるんだろ、あたし)
 あたしのことなんか、全然女と思ってないに決まってる。
 ガサツだし、いい加減だし、デリカシーなんてカケラもないのに。
 あるのは食い気と――
「うはっ! 今すれ違ったの、見たか? 亜衣! すっげーたっゆん金髪美女! こーんなメロンみたいなのゆっさゆっささせてたぜ!? そういやさっきも壁んとこに赤毛でイイ女いたしー。東カナンって美女の産地でもあるんかなぁ? こーりゃしばらくここに住んでもいいかもー」
 色気ばっかり。
「――こんな所まで来て、なに女の人ジロジロ見つめてるのよ、失礼でしょッ! ほらッ、さっさと歩きなさいよ! 遅れちゃうじゃない!!」
 どんっと両手で思い切り背中を押し出した。
「ってぇなぁ! まだ余裕あんじゃねーか。そんなに強く突くなよ、落とすだろっ?」
 もったいねーじゃねぇか、と指についた羊串のタレをなめている。
(あーもう、あたしったら、なんでこんなバカとパートナー契約なんてしちゃったのかしらッ!)
 ムキーッと髪を掻きむしりたい思いで、亜衣はパンにかぶりついたのだった。