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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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第2章(2)
 
 
 ヘイダル号を加えたアークライト号。彼らは今、とある小島へと停泊していた。
 と言っても、ここが目的地だった訳では無く――
 
 
「うぅぅ……もうダメ……」
「こ……この世界に来て自分の体質を知るとは……おぇぇ」
 とまぁ船酔いでダウンした者が現れた為、手近な小島に立ち寄っただけの話である。
 特に症状の酷いオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)は柔らかな草の上に横になり、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)アテフェフ・アル・カイユーム(あてふぇふ・あるかいゆーむ)による治療を受けている。
「酔い止め薬は基本的に事前に飲んで効果がある物だからなぁ……とりあえず今はこうやって服を緩めて横になっているのが一番いいよ」
「そうね。次からは前もって薬を飲んで、出来るだけ遠くの景色を見るようにするといいわ」
 その近くでは冴弥 永夜(さえわたり・とおや)達が報告した探索結果をルカフォルク・ラフィンシュレ(るかふぉるく・らふぃんしゅれ)が纏めていた。探索した島にチェックをつけ、更にトレジャーセンスの反応した方向へと線を引いていく。
「皆が調べてくれた内容から総合すると……鍵となる物があるのは恐らく……この島ね」
「随分遠いな……ルカ兄、ここからだとどのくらいかかりそうだ?」
「そうねぇ、一応一日以内で着く距離ではあるでしょうけど……あの子達が保つかしら?」
 皆の視線が横たわっている二人に向く。今から船に乗せて丸一日波に揺られるとなると、相当キツい思いをする事になるだろう。
「仕方ありませんね。幸いこの島は停泊させるには良い感じですし、ここで一晩態勢を整えて明日の朝から行動を開始する事にしましょう」
 御凪 真人(みなぎ・まこと)の出した結論に皆が同意する。そしてそれぞれが必要な事を手分けして行う事にした。
 
 
「本当に、あの中ってどうなってるのかしら……?」
 アークライト号の調理場。そこで大人数用の食事を用意しながら蓮見 朱里(はすみ・しゅり)がつぶやいた。
 彼女の言う『あの中』とは、アークライト号の最深部にある船倉である。そこは一見普通の部屋なのだが、ある時は真人が持ってきた地図、またある時は今この場にある大量の食材など、航海に必要な物がいつの間にか存在している不思議な空間だった。
「これもご都合主義って事なのかしらね? 随分中途半端だけど」
 欠点と言っていいのかは分からないが、食材は出てきても完成した料理が出てくる事は無かった。あくまで自分達が努力する事前提でしか物は手に入らないらしい。その為今は朱里を始めとした料理を得意とする者達が夕食の支度に取り掛かっていたのである。
「朱里さん、皮むきの終わったジャガイモはこちらに置いておきますね」
「人参も終わっておる。隣に置いておくぞ」
「む、こっちの置き場所が無いな……少し片付けておくか」
 カレー作りの手伝いをしていたエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)、そしてルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)がそれぞれ野菜の入ったボウルを持ってくる。ボウルにはこれでもかというほどのジャガイモや人参が山盛りに積まれていた。
「有り難うございます、皆さん。これでやっと半分くらいかしら」
「まだ折り返しという所であるか。さすがに大所帯ともなると難儀なものよのう」
「軽く八十人は超えていますからね。でも、僕としてはこれほど大掛かりな料理は初めてですから結構楽しいですよ」
 エオリアがピーラーを手に取りながら微笑を浮かべる。急に巻き込まれた世界ではあるが、見方を変えれば合宿気分を味わう事も出来るだろう。
「そうだな、我も同じ気分だ。さて、残り半分も頑張るとしようか」
 再び料理を始める中、更に応援が現れる。桜葉 忍(さくらば・しのぶ)榊 朝斗(さかき・あさと)だ。
「おっと、ちょっと遅くなったかな」
「お待たせしました朱里さん。僕達も手伝います」
「忍さんに朝斗さん。二人もお料理を?」
「あぁ、これでも俺は和・洋・中一通りは作れるよ」
「僕も家事はそれなりに出来ますから。力になれると思います」
「分かったわ、それじゃあ二人にもお願いするわね」
 二人がエプロンをつけ、料理の輪へと加わって行く。最初の夕食は皆が満足出来る物になりそうだった。
 
 
 アークライト号が停泊している岸で、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)ノア・アーク・アダムズ(のあ・あーくあだむず)神野 永太(じんの・えいた)の三人は会議を開いていた。
「七つの海を越えるとなると、相当な航海になるだろう。せっかく時間が取れた事だし、今のうちに船の改修をしておいた方が良いと思うが、どうだろうか?」
「あたしは賛成よ。さっさとこんな世界からは抜け出したいし、途中で沈ませる訳にはいかないわ」
「そうですね。私は普段から大工として働いていますし、船大工とはちょっと勝手が違うでしょうけど協力してやれば何とかなるでしょう」
「幸い工具は船倉から手に入れる事が出来たからな。出来ればあれも有効利用したい所だが……」
 三人の視線の先にある物は、沢山の鉄の板だった。上手く加工すれば船体の強化に使えるのだが、そのままではどうしようもない。
「ふふふ……どうやらわしの出番のようじゃな」
 そう言って意気揚々と現れたのは天津 麻羅(あまつ・まら)だった。手には鍛冶道具を持ち、服装も古代日本を思わせる物へと変わっている。やる気満々だ。
「この天目一箇神。ただの鉄の板であろうとたちどころに船を護る要として鍛えてくれようぞ!」
「天目一箇神……日本神話の鍛冶の神か。これは頼もしいな。ノアさん、真司さん。私達は麻羅さんが鍛えてくれた物をアークライト号に取り付けていくとしよう」
「分かったわ」
「了解した。ヴェルリア、お前も手伝ってくれ」
「はい、真司。何でも言って下さいね」
 ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)がにっこりと微笑む。行動を開始するノア達を見送り、永太が麻羅へと振り返った。
「では麻羅さん。すみませんが宜しくお願いします」
「うむ、任せるがよい! 緋雨、用意はどうじゃ?」
 麻羅がパートナーである水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)を呼ぶ。彼女は海風の影響を受けにくい所に、船倉から手に入れた鍛冶用の設備を設置していた。
「いつでも行けるわよ、麻羅。武器作りとは少し違うけど、貴重な麻羅の腕を見られる機会。しっかりとその技術を盗ませて貰うわ」
「良い心がけじゃ。さぁ、わしらの力、存分に発揮するぞ!」
「えぇ!」
 
 
 アークライト号が停泊している岸とは反対側。そちらは砂浜となっていた。
 全員が何かしらの仕事をする必要は無かったので、手が空いた者は思い思いに午後のひと時を楽しんでいる。
「照りつける太陽! どこまでも広がる海! ときたらやっぱりこれだよなぁ!」
 海から上がり、顔についた海水を拭いながら篁 大樹(たかむら・だいき)が嬉しそうに言う。それに続くように神崎 輝(かんざき・ひかる)シエル・セアーズ(しえる・せあーず)、そして篁 天音が海から上がってきた。
「まだ春なのに、こんな風に泳げるなんて思わなかったよね、シエル」
「うん! ちょっと変わってるけど、これが私達の卒業旅行代わりかな?」
「そうねぇ。無事……なのかは大樹とシエルちゃんの場合分からないけど、中学生活も終わったんだよねぇ」
「う……天音さん、思い出させないで〜」
 この四人は先日蒼空学園の中等部を卒業し、春からは高等部へと通う事になっていた。その最後の試験前にあったゴタゴタを思い出し、シエルがあの時の苦労を必死に忘れようとする。
「しっかし、輝。お前やっぱり水着も女物なのな」
「当然〜。男の娘としては、ね。どうどう? 大樹君。ボクの水着す・が・た♪」
 輝がグラビアアイドルのようなポーズを取る。輝を知らない者が見たら完全に女の子だと思うだろう。
「いや、どうって言われてもよ。男の水着姿見ても嬉しくとも何とも――」
「――でも大樹、最初は輝君を女の子だと思ってたんだって?」
「だーっ!? 言うな天音ー!!」
 先ほどのシエル以上に必死に忘れようと首を振る大樹。
 実は大樹は輝と同じクラスになった当初、彼を完全に女の子だと思い込んでいた。
 
「いやだってよ、最初の自己紹介の日は用事があって休んじまったし、女物の制服なんだぜ? 間違ってもしょうがねぇじゃねぇか」
 
 ――とは本人の弁である。
 それだけならよくある事だが、幸か不幸か二人は班分けや課外活動でも何かと一緒になる事が多かった。結局大樹が輝を女の子として意識し始めた辺りで真実が発覚したのだが、一連の出来事は大樹にとって軽い黒歴史と言えた。
 もっとも、幸いな事に大樹も輝もその事で距離を置くような人間では無かった。それはシエルと天音を含めた四人で仲の良い友達関係を築いている、今の状況が証明しているだろう。
 
「……ん?」
 次は何をして遊ぼうかと考える輝の耳に、どこからか歌声が聴こえて来た。
 辺りを見回すと、近くの丘に三人の男女がいた。二人の少女が優しい歌を歌い、男はそれを見守るように岩へと腰掛けている。
「♪〜」
 輝達がそちらに向かうと、丁度歌い終わったらしく少女達の声が静まる。そしてこちらに気付いたノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が優しく微笑んだ。
「風が気持ち良いですねぇ。それに海って本当に広くて……こんな素敵な所で歌えるなんて、嬉しいです」
「お話の世界でも、今こうして感じている風は本物……初めての船旅ですが、実に良い経験をさせて貰っています」
 その隣にいる燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)も、乏しい表情ながらも満足感が溢れている。
「聴こえたのは少しだけだったけど、良い歌だったよな。歌が好きなら、輝達と話が合うんじゃないのか?」
 大樹が輝とシエルの二人を促す。その発言にノアは興味を持ったようだ。
「あら、貴方達も歌が好きなんですか?」
「はい! ボクとシエルは846プロダクションで『Sailing』っていうユニットを組んでいるんです!」
「Sailing……『航海』か……」
 腰掛けていたレン・オズワルド(れん・おずわるど)がつぶやく。瞳を隠すサングラス姿はともすれば威圧感を与えるが、それに反して若き少年少女へとかけられる声音はどこか暖かみを感じられた。
「航海の名を持つお前達の歌声、それはこの作られた物語において読者に希望を与える物かもしれんな」
「ボク達の歌が希望に?」
「あぁ、若き者の希望の歌。それは道を切り開く力となる。ノア、それはお前にも言える事だ」
「レンさん……そうですね、私とレンさんと、皆さんが一緒ならどんな物語もハッピーエンドになりますよ!」
 ノアが振り返り、輝とシエル、二人の手を掴む。
「お二人の歌、良かったら私にも教えて下さい! 『航海』の歌、私も歌ってみたいです!」
「私も興味があります。ノア様に教えられるのでしたら、ご一緒させて下さい」
 更にザイエンデも手を合わせてきた。歌を愛する者達の心が今、一つになった瞬間である。
「ボク達の歌で良かったら喜んで! いいよね? シエル」
「勿論! 前にもいきなりトリオになった事はあったけど、今度はトリオじゃなくてカルテットね!」
 
 
「お待たせしました、透矢さん」
「どうですか? これ。加夜ちゃんとお揃いなんですよ」
 輝達がいなくなった後の海岸。そこに水着に着替えた火村 加夜(ひむら・かや)篁 花梨が歩いて来た。
「あぁ、よく似合ってるよ、二人とも。夕食の支度はもういいのか?」
「はい。忍さんと朝斗さんが来て下さったので、代わりに遊んできても良いって朱里さんが」
「そっか。お疲れ様、加夜、花梨」
 二人の美少女が砂浜へと降り立つ。鈍感な透矢は普通に応対していたが、一般的な男性なら目を奪われてもおかしくない光景だった。そして、この場には『逸般的』な男も存在していた。誰であろう、鈴木 周(すずき・しゅう)の事だ。
「立ち並ぶ美女! 爽やかに広がる髪! 海万歳! 水着万歳!! って訳で、お姉さん! 俺と航海に出てみねぇ? 勿論性的な意味――でっ!?」
 どこかの怪盗三世も真っ青なダイブを決めようとした瞬間、両サイドからの同時攻撃を喰らって砂浜へと叩き落される。周の友人として彼の行動を予測していた九条 風天(くじょう・ふうてん)エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)はそのまま左右から腕を掴みあげると、捕らえた宇宙人のように周を連行していった。
「静止役のパートナーがいないからってはしゃぎ過ぎですよ、周さん」
「全く……女性に飛び掛かろうとするとは嘆かわしい。向こうで説教だ」
「いやいや! 綺麗なお姉さんにはああするのが礼儀ってもんでしょ」
「反省の色無しですか……あっちには真人さんも待っていますし、四人でとくと語り合いましょうか」
「いやー! せっかくの海なのに、水着なのに男だけなんて勘弁してくれー!!」
 
 ――そんなやり取りがあったものの、それからは平穏無事な時が流れていた。
「加夜ちゃん、行きますよ〜。えいっ」
「はいっ、ルーシェリアさんっ」
「は〜いっ。花梨さんに戻しますね〜」
 浅瀬では美少女達がビーチボールで遊んでいた。他にもひたすら泳ぐ者、陸で横になる者など様々である。
 そんな中、篁 雪乃(たかむら・ゆきの)は砂浜に座りながら、ビーチボールで遊んでいるルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)達に視線を向けていた。
「む〜」
 雪乃は花梨同様、加夜に誘われて水着に着替えて来たのだが、二人との圧倒的な戦力差を感じてこうして一人打ちひしがれていたのである。
 ――まぁどこが、とは言わないが。乙女に悩みはつき物という事だ。
「はぁ……いいなぁ、皆」
 そんな雪乃の隣にいつの間にかリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)が来ていた。彼女も雪乃同様、実年齢に反して体つきは初等部並だ。
(……)
(…………)
 二人の視線が合い、沈黙の中で互いの気持ちが通じ合う。更に二人の肩に置かれる手があった。如月 玲奈(きさらぎ・れいな)月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)だ。その後ろには結崎 綾耶(ゆうざき・あや)の姿もある。
『………………』
 五人の間に交わされるアイコンタクト。いや――目線すらも必要としない、ハートコンタクト。性格も、外見も違う彼女達はある共通点の下に集っていた。
 雪乃が立ち上がり、無言で手を出す。
 言葉は要らない――五人の少女は次々と手を前へと出していく。なだらかな体つきの者達の心が今、一つになった瞬間である。
 重ねられた五つの手、その絆を見せ付けるかのように、少女達は声を上げた――
 
『ステータス!!』
 
「……何やってるんだ、綾耶達は」
 彼女達を遠目に見ながら匿名 某(とくな・なにがし)がつぶやく。その内容を理解している某に対し、透矢はただ暢気に答えるだけだった。
「良く分からないが、仲が良さそうで結構じゃないか」
「いや、その反応もどうかと思うがな……」
  
 
 一方その頃――
「早ぅこいつを終わらせんと。そんでもって現実世界に帰ったら猛ダッシュや!」
 船室の一つでは、一生懸命課題に取り組んでいる七枷 陣(ななかせ・じん)の姿があった。
 彼の努力が実るか否かは、今の時点では誰にも分からない。
 まぁとりあえず――合掌。