|
|
リアクション
☆
そこに現れたのが平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)であった。
「穿て――ゾディアック・レイ!」
レオは、硬貨型のゾディアック・レイを指弾で弾き、ラルク・クローディスを攻撃した。
「――うぉっ!?」
咄嗟にそれをかわしたラルク。凄まじい威力の光弾が地面に穴を開ける。その威力に、ライカ・フィーニスは舌を巻いた。
「わーお、なんという威力!」
「危ない、こっちに来るんだ!!」
と、レイコール・グランツに引きずられていく。
「おい、何しやがる、危ねぇじゃねぇか!!」
と、ラルクは近くの建物のうえから光弾を発射したレオに向かって叫んだ。
だが、すでに魔鎧 告死幻装 ヴィクウェキオール(こくしげんそう・う゛ぃくうぇきおーる)に身を包んだレオは、聞く耳を持たない。
「――話は聞いている……『空京大学のラルク・クローディスの偽者が暴れている』と。
よりによって何という強者の偽者が……だが、僕だってそれなりに修業を積んでいるんだ、そう簡単に負けはしないぞ!!」
どうやら、本物のラルクをフェイクと勘違いしているらしい。
確かに、つい先ほどまでフェイクのラルクも全裸で暴れてはいたが。
「おいおい、俺は本物だ、あんなペラッペラな変態を一緒にしないでくれ!!」
「うるさいっ! 偽者はみんなそう言うんだ!!」
話の通じないレオに呆れたラルクは、ライカの方を振り向いた。
「まいったな……そうだオイそこのちびっ子、お前さっき見てたよな、俺のフェイクが消滅するところ!!」
だが、レイコールに引きずられてこの場を退場中のライカはそれどころではない。
助けを求めるラルクに対して、笑顔で手を振るばかりだ。
「えーっと……それじゃーねーっ!!」
ラルクさん、がんばって!!
「お、おい待てよこら――っつ!?」
思わずライカの方へと向かおうとするラルク。だが、その眼前を再びゾディアック・レイが襲う。
建物の屋根から降り立ったレオは、ラルクに向かって宣言した。
「決まりだな――いくらラルクさんの偽者といえど、この僕の全力で止めてみせる!!!」
「ち……しかたねぇな……こいつは本気出さねえとこっちがやられちまうぜ!!」
こうして、本日最大の勘違い大戦が始まったのである。
☆
レオは、次々にゾディアック・レイを連発し、ラルクと距離を取った。
ラルクも巨体に似合わぬ軽やかな動きで、その光弾をギリギリで避けていく。
「――ふん、いつまでもちょろちょろと……男だったら直接殴りに来いってんだよ、タマついてんのか!!」
「ならば、これでどうだ!!」
レオは焔のフラワシで、ラルクの目先を焼いた。
「――ヌルいっ!!」
しかし、その攻撃も一瞬だけラルクの視界を塞いだだけ。
だが、レオの狙いはそこにあった。たった一瞬、ラルクの視界を邪魔できれば良かったのだ。
「――ふん……小細工が好きだねぇ……」
ラルクは少し驚いたように、目を見張った。
そこにはいつ間にか、多数の魔鎧を纏ったレオの姿がある。
焔がラルクの視界を塞いだほんの一瞬、その間にヴィクウェキオールのミラージュで幻の分身を生み出したのである。
「……」
ラルクはレオの出方を待った。
この状況下では、こちらから動いたところを死角から仕留めるのが定石。
ならば、逆に向こうからの仕掛けを待って、反撃した方が得策と判断したのだ。
レオの姿のほとんどが幻なのは分かっている。
その時、ラルクの背後からヴィクウェキオールがパイロキネシスを放った。
「――そこだ!!」
だが、ラルクとて最強クラスのコントラクターだ。感覚を研ぎ澄ませていたラルクは、背後から放たれるその攻撃の気配に一瞬で反応して、神速の一撃を放つ。
「――軽いっ!?」
ラルクが拳を叩きこんだ相手は、魔鎧であるヴィクウェキオールだけだった。
ミラージュで分身したヴィクウェキオールは、焔でラルクの視界を塞いだその一瞬にレオと分離し、さらに幻の鎧をレオにかぶせていたのである。
つまり、ラルクが攻撃したのはただの鎧。
レオ本体は、最初からこの一瞬を狙っていたのだ!!
「貰った!!」
ヴィクウェキオールに気を取られたラルクの死角から襲いかかるブラインドナイブス!!
「甘いんだよっ!!!」
しかし、恐るべきはラルクである。囮とはいえ、パイロキネシスで焼かれたはずの身体を動かし、ヴィクウェキオールから腕を抜いてブラインドナイブスに合わせたカウンターを放つ!!
「――そう、そこまでは合わせてくると分かっていたよ、こちらもね」
「何ぃっ!?」
ラルクは驚愕した。
ブラインドナイブスを放ったレオは偽者――普通紙のフェイクだったのだ。
ラルクのカウンターを受けてレオのフェイクは一撃で消滅した。
本物のレオは、その後ろ。最初からレオは戦術を練って二重、三重の罠を仕掛けていたのだ!!
「撃ち抜け――ゴルディアス・インパクト!!!」
至近距離から、ラルクの一撃にカウンターで合わせたヒロイック・アサルトが炸裂する。
「やるじゃ……ねぇか」
さすがのラルクといえども、これは効いた。
そのままレオに多い被さるように倒れるラルク。
だが、戦いに勝利したはずのレオもまたその場に倒れた。
「――大丈夫ですか」
ヴィクウェキオールは、レオを支えるようにその身体を受け止めた。
気を失ったラルクを見て、レオは胸を押さえた。
「……はぁ、はぁっ……まさか……あれに合わせてくるなんて……さすがは、ラルクさん」
なんということだろう、ラルクはレオがフェイクに向けて放った攻撃は、『鳳凰の拳』――百万が一つを想定して、レオのフェイクの向こう側の伏兵にも考慮した攻撃を放っていたのだ。
辛うじて勝利したものの、レオもまた大きなダメージを負ってしまった。
「二人がかり……いや、フェイクを入れて三対一でギリギリ引き分けじゃ、負けたようなものだね……」
「……だが、最後に立っているのは私たち……戦いの場では生き残った者だけが勝者です……胸を張りましょう」
「そうだね……ところでこのラルクさんの偽者……元に戻らないんだけど……?」
やっと気付いたか、とラルクは沈み込む意識の下で突っ込むのだった。
☆
「あ――アイビス!!」
と、榊 朝斗(さかき・あさと)はアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)に呼びかけた。
パートナーのルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)を交えた三人で買い物に来ていた一行だが、ちょっと目を離した拍子にアイビスがいなくなってしまい、朝斗とルシェンで探していたのだ。
「良かったわ、探したのよアイビス……どうしたの?」
ルシェンは、アイビスの顔を覗き込んだ。どうも様子がおかしい。どこか回路の調子でも? とアイビスのおでこに手を当ててみる。
アイビスは機晶姫だ。『心』やそれにともなう感情の流れが希薄で、普段は機械的な反応しかせず、当然表情にも乏しいのだが、そのアイビスはルシェンの手を苛立たしげに振り払い、言った。
「触んないでよ、おばさん」
――と。
「お、おばっ!?」
普段のアイビスの口からは絶対に出て来ない罵倒の言葉に、ルシェンは戸惑った。
さらに、アイビスはとろんとした表情で朝斗の首に両手を回し、耳元に口をつけて怪しくささやいた。ルージュを引いた唇が、やけに艶かしい。
「――ねぇ朝斗ぉ、せっかく二人きりなんだしさぁ、どっか行こうよぉ」
「あ、ああああアイビス!? どうしたのさ、いったい!!?」
「ちょっとアイビス、おばさんってどういうことですか!! しかも二人っきりってどういうこと!!」
何が何だか分からないまま混乱する二人に、アイビスは言った。
「あ、ゴメン言い間違えちゃった。若い人は二人だけ、ね♪ あたしはじゅーななさいだっしー♪」
――何かが、ぷちりと切れた音が聞こえた気がする。
言うまでもあるまいが、ルシェンの血管である。
「……アイビス……。今日は随分と絡むじゃないですか? 確かにちょっと目を離したのは悪かったけど……いくらなんでも口が過ぎるというものですよ?」
ルシェンの両手が、小刻みに震えている。
彼女は吸血鬼であり、この際は実年齢などあまり関係ない身の上であるが、ちょっとお姉さんは外見をこっそり気にしているのだろうか。
だが、そんなルシェンの怒りをものともせず、アイビスはさらに朝斗に絡みついた。
「へぇ……口が過ぎるって……例えば、こんな風に……?」
「え、ちょっとアイビ――むぐっ!?」
一瞬、ルシェンには何が起こっているのか分からなかった。
朝斗の頬にそっと手を添えたアイビスは、こともあろうにルシェンの目の前で朝斗の唇を奪ったのである。
しかも、ただのキスではない。
抵抗する朝斗の口を舌でむりやりこじ開け、舐める。唇の裏を刺激し、歯を開かせると、しっとりと湿った舌が朝斗の口腔を蹂躙した。
「ア……アイビ……ス……」
「む……あさ……とぉ…はぁ」
その二人を呆然と眺めていたルシェンだが、ハッと我に返って朝斗をアイビスから引き剥がした。
「や、やめなさい!! 一体どうしたっていうの!!」
アイビスはというと、そのルシェンを小馬鹿にしたような表情で、舌なめずりをした。
「いいじゃない、ちょっとくらい借りたって……あたしだって朝斗のパートナーなんだしさぁ……いつもやってんでしょ?」
「し、してません!!」
と、真っ赤になって否定するルシェン。アイビスは続けた。
「――へぇ、してなかったんだ。じゃあ――あたしがもらっちゃおっかな……まだ手もつけてないなんて、バッカじゃないのぉ?」
「……よしなさい、そんな下世話な言い方は」
あくまで毅然とした態度を貫くルシェンだが、アイビスはさらに食い下がった。
「はん、下世話も上世話もないもんだわ。
随分な余裕じゃない? 手を伸ばせばすぐに届くとこにあるってのに――。
もう安心しちゃってるの? それとも怖い? うっかり手を出しちゃって関係が壊れるがこの期に及んでまだ怖いの?
やーあねぇ、年とると守りにはいっちゃってぇ!!」
プルプルと震えるルシェンの額に太い血管が視認できる。
その後ろで、朝斗が言った。いつの間にか届いていたメールで、フェイク騒動を知ったのだ。
当然ではあるが、明らかに様子のおかしいアイビス・エメラルドはフェイクである。
「ねぇルシェン、ひょっとしたらそのアイビス偽者かもしれな――」
だが、その言葉がルシェンの耳を通って理性に到達する前に、アイビスの言葉が矢のように突き刺さった。
「これだからヤなのよねぇ、若さも魅力も度胸もないなんて、ねぇ。お・ば・さ・ん♪」
繰り返されたアイビスの挑発は、鉄のように固いルシェンの意志を打ち砕き、聖母のような微笑みを奪い去る。
先ほどまで真っ赤に染まっていたルシェンの顔は完全に蒼白となり、優しい微笑みの変わりに、残忍な悪魔のスマイルが浮かんでいた。
「――いいでしょう、そこまで言うのなら……ここでスクラップにしてその後で再構築して差し上げます!!!」
ここに女の戦いが勃発した。当然だが、賞品は榊 朝斗その人である。
「ところで……僕の意志は?」
賞品の意志は尊重されない。世の中とは無情なものだ。