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リアクション
☆
「おうおう、なんやねん何見とんねんわれぇ!!」
と、商店街でパン屋の看板を蹴飛ばしたのは七枷 陣(ななかせ・じん)だ。
「ちょ、ちょっと何をするんですか、やめて下さいお客さん!!」
すぐに中から店員が出てきて陣に注意するが、陣は構わず店員に絡んだ。
「――あんさんがこの店のモンでっか? いやな、そこの看板がなぁ、ワイにガンつけよりまんねん。
あんさんの教育が悪いせいでっせ? どないしてくれますの?」
要するにチンピラが難癖つけているのである。
「そ、そんな、看板が睨んだりするわけないじゃないですか、言いがかりはよして下さい!!」
懸命に反論する店員の胸倉を掴んで、つるし上げる陣。
偶然買い物に来ていて、その様子を偶然見かけた本物の七枷 陣は買い物袋をごとりと落とした。
「な に あ れ ひ ど い」
陣が呆然とするのも無理はないが、何より許せないのはその口調だ。
「ほほ〜ん、あんさん、このワイが見間違えたゆーんやな?
ほんなら出るとこ出まひょか? あん? それが嫌なら慰謝料やなぁ!!」
見かけは陣とそっくりだが、あまりにもコッテコッテの関西弁すぎて、聞いているだけで恥ずかしい。
というか、その方言はたぶん各地方のものが混じっていて、TVでたまに見る『関西弁のことを良く分かっていない人が関西弁を無理に喋ろうとしている』状態である。
「今日びそんな頭悪い関西弁使ってる奴なんていねーーーーっ!!
ふざけんなーーーっ!!」
怒りに任せた陣は、傍にいたパートナー、仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)に合図した。
右手を真っ直ぐに伸ばして、人差し指と中指を揃えて狙いをつける。
もちろん、狙いは陣の偽者だ。
「セット!!」
合図の声と共に、二人同時に火術を放つ。
二条の蒼紫の炎があっという間にフェイク陣を包み、似顔絵を燃やし尽くした。
「ほなさいなあああぁぁぁ……!!!」
「――ったく胸糞わるいな……つか誰やこんなもん作ったの!?」
その様子を見た磁楠は提案した。
「ふん、ならば調べてみるが良かろう。どうせこの街のことだ――少し動けば情報は入る、違うか?」
その提案に頷き、陣は行動を開始した。
「ああ――あんなふざけたモン作ったやつ、捕まえてフルボッコや!!」
☆
「あら、あなた……そんなものをつけて、邪魔じゃない?」
と、レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)は、保育園の庭の外で子供たちを眺めていたローザマリア・クライツァールに声をかけた。
何だか意気投合してしまったグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダーと臨時保母のベスは子供たちと遊び始めてしまい、少し疲れたローザマリアは休憩していたというわけだ。
「え……何かついてるかしら……?」
ローザマリアは自分の服を確認した。子供に遊ばれている間に泥でもつけられただろうか?
だが、声をかけたレイナはローザマリアの胸元を指差して言った。
「ええ……大きくて、邪魔そうなのが二つ」
それがローザマリアの豊満な胸を指していることに気付くのに、時間はかからなかった。
「――はい?」
戸惑うローザマリア。いきなりそんなことを言われては混乱するのも無理はない。
だが、そんな戸惑いも気にせずにレイナはローザマリアに迫った。
「ええ、重くて大きくて邪魔でしょう、そんな脂肪の塊は。
だから私が狩り取って差し上げますわ……うふふふふふふふふふ」
驚いているローザマリアの胸元に吸い込まれるように、レイナの両手が伸びる。
「ちょ、ちょっと!? 何をするの!?」
「いいではないですか、そんなに大きいんですからちょっとくらいなくなったって……少しわけて下さいようふふふふふふふふ」
「そ……そんな……アレが……私……?」
と、本物のレイナ・ミルトリアはショックを受けた。
フェイク事件のあらましをカメリアからのメールで知ったレイナは、早速街に探しにきたのだが、その素行のひどさに衝撃を隠せない。
「い、いくら嘘だからって偽者には多少なりとも本物を模倣したところがあるはず……。
普段の私はあんな風に見られているのでしょうか……?」
そこにパートナーのウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)が駆けつけた。
「どうだ、いたか……ってあれは裏レイナっ!?」
いつもは品行方正、清廉潔白はレイナだが、実は無意識下のストレスや表に出せない感情が溜まりきった時、レイナの内面から解放される裏人格がある。
カメリアが描いた嘘設定『鬱憤が溜まって生まれた裏レイナ。胸がないのを気にしている』はたまたまその裏人格に良く似たものになってしまったのだ。
「あっちゃー……あの地祇っ子、よりにもよってドンピシャなもん書きやがって……ん?」
気付くと、レイナは一人で膝を抱えてうずくまっている。
「……ああ……私は良かれと思って人に接しているつもりだったのに……いつの間にかあんな風に見られていたなんて……」
このままでは、本物の表レイナまで裏側に反転しそうな勢いだ。
ちなみに、表レイナは裏レイナの存在を知らない。いつもパートナー達が頑張ってその存在を隠蔽しているのだ。
「っと、このままじゃヤバいな。レイナがおかしくなる前に、アレ始末しねぇと!!」
ウルフィオナは落ち込むレイナを置いといて、とりあえずフェイクを始末する方向に動いた。
目の前から消してしまえば、後はどうにでも言い訳のしようはある。
「――っと、危ないじゃないですか!!」
突然蹴りかかったウルフィオナを避けて、フェイク裏レイナ――ノワール・レイナとでも言おうか――は飛び上がった。
だが。
「うっせ、さっさと消えろ!!」
元々肉弾戦が得意ではないレイナの普通紙フェイク。日頃から迅さに磨きをかけているウルフィオナの動きについてこられるはずはない。
「――あれ、きゃあああぁぁぁっ!」
飛び上がったところを追って再び飛び蹴り、それで終りだった。
ウルフィオナが蹴ったノワール・レイナは似顔絵に戻り、ローザマリアの足元に落ちた。
「え? 何これ……?」
それを拾ったローザマリアに、ウルフィオナが説明した。
「何だ、聞いてねぇのか?
これこれこういうわけで、今この街には自分そっくりな偽者がたくさんいるんだよ、あんたも気をつけな」
と言って、ウルフィオナは際限なく落ち込むレイナを元気付けに戻るのだった。
「――ライザ」
それを見送ったローザマリアは、グロリアーナに声をかけた。
ベスと二人で子供たちを保育園に戻したグロリアーナは、その様子に気付いたのか、真顔で答えた。
「――何だ、ローザ」
「……あの娘……ベス、そうなんでしょ。
たしかにそっくりだけど……性格は違うようにできるものなのね。
勇ましい女王様とは正反対のライザ……せっかくだけど、このままにしておくわけにはいかないでしょ?」
グロリアーナは首を横に振る。
「妾の分身だ――妾が気付かぬはず、ないであろうが」
その二人の様子を見て、ベスは近づいてきた。
「二人とも、今日はありがとっ!
おかげで、とっても楽しかったよ!!」
そう言って微笑むベスだが、すぐに真顔に戻って、言った。
「そう……そろそろ終り、なんだね……」
その言葉に、グロリアーナは続けた。
「ローザは正反対とは言うが……生まれさえ違っていれば、妾もこんな人生を送っていたかもしれない」
「……」
ローザマリアは黙っていた。話に聞いたところだとフェイクは軽く殴れば元に戻るそうだが、それは自分の役目ではないと悟ったからだ。
グロリアーナは英霊だ、生前はイングランド女王だった。
「イングランドの国王として、自由とは無縁だった妾だ……。
この者に、あったやも知れぬ人生を送って貰いたいというのは――妾の我儘だ。
分かっている。……分かっては……いるのだ……」
だが、そんなグロリアーナを、ベスはそっと抱き締めた。
優しく、子供をあやすように。
「……ライザちゃんは優しいね……。
でもいいの……私、とっても楽しかったから……。
もうこれで満足……もし良かったら、たまには思い出して。
ベスでもライザでもない……保母さん国王でもでもない……本当のあなたがいるかも知れないっていうこと」
そのまま、ライザの拳がベスの腹部を一発、叩いた。
「――赦せ」
微笑みを浮かべたまま、ベスは一枚の似顔絵に戻り、グロリアーナの手に収まった。
「さらばだ、ベス――いや、エリザベス――」
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