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五月のバカはただのバカ

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五月のバカはただのバカ

リアクション

                              ☆


 そんな折、ブレイズが走る街並みで目撃したものは、腰が砕けたようにそこら辺で倒れている男女の姿だった。

「何だ、これ……」

 そして、呟くブレイズはすぐにその原因を知ることになる。

 前方にいる二人の美女――レラージュ・サルタガナス(れら・るなす)とそのフェイクがコンビを組んで街の人々を襲っているのだ。

「うふふふふ……若いわですねぇお兄さん……どうですか、ちょっと遊びましょうよ……?」
「あらあら……こちらの女の子も可愛いですねぇ……いいでしょう、ちょっとくらい……」

 普段はその能力の大半を封印しているが、レラージュはサキュバスだ。
 それが自分のフェイクと共鳴することでサキュバスの本能が暴走してしまったのだ。
 胸元の大きく開いた黒のドレス、足には大胆なスリットが入って、いつもの倍の色香を振りまいている。

 そして、そのサキュバスの能力を全開にして道行く人々を誘惑しているのだから性質が悪い。
 そこらの一般人が魔力のこもった誘惑に抵抗できるはずもなく、次々にメロメロにされ、精気を吸われてしまうのだ。

「あれ……どうして、レラージュが二人いるんですか?」
 と、そこにレラージュを探してやってきたのが、神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)だ。
「っと……能力解放してるじゃねえか……こうなると、厄介だぞ……あいつは」
 もう一人のパートナー、シェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)は呟いた。
 だが、二人のレラージュはそんなシェイドには構わず、上質な精気を持つ餌――紫翠に狙いを定めた。

「うふふ……紫翠様ぁ……」
「え……あの……レラ、どうして二人……んむっ――んっ!!」
 疑問を発した紫翠の口が、レラージュに口付けによって塞がれる。棒立ちの紫翠に腕を、足をなまめかしく絡めてしがみついてくるレラージュを引き剥がすことができない。
 そして、サキュバスであるレラージュの口付けがただのキスである筈がない。
「あん、一人占めはズルいですわよ……こっちにも……はぁ……」
 こうなるともうどちらが本物であるかなど、紫翠に分かるはずもない。次々と交代で精気を吸ってくるレラージュの唇と舌に翻弄されながらも、紫翠の意識は朦朧としていく。


「――よし、そのまま動きを止めておけ!!」
 だが、二人のレラージュが紫翠に集中したことでシェイドにはチャンスが生まれた。
 シェイドはレラージュの髪を後ろで止めていた黒いリボンを外した。
 ひとつ、またひとつ。

「――?」
「――あっ、あああっっっ!!!」

 レラージュの反応はそれぞれ違っていた。
 一人のレラージュは髪を解かれてキョトンとしているだけだが、もう一人は激しく身を震わせて、身体を駆け巡る力の奔流に耐えかねている。
「なら、そっちが偽者だ、消えろ」
 シェイドはぼんやりしている方のレラージュに雷術を放つ。それによりフェイク・レラージュは元の似顔絵に戻った。
 レラージュは普段、髪留めの黒いリボンで自らの魔力を封印している。それを知っているシェイドはその髪留めの封印を解いて本物を判別したのだ。

 それはつまり、危険ゆえに封印しているレラージュの魔力を解放してしまったということでもある。

「そのリボン、返しなさい――!!!」
 金色の瞳を大きく見開いて、レラージュはシェイドに襲いかかった。
 軽身功を用いた彼女の身は軽い。シェイドに鋭い爪で突きかかるレラージュを、しかしシェイドは真っ向から受け止めた。
 真っ直ぐに突いてくる腕を辛うじてかわして、レラージュを抱き締めるように抱える。

「――ほら、返すぞ」
 素早い動きで手に持った黒いリボンでレラージュの後ろ髪を留める。すると、彼女の身体を暴走していた魔力は止まり、レラージュは正気を取り戻した。

「……あら……何をしていたのかしら……? でも、随分と身体の調子がいいですわね」
 悪びれる様子もないレラージュを見て、シェイドは軽くため息をついた。
「やれやれ……とぼけるなよ。暴走してる間の記憶がありませんなんて、都合のいいものじゃないだろ」
 シェイドとレラージュは旧知の友。相手の性格くらいは熟知している。レラージュはぺろりと形のいい舌を出した。

「あ……レラージュ……良かった……元に戻ったんですね、怪我とか、してないですか?」
 正気を取り戻したレラージュを見て、座りこんでいた紫翠は立ち上がろうとするが、よろけてまともに歩くことができない。
「おっと、大丈夫か」
 と、その紫翠をシェイドが支えた。
「……本気出しすぎだ、レラ。まあ、封印解除したお前に吸われたんでなくて良かったが……。
 さすがに、火傷しそうになったぞ? お前のリボンに込められた想いは、どうにも強すぎてな……」
 レラージュは、ちょっとだけそっぽを向いて話を逸らした。
「まあ、ごめんなさいね。大事な物ですから。……それにしてもやっぱり紫翠様の精気が極上ですわぁ、いつも独り占めしてるルダが羨ましいわぁ……」

 そんな二人の会話を聞きながら、紫翠は自らの意識をそっと手放した。
 心地よい、安心感と共に。


                              ☆


「――あ、あんなところに」
 クナイ・アヤシ(くない・あやし)は守護天使の能力を活かして、空から清泉 北都(いずみ・ほくと)のフェイクを探していた。

「わーんわん、わっわわわん♪ わっわわわん、わんっ♪」

 北都のフェイクは、超感覚の犬耳と尻尾を出してわんこダンスを踊りながら、街中を闊歩していた。
「やっと見つけました――犬耳と尻尾で踊り歩くって……いくら嘘でもヒドいですねぇ……」
 だが、北都のフェイクは尻尾をふりふりと、わんこダンスを踊っているだけなので、他人には無害だ。
 クナイはそんな北都のフェイクに近づき、とりあえず保護する。
「さて……どうしましょうか……」
 とはいえ、やはり大事なパートナーであり恋人である北都と同じ顔のフェイクを殴るのも気が引ける。
 迷うクナイの前で、フェイク北都は小首を傾げて、子犬のように鳴いた。
「――くぅん?」


「か……かわいい……」
 思わず動きが止まってしまったクナイに抱きついて、本当の子犬のようにぺろぺろと舐め出すフェイク北都。
「うぁん、あぅん、あぅ〜ん!!」
「わ、ちょっと……落ちついて下さい……ここでは目立ってしまいます……そうだ、あっちの公園に……」
 抱きついてくるフェイク北都をなだめながら、どうにか公園へと場所を移すクナイ。
 そっと頭を撫でてやると、フェイク北都は目を細め、クナイに頬ずりした。
「よしよし……大人しくして下さいね……とはいえ……これは情が移ってしまいますね……どうしたものでしょう……」

 とりあえず人気のない公園で、フェイク北都の様子を見ることにした。
 だが、クナイは自分にはそう時間が残されていないことを知った。
 何故なら。


 フェイク北都がいつの間にか自らの執事服のボタンに手を掛け、半脱ぎ状態になっていたからである。


「わ、ちょ、ちょっと何をしているのですか!! ダメですよ……ああ待って!!」
 だが、フェイク北都は窮屈な執事服が嫌なのか、次々に服を脱いでいく。このままでは全裸になるのも時間の問題だ。
「わ〜ん、わん♪」
「し、しかたありませんね……あの顔であんなことされても困りますし、止めないと……」


 と、半裸のフェイク北都を止めようとして肩に手をかけたところに本物の北都が駆けつけるわけで。


「――あ」
 ひやりとした冷気にも似た殺気を感じ、クナイは振り返った。
「――僕の偽者と何をしているんだい、クナイ……?」
 北都は日頃から自分の感情を抑えつけ、怒りの感情ほど周囲に悟られないようにする癖がある。
 ゆえに、怒った時ほど無表情になることをクナイは知っていた。
 今の北都がまさにそれで、ガチガチの固さを感じさせるほどの無表情と共に、拳を固めているのが見える。

「ぅわん!!」

 戸惑ったクナイの隙を突いて、フェイク北都は逃げ出した。
 だが、それを見逃す北都ではない。執事服を半分脱いだ状態のフェイクにあっという間に追いつき、渾身の則天去私を放つ!!
「きゃん!」
 だが、その一撃を受けたフェイクは似顔絵に戻らず、その場に転がった。
「ああ、上質紙とかいうやつか……仮に同じ実力を持っていたとしても、その動きにくい格好でそれが発揮できるとは思えないね」
 もう一度、荒ぶる力で強化されたその拳を則天去私としてフェイクに放つ北都。
 その動きには無駄がなく、冷淡と言っていいほどだった。

「――あの……?」
 自分のフェイクを似顔絵に戻した北都は、その似顔絵を破り捨てた。
「……」
 北都の顔には表情がない。まだ、怒りの感情が消えていないのだ。

 北都のフェイクをクナイがすぐに処分しなかったことに怒っているのだろうか。
 それとも、フェイクとクナイを見て本当に何か誤解されたのだろうか。
 クナイの脳内にはそんな疑問が渦巻いているが、北都がクナイの方も見ず、何も言わずに歩き出してしまったので、聞くこともできない。
「……」
 そして、その感情は北都本人にも戸惑いを与えた。
 こうして怒りの感情を抑え込んで、それをクナイにぶつけることはある意味での八つ当たりで、北都なりの甘えなのだ。
 ついでに言えば、クナイとフェイク北都が仲良く遊んでいるようにも見えたので、それに対する嫉妬心もある。

 だが、まだ二人ともそれには気付かない。
 そんなもやもやした気分を抱えたまま、二人は歩いた。