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リアクション
第4章
「愛しい人よ――どうかこの指輪を、左手の薬指にはめてはいただけませんか?」
と、テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は跪いて皆川 陽(みなかわ・よう)の『忠誠の指輪』に口づけをした。
「――え、テディ!?」
突然バラの花束を渡された陽は声を上ずらせた。
何しろ普段の行動に落ち着きがなく、今ひとつ騒々しい印象しかないテディ。だが今日の彼が陽を静かに見つめる緑の瞳は涼しげで、微笑みを浮かべる涼しげな微笑は陽を戸惑わせるのに充分だった。
「ああ、我が主君。イエニチェリという重責に耐えようとするあなたは美しい。どうか、そのお顔をよく見せてください」
テディは陽の頬に両手を添えて、その瞳を覗き込んだ。
陽がかけたメガネの奥に弱気な黒い瞳がテディを映し込む。
だが、陽はその視線を外し、目だけで横を向いた。
「――やめてよ、ボクなんかが美しいわけ……ないじゃないか」
日本の一般家庭に生まれ育った陽は、薔薇の学舎のおいては全くの凡庸。美形、金持ち、天才揃いの薔薇学においては逆に目立っているのではないかという一般人っぷりで、それが陽にはものすごいコンプレックスであった。
未だにイエニチェリに選ばれた理由も分からない、その自信もない中で、陽は日々劣等感に苛まれていた。
「いいえ、我が主君。美しさとは外見に宿るものではありません。
――煌びやかな光に負けそうになりながら、しかし懸命に立とうとする貴方は誰よりも美しい。
仮に誰がそれを否定しようとも……我にだけはそれが真実なのです。
もう一度言わせて下さい……貴方は……他の誰よりも美しい」
その言葉は、陽の耳に心地よく響いた。
「……テディ、今日はいったい……どうしたの……」
普段のテディはこのような口調ではないし、こんな風に言ってはくれない。
テディは間違いなく陽の事が好きなのだが、子供っぽく自分勝手な愛情を押し付けるばかりのテディと、自分に好かれるだけの自信のない陽はすれ違いを繰り返し、今やすっかり破局状態であった。
だが、今目の前にいるテディはそんな陽に対して優しくささやき、陽の不安と劣等感を容認しようとしていた。
――それは、何よりも甘い言葉。
陽は、その誘惑に抗うことはできなかった。
メガネの奥の瞳に、外見だけは美しい偽者のパートナー――その形の良い唇を映して。
テディがいつもこうならいいのに、なんてことを思いながら。
甘美な美酒を堪能するのだった――。
☆
そんな陽とテディを気にする人は誰もいない。
なぜかというと、この通りの人々は皆、ナンパの相手に忙しいのだ。
「おお、俺はなんてラッキーなんだ!! こんなキレイな女の子達に巡り会えるなんて!!」
と、道行く3人組の女性に声をかけ、大げさに感動しているのはクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)だ。
「いやーまったくだよ、どうだい女神サマ?
僕らちょっとこの辺で時間つぶしをしたいんだけど、このメンツじゃどうにも味気なくってねぇ。
ちょっと付き合ってくんないかな? いや時間は取らせないよ、ほんの30分、ねえいいでしょ?」
その横で佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が畳みかける。
そして、その様子を間近で観察する弥十郎の兄、佐々木 八雲(ささき・やくも)の姿もある。
クリストファーと弥十郎は外見だけが良く似たフェイクだ。
二人ともに薔薇の学舎に所属している。もともとルックスのいい二人に言い寄られて、まんざらでもない表情を浮かべる三人娘。
「なあ行こうぜ、こんな綺麗な人にめぐり合えた奇跡に乾杯したい気分なんだ!」
と、フェイク・クリストファーは少しだけ強引に女性グループのうちの一人の手を取った。
「ねえ、いいでしょう?
ああそうだ、ついでにこの辺で美味しいスウィーツのお店とか知りませんか?
え、知ってる? じゃあ、そこ行きましょうよみんなで」
フェイク弥十郎も負けてはいない。女の子の肩に手を回して、そっと寄り添う。
ちなみに、弥十郎のフェイクはどこかで着替えてきたのか、半袖のアロハシャツにゴテゴテとアクセサリーで飾った軽い格好であった。
その二人のフェイクの様子を見ながら、何事かを手帳に書きとめている八雲。
ちなみに、彼は本物だ。
「ほう……素早く肩に手を。……偽者ながら、やるなぁ」
ちょっと兄さんなにしてるんですか。
☆
「やれやれ……いつもいつもやっかいな街だな、ここは!!」
と、アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)は吐き捨てた。
ツァンダの街を訪れた彼は、街中がフェイク騒動に巻き込まれているのをすぐに察知した。
そして、カメリアからのメールで大体の事情を理解したのである。
色々あってパートナーであるリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が転校したものの、彼自身には思うところがあるのか、ツァンダの街でジャスティシアとしての活動を継続している彼。こんな騒動を黙って見過ごすわけにはいかなかった。
とりあえず、妙に身の軽い一般人のフェイクを始めとする普通紙フェイクを判別がつき次第殴り倒して、元の似顔絵ペーパーに戻していく。
「キリがねぇな……カメリアの奴、どんだけラクガキしてんだよ……」
とぼやいた時、アストライトは視界の端で見知った顔を見かけた。
それは、自分のパートナーであるリカイン・フェルマータと、自分と同じ顔をしたフェイクであった。
「――?」
そういえば、カメリアのメールには誰の似顔絵を描いたとは書いていなかった。
「あのバカ女……!!
騙されてんじゃねぇよ、ってどこ行った!?」
二人の姿は人混みに紛れて見えなくなってしまった。
カメリアが似顔絵ペーパーの裏に何を書いたのかは分からないが、リカイン相手に何をしでかすか分かったものではない。
ペーパーの回収を一時的に中断して、二人の姿を探すアストライトだった。
☆
「う〜ん、ううう〜ん」
と、渋面を見せるのは久世 沙幸(くぜ・さゆき)だ。
そして、その前にはパートナーである藍玉 美海(あいだま・みうみ)が二人。
もちろん、その内の一人はフェイクだ。
「ほらほら沙幸さん? 早くどちらが偽者か当てて下さいませ」
と、美海のうちの一人は言った。
「そうですわよ沙幸さん、早くこの偽者の頬を一発叩いて元の似顔絵に戻して差し上げて下さいな」
すると、もう一人の美海も言った。
「ううう〜ん、こうそっっくりだとわかんないよぉ……」
沙幸は二人の美海の前ですっかり考え込んでしまった。
ちょっと目を離した隙に美海とはぐれてしまった沙幸が見たものは、いつもどおり街で可愛い女の子をナンパしたり一方的にスキンシップを計ったりしている美海の姿であった。
それ自体はいつものことなのだが、その美海が二人いて、同時にナンパしているのは問題があった。
というか、普段も誰彼構わずナンパしてるんですね美海さん。
しかも、その二人の美海がさも当然のように自分が本物であると主張を始めたのだ。
周意の人間の話から、どちらかが似顔絵ペーパーの偽者であることはすぐに分かった。
だが、外見では全く見分けがつかない二人を前に、沙幸はすっかり困り果ててしまったというわけだ。
どうやら似顔絵ペーパーのフェイクは一発叩けば元に戻るらしいという情報は入手したのだが、どちらが偽者か特定ないのだからその情報もこの場合無意味。
どちらも一発ずつ叩けば問題ないのだが、そんなことをしたら後で本物の美海にどんなお仕置きをされるか分からない。
「さあさあ沙幸さん、まさかどちらが本物のわたくしか分からない、なんていうことはないでしょう?」
「その通りですわ沙幸さん。まさかわたくしと沙幸さんの仲でそんなことはありえませんものね?」
どうやら性格も似ているらしいフェイクと本物の美海は、悩み続ける沙幸の反応をすっかり楽しんでいるようだった。
「う〜ん、うう〜ん、ううう〜〜〜ん」
まさか遊ばれているとも気付かない沙幸は、延々と悩み続けるのだった。
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