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五月のバカはただのバカ

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五月のバカはただのバカ

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                              ☆


「失礼いたしますね」
 と、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)――のフェイク――は一声かけてから水橋 エリスを持ち上げようとした。
「えっ?」
 いきなり後ろから掴まれたエリスは驚きの声を上げる。
 だが、優梨子のフェイクは普通紙のフェイクであるので腕力が足りず、人間一人を持ち上げることはできない。
「あら、お許し下さいね……同じ顔の方が二人いらっしゃるから、どちらかはフェイクかと思いまして」
 カメリアが裏に書いた嘘は『人助けが大好きで心優しく大人しい愛すべき一般市民、藤原 優梨子』である。
 こう言われるとまるで本物の優梨子が善良でないような言われ方であるが――。


 その頃、本物の藤原 優梨子は自室で滅多に見せないほどのイイ顔しながら干し首の作成に全力で勤しんでいるわけだ。


 ――話を戻そうと思う。

 とにかく善良な一市民であるフェイク優梨子は、街に溢れてしまった似顔絵ペーパーを回収するべく行動していたわけだが、何しろ善良な一市民に怪しい相手を片っ端から殴って回るなどできるわけもない。
 普通紙で作られたフェイクは10Kg程度の体重しかないので、こうして持ち上げて確認して回っていたのである。
 
「いや、それは私が本物ですけれど……比べて見てあっちが本物っぽかったってことですか?」
 と、エリスはフェイク優梨子に抗議する。
「いえいえ、とりあえず手前の方からと思いまして……あら?」
 フェイク優梨子が気付くと、エリスのフェイク――エリスィが誰かに話しかけられていた。

 アヴドーチカ・ハイドランジアだ。
「ん、どうした、道端にしゃがみ込んだりして。具合でも悪いのか?」
「パルパルパル……ほっといてよぉ、ああ、どいつもこいつも妬ましい……」
「これはいかん。かなり悪い気が溜まっているな……よし、治療してやろう」
「……え?」
 嫌も応もなかった。

 エリスィの了解も得ないまま、アヴドーチカはその治療器具を力強く握り。
 本物のエリスとフェイク優梨子が見守る中。

 振りかぶって。

 ――殴った。

「え?」
「……あら」
「……パルーーーッ!?」


 ――それは、治療器具というにはあまりにも大きすぎた。
 大きく、長く、重く、そして大雑把すぎた。
 それはまさに『バールのようなもの』だった――。


 というか、バールだった。
 バールそのものだった。
 ホームセンターで売っていそうな1mくらいのバールだった。


 客観的に言うと、アヴドーチカはエリスィの背中の辺りを両手に持ったバールでフルスイングしたのである。
 それは、医学と生物学に基づいた身体のツボをバール刺激することで体内の気を整える、アヴドーチカ独特の治療法だった。
 このように街で元気のない人間のツボをバールで刺激して、元気にしていくことが彼女なりのボランティア活動なのだ。
 ちなみに、客観的な効果の実証はまだなされていない。

 何故なら、患者がたいてい気絶するからである。

 そして普通紙で作られたフェイクのエリスィはバールの衝撃に耐えられず、元の似顔絵ペーパーに戻ってしまった。
「……まあ……自分で殴るのも気がひけてたから、いいんですけど……」
 というか問題はすでにそんなところではない。
 患者がぼわんと似顔絵になってしまったのをみたアヴドーチカが、極上の笑顔でこちらを見ているからである。

「何だ、偽者だったのか――ん、お前さんたちも治療するかい?」

「い、いえいえいえいえいえ、遠慮します!!」
「はい……申し訳ありませんけれど……辞退させていただきます……」
 と、エリスは全力で首を横に振り、フェイク優梨子は丁寧にお辞儀をするのだった。


                              ☆


 その頃、街角では街頭演説が行なわれていた。
「皆さん――今こそ立ち上がる時なのです!」
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)のフェイクがマイクを握り、ツァンダの街頭で何事かを訴えているのである。
 シリウスの顔はミルザム・ツァンダと瓜二つである。
 つまるところ、その辺にいる一般人には街頭で演説している人物がシリウスであるかミルザムであるかの区別はつかない。

 というか、ミルザムとシリウスという名前だけ列挙すると事情を知る人物には非常にややこしいことになるわけで。

 そんな事情を知るご本人、シリウス・バイナリスタはその光景にアゴが外れるほど驚いた。
「――え、アレ誰だっ!? ミルザム――なのか? いや違うな……オレか? オレなのか!?」
 そして街頭演説を続けるフェイク・シリウスは声高に宣言した。

「皆さん、私が本物のミルザム・ツァンダです――東京にいるのは私の偽者なのです!!」
 もちろん、街の人々に目の前のミルザムがシリウスのフェイクであることなど分かるはずもない。とりあえず顔だけ見るなら本物と見分けがつかないその偽ミルザムは、演説を続けた。
「戦乱が続くこのシャンバラに平和をもたらせるのはこの私だけです――ですが、そのためにはまだまだ力が足りません。
 どうか、皆さんの力を貸して下さい!!」

 それを見た本物のシリウスは激怒した。
「じょ、冗談じゃねーぞ!!
 オレのそっくりさんとかもういらねーよっ!!
 そっくりさんはシリウスな方のミルザムだけで充分だっつーの!!」
 元々ミルザムと見分けのつかない顔をしたシリウス。そのフェイクもまたミルザムと同じ顔だ。
 ここに本物のミルザムがいたなら、それはそれで面白いことになったであろうが、本物のミルザムは地球の東京でお仕事中である。

 『本物のミルザム』という定義を深く考えると一言で説明できないほどややこしいことになるので、ここでは割愛する。

 まあそれはともかく、オレがミルザムでシリウスがオレでシリウスがミルザムで、という状況に終止符を打つべく、本物のシリウスは吠えた。

「ふざけんなぁーっ!! オレはオレ一人だ!!」
 その時、シリウスの電話が鳴った。
 シリウスのパートナー、リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)が街頭演説を別な場所から見て、シリウスに電話してきたのである。
 見た目だけではフェイク・シリウスとミルザムと本物のシリウスの区別をつけることはできない。少なくとも本物のシリウスが持っているであろう携帯に電話をして確認するのは賢い判断であると言えた。

「あ、シリウス――? そうですわね、やはりあれはシリウスではありませんでしたか」
 その電話を受けたシリウスは怒鳴った。
「あったりめーだろーがっ!! オレがあんなアホなことするかってーのっ!! けど、どーなってるんだ!?」
 戸惑うシリウスに、リーブラは先ほどすれ違ったカメリアから聞いた事情を説明した。
「落ち着いて下さいシリウス……どうやら今、街中で偽者騒動が起こっているらしくて……」
 かいつまんだシリウスは、ぶつりと怒りに任せて電話を切った。
「だから軽く殴れば大抵のフェイクは消えるらしいって――シリウス、シリウス?」


「つまらねーもの作ってんじゃねーっ!! 速攻で消去して焼却だ、焼却ーーーっ!!!」


 本物のシリウスは高くジャンプして野次馬を飛び越し、フェイク・シリウスへと狙いをつけた。

「変身!! ――魔法少女、シリウスッ!!!」
 その叫びを聞き、本物のシリウスを目視したリーブラは叫んだ。
「集まっている皆さん、急いでここから逃げて下さい!!
 そのミルザム様は偽者――いえそんなことはどうでもいいのです、あのシリウスが危険です!!
 怒ると本当に見境なしなんですからっ!! 見境なしに攻撃しますわ!!」

 その一連の様子を面白がって見物していたサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)は、魔法少女に変身したシリウスに並んだ。
「へぇー、良く似てるじゃないか。というか、まるでミルザム本人じゃないか――ねぇシリウス?」
 襲いかかった本物のシリウスから逃れて、高く跳ね上がったフェイク・シリウスを眺めてシリウスをからかうサビク。
「――何が言いたい。まさか今さらオレがミルザムだとか言い出すわけでもねえだろ!?
 オレがミルザムだったら相棒達と契約できねぇんだから!!」
 本物のシリウスはフェイクの軽い動きを追いながらも、意味深な笑みを浮かべるサビクに応えた。
「いやあ、ボク達と契約できるからって否定材料にはならないよ。
 何しろ『地球人化』の技術は実用化されているそうじゃないか?」
 それを一笑に付して、本物のシリウスは笑った。
「――へっ、だったら証明してやるよ、あいつを焼却処分してな!!
 ごちゃごちゃ言ってねぇでサビクも手伝えっ!!」
 さほど慌てた様子もない本物のシリウスを見て、サビクはやれやれ、とため息をついた。
「つまらないね、もうちょっと焦ってくれてもいいのに――っと!!」
 それでも求めに応じて、フェイク・シリウスに向かって爆炎波を放つサビク。
 身の軽いフェイク・シリウスはその攻撃を何なく避けるが、サビクの攻撃はあくまでも囮。
 体勢を崩したフェイク・シリウスに向かって本物のシリウスが叫んだ。

「刻むぜ、炎のビートッ!!!」
 シリウスの手から放たれたファイアストームが一瞬でフェイク・シリウスの身体を包む。

「あああーーーっ!!!」
 軽い叫びを残して、あっという間に燃え尽きたフェイク。普通紙で作られたフェイクではファイアストームのダメージに耐えることはできない。

 その様子を見たシリウスは、傍らのサビクと駆けつけたリーブラに向かってニヤリと笑って見せた。


「――な、オレはオレ一人だろ!?」


                              ☆


 今日は街頭演説が流行っているのだろうか。
 また別の街角では、夏野 夢見(なつの・ゆめみ)のフェイクが演説を行なっている。

「新しき神――『無貌の女神』に祈りを捧げよ……さすれば女神が汝らを善なる道へと導くであろう……」

 演説というか、新興宗教の勧誘であるが。

「さあ、集まるが良い……女神の忠実なる僕たちよ……」

 しかし意外なことに、フェイク夢見の周りには数人の信者が集まり、夢見の言う事を熱心に聞いているではないか。

「見よ、この鉛筆に宿った神が奇跡を起こしてくださるぞ!!」

 すると、夢見の腕についたハンドベルド筆箱の鉛筆が勝手に動きだし、紙に周囲の風景を書きとっていくではないか!!

「おお、これはすごい!!」
「神だ、女神様の奇跡だ!!」

 そこそこに人数が集まると、少しくらい怪しくても見物に来てしまうのが人間の悲しい性である。
 夢見が示した紙に自動的に絵を描いていく鉛筆に、驚嘆の意を示す人々。


 まあ、実のところ目には見えない描写のフラワシに描かせているだけなのだが。

 で、まあ最初に集まっていたのもフェイク夢見の従者なのだが。

 つまり、完全なる自作自演に一般人の皆さんが釣られた形。


 そして、その様子を眺めていたのが本物の夏野 夢見である。
「あ、あたしの顔で変なことしてる奴がいる……!!
 噂になる前に何とかしないと……!!」
 もちろん、本物である夢見にそんな小細工が見抜けないわけはない。
 しかし、既に一般人が集まってしまっているので、事を荒立てて目立ちたくもない。
 そっと、物静かに人混みの中に分け入り、フェイク夢見に近づく夢見。

「あの……通行人のお邪魔になっていますので……ちょっとあちらでお話できませんか……?」
 と、あくまでも表面上は優しく語り掛けてみるが、群集の勢いを得ているフェイク夢見はそんなことでは構いはしない。
「何を言うか、このように民衆も私と女神の元へ集まっているではないか。汝こそ去るがいい、悪魔の手先め!!」
 大仰にフェイクが叫ぶと、従者のフェイク達が一斉に叫び出した。

「そうだ、帰れ!! 悪魔の手先め!!」
「女神の敵よ、去るがいい!!」

「――ちっ!!」
 心の中で悪態をついた夢見だが、ここで騒ぎにして目立ちたくはない。
 しかたないからこっそりヒプノシスで眠らせて裏路地にでも担ぎ込もうか――。

 そんなことを考えたとき、その人の輪を覗き込んだ一人の女性がいた。

「お? 何だ、ここにも同じ顔の奴がいるじゃないか――はい、ちょっと通してね――で、どっちが偽者だい?」
 アヴドーチカ・ハイドランジアだった。
 バール片手に白衣姿の彼女は、二人の夢見を見比べて笑顔を向けた。
「偽者? だったらコイツよっ!!」
「いいや惑わされるなかれ、偽者はこの者であるぞ」
 二人の夢見は互いを指差した。まあ、この状況で自分が偽者だと言う人間はいない。

 だが、アヴドーチカはニヤリと笑って、言った。

「ま、いいか――施術してみれば分かるな――はい、気をつけっ!!」
「え?」
 アヴドーチカの気勢に反応してしまったフェイク夢見は、つられて気をつけのポーズを取り、背筋を伸ばした。
 戸惑う本物の夢見をよそに、アヴドーチカはフェイク夢見の背中を手に持ったバールで思いきり振り抜いた!!

「あふっ!?」
 変な声を上げて転がるフェイク夢見。
「――今だ!!」
 その隙をついて、本物の夢見は転がったフェイクに向かって自分のフラワシを飛ばした。
 一般人には何が起こっているのか分からないが、背中を思いきりバールでブン殴られたうえに、フラワシでボコられてはさすがに何もできない。
 上質紙ペーパーで作られていたフェイク夢見だったが、大した抵抗もできずに似顔絵が描かれたただの紙切れに戻ってしまった。

「なんだ……紙の偽者だったのか。はいはい、見世物は終りよー、解散してー!!」
 と、本物の夢見はその似顔絵を破いて捨てて、集まった人々を散らしたのだった。