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五月のバカはただのバカ

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第3章


「せに・せびよるむっ!!」
 謎の合言葉を発して、高峰 結和(たかみね・ゆうわ)は宮殿用飛行翼で騒がしい街を往く。
 いつもの地味目な服装が気に入らないのか、魔法使いのマントをソーイングセットでちょちょっと魔法少女風に繕った彼女は、超感覚の兎の耳も可愛らしく、今日も今日とて困った人の所へ飛んで行く。

 なぜならば、今日の彼女は魔法少女『えんじぇる☆たかみん』なのだから!!!


 あ、もちろんフェイクの話です。


「ああー、待ってくださいーっ!」
 と、いささか地味目な本物の高峰 結和は身軽な普通紙フェイク『えんじぇる☆たかみん』を追いかけるが、全く追いつけないでいる。
 しかも、自分と同じ顔をした魔法少女くらいは全くの前座であったことを、今の結和には知る由もなかった。

 そう、本当の脅威は彼女のすぐそばにいたのだ。

「どうにも街が騒がしいねえ。――どれ、今日も精を出すとするか」
 ごとりという金属音に結和が振り向くと、アヴドーチカ・ハイドランジア(あう゛どーちか・はいどらんじあ)が背伸びをしているところだった。
「……アヴドーチカさん、その手に持ったものは何ですか?」
 結和は聞いた。
 ちなみに、アヴドーチカはアジサイの花妖精である。ハーフアップのロングヘアーを後頭部でまとめるシニヨンは美しい青紫のアジサイだ。
「何って、治療器具だが?」
 だがその知的で端正な顔つきに反して性格は陽気で大胆なお姉さんなのだ。パートナーの結和に対して白い歯を見せる。
「へぇー……治療器具……ですよねー、やだなぁ私ったら、何に見えたんだろう」
 その言葉にアヴドーチカは結和の顔を覗き込んだ。
「おいおい大丈夫か。きっと疲れてるんだな――少し施術して回復しておくか?」
 と、その治療器具を軽くぽんぽんと叩いて示すアヴドーチカ。だが、結和は全力で頭を振る。
「だ、大丈夫です、私は元気ですからっ、ねっ!」
 結和は無理やり元気をアピールしてその申し出を断った。アヴドーチカは少しだけ残念かつ心配そうな顔をして、言った。
「そうか、無理はするなよ? 治療して欲しくなったらいつでも言うんだぞ?」
「は、はい……ありがとうございます……ところで、アヴドーチカさん……どこに行くんですかー?」


「ん? ちょっとボランティアにな」
 と、アヴドーチカはその治療器具を肩に乗せて歩いて行った。
 その後を結和はついて行く。
 今日も間違いなくトラブルに巻き込まれるという予感に襲われながらも。


                              ☆


 水橋 エリス(みずばし・えりす)は偶然出会ったカメリアに簡単な事情を聞いて、自分のフェイクを探していた。
「あれ、おかしいですねー……どこに行ったんでしょうか……」
 さすがに自分のフェイクが他人に迷惑をかけているかもしれないとなれば放ってはおけない、カメリアが言うにはそこまで迷惑なものではないとのことだったが。
「まあ、かと言って放置もできませんし……って、あれ……かしら……?」

 そこにいたのは、水橋 エリス全く同じ顔をして体育座りで道端に座りこむ少女だった。

「あ、あなた……何をしているのですか……?」
 てっきり他の人のフェイクのように暴れているものと思っていたエリスは面喰った。そのフェイクは何をするでもなく道端に座りこんで膝を抱え、道行く人を眺めているだけなのだ。

「……る」

 いや、正確に言うとそれだけではなかった。

「……パルパル……」

 エリスのフェイクは道行く人々に向けて、ひたすらに羨望と嫉妬の視線と呪詛の言葉を投げかけていたのだ。
 フェイク・エリス――ここでは仮にエリスィとでも表記しておこう――は呟く。
「何よ……昼探りの街を楽しそうに歩いちゃって……カップルなんか羨ましくないわよ……ちょっと可愛くって性格がいいからって……背が高くて格好良くて優しそうな彼氏なんかと歩いちゃって……羨ましくないけど妬ましいわ……パルパルパルパル……」
 どうやらエリス本人と同じく、ネガティブ思考になると『ぱるぱる』と呟く癖があるらしい。
「ちょ、ちょっとあなた? だからって道行く人のことを妬んでいたって仕方ないでしょう?」
 これがフェイクであることは分かっているのだから、軽く叩いて元に戻せばいい話ではあるのだが、そのフェイクがあまりに暗く沈んでいるので、生来のお人好しを発揮してそれもできないエリス。ついつい声をかけてしまう。

「ふ……貴方には分からないわよ……。ああそうか、貴方は私のオリジナルだものね?
 いいわねぇ、ただそこにいるだけで存在が許されるだなんて。私みたいな偽者のことはどうでもいいわよねぇ?
 ああ妬ましい妬ましい。太陽の下で笑うことを許されたそのお人好し顔が妬ましいわ。
 むしろ私なんかさっさと消えてほしいって思ってるわよね? パルパルパルパル……」
「……え、えーと……困りましたね……」
 カメリアさん、私ここまで酷くないです、とエリスィを眺めるエリスは呟いた。
 どうやらカメリアは似顔絵ペーパーの裏に『根暗で超嫉妬深い』とでも書いたらしい。


 さりとて、ジト目でひたすら世界の全てを妬み続ける自分のフェイクをぶん殴る気にもなれないエリスは、ほとほと困り果ててしまうのだった。


                              ☆


「たるる〜ん」
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)目を丸くして驚いた。
「たるるる〜ん」
 だがまあ、自分の偽者がいると連絡を受けて街中に来て、自分と同じ顔をした存在がパンダスーツに身を包んでひたすらたるたるしているのを目撃した垂にしてみれば、驚いても当然と言ったところであろう。

「……何これ」

 呆然と呟く垂を前に、垂のフェイク『垂るぱんだ』は道の真ん中でたるたるしていた。
 どう見てもそのパンダスーツはメイド服の範疇を超えているが、カメリアが描いた似顔絵の段階でそのように描かれていたのであろう。
 2〜3頭身のパンダスーツはすでに着ぐるみに近く、見ているだけで気が抜ける。

「えー……と、カメリアからのメールによれば……たいていのフェイクは軽く殴れば元の似顔絵に戻る……ね、ふむ」

 じり、と一歩近づいた垂。

「ぱん!?」
 ちょっと驚いたようにフェイク垂――垂るぱんだは声を上げ、垂を見つめた。
「……」
「ぱ、ぱんだ〜……?」
 パンダの鳴き声は『ぱんだ』でいいのか、という突っ込みも最早遠い。
 振り上げた拳をふるふると涙目でみつめる垂るぱんだを、垂は殴ることができなかった。

「……ダメだ……こうまで無害そうな奴を殴ることはできない……」
 そう、垂るぱんだの仕事は特に何をするでもなく、そこにいること。
 ただ静かに。
 平和に。
 たるたると。
 そこに存在することだけなのだ。

「……よし……仕方ない……持って帰るか……」
 と、垂は自分のフェイク、垂るぱんだをころころと横回転に転がし始めた。
「ぱんだ!?」
 垂るぱんだは驚きの声を上げ、身体を硬直させた。
「あ、痛かったか?」
 垂は垂るぱんだのおなかを撫でてやると、短い手足とぱたぱたさせれ喜んだ。
「ぱん、ぱんだ〜♪ ぱっぱぱん、ぱっぱぱん、ぱっぱぱんだ〜♪」
 その奇妙なリズムに乗せられて、垂は再び垂るぱんだを転がしはじめた。
 どうやら痛かったのではなく、驚いただけらしい。

 それでも極力痛くないように、垂は注意深く転がした。


「ぱっぱぱん、ぱっぱぱん、ぱっぱぱんだ〜♪ ぱっぱぱんだ〜♪」


 平和な昼下がりだったという。


                              ☆