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暗がりに響く嘆き声

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暗がりに響く嘆き声
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【病室】

 研究所に病室が幾つもあるのはおかしな話だが、ここが強化人間化の手術をする被験体を泊めておく、もしくは隔離するものとしてあったのなら話がわかるだろう。
 誰しも術後すぐに動けるわけではない。手術してその日に退院出来ることもあるが、ここで行われていた手術はそのようなものではない。
 林田 樹(はやしだ・いつき)はここで被験者たちが過ごしたであろう形跡を探っていた。研究者たちの書き綴った書類よりも、手術を受けた側の残したもののほうが、依頼を解決する手立てとなると考えての事だ。
 しかし、彼女は1つ失敗したと思った。
「やめろ……、このバカ魔鎧!」
 戦闘時の為に、パートナーである魔鎧の新谷 衛(しんたに・まもる)を装着してきた事だ。実地訓練も含めた想定だったのだが、この防弾ベストが防弾ベストのくせに、執拗に胸を揉んでくるのだった。女性として不快で仕方ない。
「いっちーの為に体を張ってんだからこれくらいいいだろう?」
 文字通り体を張って、樹の体を守るのが魔鎧たる彼女の役目だ。体に密着しているのは当たり前だし、胸を触っていても可笑しくない。女が女の胸を触って何が悪い! と言う元40代男性だった魔鎧の勝手な思想の元、衛は樹の胸を堪能する権利を主張する。
「ええい! やめろと言ってるのだっ!」
 パートナーのセクラハに耐えかね、樹は防弾ベスト(樹)を脱ぎ捨てた。魔鎧としての硬さはお構いなしに踏み付けまくる。
「いたーいやめて、踏まないでー!」
 踏まれている方はまんざらでもないらしい。蹴り飛ばされ、衛の魔鎧化が解ける。
「やだもう、人型に戻っちまったじゃないか――」
 衛が殺意を感じる。
「久しぶりですね。イツキ――、元気なパートナーが増えたんだね」
 樹の背後、アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)懐かしむ声で愛しい婚約者の名を呼ぶ。
 樹は声にゾッとする。とっさに銃を引き抜こうとしたが、動作が一瞬遅れた。アルテッツァの《奈落の鉄鎖》に体が引っぱられる。アルテッツァに腕を取られ、銃を落としてしまう。
 ――、油断した!
「イッチー!」
 衛が樹を助けに飛び起きる。しかし――、
 アルテッツァが徐に胸をはだけて、契約印から悪魔を《召喚》する。
 《召喚》された悪魔、パピリオ・マグダレーナ(ぱぴりお・まぐだれえな)が樹を組み伏せる。
「はぁ〜い、残念でした。ぱぴちゃんがいるから、テッツァに攻撃してもむだよ〜」
「『マグダラのマリア』! なんでお前がここにいるんだ!?」
 それはマグダレーナの姓の意味。それを知っている衛にパピリオが驚く。
「……あら?この子、あの時作った『男の魔鎧』?!」
「知り合いですかパピリィ」
 アルテッツァが尋ねる。
「知り合いも、憎ったらしいやつよっ! あたしの事をフッたから。魔鎧にしてやったのよっ!」
 パピリオは衛にフラれた過去を未だに根に持っているようだ。
「でしたら存分にいたぶって上げてください……」
「いっちー逃げろ!」
 パピリオに殴られる衛をドロリと微笑むアルテッツァ。明らかに衛を蔑んでいる。衛が魔鎧として樹にくっついていたことに嫉妬していた。
「アルト、お前どこから《召喚》を!」
 樹を病室のベッドに押し付け、ネクタイで両腕を縛り上げながら答える。
「ああ、これですね。どうです綺麗でしょう? 思い出すでしょう? キミが付けてくれた傷痕に、悪魔との契約印を付けさせて頂きました」
 《召喚》で再び流血する胸の銃創を真近くで見せつける。滴る血が樹の頬をなぞる。樹は悪趣味だと顔を逸らす。
 アルテッツァが樹の服をはだけさせる。上着のボタンが千切れ飛び、胸元が露になる。
「くそっ離せ……っ!」
 上から密着するように被さるアルテッツァの体。服の上から愛撫される胸。肌にかかる息遣い。何もかもが官能的で不快だ。
 その様子をパピリオが唇を噛み締めて見ている。
「刺激的でしょう? 楽しいでしょう? 婚約者のボクと抱き合うのが楽しく分けないでしょう? イツキ」
 アルテッツァが樹の首筋から顎へと舌を這わせる。
 樹がアルテッツァを睨む。しかし、アルテッツァの顔は彼女へと向かない。
(こいつ……まさか)
「……アルト、お前は誰を抱いているんだ?」
 樹は思う。アルテッツァが抱いているのは私じゃないと。現実では私を抱こうとしながらも、心では過去の私を抱こうとしているのではないかと。彼は無意識的に、私と見つめ合うのを避けている。なら――。
「私を抱くなら、私の目を見ろ……。私を思うなら目を見て抱け。何故……私の目を見ないんだ?」
 アルテッツァが樹の挑発に乗る。甘美な挑発だと思って。愛しい人の瞳を見る。自分を求める、吸い込むような瞳を――、
 樹の拒絶の瞳がアルテッツァの瞳を捉える。
「あああァ……! その目は……! ぁあ、君は何故、何故! ボクを撃った時の目をしてるんだ――!」
 アルテッツァが取り乱す。その隙をつき、樹は《光術》を彼の眼前で放つ。奇襲はパピリオの目をも焼いた。
 樹は【ヒロイックアサルト】で縛り付けていた腕を解放し、取り乱すアルテッツァを蹴り飛ばした。
「テッツァ!?」
 戻らない視界の中、パピリオがパートナーを探す。衛も自由になった。
「来い、魔鎧! 撤退するぞ!」
 衛を魔鎧化させて、銃と共に拾い逃げた。取り残されたアルテッツァは錯乱し、銃創のある胸を掻き毟る。血跡が増えていく。しかし、樹は構ってはいられない。
 婚約者とは言え、既に二人は道を違えている。
 それは、二人は――、決して交わることがない。