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【賢者の石】マンドレイク採取

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【賢者の石】マンドレイク採取

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第五章

――ジャタの森の奥深い場所。そこは様々な植物が生え茂り、人の手が届いていない自然の地であった。
 そして、パラ実生から聞き出したマンドレイクが自生しているという場所でもある。
「うーん、ここ辺りだと思うんだけど……」
 アゾートが辺りを見回してみる。様々な植物がそこにはあったが、目当てのマンドレイクの姿は見当たらない。
「元々の目的地もこの辺りなんだよね?」
 地図と周囲を見つつ、ウェルチが言う。
「……うん、そうだね。場所としては間違ってはいないと思うよ」
「なら、ここいらで手分けして探そう。固まって探すよりは見つかりやすいんじゃないかな?」
「……そうだね、ジャイアントとかはもう大丈夫だろうし」
 ウェルチの案にアゾートは頷く。
 そして、集合時間などを確認し、解散となった。

「……ふむ」
 周囲を注意深く観察しつつ、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が先導し、その後をクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)とウェルチが続く。
「ウェルチさんはどうなのかな? ボクはコーヒーよりは紅茶の方が好きなんだけど」
「そうだねぇ……」
 二人は何やら好みの飲み物について話し合っているようであった。
(うーん、これじゃ聞けそうにも無いな。ウェルチに聞きたいことがあったんだが……)
 そんな二人を眺めつつ、クリストファーは溜息を吐いた。
(まあ、中は悪く無さそうだしいいか) 
「あれ? どうかしたの?」
 ウェルチに話しかけられ、慌ててクリストファーが手を横に振った。
「ああいや、なんでもない……ん?」
「どうした?」
「いや、あれは……」
 クリストファーが指差した先に居たのは、水橋 エリス(みずばし・えりす)リッシュ・アーク(りっしゅ・あーく)だった。
「それじゃ、やるわよ」
「よし、いくぞ!」
「何やってるの?」
「うわっ!? 」
 クリスティーが背後から話しかけると、エリスが驚き声を上げた。
「あ、ゴメンね驚かせて」
「い、いえ大丈夫ですよ」
「ん? それはマンドレイク?」
 クリストファーがリッシュの足元にあるマンドレイクを見つけた。
「ああ、こいつを引っこ抜こうとしてて」
「悲鳴はどうするの?」
「私の歌で相殺させます」
「歌?」
 エリスが頷く。
「ええ、私なら対抗できるかな、と思いまして」
「ならボクも手を貸すよ。一人より二人の方が効果あるかもしれないよ? 歌は何?」
「え? ええ……【幸せの歌】にしようかと」
「わかった」
 エリスとクリスティーが打ち合わせを始める。
「ウェルチ、君は離れていてくれ。万が一失敗した時は救助を頼むよ」
 その様子を見ていたウェルチに、クリストファーが言った。
「え? キミはどうするのさ?」
「俺はクリスティーがいるからな。離れるわけにはいかないさ」
「……わかった、後でまた来るよ」
 そう言って、ウェルチはクリストファー達から離れた。

 ウェルチが離れた事を確認すると、リッシュがマンドレイクの葉を掴んだ。
「よし、じゃあ抜くが……準備はいいな?」
 リッシュが言うと、エリスとクリスティーが頷いた。
「それじゃ、二人とも行くぜ!」
 リッシュが力を籠めて葉を引き上げる。土が掘り起こされ、中から根が姿を現す。
「いきますよ!」
「うん!」
 二人の口から、【幸せの歌】が奏でられる。
 同時に、マンドレイクが絶叫した。

「大丈夫かい?」
 戻ってきたウェルチが、クリストファー達に言う。
「うん、何とか……」
「……どうやら、生きてはいるみたいだ」
 苦笑しつつ、クリスティーとクリストファーが答える。
「……なんか、頭がくらくらします」
「ああ、俺もだ……」 
 エリスとリッシュも答えるが、顔色があまりよくない。
「相殺しきれなかったってことかな」
「だろうな……立てるかマスター?」
「……何とか」
 リッシュに言われ、ふらふらになりながらもエリスが立ち上がる。
「一度入り口に戻ったほうがいいね」
「ああ……でも俺達だけでなんとか行けるさ」
 クリスティーに肩を貸しながらクリストファーが言った。
「ああそうだ、これはあんたが持っていてくれないか?」
「ボクが?」
 リッシュがウェルチにマンドレイクを見せる。
「この状況で襲われて守れる自信が無いんでね」
「……うん、わかった」
 ウェルチがマンドレイクを受け取ると、四人はふらつきながらも入り口へと向かっていった。
「……まずは一本、かな」
 手にしたマンドレイクを見て、ウェルチが呟いた。

「あの、ボク達はマンドレイクを探しに来たんだよね?」
 アゾートが眉間に皺を寄せつつ言った。
「ええ、そのつもりですが」
 風森 望(かぜもり・のぞみ)が答える。アゾートを抱き締めたまま。
 アゾートがマンドレイクを探している最中、望は彼女を見るなり、突如抱き締めてきたのだ。
「じゃあさ、何でキミはボクに抱きついているのかな?」
「可愛い子にはハグをしろ、という本能ですよ」
 その言葉に、アゾートは溜息を吐いた。
「望、あなたという人は何をしているんですか!」
 そんな姿を見て、ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)が望に怒る。
「え? 抱きついているのだけれど……?」
 望がノートを信じられない物を見るかのような目で見返した。
「何故わたくしが間違っているかのような態度を取られているのです!?」
「……とりあえず、離してくれないかなぁ」
「あら、失礼しました。あまりに可愛らしい方でしたので、ついわざと」
 アゾートがそう言うと、望は手の力を緩め解放する。
「わざとなのね……で、キミ達は何をしていたのかな?」
「ええ、マンドレイク・ポピーを探しておりまして」
「……何でマンドレイク・ポピー?」
 マンドレイク・ポピーは今回探している物とは別種類のマンドレイクだ。
「実はですね、先程件のマンドレイクを見つけまして、この為に用意してきた【マンドレイク・ポピー】で誘惑しようと思いまして」
「今の発言は聞かなかったことにするけど、結果はどうだったの?」
「逃げられてしまいましたわ……【マンドレイク・ポピー】に」
 アゾートの問に顔を曇らせた望の代わりに、溜息を吐きつつノートが答えた。
「高かったのに……」
 そして望が悔しそうに呟いた。
「ああ、うん。それは災難だったね……あのさ、それでマンドレイクはどうしたのかな?」
「あ、そうでしたそうでした。あそこにありますよ」
 望が指差す方を見ると、離れた所にマンドレイクが埋まっていた。
「仕方ない、プランBで行きますか……行きますよお嬢様。あ、アゾート様はそちらで御覧になっていてください」
「望、わたくしはプランBなど聞いていませんわよ?」
「向こうで話しますよ」
 そういうと、訝しげな顔でノートが望についていった。
「……大丈夫かなぁ?」
 アゾートが呟いた。目をやると、何やら話していたり、望が術をかけた様子が見られるがこちらからでは確認できなかった。
 やがて、望一人がアゾートの元へ歩き出し、ノートはしゃがみこみ何かをしだした。
「お待たせしました、それでは私達は高みの見物といきましょう」
「あの、ノートさんは?」
「お嬢様なら、今マンドレイクを洗っています」
「……え? あ、あの……何をしてきたの?」
「ああ、今マンドレイクに【氷術】をかけてお嬢様に土ごと掘らせました。お嬢様のドリルは伊達ではありませんからね。それで土を近くの池で洗う、という作戦です」
「……それと同じ事、さっきやった人が居たんだ」
「ほう、それでその方は?」
「えっと……瀕死状態に」
 アゾートがそう言うと、にっこりと望は笑い、
「なら逃げましょう♪」
アゾートの手をとり、走り出した。
「え!? ノートさん止めないと!」
「お嬢様なら大丈夫ですよ、多分」
 慌てるアゾートに、望は笑顔で言った。
 一方、ノートはブツブツと文句を垂れながら、近くにあった池でマンドレイクを洗っていた。
「全く、本来ならば望の役割ですのよ? 確かにわたくしのドリルでしたら掘りやすいってんなわけないでしょうが! ……ん?」
 水温により、溶け出した土が面白いようにぽろぽろとマンドレイクから剥がれ落ちていく。少し擦ると、あっという間に全ての土が洗い落とされた。
「よし、これで……望ー!」
 望を呼びつつ、ノートの手が水から上がる。マンドレイクを握ったまま。
 空気に触れたマンドレイクは、
「■■■■■■■■■■ーーーーーッ!」
悲鳴をあげた。
 
 暫くして、様子を窺いつつ戻ってきたアゾートと望が見た物は、
「……やっぱり駄目だったみたいだね」
白目を剥いて、瀕死になっているノートだった。

「……ああもう、見つかんないわねぇ!」
「い、イランダさん落ち着いて!」
 苛立ったように叫ぶイランダ・テューダー(いらんだ・てゅーだー)に、よいこの絵本 『ももたろう』(よいこのえほん・ももたろう)が怯えつつ宥める。
「うむ……確かにさっきから探しているが見つからないな、マンドレイク」
 額に流れる汗を拭いつつ、柊 北斗(ひいらぎ・ほくと)
「そっちじゃないわよ」
「え? じゃあ何を?」
 イランダの言葉に、『ももたろう』が首を傾げる。
「抜く方法よ。確かにマンドレイクも見つからないけど、そもそも私達は抜く方法を考えていないじゃない。いざ見つけても、抜けなかったら意味が無いわ」
「……確かにそうだな」
 唸りつつ北斗が呟く。
「さっきから資料見てるんだけど、対処法がイマイチ見つからないのよ……幾つかあるけど、どれもピンと来ないというか……」
「幾つかって、例えばどんなのがあるんですか?」
「えーっとね……『よく懐いた犬に引っ張らせる』っていう方法が有名らしいわ。犬をマンドレイクに括って、遠くから呼んで引っこ抜く……犬、ねぇ」
 イランダが『ももたろう』に意味深な視線をめぐらす。最初はその視線の意味がわからなかった『ももたろう』であったが、イランダの視線がおともの【いぬ】に注がれている事に気づくと、はっとした表情になる。
「もも、懐いた犬に引かせるって方法が――」
「だ……だめですぅぅぅぅ!! こここの子たちはだめですううう!!」
 涙目になりつつ【いぬ】を庇う『ももたろう』
「……何も泣く事無いじゃない。冗談よ、半分は」
「残り半分本気ってことじゃないですかぁ!」
「……お、おい二人共……あれ、見てくれ」
 北斗が声を上ずらせながら、指を指す。
 その先にあったのは、人の形をしているが、人とは違う植物のような外見をした二足で歩行している物体であった。
「あれは……まさかマンドレイク!?」
 目にしたイランダが、驚きの声を上げる。
「え? でもマンドレイクは土に埋まっているんじゃ……」
「地面を人のように歩き回る事もあるそうよ! そうだわ、あの状態なら悲鳴を上げないはず!」
「そ、そうか! ならばあれを捕まえれば……もも! その虫取り網を貸してくれ!」
 北斗は『ももたろう』が返事をする前に、虫取り網を引っ手繰るとマンドレイクに近づく。
 足音、気配を殺し近づく北斗の存在に、マンドレイクは気づかずただテクテクと歩いていた。
 一歩、また一歩と距離を縮める北斗に、イランダ達も思わず息を殺して見守っていた。
 そして、網のリーチ内まで距離が縮まった瞬間、
「はぁッ!」
北斗が振り下ろした網は、マンドレイクを包んだ。
「やった! よくやったわよ北斗!」
 イランダが声を上げた瞬間だった。
「なにしてくれてるんですか、あなた」
「はぶぉッ!?」
 北斗を突如現れた望が張り倒した。
「い、いきなり何するのよあんた!」
 イランダが望に食って掛かる。
「すみません、私の【マンドレイク・ポピー】を捕まえていたので、つい」
「私のって何よ、それは私達が見つけた……って、【マンドレイク・ポピー】?」
「はい、実はですね――」
 望が先程の事情を話したことにより、イランダは今捕まえた物がマンドレイクとは別物という事を理解した。
「――というわけでして」
「う……そっちの物じゃ仕方ないわね」
「ご理解感謝します……では」
 そう望が言うと、白目を剥いたノートを引き摺り去っていった。
「……また一からやり直しね」
「あの、さっきの人白目剥いていたのはスルーですか……?」
 溜息を吐くイランダに、『ももたろう』が言った。
「それより、俺が殴られた事を誰か気にしてくれ……」
 北斗は呟いたが、誰も聞いちゃいなかった。