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とりかえばや男の娘

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とりかえばや男の娘

リアクション

「珠姫とは日下部家の数代前の先祖で、大いなる光の力を持った姫君だ。その力、その歌声で邪悪な鬼どもを次々と倒し、悪しき力に支配され、血に狂った狂剣士の高ぶりをも抑えた」
 十兵衛が語る。
「その力は重宗公にもわずかに受け継がれており、その力をもって重宗公はヤーヴェを封じ込めていたのだ。そして、宝刀に込められたその力が、今まで邪鬼の魔の手から竜胆ぎみを守っていた……」
「で、その『珠姫の宝刀』を無くしてしまうと、どうなるんですか?」
 エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が尋ねる。すると十兵衛は答えた。
「おそらく、邪鬼は配下である妖魔どもを差し向けて竜胆君を殺そうとするか、もっと悪くすれば、呪いをかけて刹那殿のように魂まで乗っ取られるかもしれない」
「……乗っ取られる? 私が?」
 刹那の狂態は里見の村まで伝わっている。竜胆は自らがそうなったときの事を思い、思わず体を震わせた。
 すると、ルカルカが言った。
「ルカがくせ者達の跡を追って小太刀を取り返してくる。奴ら、まだ、そんなに遠くへは逃げてないと思うよ」
「ルカルカ殿……しかと、頼めるか?」
「まかせてよ!」
 ルカルカは答えると、さっそくベルフラマントをはおり、空飛ぶ魔法で飛び立った。
「うまく見つかるといいが……」
 その姿を見送りつつ、十兵衛はつぶやく。
「あの、十兵衛さん」
 エメが言った。
「小太刀が見つかる間だけでも、竜胆さんの影武者をたててみてはどうでしょうか?」
「影武者?」
「ええ。先ほど聞こえた不気味な声が言っていたでしょう。『その姿、その顔、しっかりと我が目に焼き付けた』って。だったら、竜胆さんそっくりの影武者をたてれば、邪鬼も騙されるんじゃないでしょうか?」
「なるほど……しかし、誰に影武者をやってもらう」
「それなら、適任者がいます。この、私のパートナーの片倉 蒼(かたくら・そう)をぜひお使い下さい」
 そういうと、エメは自分の後ろにいる少年を指差した。女性と見まごうような容姿と、凛とした雰囲気が、どことなく竜胆に似ていなくもない。
「彼なら年の頃も近いしぴったりだと思います」
「しかし、危険な役目だぞ? 竜胆君に間違われて襲われるかもしれない」
 すると、蒼が答えた。
「覚悟はできています」
「そうか。それでは、頼むとしよう」
 十兵衛はうなずいた。
「それでは、ついでに竜胆様も変装をされてはいかがでしょう?」
 ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)が言う。
「それは、いい考え……」
 新谷 衛(しんたに・まもる)が手をたたく。
「どうでしょう。十兵衛様。このジーナは【変身】させるのが得意なのです。我々にお任せくれませんか」
「よし。皆に任せる事にしよう」
 十兵衛がうなずいたので、さっそく影武者大作戦が始まった。


 岩場の陰で、服を選びながらジーナが首を傾げる。
「うーん。どのようなお支度にした方が狙われづらいのでしょうか?」
 ジーナの目の前には、軍服から、裃、ドレスから、セーラー服までありとあらゆる服が並んでいた。全てコントラクター達から借りたモノだが、よくこれだけ豊富に取り揃えた物だ……竜胆はあきれつつも感心する。
 ジーナは竜胆を見上げて言った。
「あ、ご安心下さいね、【変身】で竜胆様と分からないように致しますから」
 そんなジーナを見ながら新谷 衛(しんたに・まもる)が肩をすくめる。
「まーた、じなぽんお得意の着せ替えかよ。護衛をするっていう目的、忘れてネェだろうなぁ?」
「忘れておりませんです! そもそもガサツで阿呆で考え無しのバカッパに心配される筋合いはございませぇん! さあ、竜胆様こちらに来て下さい。御髪をととのえましょう。この度は男装していただく事に決めました」
「男装?」
 竜胆は嬉しそうに叫ぶ。
 男装……つまり、男の姿になれるという事だ。しかし、
「男装ではありませぬよ」
 と竜胆は笑う。
「そうでしたわね。男装でありませんね。竜胆様は男なのですから」
 ジーナは笑いながら、竜胆の髪をとかした。なかなか馴れた手つきだ。
「……それにしても、うらやましいです、望んだ姿になれるって……」
「え?」
 竜胆は鏡に映るジーナの顔を見る。心なし悲しげな表情だ。しかし、寂しそうな顔を見せたのは一瞬、すぐに笑顔に戻る。
「ハイ、御髪が整いました。男性用国軍軍服を着て完成です! 男装の麗人風に仕上げたので、女性か男性かは分かりづらいと思います。それでは、ワタシは【ディテクトエビル】で見回りを致しますね。樹様、バカッパ、あとはよろしくお願いしますね」
 そう言うと、ジーナは駆け足で去って行った。しかし、見間違いではない。その目尻に涙が光っている。その姿を見送り衛が言った。
「じな…あ〜あ、行っちまった。ったく『望んだ姿になれるからイーナー』って言うんじゃなかったのかよ」
「あの……あの方は……一体?」
 竜胆の問いかけに、林田 樹(はやしだ・いつき)が答える。
「…すまんな、紫の若……ああ、竜胆さんのことそう呼ばせてもらうよ……ジーナは、私と契約した後、教導団の女子風呂にはいるまで自分の性別が分からなかったんだ。それまではずっと自分を女性と思っていたんだ、ショックは大きかったろうな。
 でも、ジーナと紫の若が違うのは、『女性になりたい』という所なんだ。それと、コイツもそうだ」
 と、樹は衛の頭を突っついた。
「コイツは、『男性になりたい』女なんだ。……」
「ええ?」
 竜胆は驚いて衛を見た。衛は、言葉は乱暴だが、どう見ても可愛い女の子だ。
「と、言うより、コイツは元々40のオジサンでなぁ。悪魔に作り替えられたときに、女にされちまったんだとさ。全く、私のパートナーはこんなんばかりでなぁ」
そう言うと、樹はけらけらと笑った。
「…そーゆーこと」
 衛がうなずく。
「あの悪魔曰く『非力な女の姿で嬲られるがいいわ』……だとさ。ま、そんなオレ様の話はどうでもいいさ。お前さんが男らしく振る舞えるように、ナイスミドルのオレ様が指導してやるぜ。いいか、足さばきは親指を外側に向ける。草履の時は内側に親指をしていたようだが、その逆だ。それだけでもずいぶん男らしく見えるぜ。歩幅も心持ち広めに取ること。あとは、立ち姿だな。腕をこうして…」
 言いながら衛は竜胆の前で男らしい振る舞いを実戦してみせる。それを見て樹が言った。
「そう、立つときには両肘を外側に向けて立つと良い。体全体を大きく見せる効果があるのだ。
 あとは、これは戦場を潜り抜ける者に言う台詞だが、決して流されてはいけない。自分は何をするべきか、自分は何のために生き延びるのかを忘れるな。紫の若よ、お前さんは何をするために生き延びるのだ? 何を見てくるために生き延びるのだ?」
「何のために生き延びる……?」
 竜胆は樹の言葉を小さく繰り返した。

 こうして、見かけも振る舞いもすっかり男らしくなった竜胆は、仲間達の元にもどった。
 そこには、竜胆そっくりに化けた蒼がいて、竜胆を見ると軽く頭を下げた。
「このような衣装を着なれておりません。お見苦しい事もあると思います。申し訳ありません」
「そのような事をおっやらないで下さい……」
 竜胆は首を振ると、蒼に駆け寄りその手を恭しく戴いた。
「蒼様。こちらこそ、このような役目を押し付けて申し訳ありません。どうか無理をなさらず……」
「竜胆様……」
 蒼はにこりと微笑む。
「大勢の方が警護に当たっております。どうか御気を楽になさってください。男物……僕の普段着でよろしければお貸ししようと思ったのですが、その必要はないようですね。そのお姿。とても、男らしいですよ」