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決戦、紳撰組!

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決戦、紳撰組!

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■■■第三章






 再び朝が来た時、橘 舞(たちばな・まい)は、楠都子の介抱をしている。
 その姿を一瞥しながら、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)は考えていた。
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)のパートナーである伊東 武明(いとう・たけあき)や、桐生 円(きりゅう・まどか)達からもたらされた情報を元に、パズルを組み立てるように。
 遺体の偽装の上で必要だった、手首の日焼け跡などを解明する率直な糸口としては、同様に腕輪をしていた人間の命が絶たれたと考えることが順当だ。
 その『誰か』の情報に近似する相手の所在を、武明が与えてくれた。
 そして、円とそのパートナーであるオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が、梅谷才太郎の生存を確認した。である以上、論理的に考えて、これまで革命を誓う腕輪をしていた『誰か』の遺体により、梅谷の死は偽装されたのだろう。
 攘夷志士の幾人かが、革命を誓い腕輪をしていたらしい。
 だが、スリをしていて早々に捕まった、猫柄の腕輪の男は除外できる。
 それは舞のイトコが捕まえたのだから間違いがないし、その光景は、ブリジットもまた目にしていた。その上で考察するに、梅谷と共に事件に巻き込まれ負傷した、健本岡三郎は怪しい。何せ、武明が逢ったという彼は梅谷才太郎同様『白い革製の腕輪』をつけていたのだという。だが、それは遺体にもはまっていた。
 ――ここから導出できる結果は何だろう。
 腕輪が偽物でないことは、遺体の手首にあった腕輪のサイコメトリィの結果で明らかになっているという。
 だが手首に残った日焼け跡等は、日常的に、同質の腕輪をしていた人間の身体を用いれば偽装できるだろう。
 このマホロバは、携帯電話もインターネットも、パラミタの各地よりも鎖国が弊害となって敷設が遅れている。だから科学的な立証は、困難ではあった。
 しかしサイコメトリィの結果は覆すことはさらに難易度が高い。
「――わぁ、沢山のお菓子がありますよ。都子さんも一つどうですか?」
 色とりどりの飴が入るツボを、舞が差し出した。
 その声に対して嬉しそうに、怪我をしている都子が手を伸ばす。
 それを見ていてブリジットは息を飲んだ。
 ――包装紙は異なるが、どれも同じ味の飴である。……包装紙と同様に、どれも同じ製品――革製品であり、飴のように、どれも用途は同じだったとしても、だ。味――色が異なっていた可能性はないのか。
 ――どこでどのように、梅谷才太郎は生きていたのか?
 ――自分の死を偽装し、革命を誓った友のふりをして生きていたのではないのか?
 即ち、医療の場において、名前を偽り存命していた可能性は?
 ……否定する根拠がない。
「問題は、腕輪、かぁ」
 ブリジットがそう呟いたとき、くしくも部屋に入ってきた近藤 勇理(こんどう・ゆうり)が呟く。
「同じ包装の飴が沢山あるな」
 その声に、ブリジットは息を飲んだ。
 同色の腕輪が複数あった可能性、日によって同色の腕輪を梅谷が嵌め変えていた可能性。
「どうしたの、ブリジット?」
 舞が、パートナーの顔色に首を傾げる。
 するとブリジットは目を細めた。
「生きているのかも知れないわね」
 その居室にいた皆は、呆然としてその言葉を聞いていた。ただ、誰一人として『誰が生きているのか』とは訊ねなかったのだったが。






 朝露が落ちる継井邸から、金銀屋へと向かう道を、橘 恭司(たちばな・きょうじ)と、ヤンキー2が歩いていた。
オルレアーヌ・ジゼル・オンズロー(おるれあーぬじぜる・おんずろー)の所在は分かったっスね」
 嬉々としているヤンキー2に頷きながら、恭司が煙管を取り出す。
 八咫烏の二人が、未だ人気のない朝の道をそうして歩いていると――……不意に、轟音が響いてきた。
 二人の前に、屋根から相田 なぶら(あいだ・なぶら)が降りてくる。
 続いて背にした大剣の柄に手を添えながら、フィアナ・コルト(ふぃあな・こると)が地に立った。
「――それにどんな大義名分があろうとも、市井に不安を振りまいている存在である朱辺虎衆には少しお仕置きが必要でしょうしねぇ」
 そう告げたフィアナが、一歩踏み込む。
 それを、朱辺虎衆に入った綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)が受け止めた。
 ――キン、と高い音が谺する。
 さゆみは考えていた。
 ――ここは争乱の地であり、自分たちはここに身を置いている以上、いずれ何らかの選択を迫られる……今回はその時が来たということ。
 そんな諦観と同時に、ここ数日で親しくなった朱辺虎衆の者達への思いもある。
 ――それに、『不逞浪士』とひとくくりにされている彼らだけれど、彼らと接している内に朱辺虎衆と不逞浪士といい紳撰組といい、互いに譲れぬ者を背負っているのだと言うことに気づいたのだ。そこに絡んでしまった以上、そしてそこで情と言うものを抱いてしまった以上、傍観者としてではなく、朱辺虎衆として戦う――……
 攻撃系のスキルを全て駆使する決意をした彼女は、構える。
「なにをしている?」
 そこへ、見廻り中だった紳撰組の四番隊組長である長原 淳二(ながはら・じゅんじ)が姿を現した。
 彼は仲間から、助力してくれるというよろずや――なぶらとフィアナの事は聴いていたから、手にしていた剣を迷うことなくさゆみ達へと向ける。
 洒落たアクセサリーが、静かに揺れていた。その銀色が、淳二の黒い髪の美しさを更に煽る。
「加勢……」
 さゆみのパートナーであるアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が唇を噛む。
 三対二と劣勢の朱辺虎衆を眺めながら、ヤンキー2は腕を組んだ。
「どうします?」
「どうもこうも――『普通の』町人である俺達に何が出来るって言うんだ」
 八咫烏は、その姿を露見させないまま、唐突に始まった戦闘を眺めていた。
 瞬間――淳二が踏み込む。
 意匠の凝ったつま先が長い靴が、地を蹴った。
 それをさゆみが、カルスノウトを土に突き刺し、盾のように交わす。
 構わず淳二は、地を蹴って、さゆみを攻撃しようとした、だが。
 アデリーヌが、アシッドミストを駆使して牽制する。
 それに怯んだ淳二が後退したのを見極めて、朱辺虎衆の二人は逃げていった。
「助かった」
 なぶらがそう告げると、淳二が頷いてみせる。
「どうやら朱辺虎衆も契約者を集めているようです、お気をつけ下さい」
 彼らはそんなやりとりをして散会していった。
 見送りながら、恭司はヤンキー2に振り返る。
「どう思う?」
「敵もなりふり構わなくなってきたって事っすかね」
 二人のそんなやりとりは、朝のもやの中に消えていった。


 朝になっても未だ、微川亭には二人の紳撰組の隊士の姿があった。
 それは寅の刻に呼び出された楠都子と、紳撰組壱番隊組長如月 正悟(きさらぎ・しょうご)の姿だった。互いのパートナーの姿は、そこにはない。
「もういっぱいどうだ?」
ラストオーダーの間際になって、正悟がそう声をかける。
 すると都子は頷いて、しそ焼酎のお湯割りを頼んだ。オプションで、梅の果肉が入っている。
 妖艶な都子の容姿を一瞥しながら、正悟は考えていた。
 ――以前の勇理の鞘の件といい、やはり紳撰組の中に……相手に与しているいるやつがいるな。……ほぼ、確実に楠都子だな。
 だから彼は、
「都子。飲みに行くから折角だし付き合ってくれ〜」
 と誘い、二人きりになれる機会を探っていたのである。所用があると言って、一時抜けた彼女を此処で待っていたのだ。
 ――二人っきりになれるタイミングを作って雑談をしつつ飯でも誘おう、というのはあくまでも表向きのことであり、彼は都子に対して疑念を抱いていた。
 正悟は考えずには居られない。
 ――戦う事や何かをする理由なんて人それぞれだ。
「これからどうするんだ?」
 だから、そうとだけ問いかける。
 すると都子が、えいひれへと箸をのばしながら、顔を上げた。
 ――多分それである程度俺が疑っているのも察するだろうし。
 そんな正悟の憶測に反することなく、都子は何かを感じた様子である。
「――貴方は、勇理の傍にいてくれると思っていたの。なのに、どうしてそんな事を聴くの?」
 その回答に眉を顰めながらも、正悟は、問いかけに対する答えがあってもなくても訊ねようとしていた言葉を紡いだ。
「俺達紳撰組は力無い民草を守るための組織で、幕府の犬じゃない」
「幕府の犬……」
「勇理を泣かす真似だけはするなよ?」
 そうとだけ伝えようと、彼は思っていた。
 自分の居場所は自分で見つけなければならないのだから。だから、都子が自分の居場所を間違えないといいが……そう感じていた彼の前で、都子は枝豆の殻を静かに置いた。
「そう……ね。そのはずだったのに、いつのまにか、紳撰組は、そうではなくなった」
「ん?」
 ノンアルコールの酒をなめながら、正悟が顔を上げる。
「守ると言うことは難しいことだと思うの。守ったつもりになっていて、本当は守られていたり……守られているつもりが、本当は守っていたり。あるいは敵対しているはずだったのに、守っていたりする」
「何を言っているんだ?」
「勇理を守ってあげて、壱番隊の組長」
「パートナーなんだからお前もしっかりしろよ」
「――あるいはできるならば、それが叶ったら良かったのかも知れない」
「都子?」
「ジャンヌ・ダルクの話を聴いたことがある?」
「ああ」
「もし私がその前にいたとしても、汚れたこの手で彼女の手を握ることは出来ないわ」
「汚れ?」
「そう、汚れ」
「俺には」お前が、ジャンヌ・ダルクに見える。
 その言葉を飲み込んだ正悟は、しらけていく窓の外へと視線を向けた。
 微川亭もまた、朝を迎える。


 朝を迎えた微川亭ではリース・バーロット(りーす・ばーろっと)が、女中達と話しをしていた。
 日が昇ると、夜勤をしていた各屋敷の女中達が、遅い食事を取りに来るのである。
 そのため、本来の他の客達とは異なり、そこには女性の使用人ばかりが集まってくるのだった。リースは、対外的なことは小次郎に任せて、女同士でしか話せないことを中心に聞き込みに廻っている内に、この店のことを知ったのである。
 いかにも使用人のようなそぶりで、リースは戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)の事を念頭に置きながら切り出した。
「あの人、本当人使いが荒くて困っちゃうんです」
 彼女は、不満事を自分から切り出す事で、相手が不満事やら本音を話し易い場を作った。
 その作戦は考をさまし、様々な感想が飛んでくる。
 そうしている内に、皆それぞれがうわさ話を語り出した。
 リースは適当に合の手を入れることで情報を聞き出していく。
「そうそう、このまえ扶桑守護職のお屋敷で暁津藩の家老の継井様をお見かけしたわ」
「え? 珍しいこともあるのね」
「継井様と言えば、例のお屋敷前後だまりの事件は何だったのかしら」
「それが――どうも誰かを匿ってらっしゃるみたいなのよねぇ」
 なるほど、と相づちを打ちながら、リースは心の中で静かにメモを取っていた。
「そういえば貴方、暁津勤王党の方と恋仲なんでしょう?」
「やぁねぇ止めて下さいよ」
 方々から様々な話が飛んでくる。
 ――こういうゴシップネタ等。そういう情報の中に、変化点が隠れている事が多い。
彼女はその様に感じていた。


「まだ都子は帰らないのか……」
 朝になり紳撰組の屯所で、近藤 勇理(こんどう・ゆうり)が呟いた。
「正悟が一緒だから大丈夫だと思うよ」
 ヘイズ・ウィスタリア(へいず・うぃすたりあ)がそう声をかける。彼は壱番隊の部隊長だ。
「勇理さん、もし迷いそうになって愚痴や弱音が出たなら俺に吐き出してくれてもいい」
 不安げな勇理にヘイズがそう声をかけた。
 すると驚いたように局長が振り返る。
「約束したからな、君を支えるって」
 色男の真摯な言葉に、勇理は微笑みを浮かべた。
 礼を言うとヘイズは、パートナーの如月 正悟(きさらぎ・しょうご)の元へ戻ると行って立ち上がった。
 それを見送りながら、二人を見ていた棗 絃弥(なつめ・げんや)は腕を組む。
 ――まず、討ち入り時に紳撰組は退路を一つだけわざと残し、不逞浪士達がそこから逃げるように誘導。
 ――扶桑見廻組はその逃走先の道を封鎖し逃げてきた不逞浪士達を捕縛。
 ――紳撰組は池田屋の中を制圧しつつ、見廻組と挟み撃ちにする形で必要な人員だけ残して不逞浪士達を追う。
 この計画は勇理も聴いていた。だから、絃弥の仕事は残り一つだった。
 ――見廻組の屯所へ話を通しに行く。
 それだけである。
 ただ一つだけ気になることがあるとすれば……
 ――しかしこの状況、さも討ち入ってくれと言わんばかりの動きがどうも気にいらねぇ。この動きが囮で本命は他にあるんじゃないかと勘ぐっちまう。いざ討ち入り! となれば戦力を割く事も出来ない。松風公の元へ行き見廻組の所属でない同心や岡っ引きを動員し都の警備の一時的な強化を進言する必要があるかもな。
「どうした?」
 考え込んでいる様子の絃弥に、勇理が視線を向けた。
 その傍らでは、罪と呪い纏う鎧 フォリス(つみとのろいまとうよろい・ふぉりす)が黙々と見守っている。
「……なんでもない」
 あるいは絃弥のその一言が、この結末の序幕だったのかも知れない。


 そこへ、勇理あてに来客があった。
 他の面々は席を外す。
 やってきたのは戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)だった。
 お茶を用意してから勇理が用向きを訊ねると、彼は語り出した。
「紳撰組と扶桑見廻組が啀み合うことで利益を得る人物に心当たりは?」
 率直な言葉に、勇理は僅かに眉を顰めると首を傾げる。
「嫌得にはありませんが――何故です?」
「もしそういった人物がいるならば、その者こそが朱辺虎衆も操っているのかも知れない」
「残念ながら、私は存じません」
「では、以前にこの辺りを取り締まっていた勢力などに心当たりは?」
「申し訳ありません。お力になれなくて」
 頭を垂れた勇理に向かって首を振り、小次郎は、町中へと聞き込みに出ることにしたのだった。


「海豹村も今頃は、梅雨があける時期ですかねぇ」
 海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)がそう告げると、先に局長の居室から戻ってきた罪と呪い纏う鎧 フォリス(つみとのろいまとうよろい・ふぉりす)が窓の外を見た。
「おまえは、帰らなくて良いのか?」
 その言葉に、海豹仮面が向き直る。
「おまえは村長なんだろう? 待っている民が多いのではないか」
 フォリスのその言葉に、暫し逡巡するように海豹仮面は押し黙った。
「例えそうだとしても、力を貸した組織一つすら守ることが出来ないで、村長なんて名乗れないねぇ」
 それが真意か否かをフォリスが逡巡していたとき、そこへ九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)がやってきた。
「副長さん達の考え通り、商家の金銀屋は怪しいです」
 その言葉にフォリスが身を乗り出す。
「それに池田屋も……」
 監察方のその声に一同は顔を見合わせたのだった。






 午後になった。夜勤明け――午後から勤務の長原 淳二(ながはら・じゅんじ)と、午前は休暇で午後からの勤務だった海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)が揃って隊服を着る。
「――……どうしていつも仮面をつけて居るんだ?」
「海豹村!」
「ああ、うん」
 同機入隊の二人は、互いに組長となった今でも、共に見廻りに出ることが多い。
 淳二は海豹村の宣伝に慣れつつあった。
 海豹仮面は、海豹村の宣伝をするべく、紳撰組に入ったのである。
 二人は巡回先のリストを眺めながら、紳撰組の屯所を出た。
 リストの最初は金銀屋――最後は久我内屋だった。
 商家を当たれと言うのは、副長である棗 絃弥(なつめ・げんや)の言葉だった。
 紳撰組の見廻りは、基本的に二人一組である。


 あらかたの見廻りを追えた二人は、最後に久我内屋へと向かった。
 すると迎え出たのは、久我内 椋(くがうち・りょう)だった。隣には、モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)の姿がある。
「これはこれは、紳撰組の方ではありませんか」
 人の良い笑顔を浮かべた椋が、茶の用意を指示する。
 すると、幾人かの使用人が茶と菓子を用意して戻ってきた。
「営業妨害だ」
 茶など必要ないというそぶりで、モードレットが緑色の瞳を細める。
 モードレットは、考えていたのだ――梅谷才太郎暗殺事件のことを。
 ――奴らはサイコメトリィとソートグラフィーを使って俺を調べ上げようとかもしれないが、遺体の用意にはヒプノシスで相手を眠らせてさっさと終わらせている。よって、記憶としてさほど残っていないだろうし、もともと偽装したときに衣服は違うもの――梅谷のものに変えているので殺した時のことなど残らんだろう。まぁ、梅谷の記憶が読み取れるかもだがな。いや、剣も持たんし――。
 扶桑見廻組などが、梅谷才太郎とされる遺体をサイコメトリィしていた事を聞き及んでいたモードレットは唇を噛む。それ故に、繰り返した。
「だから営業妨害なんだ。はっきりいって、紳撰組の連中に来られるのは迷惑だ」
 ――久我内屋に襲撃に来るような奴がいるなら追い出してやろう。
 元々そう考えていたせいか、口調が荒くなる。
「失礼だろう」
 それをたしなめるようにして、椋が、淳二と海豹仮面に向き直った。
「それで、ご用件は?」
「この美味しいお菓子は、是非海豹村にも支店が欲しいですなぁ」
「黙っていろ」
 海豹仮面をこづいてから、嘆息しつつ淳二が向き直る。
「攘夷志士に関して、何かご存じないですか?」
「それはそれは――こちらも手広く商売をしておりますから、噂程度には聞き及んでおりますが」
「中でも、先に暗殺された梅谷才太郎に心当たりはありませんか?」
 淳二がそう告げたとき、遺体を用意した事もあり、自然とモードレットは剣の柄に手をかけていた。ほぼ無意識だったのだろう。
「梅谷殿と言えば、この辺りの町人には偉く評判が高かったですね。方々から身を追われていたと聴きますが」
 反して椋はそつなく応える。
「海豹村のように平穏な地にいたならば、あるいは彼も英雄だったでしょうねぇ」
 のんびりと湯飲みを置きながら、モードレットの前に立ち、海豹仮面は淳二の肩を叩いた。
「そろそろいこうかねぇ――営業妨害らしいしねぇ」
「ああ、そうだな――失礼しました」
 淳二が一礼すると、手土産にと言って久我内屋の当主は、菓子折を手渡した。
 それを土産に、二人はその場を後にする。


「おまえが、空気を読んで帰るなんて言うのは珍しいな」
 淳二がそう告げると、思案するようにしてから、海豹仮面が溜息をついた。
「土に還っては、海豹村の宣伝も出来ないからねぇ」
 モードレットの尋常ではない殺気に気がついていた海豹仮面は腕を組む。
 ――流石、鬼の副長。商家を探ることは無駄ではなかったねぇ。
 そんな思いで海豹仮面は、土産に貰った甘味を目の高さまで持ち上げる。
「こら。此処で食べたらもったいないだろう」
「そうじゃないんだよねぇ。ここから――指紋が採れたらいいと思ってねぇ」
「? どういう事だ?」
「さっぱりなんだよねぇ。久我内屋はどこかに肩入れするまでもなく繁盛しているしねぇ」
「何の話しですか?」
 その声に淳二が目を細める。
「ともすると久我内屋は、なんらかの一件に絡んでいるのかも知れないねぇ――先程気付いたそぶりを見せていたならば、俺の首もキミの首も飛んでいたかも知れないねぇ」
「一刻も早く、その事を副長達に――」
 淳二の言葉に、しかし海豹仮面は首を振る。
「何の証拠もありませんからねぇ」


 その頃本郷 翔(ほんごう・かける)ソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)の、治療現場には眞田藤庵と名乗る久坂 玄瑞(くさか・げんずい)の姿があった。
 彼らは討ち入りなどで負傷した、町民、志士、侍を問わず治療に励んでいるのである。
 昼食を差し出された黄泉耶 大姫(よみや・おおひめ)は、傍らで見守る紫煙 葛葉(しえん・くずは)を見上げた。
「いらぬ」
「……、……」
 言葉の話せぬ葛葉が、視線で強く食べるように促した。
 それを悟って大姫は、形ばかり粥の浸る碗に、匙を向ける。
 大姫もまた、先の戦いで負傷をおったのである。
 そこへ帰ってきた攘夷志士達の声が聞こえてくる。
「黒龍様にお会いできるとはなぁ」
 大姫は特段その声に反応を示さなかったが、葛葉はあからさまに振り返ったのだった。

 筆談で事の顛末を聴き探る。

 すると昨夜、『黒龍』に会ったとのことだった。
 黒龍――そう偽名を名乗って、街へと現れたのは天 黒龍(てぃえん・へいろん)である。
 黒龍は考えていたのだ。
 ――ついでに何か不穏な噂があれば気に留めておくか。
 そう思いながら声をかけると、近寄ってきた牛面の一人が嬉々とした声を上げた。
「首領がこんな麗人だなんて知らなかったですよ」
 ……朱辺虎にもう一人の『黒龍』?
 それは三道 六黒(みどう・むくろ)の事だったが、勘違いを幸いに、黒龍は偽名を名乗ったまま、様々なことを聞き出した。そして決意する。
 ――あちらの『黒龍』がどのような相手かは知らんが、こちらの行動をあちらの『黒龍』の行動ということにして、情報を流して様子を探ってみるか。
 ……『黒龍』が紳撰組を訪ねてみるのも一興だろうな。

 事の次第と、パートナーのおおよその心情を理解した大姫が起き上がろうとする。
「っ、痛――」
 その体を布団へと押し戻しながら、葛葉は暗に寝ていろと目で促した。
 何も言えなくなった大姫は、唇を噛みながら、きつく布団を握る。
 そうして出て行く葛葉を恨みがましく見送っているときのことだった。
 唐突に居室の扉が開く。
 彼女は無意識に、獲物を探していた。
 だが、かかった声はそんな思いなど吹き飛ばす程、爽快なものだった。
「怪我をしたって聞いたが、大丈夫かのう?」
 そこへ現れたのは坂東 久万羅(ばんどう・くまら)だった。オールバックにした赤い髪が揺れている。精悍な顔つきで笑った彼は、大姫の布団の隣であぐらを組むと、微笑した。
「どうして、ここに? 仕事は?」
 呆気にとられた様子で王姫が声を震わせると、久万羅は穏やかに、ニッと笑った。
「久我内屋は相変わらず通常営業ですぜ! なにがあろうともお客にものを提供できなければ、困るのはマホロバのみんななんだ」
「そうか」
「そうですとも。ものの供給が安定してきたなら物価の安売りは抑え、代わりに物が買えるように従業員として短期間雇い入れる、というのを旦那が考えていたんであっしはそれを努めてます」
「よ、良い事じゃな」
 次第に言葉に詰まり、大姫は顔が熱を持ってきたような気がした。照れ隠しに、頬を掻く。傍らにいつも身につけている仮面を置いていたことが幸いした。
「葦原や空京にもきっと店があるんですかねぇ? 何名か船で連れて行くそうです」
「そ、そなたも行くのか?」
「いえ、あっしはこのマホロバで仕えてるじゃけん」
 焦るような声、そして安堵するような吐息。
 それらを発したのが自分自身であることに、大姫はいつの間にか羞恥を覚えていた。
「――何故、此処へ?」
「お嬢さんが怪我をしたって聞いて大丈夫かと思って――重傷みたいですが、綺麗なべっぴんさんが身体に傷を残しちゃいけねぇ、しっかり養生してもらえればいいんだが……」
「別嬪……」
 自身の顔の傷を疎ましく思っている大姫は俯いた。
「本当はもっと早く見舞いに来たかったんですがねぇ。――いけねぇ、見舞いに行きたくても住所とかあっし知らねぇんですよね……と呟いていたら、旦那が教えて下さったんでさぁ」
「久我内屋の主人が?」
 驚いて再度顔を上げる。
「ええ。流石に手広く商いをしているだけあって、お顔が広い――それより、大丈夫じゃか?」
「……ああ、そなたの顔を見たら、少しな」
「上手いなお嬢さんは。あんまりそげな事言われると、その気になるじゃけん。男子の前では、言ってはいけん」
「その――……そなたの前だから言ったのじゃ」
「嬉しいことを言ってくれるけん」
 豪快に笑いながら久万羅は、大姫の肩を叩いたのだった。






 幕末の日本――そこで活躍した紳撰組の監察方山崎のごとく、薬師として暗躍して諜報活動から戻った九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は、局長である近藤 勇理(こんどう・ゆうり)達の元へと向かった。
「なら金銀屋から資金が流れているのは間違いないんだな」
 勇理の声に、商家をあたるように指示を出した、紳撰組において鬼の副長と名高い棗 絃弥(なつめ・げんや)とそのパートナーの罪と呪い纏う鎧 フォリス(つみとのろいまとうよろい・ふぉりす)が顔を見合わせる。
 起き上がってきた楠都子は、橘 舞(たちばな・まい)に付き添われながら、それを聞いていた。
「それを担保に、池田屋に居座っているのか」
 考え込む様子で顎に手を添えた勇理は、ひっそりと嘆息した。
 あるいは日堂 真宵(にちどう・まよい)土方 歳三(ひじかた・としぞう)にかけられた言葉を思い出していたのかも知れない。
「少なくとも、そこに朱辺虎衆が集まっていることは間違いないね」
 ロゼのその言葉に、勇理は頷く。
「――決行は、明朝未明とする。それまでに監察方で、池田屋の見取り図を用意してもらえるか」
 勇理の指示に、ロゼと斉藤がどちらともなく頷いて、部屋を出て行く。
 それらを見守りながら、残ったサー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)が呟いた。
「事件の真相を知るには、朱辺虎衆を捕らえるかして真相を聞き出すしかなさそうですね。とは言え、組内に敵側の密偵が居る可能性が高い状況では少しばかり動きが取り難いのも事実。このままでは、池田屋討ち入りの報もすぐに相手側に気づかれてしまうかもしれませんね。ならば、それを逆手にとって、その事を相手側に報せようとする人物――もしくは、討ち入りの際に故意に逃走を見逃す人物が密偵と言えるかもしれません。ですから、その事を念頭に入れて監察方に不審人物を割り出して頂きましょう――それと、この辺りに情報のやり取りは、お嬢様にお任せするより私が担当して対処する事に致しますわ。人の闇の部分をお嬢様に晒す訳には参りませんから」
 頷きながら、勇理が絃弥を見る。
「副長は、くだんの協力の件、扶桑見廻組に打診してきてくれないか」
「分かった」
 頷いた絃弥と共に、フォリスが部屋から出て行く。
 長原 淳二(ながはら・じゅんじ)はといえば、久我内屋についての報告の件で、海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)を見据えていた。しかし海豹村の若き村長はといえば、仮面のせいだけではなく、その雰囲気からも考えが伺えない。
 ――池田屋への討ち入りの過程で、余計な問題を増やさないつもりなのだろうか。
 一人思案した淳二は、腕を組む。
 その手首には、彼の趣味である自作の洒落たアクセサリーがはまっていた。
「所で壱番隊組長と、都子は?」
「嗚呼……二日酔いなのかな……二人とも頭痛で横になってるよ」
 ヘイズ・ウィスタリア(へいず・うぃすたりあ)が苦笑するように応える。その甘い表情に、何人かの女性隊士が見惚れる。しかし意にした様子もなく、紳撰組の総長であるスウェル・アルト(すうぇる・あると)がレッグソックスの位置を直しながら、ヴィオラ・コード(びおら・こーど)へと視線を向けた。
「大事な人に心配を掛けてはいけない。だから仲間達の大事な人達が、心配しないように、悲しまないように――守るのも、きっと、私の役目」
 その声に、ヴィオラは銀色の短い髪を撫でた。
 いつか、パートナーのその声に、彼は『嬉しいような……複雑な感じだ』と思った自分がいたことを思い出していた。
「俺も……守るよ」
 それは通常であれば、スウェルへと向けた言葉だったのだけれど、この時彼は此処までに培ってきたナニカを回想せずにはいられないのだった。
「時代が動くかどうかはあちきには分かりませんが、あちき達紳撰組やるべき事は一つですからね」
 レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が呟く。
 参番隊組長件、剣術師範でもある彼女は、これまで隊士達には教授しなかった秘技を持っていた。――今度こそ、それを使うときが来たのかも知れない。
 そんな風に考えているせいか、いつもよりも幾ばくか険しい表情のパートナーの肩を、ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が叩いた。
 ――私は勘定方ですからね、レティの事は心配でも中に討ち入ることはしませんわ。
 ――その代わり外で負傷者の手当に当たりますね、幾ら討ち入りでもこちらも無傷とは行かないでしょうからね。
 そんな想いを抱いていた彼女は、黒い瞳を瞬かせた。
 ――ただ、それだけだと足りないかな。
 ミスティはそのように考えていた。
 彼女が近藤 勇理(こんどう・ゆうり)へと視線を向けると、そこでは辺りを警戒するように柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)が視線を這わせていた。


 その頃、紳撰組の動向をうかがっていた甲賀 三郎(こうが・さぶろう)高坂 甚九郎(こうさか・じんくろう)、そして本山 梅慶(もとやま・ばいけい)メフィス・デーヴィー(めふぃす・でーびー)は、飛んできた手裏剣の気配に、それぞれ身を翻した。
 それが手裏剣ではなく、丁寧に磨き上げられた銀器だと気付いたのは、ナイフを投げた主である城 紅月(じょう・こうげつ)の執事じみた服を目にしてのことである。
 本物の忍びの血流を継ぐ三郎は、けれど実践慣れした様子の紅月の正面に立つと眉を顰めた。
「何者だ?」
「朱辺虎衆を探っています」
 慇懃無礼な調子で、率直に応えた紅月は、フォークを指に構えると、スッと目を細めた。
「お前達は関係者だね」
「だとしたら?」
 三郎が相手をしている最中、甚九郎が軍用伝令犬であるパトラッシュを放った。暁津藩のアイドルと名高い名犬は、首の下に樽型伝令筒を下げて走り出す。その愛嬌あるコリー種は、使命感を抱いて、朱辺虎衆の集う池田屋へと向かっていった。
 対して軍用捜索犬であるラッシーは、セントバーナード種の大型犬である。背中に医療用バックを背負っていた。ラッシーが屋根から降りると同時に、戦闘に関わる気のない甚九郎が路地へと着地する。
 梅慶はといえば、槍を構えて相手の出方をうかがっていた。
 土佐・苓北地方の豪族、源氏と平氏の両家の格を持ち、左近太夫、豊前守のくらいを持つ分霊の梅慶は、男装の麗人を地でいくかつての戦国武将である。
 嘗て土佐平野を席捲し、長宗我部家を滅亡寸前まで追い詰めた土佐七雄の盟主だ。
 それがひょんなことからパラミタでヒッチハイクを楽しんでた時に三郎と契約したが故、ここにいるのだ。薄茶色の長いの合間から、その赤い瞳が覗いている。
 その頃、メフィス・デーヴィー(めふぃす・でーびー)はそんなことはつゆ知らず、日中の仕事である『明里』の経営に勤しんでいた。
「別に敵対する為に追っていたわけじゃない。ただ、話が聴きたかったんだ――もっとも、お前等が悪事に手を貸しているとするのならば、話は変わるけどな」
「断じて誰の命も奪ってはいない」
「ならば『社会的抹殺』の実行犯か、お前等は」
「いかにも――我の手にかかるか?」
「結構だ。朱辺虎衆の縁者にしては、穏便な方策だと思う」
 紅月の応えに、ラッシーが一声鳴いた。どうやら敵意はないようだと告げる愛犬の声にメフィスが武器を下げたのと、紅月が銀器を下げたのは、ほぼ同時のことである。
「朱辺虎衆とは、一体何なんだ?」
 率直に疑問をぶつけた紅月に対し、三郎が腕を組む。
 ――それは、彼自身にも未だ分からなかったからなのかも知れない。


「……前回の勇理さんの証言の『都子さんと同室で眠っていた――誰かが入れば気付いた』という状況で見えた朱い牛面をつけた黒装束姿の者が鞘を抜く場面を鑑みれば、自分の周りで動かれても気にならない程気心の知れた人物が……楠都子さんが今回の一件に一枚噛んでいる可能性が高い。そして『鞘に残されていた勇理さんへ向けられた強い意志』や―――恐らく夢ではないであろう――『琵琶を弾きに来た少年』……こちらも朱辺虎衆の方で、恐らくは梅谷さんのように勇理さんに近しい人物なのでしょう」
 滔々と語った風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)の声に、沖田 総司(おきた・そうじ)が腕を組んだ。
「楠都子達には、『新撰組』のみんなが訊きに行ったようだよ」
「でも都子さんは、動揺を見せなかった」
 優斗の言葉に、総司が押し黙る。
「だから、まずは楠さんを訪ね、今回の梅谷暗殺事件の裏側を大凡把握している事を装いつつ、その上で敢えて助力をを申し出て、彼女が抱え込んでいる事情を確認しようと思います。……マホロバの未来を憂う者同士が、親しい者同士が傷つけ合う……そんな悲劇を起こしたくないので、僕は戦いに介入し止める動きをしたい」
「――土方さん達は、許さないと思う」
 総司の言葉に、思案するように優斗が目を伏せた。その様子は、些か悲しげですらある。
「それに夢現の所に現れた少年が、紳撰組の縁者とは限らない。『新撰組』が懸念するように、内部に裏切り者が居たとすれば――部屋まで案内することは易いだろうから」
「けれど――なんとか止めることは出来ないのでしょうか」
 優斗が自重混じりに呟くと、総司が鞘を嵌めた剣で肩を叩いた。
「仮に叶わなかったとしても、出来ることをすればいい。俺は、その為の力添えを惜しまない」