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サルヴィン地下水路の冒険!

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サルヴィン地下水路の冒険!

リアクション

「逃がすと思うな!」
 水の中へ避難する魔獣に向け、相田 なぶら(あいだ・なぶら)が叫ぶ。
「今度こそ、片付けてやる!」
 怒りと使命感に震える声で、カレン・ヴォルテール(かれん・ゔぉるてーる)が叫ぶ。その両手に抱えた魔杖が火柱のごとき魔力を解き放ち、水中の魔獣へ向けられる。
 水柱がいくつもあがり、水中すら安全でないと悟った魔獣は残った触手をうねらせ、水中から飛び出した。
「なぶら、聞いてください」
 大剣を両手に構え、フィアナ・コルト(ふぃあな・こると)が告げる。魔獣が再び水中に逃れる前に駆け寄りながら、二人は会話を交わす。
「……前は、カレンを守ろうとして、あなたたちにも迷惑をかけてしまったみたいです。私は覚えていませんが、だから……」
 フィアナはしっかりと前を見つめている。
「私は、もう誰かを守りながらの戦いをしません。この剣に全力を乗せ、倒すための戦いをします」
「ああ。……それは、俺がやる。俺は、フィアナを、カレンを、みんなを守るためにこの剣を使う」
 二人の眼前に魔獣が迫る。触手がうねり、二人に打ちかかろうとする。
「その程度で、退くわけにはいかない!」
 左右から迫る触手を、剣で受け、盾で流す。その巨大な質量を押し返すことはできないが、押しつぶされることを防ぐ役にはたつ。そして、その隙間は、フィアナが大剣を振るうに十分な空間であった。
「はああっ!」
 足を緩めることもなく、剣先を動かす事もなく、まっすぐな切り込みが、ついに魔獣の触手ではなく、本体に向かって振り下ろされた。
 低く、異様な叫び声を上げて、魔獣が触手をうねらせ、まるでそこが水中であるかのような勢いで跳び上がる。距離を取った蛸に向け、カレンの援護射撃が次々に放たれる。粘液まみれの肌に、フィアナが開いた傷が焼かれ、ぶつぶつと煙が上がる。
 ぐわ、と蛸が触手を開いた。
「まずいぞ、ふたりとも、いったん下がれ!」
 カレンが叫ぶ。
「く……っ!?」
 危機を察し、なぶらがフィアナの前に立つ。魔獣が体を起こし、二人に向けて何かを吐き出した。
 それはただのスミではなく、猛烈な毒のブレスであった。濃縮された毒の飛沫を交え、強風のような息が吐き出される。
「危ない!」
 ふたりの前に、巨体が立ちはだかる。両腕を開き、腰を落としたコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が、猛烈なブレスをその体に受ける。
「ぐおおおおおっ!」
 輝くメタルボディが毒霧に吹き付けられ、変色する。それでも、胸のパーツはさらに光り輝きつづける。
「た、助けてくれたのか?」
 なぶらが驚き、問う。コアは鋼鉄の顔に力強い笑みを浮かべた。
「大丈夫。急所はきっちり守っている」
 びし、っと目元を示すコア。人間用のゴーグルを巨大に引き伸ばしたようなそれが、彼の目を守っている。
「それよりも、君の戦い方、私の心なき胸をうった。どうか、一緒に戦わせてくれ。多少、君たちよりは毒に強いつもりだ」
 したたり落ちる毒を払いながら、コアが笑みを向ける。なぶらはゆっくり頷いて答えた。
「ああ。俺としても一緒に戦ってくれると心づよい」
 なぶらもほほえんで返す。
「最後の一押し……ですね。行きますよ!」
 大剣を構え、フィアナが言う。
「ああ! 行くぞ!」
 コアが答える。再び、三人は魔獣へ向けて突進した。


 どう、と激しい水柱を立てて、魔獣が水中へ逃げ込む。そして深く沈み込んでいく。
「やはり、そうか」
 水中に小さな呟きが響いた。
「蛸がスミを吐くのは、逃げるためだ。おそらく、お前を作った水賊は、強力な敵に出会ったらお前に今のブレスを吐かせて逃げ出す算段だったのだろうな」
 水底に仁王立ちになる男……ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)が低く呟く。
「我々を古王国軍に匹敵する敵と認めてくれたことには感謝しよう。だが、すでに終わりの時だ」
 彼の存在に気づいているのかいないのか。魔獣はどんどん深い場所へ、沈み込んでいく。
「お前に敬意を表し、俺も最大の一撃で応えよう!」
 ヴァルが頭上に向け、刀を突き出す。猛烈な炎と熱が噴き上がり、水を蒸発させていく。それはあっという間に水分を蒸発させ、気泡を生み出す。上がる気泡が、魔獣の体を包み、滑り、その表面を包む粘液を弾いていく。
 驚く魔獣に別の影が接近。ぴったりとした水着に体を包んだティアン・メイ(てぃあん・めい)が魚雷のような勢いで接近し、その鼻先をかすめて反転した。
 混乱のまま、蛸は触手を伸ばして彼女を捕まえようと触手を伸ばす。
「……うっ!?」
 足を絡め取られ、ティアンの体が硬直した。
 一方、プールの上。
 泳ぐことができないテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は、水中の様子を確かめることができず、ヴァルが生み出した気泡を合図として、作戦の段階を進めた。
「今……!」
 プールの中の様子を確かめ、仕込んだスイッチを押す。プールの中に仕込まれた空気ボンベ……蛸の魔獣との戦いに繰り出した契約者からかき集めたものが、一斉に大量の空気を吐き出した。
「ティアン!」
 再び水中。ヴァルやティアンと同様に身を隠していた高月 玄秀が、触手に捕らわれたティアンを助けようと、手を伸ばしかける。
「私のことはいいから! 早く、蛸を!」
 視線でティアンが答える。玄秀はわずか一秒、思案してから、
「分かった! 皆川さん!」
「う……うん!」
 酸素ボンベから吐き出された気泡をにらみつける皆川 陽が、全身から念力を発する。念動力が水中の空気を暴れるように押しつけ、蛸の周囲を包んだ。たった一点、ティアンが掴まれた触手を除いて。
「長くは保たないよ! 早く!」
 陽は荒れ狂う念力を押さえるので精一杯だ。水中に潜んだ玄秀は、杖をまっすぐに構えた。
「水中で火葬というのも乙なものでしょう。これでとどめです!」
 杖から魔力がほとばしり、炎の嵐と化す。それは魔獣を取り囲む圧縮された空気の中に飛び込むと、爆発するかのような勢いで荒れ狂う。酸素を得てさらに燃え上がり、その熱は水中ではなく、魔獣の体内へと響いていく……
 やがて、熱で赤く染まり、肌を焦がした魔獣は大きく痙攣してから動かなくなった。
「……助かった。怖かった……」
 誰にも聞こえないのを良いことに、ぽつりと、ティアンは漏らしていた。