天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

女体化薬を手に入れろ!

リアクション公開中!

女体化薬を手に入れろ!
女体化薬を手に入れろ! 女体化薬を手に入れろ!

リアクション

 ひゅるるるる〜〜〜〜〜〜〜と、吹っ飛んでいった笹飾りくん。

「いたわ! 笹飾りくんよ!」
 空飛ぶ笹飾りくんを目撃したユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)が、そちらに向かって小型飛空艇エンシェントのスロットルを全開にする。
 やがて、道端にバッタリ倒れていた笹飾りくんを見つけた彼女は、彼が気を失っていることを幸いに、いそいそと自分のエンシェントに彼を引っ張り上げた。
「うふふっ。説得する手間がはぶけたわ。ねー、ティエン」
 同じくエンシェントに乗って滞空しているティエン・シア(てぃえん・しあ)に向けて言う。
「う、うん…」
 対するティエンは、しかし歯切れが悪かった。
「なに? どうかしたの? ティエン」
「あの……お兄ちゃん、そろそろほどいてあげられないかなー? と思って」

「ウガーっ!!」
 ティエンの乗るエンシェントの真下には、布団でぐるぐる巻きにされた高柳 陣(たかやなぎ・じん)がつるされていた。

 暑い夏の盛りのこの時期、布団蒸しは死を伴う。
 彼は汗だくになりながら修羅の形相で、顔を渡ったロープを必死に噛み千切ろうとしている。
 布団蒸しをつって飛んでるエンシェントなんて目立つ存在なんだから、大声を上げて下の人たちに助けを求める方がよっぽど早いんじゃないかと思うんだが、ロープに噛みついている当の本人にはそのことに気づく余裕はなさそうだ。
 そんな彼を見て、ユピリアはやれやれと首を振った。

「まぁティエン。今ほどいたら私たちの邪魔をするか、逃げてしまうに決まってるじゃない」

(「たち」って……僕もすっかり数に入れられてるよね、これ)
「それはそうだけど」
 ヘタに反対して、自分も縛られてはたまらない。ティエンは調子を合わせつつ、すっかり目の色を変えているユピリアに、どうしたら思い直してもらえるか必死に考えを巡らせる。
「でも、お兄ちゃんに笹飾りくんの薬飲ませて女の人にして、どうするの? お姉ちゃん「恋愛対象:男」だったよね?」
「私は陣に女の子の苦労を少しでいいから分かってもらいたいの。いつだって私の言うこと話半分で、真面目に相手してくれないんだもの」
 それはそうかも。
 1年365日、女ってメンドクセー、という思いを隠そうともしない普段の陣の態度を思い出して、ティエンは納得する。
「でも……お兄ちゃんが一生女の子になるって、イヤじゃないの?」
「あら。たとえ陣が女の子に変わったって、私の陣への愛は変わらないわ。陣だから好きなの。性別なんて、もう超越しちゃってるのよ」

(それに、女の体になったら体力差で私の方が押さえ込めそうだし! ちょうど布団もあるから好都合よね!
 フフフ……待っててね、陣。薬を手に入れたらすぐ、あーんなことやこーんなことを手取り足取り教えてあげるから…)

「お姉ちゃん……そんなにもお兄ちゃんのことを想ってたんだね!」

 布団蒸し陣を見つめるユピリアの目がキラーーーンと発情期の野獣のように光ったことも知らず、ティエンは純粋に感動している。
「お兄ちゃん、ごめん。今回ばかりは僕、お姉ちゃんを手伝うよ!」
「さあ、邪魔者が現れないうちに行くわよ、ティエン!」
「うん!」
 笹飾りくんを乗せて上昇したユピリアのエンシェントとともに、ティエンも進路を荒野へ向ける。

「ウゴゴーーッ!(俺はぜってぇ女にならねぇー!!)」
 ユピリアの意図を正確に読み取った陣だけが、連れて行かれまいと必死にロープに噛みついていた。



 さっき、ああは言ったものの。
 飛んでいるうちにだんだんとユピリアから移った熱も冷め、正気に返り始めたティエンは、またぐるぐると頭の中でいろんなことを考え始めていた。
(やっぱり……笹飾りくんもお兄ちゃんも、可哀想だよ)
 ちら、と前方のエンシェントの様子を伺う。そこでは、ついに目を覚ました笹飾りくんを相手に、ユピリアがひと芝居うっていた。

「目が覚めましたか、笹飾りくん。どうか私たちを警戒しないでください。私たちをご存じありませんか? 私たちもあなたと同じ、蒼空学園の生徒なのです。ですがそれは仮の姿。ただの学生としてだれに疑われることもなく日常を送りながら、しかしてその実態は、秘密裏にゆる族を守る組織に属する者なのです。
 私はエージェントU。後ろの子はエージェントT。これからあなたを安全な場所に連れて行きます」
 ちゃっちゃっちゃらっちゃ、ちゃっちゃちゃら〜♪

  ――何のDVD見たか丸分かりだぞ、ユピリア。


 ユピリアはツァンダの町からそれほど離れていない、人気のない荒野にエンシェントを降下させる。笹飾りくんの手をとり、彼を下したあと、背後からツインスラッシュをかけて薬を奪おうとしたのだが――

「ごめん! お姉ちゃん!!」

 ティエンの声がした瞬間、ヘチョッと真っ黒な物が彼女の顔面にぶつかった――というか、貼りついた。
「なっ……何!? これっ。とれないっ…!」
「ハイラン、そのままちょっとだけお願い!」
 DSペンギンのハイランが、ティエンに応じるように片方の羽をパタパタさせる。
 その隙に、ティエンは笹飾りくんの手を取って逃げ出した。

「ちょっとティエン! 裏切る気!?」
 ようやくハイランを引きはがすことに成功したユピリアがバーストダッシュであとを追おうとする。しかしその視界に割り入るように立ったのは、拘束を解かれた陣だった。

「よぉユピリア。だれがだれを裏切ったって?」
「あ、あら、陣。やだ、そんなに青ざめちゃって。もしかして、脱水症状か何か? あの……お、お茶でも飲む?」
「これはな! おまえの仕業に激怒を通りこして血の気を引かせてるんだよ!!
 今日という今日はぜってぇ許さねぇからな!!」


 ――きゃーーーーーっ!! ティエンったらよけいなことしちゃってーーーっっ

「ちょっとそこに座れ! ばかやろう、正座だ正座!!
 今日という今日は、これからオレの気が済むまで説教してやる!!」


 まさに怒髪天。
 陣のガミガミは夜が明けて朝になっても続いていたという…。



「笹飾りくん、ここをまっすぐ行ったらツァンダの町に着くから」
 ティエンはそう言って、東の方角を指差した。
「僕、やっぱりお姉ちゃんが心配だから、戻るね。――あ、そうだ」
 元来た道を戻りかけ、あることを思い出したティエンはしゃがみ込んで笹飾りくんを抱き締める。
「僕たちのしたこと、ごめんね。許してくれる?」
「……?」
 ティエンの腕の中、笹飾りくんは小首を傾げた。
「あのね、普段のお姉ちゃんはあんなじゃないんだよ? まぁ、ちょっと強引ではあるけど。それでね、今日は短冊持ってないから駄目だけど、よかったら来年は僕の短冊も飾らせてね。あと、お友達になってくれたらうれしいな。僕たち、隣のクラス同士なんだよ? 知らなかったでしょ」
 内緒話をしたように、額を合わせてふふふっと笑う。

「明日、また学校で会おうねー」
 ばいばいと手を振って、ティエンはユピリアたちの元へ帰って行った。
 そんなティエンを見送って、笹飾りくんもぱたぱたとその背に手を振る。

 そして彼は再び、とっとことっとこ歩き出したのだった。

☆               ☆               ☆

「それで、本当にやつはこっちなのか?」
「目撃情報をつなぎ合わせると、そうなるねぇ」
 イラついてあせり気味の白泉 条一(しらいずみ・じょういち)と対照的に、碓氷 士郎(うすい・しろう)はのんびりと答えた。

「くそ。早くすませて戻らないと、七ッ音に気付かれちまう」
 もうすっかり夕方になっていた。太陽は地平に触れそうなくらい落ちている。じき、夕闇となるだろう。
 こんな長い時間姿を消してどこへ行っていたか。そんなこと、いちいち彼女に話す義理はないのだが、きっと七ッ音は訊くに違いなかった。いつものように、ちょっとおどおどしながら。
 対人恐怖症のきらいのある彼女は、いつもびくびくして、どこか身構えている。
 そんな彼女にうそをつきたくはない――どころか、正直、今回ばかりは本当のことも話したくない。

 なにしろ、笹飾りくんとやらの持つ薬を手に入れたい理由が「士郎に飲ませたいから」では。

(大体、こいつが悪いんだよ。男か女か分からない容姿をしてやがるから)

 ちら、と後ろをついてきている士郎を盗み見る。
 手に入れたら即飲ませるつもりで襲撃に誘ったことに、まだ気付かれていないようだ。いや、本当に気付いていないのか? 気付いていて、気付いていないフリをしているのではないか?
 抜け目のない士郎のことだから、十分あり得る。

(――ああ、くそッ! イライラする)
 何もかもうまくいかない。

 元来、条一は気が長い方ではない。
 忍耐強さなど、ケシ粒の方が大きいのではないかとさえ思えるほどしかない。
 条一は今、七ッ音へのうしろめたさと不安感、笹飾りくんが見つからないことへのいら立ち、時間切れへのあせり、追い詰められたような思い、士郎に対する若干のおびえなどがグチャグチャに混ざり合い、混沌として、かなり不安定な状態になっていた。

 だからあんなふうに暴発してしまったんだと、あとになって彼は苦い思いで今日の出来事を振り返ることになる。



「いた! いたぞ、士郎!!」
 前方、走る笹竹の着ぐるみゆる族の背中を見て、条一は快哉を叫んだ。
「ああ、ほんとだねぇ」
 条一の指差した方を見る。
 そこには笹飾りくんと、そして彼と手をつないで走る女子生徒の後ろ姿があった。
 黒く長い髪をなびかせて走るその制服は、蒼空学園のものだ。

(……うん?)
 その女生徒の背中に、士郎はあるものを感じて目を細める。
 しかし、ついに目当ての人物を見つけて熱狂した条一には、その女生徒の姿すら目に入っていないようだった。

「よし! 捕まえるぜ! 手伝え士郎!」
「ああ……うん」
 言われるまま、エアーガンを構える士郎。
「それで、何か策はあるのかい?」

「逃げられないよう、足の1本も撃ち抜け」

「……それはまた。穏やかじゃないねぇ」
 内心驚きつつ、条一の様子を伺う。
 条一は完全にキレた目で、手の中に導いた火術の炎を見下ろしていた。

「何がだ? どうせ、もう七夕は終わった、用済みの竹じゃないか。おまえ、知らないのか? 七夕すぎたら笹竹は燃やすんだよ、短冊と一緒にな」
 

(やれやれ。すっかりイッちゃってるみたいだねぇ)
 士郎はお付き合い程度に銃撃をしていた。
 当てる気はサラサラない。隣の女生徒に当たっても問題だし、まさか条一の理屈を鵜呑みにするわけもない。
(というか、燃やしたら肝心の薬の入った瓶も割れてしまうんじゃないのかい? そうすると、本末転倒だよねぇ)
 嘆息が口をつく。もはや条一自身、何も分からなくなっているのだろう。笑いながら火術を放っている。こちらはマジだ。完全に彼らを燃やす気でいる。
 熱狂、暴走、いやこれもまた忘我の極みとでも言うのか。

 このとき、前を走る少女が叫んだ。

「だれか……だれか、助けてください…!! だれか…っ」

 その震えるような声。今にも泣きだしてしまいそうな……いや、おそらくもう泣いている。彼女ならば。

 こうなっては士郎も、何も知らない第三者を気取ってはいられなかった。
 あきらかに暴走している条一を見ているのは愉快ではあったが、その面白さもとうに吹き飛んでしまっている。
「ねえ、条一。もうやめよう」
「うるせえ!! あいつ、ざけやがって! ちょこまか逃げてんじゃ――ねえっ!!」
 大きく振りかぶった手からトマホークが投擲される。
 回転しながら楕円軌道を描いて飛ぶそれが、逃げる彼らの背をとらえるかに見えた瞬間。

 間に割り入った何者かが、トマホークを弾き飛ばした。

「こーんなか弱い女子ども相手に、おいたはいけへんでぇ、あんたら」
 ハルバードを如意棒のように手の中でクルクル回している、彼は蚕 サナギ(かいこ・さなぎ)という。最近薔薇の学舎に入った新入生だ。
「ここがいくら荒野かて、無法すぎるわ、あんたら。シャレにならんでホンマ。ドン引きや」

「……やろうっていうのか、きさま…」
 邪魔者の登場に、条一は歯を剥いてうなる。
 彼の手に再び火術の炎が現れたのを見て、即座に対処できるようハルバードで低く構えをとるサナギ。
「条一、やめろ」
 士郎が今度は強めに声を張った。
「やつの後ろを見ろ」
「なんだ? おまえも邪魔するのか!?」
「いいから見ろ」
 士郎の指差したものを見て、条一が硬直する。
 地面にへたり込んでいたのは乙川 七ッ音(おとかわ・なつね)。彼らのパートナーであり、条一の大切な人だった。

「……なッ…!!」
 衝撃があまりに大きすぎて、条一は一瞬で正気に返った。

「? なんや、あんたら知り合いか?」
 条一の反応に気付いたサナギが七ッ音を振り返る。
「――ええ。はい。申し訳ありません…」
 七ッ音はすばやく涙をこすり取って立ち上がると、サナギより前に進み出た。

「あなたたちが、彼の持つ薬を奪うつもりでいるって聞いたとき、信じられませんでした…。今だって、信じられません。どうしてこんな事するんですか? 何のために彼を襲ったりなんかしたんです」

「なぜって、ボクに飲ませるためだよねぇ」
「! おまえ、知って…」
「ボクに飲ませて、何をしたかったっていうの? ねぇ、条一」
 形勢が逆転したのをきっかけに、士郎は条一から距離をとった。意地悪く、くつくつと肩を震わせて笑う。
「それは…」
 いつまでも性別不明なのが気に食わなかったから。「女体化薬を飲めば男は女になるし、女だったら女のままだ。結局女だ」数時間前は納得できた理由も、今はなんだかばかげたことに思えて、口にするのはためらわれた。

「……条一のばか! だいきらいっ!!」
 黙り込んでしまった条一に痛恨の一撃を浴びせて、七ッ音は笹飾りくんにお願いした。

 笹飾りくん、笹台風発動。

 ショック状態で動けなくなっている条一と、そして士郎が渦に巻き込まれた。
「ええっ? どうしてボクも!?」
「士郎もきらい! あなたとは絶交です!!」
「そんなぁ…っ」

 吹き飛ばされていく2人を、姿が見えなくなるまで見送ったあと。七ッ音はごしごし両目をこすって、サナギに向き直った。
「危ないところを助けていただきまして、ありがとうございました」
 ぺこっと頭を下げる。
「あー……いや。ちゅーてもなぁ、追い払ったん、あんたとその子やし。わしはただ見てただけや」
「いいえ、いいえ。先ほど私たちが助かったのは、あなたのおかげです」
 深々と頭を下げた七ッ音から、きらきらと涙らしきものがこぼれたのを見て、サナギはうーんと頭を掻いた。

「そや。あんた、これから時間あるか?」
「え?」
「わしなぁ、この辺におるっちゅう笹科ザリを釣りにきてん。なんやったらあんたも行かへんか?」
「笹科ザリ?」
「そ。知っとる?」
 七ッ音は首を振る。
「ザリっちゅうからにはザリガニやと思うねん。あんた、ザリガニ釣りしたことあるか? 面白いねんで?」
 こう、割りばしとたこ糸とスルメを使ってやなー、と説明を始めたサナギの前、笹飾りくんは七ッ音の背中をぐいぐい彼に向かって押し始めた。
「……一緒に行くべきと言うんですか…?」
「いま、ひとりいるの、いくない」


「ホンマは夜やるもんやないんけどな、まぁ仕掛けといたろ思て。それにもしかしたら夜行性かもしれんしなぁ。生態知らんから何でもアリや。試してみいひんと分からんわ」
「そうですね…」

 連れ立って歩いて行く2人を見送って。
 笹飾りくんは再び、ツァンダの町へ向かってとっとことっとこ歩き出した。


 余談ではあるが、当然荒野の川に笹科ザリなんていうものは存在しない。単に、サナギの頭の中の変換間違いである。
 それでもザリガニ釣りの仕掛けを終えたサナギは、時間つぶしにと釣った魚を焼くための穴を掘り――温泉を掘り当てたのだとかどうだとか。
 まぁこれは、本人がのちに吹聴した内容だから、サナギのこと、話半分ホラ半分に聞いておいた方がいいだろう――