リアクション
ひゅるるるる〜〜〜〜〜〜〜と、吹っ飛んでいった笹飾りくん。 ☆ ☆ ☆ 「それで、本当にやつはこっちなのか?」 「目撃情報をつなぎ合わせると、そうなるねぇ」 イラついてあせり気味の白泉 条一(しらいずみ・じょういち)と対照的に、碓氷 士郎(うすい・しろう)はのんびりと答えた。 「くそ。早くすませて戻らないと、七ッ音に気付かれちまう」 もうすっかり夕方になっていた。太陽は地平に触れそうなくらい落ちている。じき、夕闇となるだろう。 こんな長い時間姿を消してどこへ行っていたか。そんなこと、いちいち彼女に話す義理はないのだが、きっと七ッ音は訊くに違いなかった。いつものように、ちょっとおどおどしながら。 対人恐怖症のきらいのある彼女は、いつもびくびくして、どこか身構えている。 そんな彼女にうそをつきたくはない――どころか、正直、今回ばかりは本当のことも話したくない。 なにしろ、笹飾りくんとやらの持つ薬を手に入れたい理由が「士郎に飲ませたいから」では。 (大体、こいつが悪いんだよ。男か女か分からない容姿をしてやがるから) ちら、と後ろをついてきている士郎を盗み見る。 手に入れたら即飲ませるつもりで襲撃に誘ったことに、まだ気付かれていないようだ。いや、本当に気付いていないのか? 気付いていて、気付いていないフリをしているのではないか? 抜け目のない士郎のことだから、十分あり得る。 (――ああ、くそッ! イライラする) 何もかもうまくいかない。 元来、条一は気が長い方ではない。 忍耐強さなど、ケシ粒の方が大きいのではないかとさえ思えるほどしかない。 条一は今、七ッ音へのうしろめたさと不安感、笹飾りくんが見つからないことへのいら立ち、時間切れへのあせり、追い詰められたような思い、士郎に対する若干のおびえなどがグチャグチャに混ざり合い、混沌として、かなり不安定な状態になっていた。 だからあんなふうに暴発してしまったんだと、あとになって彼は苦い思いで今日の出来事を振り返ることになる。 「いた! いたぞ、士郎!!」 前方、走る笹竹の着ぐるみゆる族の背中を見て、条一は快哉を叫んだ。 「ああ、ほんとだねぇ」 条一の指差した方を見る。 そこには笹飾りくんと、そして彼と手をつないで走る女子生徒の後ろ姿があった。 黒く長い髪をなびかせて走るその制服は、蒼空学園のものだ。 (……うん?) その女生徒の背中に、士郎はあるものを感じて目を細める。 しかし、ついに目当ての人物を見つけて熱狂した条一には、その女生徒の姿すら目に入っていないようだった。 「よし! 捕まえるぜ! 手伝え士郎!」 「ああ……うん」 言われるまま、エアーガンを構える士郎。 「それで、何か策はあるのかい?」 「逃げられないよう、足の1本も撃ち抜け」 「……それはまた。穏やかじゃないねぇ」 内心驚きつつ、条一の様子を伺う。 条一は完全にキレた目で、手の中に導いた火術の炎を見下ろしていた。 「何がだ? どうせ、もう七夕は終わった、用済みの竹じゃないか。おまえ、知らないのか? 七夕すぎたら笹竹は燃やすんだよ、短冊と一緒にな」 (やれやれ。すっかりイッちゃってるみたいだねぇ) 士郎はお付き合い程度に銃撃をしていた。 当てる気はサラサラない。隣の女生徒に当たっても問題だし、まさか条一の理屈を鵜呑みにするわけもない。 (というか、燃やしたら肝心の薬の入った瓶も割れてしまうんじゃないのかい? そうすると、本末転倒だよねぇ) 嘆息が口をつく。もはや条一自身、何も分からなくなっているのだろう。笑いながら火術を放っている。こちらはマジだ。完全に彼らを燃やす気でいる。 熱狂、暴走、いやこれもまた忘我の極みとでも言うのか。 このとき、前を走る少女が叫んだ。 「だれか……だれか、助けてください…!! だれか…っ」 その震えるような声。今にも泣きだしてしまいそうな……いや、おそらくもう泣いている。彼女ならば。 こうなっては士郎も、何も知らない第三者を気取ってはいられなかった。 あきらかに暴走している条一を見ているのは愉快ではあったが、その面白さもとうに吹き飛んでしまっている。 「ねえ、条一。もうやめよう」 「うるせえ!! あいつ、ざけやがって! ちょこまか逃げてんじゃ――ねえっ!!」 大きく振りかぶった手からトマホークが投擲される。 回転しながら楕円軌道を描いて飛ぶそれが、逃げる彼らの背をとらえるかに見えた瞬間。 間に割り入った何者かが、トマホークを弾き飛ばした。 「こーんなか弱い女子ども相手に、おいたはいけへんでぇ、あんたら」 ハルバードを如意棒のように手の中でクルクル回している、彼は蚕 サナギ(かいこ・さなぎ)という。最近薔薇の学舎に入った新入生だ。 「ここがいくら荒野かて、無法すぎるわ、あんたら。シャレにならんでホンマ。ドン引きや」 「……やろうっていうのか、きさま…」 邪魔者の登場に、条一は歯を剥いてうなる。 彼の手に再び火術の炎が現れたのを見て、即座に対処できるようハルバードで低く構えをとるサナギ。 「条一、やめろ」 士郎が今度は強めに声を張った。 「やつの後ろを見ろ」 「なんだ? おまえも邪魔するのか!?」 「いいから見ろ」 士郎の指差したものを見て、条一が硬直する。 地面にへたり込んでいたのは乙川 七ッ音(おとかわ・なつね)。彼らのパートナーであり、条一の大切な人だった。 「……なッ…!!」 衝撃があまりに大きすぎて、条一は一瞬で正気に返った。 「? なんや、あんたら知り合いか?」 条一の反応に気付いたサナギが七ッ音を振り返る。 「――ええ。はい。申し訳ありません…」 七ッ音はすばやく涙をこすり取って立ち上がると、サナギより前に進み出た。 「あなたたちが、彼の持つ薬を奪うつもりでいるって聞いたとき、信じられませんでした…。今だって、信じられません。どうしてこんな事するんですか? 何のために彼を襲ったりなんかしたんです」 「なぜって、ボクに飲ませるためだよねぇ」 「! おまえ、知って…」 「ボクに飲ませて、何をしたかったっていうの? ねぇ、条一」 形勢が逆転したのをきっかけに、士郎は条一から距離をとった。意地悪く、くつくつと肩を震わせて笑う。 「それは…」 いつまでも性別不明なのが気に食わなかったから。「女体化薬を飲めば男は女になるし、女だったら女のままだ。結局女だ」数時間前は納得できた理由も、今はなんだかばかげたことに思えて、口にするのはためらわれた。 「……条一のばか! だいきらいっ!!」 黙り込んでしまった条一に痛恨の一撃を浴びせて、七ッ音は笹飾りくんにお願いした。 笹飾りくん、笹台風発動。 ショック状態で動けなくなっている条一と、そして士郎が渦に巻き込まれた。 「ええっ? どうしてボクも!?」 「士郎もきらい! あなたとは絶交です!!」 「そんなぁ…っ」 吹き飛ばされていく2人を、姿が見えなくなるまで見送ったあと。七ッ音はごしごし両目をこすって、サナギに向き直った。 「危ないところを助けていただきまして、ありがとうございました」 ぺこっと頭を下げる。 「あー……いや。ちゅーてもなぁ、追い払ったん、あんたとその子やし。わしはただ見てただけや」 「いいえ、いいえ。先ほど私たちが助かったのは、あなたのおかげです」 深々と頭を下げた七ッ音から、きらきらと涙らしきものがこぼれたのを見て、サナギはうーんと頭を掻いた。 「そや。あんた、これから時間あるか?」 「え?」 「わしなぁ、この辺におるっちゅう笹科ザリを釣りにきてん。なんやったらあんたも行かへんか?」 「笹科ザリ?」 「そ。知っとる?」 七ッ音は首を振る。 「ザリっちゅうからにはザリガニやと思うねん。あんた、ザリガニ釣りしたことあるか? 面白いねんで?」 こう、割りばしとたこ糸とスルメを使ってやなー、と説明を始めたサナギの前、笹飾りくんは七ッ音の背中をぐいぐい彼に向かって押し始めた。 「……一緒に行くべきと言うんですか…?」 「いま、ひとりいるの、いくない」 「ホンマは夜やるもんやないんけどな、まぁ仕掛けといたろ思て。それにもしかしたら夜行性かもしれんしなぁ。生態知らんから何でもアリや。試してみいひんと分からんわ」 「そうですね…」 連れ立って歩いて行く2人を見送って。 笹飾りくんは再び、ツァンダの町へ向かってとっとことっとこ歩き出した。 余談ではあるが、当然荒野の川に笹科ザリなんていうものは存在しない。単に、サナギの頭の中の変換間違いである。 それでもザリガニ釣りの仕掛けを終えたサナギは、時間つぶしにと釣った魚を焼くための穴を掘り――温泉を掘り当てたのだとかどうだとか。 まぁこれは、本人がのちに吹聴した内容だから、サナギのこと、話半分ホラ半分に聞いておいた方がいいだろう―― |
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