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パラミタ百物語

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パラミタ百物語

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    ★    ★    ★
 
「はい、これ、蝋燭です。怪談を語り終えたら、消してくださいね」
 笹野 朔夜(ささの・さくや)が、長原 淳二(ながはら・じゅんじ)に火のついた和蝋燭を手渡そうとした。
「いや、俺は話さないから。いらない、こんなものいらない!」
 長原淳二が全力で拒絶する。
「まあ、みごとなターゲット一号ですわね。脅かし甲斐がありそうですわ」
 その様子を見たアンネリーゼ・イェーガー(あんねりーぜ・いぇーがー)が、口許に手を当ててぷぷぷっと笑う。
『うん、そうよねえ』
 奈落人の笹野 桜(ささの・さくら)が、軽く長原淳二にのしかかりながら言った。
「う、なんか寒い。それに重たい……。重いぞ……、お・も・い……」
『失礼ね。私はそんなに太ってないです。ていっ』
 なんだか長原淳二に重い重い言われて、笹野桜が、違った意味で気分を害した。奈落の鉄鎖で、長原淳二を畳の上に突っ伏しさせる。
「うおおお、まだ怪談が始まってもいないのに、か、身体が金縛りに……。俺は、俺の出来ることをするまでだ。帰らせてくれ!!」
 畳の上に這いつくばる形となった長原淳二が叫んだ。その背中の上には、どや顔の笹野桜がちょこんと正座している。ズールズールと移動していく長原淳二に乗って、実に楽しそうだ。
「じゃあ、これをどうぞ。百物語の日以外が誕生日の人、非誕生日おめでとう!」
 長原淳二がほとんど動けないのをいいことに、近づいてきたキャロル著 不思議の国のアリス(きゃろるちょ・ふしぎのくにのありす)が、無理矢理蝶ネクタイを結んでいった。
「何これ。もう、訳分かんないから。帰らせてくれ……。むぎゅ」
 なんとか這いずっても逃げようとした長原淳二であったが、笹野桜の重さに潰されてしまったようだ。
『だから、そんなに重くないのに。もう。えいえい』
「むぎゅうっ」
 怒った笹野桜が上で飛び跳ねたので、そのまま長原淳二は大の字になって気を失った。
「なんだか、もうあちこちで悲鳴があがっているようだよ。早い、早いよ!」
「まだ始まってもいないっていうのに……。怖えぜ、百物語」
 なんだかすでにビビりまくりのジーノ・アルベルト(じーの・あるべると)をなだめながら、思わずクロイス・シド(くろいす・しど)も軽く身震いした。
 
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あ?…やべぇかも。なんだろう、もう怖いよー」
 だんだんとガクブルしだしながら、柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)が、誘ってくれた張本人の鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)の方を見た。
「あ、柳玄さん、これはいかがですか。ガム食べます? 少しは落ち着くと思いますよ。食べてくださいよ。はい、これ」
「うん、貴仁、ありがとう」
 鬼龍貴仁からガムをもらうと、柳玄氷藍はガチガチいう歯の根を合わせるようにガムをなんとか噛み始めた。それにしても、固くて噛みにくいガムだ。
「落ち着け、落ち着くんだ……」
 自分に言い聞かせながら、柳玄氷藍がガキガキとガムを噛み続けた。
 
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「どうだ、ちっとは雰囲気出るだろ」
 龍涎香を焚いて、演出を手助けしながらハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)が言った。
「ええ。こうやって、奈落彼岸花も飾っておけば、否応なしに雰囲気は盛りあがると思いますよ。でも、これってオフザケイベントなんでしょう。ここまで怖くする必要はあるのでしょうか」
 奈落彼岸花を廊下の方にならべながら、レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)が訊ねた。まるで血のように赤い花が廊下にがらりと並び、蝋燭の明かりに照らされてゆらゆらと影を障子に映している。甘たるい香の香りと相まって、幻想的というよりもこの世ではないような雰囲気ができあがりつつあった。
「怖い話で盛りあがろうっていうイベントさ。まあ、たいていは作り話だから、オフザケって言ったんだ。でもな、もしかしたら、ほんとの話も混じってるかもしれねえじゃないか」
「はあ。だとしたら、大丈夫ですか? ハイラルは、こういうの苦手でしょう」
 レリウス・アイゼンヴォルフが、以前、ハイラル・ヘイルが怖い物を見て目をそむけていたことがあったなあと自身の記憶を呼び覚まして、ちょっと心配した。
「怖くなんかねーよ。まだ勘違いしてるのか? 俺は、ぐちゃぐちゃのどろんどろんが気持ち悪かっただけだってえの。ごく当たり前の反応だろうが。お化けなんて、全然平気なんだぜ」
 ハイラル・ヘイルとしては、言葉どおりである。グロが嫌なだけで、幽霊に怯えたことなど一度もないと思っている。
「無理しなくてもいいですよ」
 なんだか、無理している子供を見るような目で、レリウス・アイゼンヴォルフがハイラル・ヘイルを見つめた。もう、完全に、「ハイラル・ヘイル=怖がり」と刷り込まれてしまっているようだ。
「ふっ、今に証明してやるさ」
 さて、レリウス・アイゼンヴォルフはどこまでこの恐怖に耐えられるかなと、ハイラル・ヘイルがほくそ笑んだ。
 
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「なんだか、始まる前から怖いんだもん」
 だんだんと場の雰囲気が盛りあがってきたのを感じて、アニス・パラス(あにす・ぱらす)がブルンと身を震わせた。
「怖いことを克服するんじゃなかったんですか?」
「うん、克服する。頑張る。……だから、和輝の傍に、いてもいいよね?」
 佐野 和輝(さの・かずき)に訊ねられて、アニス・パラスはそう聞き返した。
 
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「遊びに行こうとは言ったが、まさかこんな所に来るとはな……」
 犬養 進一(いぬかい・しんいち)の腕にしっかりとしがみつきながら、トゥトゥ・アンクアメン(とぅとぅ・あんくあめん)が言った。
「こういう怖いのは嫌だったかな」
 遊びに連れていけとうるさいトゥトゥ・アンクアメンを怖がらせておとなしくさせようという犬養進一の作戦は、ひとまずは成功したようだ。
「うむ、自分だけ怖いのは嫌なので、他の人も怖がらせてくれよう。余も語り部として参加なのだ」
 なんだか意を決すると、トゥトゥ・アンクアメンも語り部として申請しに巫女さんの所へと近づいて行った。
 
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「皆さんお待たせしました。今日は、百物語の会に御参加していただきありがとうございます。蒸し暑い夏の夜、少しでも涼しくなっていただければ幸いです」
 巫女さんが、一同を前にして開会の挨拶をした。
 お社の広間には、参加者が座布団の上に座って集まっている。本来なら車座にしたいところだが、人数の関係で数列にきちんとならんで座っていた。所々に、座布団だけで誰も座っていない場所がある。もちろん、実際には奈落人が座っているのだが、参加者にはその姿は見えないでいた。
 語り部役の者は、それぞれが渡された和蝋燭を持っている。ひとつ話を語るたびに、それを吹き消していく趣向だ。その他の明かりとしては、あちこちに百目蝋燭がおかれている。
「なお、すでにこのお社は厳重に封印が施されています。これは、ここに呼び集められた邪念が、外に解き放たれないようにするためでもあります。そのため、朝まで途中退出することは出来ませんので御了承ください」
 巫女さんの言葉に、会場のあちこちから小さな悲鳴があがった。
『出られない……、出られない……』
 木曾義仲が、ぶつぶつと繰り返す。
「なお、途中でお夜食や飲み物の御用意もしてございます。トイレは、続きの廊下の端にございますので、御自由にお使いくださいませ。建物の外に出なければ、部屋の出入りは自由となっております。それでは、最初の語り部の方、こちらへ……」