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リアクション
第一章 金冠岳の麓で
「以上の理由により、今回は、まず地下トンネルをあたってみたいと思う。誰か、異議のあるものは?」
そう言って、宅美 浩靖(たくみ ひろやす)は、静かに発言を待った。
手を上げる者は、誰もいない。
「よし。では作戦の概要を説明するぞ−−」
金鷲党首魁、遊佐 堂円(ゆさ・どうえん)が使っていたという、強大な魔力を持つ鏡。
五十鈴宮家と由比家に恨みを持つ男、由比 景継(ゆい・かげつぐ)が、金冠岳に残されたその鏡を狙っていると知った五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)たちは、急ぎ金冠岳へと向かうことになった。
そこで問題になったのが、金冠岳までの移動方法である。
メンバー全員が参加しての作戦会議では、全部で3つの案が議論されたが、まず『翔洋丸による空からの侵入』案が、真っ先に不採用となった。
「飛空艇の大きさから敵に見つかることは避けられず、また船から地上への降下にも危険が伴う。さらに、万が一敵の攻撃で墜落することにでもなったら、作戦自体が頓挫しかねない」と、リスクを指摘する声が多かったためである。
但し、翔洋丸自体はその『見つかりやすさ』を逆手に取って、囮として山へと向かうことになった。
乗り込むのは、翔洋丸の手配に尽力した閃崎 静麻(せんざき・しずま)である。
残る2案では、『徒歩での山越え』の方が圧倒的に支持者が多かったが、御上 真之介(みかみ・しんのすけ)がこの案に強行に反対した。
『一度も通ったことのない、しかもいつ崩落が起きてもおかしくないような山道を、さらに夜間に通るのは無謀過ぎる』というのが、御上の主張である。
御上は地球の『七大陸最高峰』を全て単独登頂したこともある、登山のスペシャリストであるだけに、その言葉には重みがあった。
最終的に残ったのが、『島の東西をつなぐ、地下トンネルの利用』である。
しかしこれについても、『敵の待ち伏せを受けたり、最悪挟み撃ちに遭う危険がある。またそもそも、出口が崩落などで塞がっていたら、通り抜ける事自体が不可能』という問題があった。
このため、まずはトンネルが利用可能かどうか、偵察を行うことになったのである。
「まず、身が軽くて山道にも慣れ、さらに夜目の効くなずな君と神狩 討魔君に、ここから陸路で山を越え、トンネルの出口へと向かってもらう。これは、出口付近にいると思われる見張りを排除するためだ。出口の場所自体は、先の紛争の捕虜から得た、崩落前の金冠岳の情報から、おおよその場所を推測することが可能だ」
宅美が、滔々と説明する。
「2人が出口へと向かう間、本隊は翔洋丸で、地下トンネルの入口がある姉島の島端まで移動。偵察員はここからトンネルに入り、金冠岳へと移動。残りのメンバーは偵察員が挟み撃ちに遭わないよう、入り口付近の警戒にあたる。なお、この偵察員だが、このルートの提案者の日下部 社(くさかべ・やしろ)君に、任せようと思う。……頼めるかね、日下部君?」、
「は、ハイ!モチロンです、任せてください!」
元々、自分一人でも行くつもりだった社は、一も二もなく快諾した。
「どうだい、影野君。何か、わかったかい?」
「御上先生。『影野』さんではなくて−−」
「あぁ、そうだった。『御神楽』君になったんだね。おめでとう」
円華にたしなめられつつ、祝福の言葉を送る御上。
「あ、有難うございます」
突然名前の話を振られ、思わず照れる御神楽 陽太(みかぐら・ようた)。
陽太は、長い間ずっと思いを寄せ、影に日向に(主に影)支え続けてきた、蒼空学園校長御神楽 環菜(みかぐら・かんな)と、先日電撃的に結婚したばかりである。
「全然知らなかったよ。もっと早く、言ってくれればいいのに」
「そうですよ。帰ったら、何かお祝いしないといけませんね」
「い、いえ。そんな!こちらこそ、お二人には色々とお世話になってるのに……」
「それを言ったら、お互い様ですから」
「そうだよ。お互いに遠慮無く、めでたいことは祝い、祝福されればいいのさ」
「……わかりました。それじゃ、その時には遠慮無く。ボクも、御上先生や円華さんのお祝いをするのを手ぐすねひいて待ってますからね……って、あ!?そ、そうだ!死霊術の話でしたよね。うっかり忘れるところでした」
慌ただしく【銃型HC】を手にする陽太。御上に恋愛の話は禁句だったのを、すっかり失念していたのだ。
「やっぱり、すぐに手に入る情報には、役に立ちそうなものはありません。ナラカと関係があるかもと思って少し調べてみたんですが、どうにも情報不足で……」
「その辺りの調査は、円華さんから、五十鈴宮家と由比家の関係者にお願いしてもらってる。何せ、古い家だからね。現在には伝わっていない秘儀の一つや二つ、あっても不思議じゃない。あと葦原に戻ったら、ハイナ総奉行にも頼んでみるつもりだ」
「僕も学園に戻ったら、環菜さんに話してみます」
「お願いします」
円華が頭を下げる。
「それじゃ、こちらからは悪いニュースだ。お願いついでに確認してもらったんだが、やはり金冠岳にある鏡は、由比家累代の物である可能性が、極めて高いそうだ」
「お屋敷の何処を探しても、見つからないそうです。それにお父様は、亡くなる直前、常に鏡を肌身離さず持ち歩いていたとも……」
このあたりの、円華と実の父、由比 景信(ゆい・かげのぶ)の関係については、陽太も、環菜と共に聞かされていた。
「ではその鏡には、膨大なエネルギーが蓄えられている訳ですね。いよいよもって、渡す訳にはいかないな……」
「おにーちゃんたち、何のお話してるの?」
そう言って、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が、【ドーナツ】と【紙パック入りコーヒーミルク】を差し出す。
「ハイ、これ。差し入れだよ!難しいコトを考えてる時には、甘いものがいいんだって。イコナちゃんが言ってた!」
年が近いこともあり、この島に来てから2人よく話をしていた。
「あぁ。有難う、ノーン……って、これ、1個少なくないか?」
「だって……お腹すいちゃったんだもん」
口をとんがらせて、両手の指をニジニジするノーン。
「フフッ。もうこんな時間ですもの、お腹もすくわよね」
「どれ、折角の差し入れだ。話はこれくらいにして、みんなで食べよう。ドーナツ食べて、元気を出して、もうひと頑張りしないとね!」
「うんっ!」
円華と御上に微笑まれ、嬉しそうに頷くノーン。
陽太は、そんなノーンの様子に笑みを浮かべながらも、常に鏡のことが頭から離れなかった。
「ナニ!?アイツら、飛空艇で移動する気か!」
密林に身を隠し、翔洋丸と円華たちの動きをじっと見守っていたジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)は、予想外の行動に歯噛みした。
その背後には、奇襲に失敗した若侍がいる。
ジャジラッドは『金冠岳へ向かうのに、目立つ翔洋丸を使うコトはないだろう』と踏んでいた。円華たちが翔洋丸に乗らないとなれば、当然翔洋丸は手薄になる。そこを襲い、翔洋丸を乗っ取ってしまおうという算段だったのである。
しかしジャジラッドの予想に反して、円華たちは次々と翔洋丸に乗り込んで行く。
やがて翔洋丸はゆっくりと浮かび上がると、金冠岳に背を向けた。
「まさか、白姫岳に向かう気か……?いや、それはない。ならば、一端本部に帰り、体勢を立て直す気か?」
などとジャジラッドが自問を繰り返している間にも、翔洋丸は、上空を悠々と飛び去っていく。
「五十鈴宮円華が逃げていきます!どうなさるのですか、ジャジラッド殿!」
いきり立った侍が、ジャジラッドに詰め寄る。
「落ち着け。まだやりようは、幾らでもある。それより問題なのはオマエたちだ」
ジャジラッドは、侍たちの方に向き直ると、一歩前に出た。たったそれだけの動作なのに、3メートルに及ぶ体躯を持つジャジラッドが行うと、侍たちを威圧するのに十分な迫力がある。
「例えオレがどんな手を考えたところで、オマエたちの腕前がその程度じゃ、また『無駄死に』を増やすだけだ」
「なんだとっ!」
侍たちの内何人かが、刀の柄に手をかける。
その若さ故に、彼らは侮辱に対して敏感だ。
侍たちの剣幕にも全く動じた様子もなく、ジャジラッドは、ただただつまらないモノを見るような眼で、侍たちを見下ろしている。
「いい加減、認めたらどうだ。自分が如何に無力かを。たった一回戦っただけで、何人死んだと思ってる?」
「クッ……!」
悔しそうに、俯く侍たち。
事実、先程の奇襲の失敗で、死者負傷者と合わせると損耗率は既に1/3に達している。
「どうだ、オマエら。『力』が欲しくないか?」
ジャジラッドの声に、侍たちが一斉に顔を上げた。
侍たちの反応に、ジャジラッドは内心ほくそ笑みながら、言葉を続ける。
「『今すぐにでも、力を手に入れられる方法がある』と言ったら、どうする?」
「ジャジラッド殿、それは一体……」
「ナニ、簡単なコトです。私たちと、この場で『契約』を結べばいいのです」
突然ジャジラッドの背後の森から、何人もの兵士が現れた。
白人・黒人・黄色人種と人種は様々だが、みな揃いの迷彩服に身を包み、一様に危険な雰囲気を漂わせている。
「お、お前たちは……」
突然現れた兵士たちに、思わず身構える若侍たち。
「これは失礼。我々はあなた方金鷲党(きんじゅとう)の思想に共鳴し、はるばる地球から馳せ参じた者です」
年の頃は20代後半といったところだろうか。先頭の、日本人らしき黒髪の男が、そう言って軽く敬礼してみせる。どうやら、彼が一団のリーダーのようだ。
「地球人が、何故我らの味方をする!」
侍たちの一人が、不信の声をあげる。
「コイツらは、地球とパラミタの繋がりを絶ち切って、元の純粋な地球を取り戻したいんだそうだ。地球にも、オマエら金鷲党と同じコトを考えるヤツはいるってコトさ」
「私たちの地球とあなた方のパラミタが繋がったことによって、2つの世界は大いなる混沌の渦の中に投げ込まれてしまいました。この混乱を収めるためには、2つの世界がもう一度門を閉ざすことが必要です。地球の問題は我々地球人の手で、パラミタの問題はあなた方パラミタ人の手で解決するのが一番なのです。そうは思いませんか?」
ジャジラッドの言葉を受け、リーダーが整然と語る。
「し、しかし、ならば尚更、契約を結ぶ訳にはいかん。契約こそが、地球のパラミタの繋がりの端緒、諸悪の根源ではではないのか!」
比較的年長の侍が、当然の疑問を口にする。
「確かに、そうかもしれません。ですが我々の敵は、その契約によって強大な力を手に入れています。そしてその力によって、多くの心ある人々の言葉を握りつぶし、地球とパラミタの邪悪な融合を既成事実化しているのです!」
語っている内に、怒りがこみ上げてきたのだろう。男の顔が紅く染まっている。
「力はあくまで、力でしかありません。例え間違った繋がりによってもたらされた力であっても、それを正しき目的のために使う事は出来る筈。地球には『目には目を。歯には歯を』という言葉があります。あちらが契約によって得た力で我々をねじ伏せるのであれば、我々も力で戦うまでです!」
目を爛々と輝かせて語り続ける男の言葉を、若い侍たちは固唾を飲んで聞き入っている。
「シャンバラの誇り高き侍たちよ!我々と共に戦って下さい!お互いの世界のため、愛する故郷を守るために、今こそ、手を結ぶべき時なのです!」
男は一息にそう言い切ると、侍たちの答えを待つように、一歩後ろに下がった。
侍たちはというと、腕組みをして押し黙ったままの者、左右の仲間の顔を伺う者、思いつめたような顔で考えこむ者と、様々だ。
そして、しばしの静寂の後−−。
「俺は、契約する。それで、アイツらに勝てるのなら、俺は契約する!」
一人の侍が、前に進み出る。侍といっても、まだ15、6歳の少年だ。
「俺の父は、奴らと戦い殺された。我が父の義挙は、謀反と片付けられ、我ら一族は侍の身分を剥奪され、平民に落とされた。この屈辱を注ぎ、父の無念を晴らすためなら、俺は何だってする!俺の名は、小津 将介(おづ・しょうすけ)。俺と契約するのは、誰だ!」
「有難う同士よ。よくぞ名乗り出てくれました。あなたとは、私が契約しましょう」
リーダーの男が、嬉しそうに将介の手を取った。
「私の名は、武田 旭(たけた・あきら)。この義勇軍のリーダーをしています。こちらは私の契約者で、先祖に当たる英霊、武田 孫四郎(たけだ・まごしろう)殿です」
「小四郎と申す。旭共々、よろしくお頼み申す」
元は侍なのだろう、小四郎と名乗る20代半ばの男は、年下の将介に向かって、慇懃に礼をした。
「こちらこそ。先達がいるとは、頼もしい限りです。右も左もわからぬ若輩者ですが、よろしくお願いします」
小四郎に礼を返す将介。たったこれだけのやり取りで、3人の間には早くも『絆』が生まれている。
この契約を皮切りに、侍たちは次々と義勇軍と契約していく。そこここで交わされる挨拶や、返礼の言葉。
それを見つめるジャジラッドの眼には、怪しい光が宿っていた。
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