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リアクション
第六章 墜落
「スミマセン、船長。俺が、この船を操縦できれば良かったんですが……」
「なに、気にしないで下さい。同じ飛空艇でも、小型と中型じゃ、それこそ水上バイクとタンカーくらいの差がありますから」
申し訳なさそうに頭を下げる静麻を、船長はそう言って笑い飛ばした。
今静麻は、囮として翔洋丸を駆り、金冠岳の北側から接近していた。
出来れば船に乗り込むのは自分一人にしたかったのだが、静麻にはどうしても中型飛空艇の操艦は出来ず、船長だけは乗り込んでもらうことになったのだ。
「それに宅美さんのお願いじゃ、断れませんしね」
なんでも船長と宅美とは、地球の軍隊時代からの知り合いで、付き合ってもう何十年になるのだという。
宅美とは違い最後まで海上自衛隊を勤め上げて退官し、いよいよ悠々自適、と思ったところで宅美に声を掛けられたのだそうだ。
本人曰く、『どうしても、海が忘れられなかった』というのが誘いに乗った理由らしい。
だが、静麻が『それなら遊覧船でも、商船でも、仕事はいくらでもあるでしょう』というと、『どうもそういうのは、私の海とは違うような気がしてね』と困ったような顔で言った。
所詮、宅美と同類というコトらしい。
船長は、真っ暗な夜の空を、レーダーと海図(正確には『空図』なのだろうが、こう呼ぶのが慣習になっている)だけを頼りに、スムーズにす進んでいる。
なんでも、先の紛争の際不時着した救出部隊の旗艦『東郷』も、船長が操艦していたとの事で、その技術は宅美のお墨付き(曰く、『岩だらけの金冠岳に不時着しても大丈夫』)である。
静麻はこの話を聞いた時、『でも、東郷は爆発炎上したでしょう』とツッコミたくなったが、後で色々と話を聞いたところ、発掘当初からのある、現在の技術では修理できない損傷や、それまでの戦闘でのダメージ、それに不時着時の艦のスピードなどを考えると、そもそも空中分解していないのが不思議なくらいなのだと知って、『突っ込まなくてよかった……』と心の底から思ったものだった。
ともかくも、操艦にも戦場にも熟練した船長の元、順調に航海を続けていたのだが−−。
「11時の方角より未確認飛行物体、本船に向けて接近中!」
船長の緊迫した声に、くつろいだ雰囲気から一気に引き戻された静麻は、双眼鏡片手にブリッジの窓に張り付く。
「クソッ、こう暗くちゃ、何も見えねぇ!」
「下から来ます!」
船に衝撃が走り、前後に揺れる。
手すりに掴まって外を見ると、船首左舷に何か黒いモノが取り付いているのが見えた。
「斬り込みかよ!俺は、頭脳労働専門なんだぞ!」
思わず天を仰ぐ静麻。『最後まで、前線には出るまい』と固く心に誓って船での接近を選んだのだが、こうもあっさり乗船されるとは正直予想外だった。
今更ながらパートナーたちを連れてこなかったのが悔やまれるが、今となっては後の祭りだ。
「あぁ、もう!船長、ちょっと退治しに行ってきます!ちゃんと退治しますから、絶対に引き返したりしないでくださいよ!」
「アイアイサー!」
ブリッジを出ると、甲板へ一気に飛び降りる。
顔を上げると、近づいてくる敵の姿が確認できた。
「【スケルトン】に、【ゾンビ】、【グール】……?なんだこの最弱死体トリオは!ナメやがって!」
普段滅多に手にしない【怯懦のカーマイン】を抜くと、《エイミング》しながら撃つ。
《先制攻撃》を受けたゾンビが、一撃で黒焦げになった。
さらに2匹目に狙いをつけようとした静麻は、背後から近づいてくる気配に振り向いた。
黒い影が、空から迫ってくる。
静麻はそれを、咄嗟に転がって避けた。
「【ガーゴイル】か!」
攻撃に失敗したガーゴイルは、再び空に舞い上がると、静麻に向かって威嚇の声を上げる。
ガーゴイルは攻撃力こそ高くないが、その攻撃を喰らうと石化することもある危険な敵だ。
静麻は一旦後退すると、甲板上のコンテナの間に身を隠した。
こうしてガーゴイルの急降下攻撃を防ぎつつ、さらに周りを囲まれる危険性も減らしながら戦えば、飛び道具のある分静麻の方が圧倒的に有利だ。
ゾンビ、グールまでを立て続けに倒し、あとはガーゴイルだけとなった、その時−−。
更に大きな影が、船の上空を覆った。
「【レッサーワイバーン】だと!?」
ワイバーンは翔洋丸の上空を通り過ぎながら、ブリッジ目掛けてブレスを吐きかける。
ブリッジが、一瞬で紅蓮の炎に包まれた。
「マズい!」
静麻はガーゴイルのことなど忘れて、上空を旋回しながらなおもブレスを吐き続けるワイバーンに、カーマインを連射した。
カーマインに翼を撃ち抜かれ、夜の闇に落下していくワイバーン。
その背から、一人の男がブリッジに飛び降りて行く。およそ見間違えようもない、巨漢−−。
「ジャジラッドか!」
危険を感じ、必死にブリッジへの階段を登る静麻。
その途中、急に『ガクン!』と、船に衝撃が走る。翔洋丸が、急旋回して、船首を下に向けたのだ。
静麻は慌てて手すりに掴まって身体を支えるが、その間にも、船はグングンと降下していく。
振り落とされそうになりながら、必死に手すりにしがみつく静麻。その目に、金冠岳が写る。
「アイツ、この船を円華さんたちのトコロに落とすつもりじゃ−−」
ブリッジには、凶悪な笑みを浮かべながら舵輪を操作する、ジャジラッドの姿があった。
その足元には、船長が倒れている。
一瞬、2人の目が合う。
ジャジラッドは、哄笑した。
「!!てめぇ、ふざけんな!この船壊れたら、誰が弁償すると思ってんだ!!」
静麻は素早く【サファリコート】を脱ぐと、それで自分の腰を手すりに縛り付けた。
カーマインを両手で構え、必死に射撃姿勢を取る。
もとより当たる筈もないも高を括っているのか、ジャジラッドは避けようともせず、哄笑を続けている。
静麻は、ゆっくりと目をつぶり、呼吸を調える。脳裏に、様々な物が現れては消えていき−−。
やがて、頭の中が全くの無になった時、静麻は、目を開いた。
「あったれぇ!!」
カーマインから放たれた雷撃は、一直線に突き進み、ブリッジの分厚いガラスをも突き破り−−。
翔洋丸の、舵輪を直撃した。激しく回転しながら、はじけ飛ぶ舵輪。
「な、ナニィ!?」
てっきり自分を狙ってくるモノと思っていたジャジラッドは、この予想外の出来事に対処する事が出来ない。
一気にコントロールを失った翔洋丸は、大きく右に舵を取り、螺旋を描きながら落下していく。
「ざまぁ見ろ!この鬼瓦野郎!!」
ここぞとばかりに勝ち誇る静麻。
だがその時、度重なるGに耐えて静麻の身体を支えてきたコートの袖が、音を立てて裂けた。
「うわぁーーー!」
空中に投げ出された静麻は、悲鳴の尾を引いて落下していく。
黒い空が目に入ったかと思うと、直ぐ目の前に、姉島の木々が迫り−−。
そこで、静麻の意識は途切れた。
大きく船体を傾かせ、弧を描きながら落下していく翔洋丸。
その様子を、葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)は金冠岳の頂きで、ほくそ笑みながら眺めていた。
「やれやれ、ジャジラッドめ。『必ず翔洋丸を連中に当ててみせる』などと言っておきながら、口程にもない。……まぁよいでしょう。そのための我です」
狂骨は地上に光る明かりと、落下していく翔洋丸の位置を何度も確認した。
あの明かりの中に、五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)たちがいる筈だ。
「フンッ!」
その上で狂骨は、翔洋丸の船首に念を込める。
船首が、わずかながら向きを変えた。
狂骨が《奈落の鉄鎖》で、翔洋丸の周りの重力に干渉したのである。
一回一回はほんのわずかな干渉でも、高所から地上に落下するまでの間には、かなりの方向を変えることが出来る。
しかし翔洋丸の巨体に干渉するには、かなりの精神力を要する。
狂骨はほとんど気力が尽きそうになりながらも、なんとか船を地上へと導いていった。
地下トンネルを抜け、崩壊した岩山の中を縫うようにして進んでいた円華たち一行。
翔洋丸は、まるで吸い込まれるようにして、一行の方へと落下していく。
「翔洋丸が、向きを変えました!こちらへ向かって、突っ込んできます!」
「なんだと!そんなバカな!?」
「みなさん、早く、早く逃げて!」
「無理だ!間に合わない!」
背後から伝わる、空間を揺るがす巨大な響きに、円華は振り返った。
視界一杯に、翔洋丸の船腹が広がっている。
「早くお逃げ下さい、円華様!」
「若様、円華お嬢様を!」
「お嬢様!」
「円華さん!」
「みんな、伏せろーー!!」
轟音が辺りを支配している。
物凄い風圧に、押し倒される円華。
その上に、御上と討魔が覆いかぶさる。
翔洋丸が、金冠岳に激突する瞬間。
突如として、円華を中心とした一帯が、まばゆい光に包まれた。
「バカな!あり得ぬ事だ!!」
驚愕する狂骨の目の前で、翔洋丸の船体が、光の円盤の上を、押されるように滑っていく。
翔洋丸は、斜面を滑るようにして、金冠岳に激突した。
『お、とう……さま……?』
その光の中で、円華は、何か暖かい物に包まれるような感覚を覚えながら、気を失った。
「宅美司令、ホントにこの子、連れてくんですか?」
リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)はテーブルに突っ伏して寝息を立てているイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)を指差して、言った。よく見ると、テーブルによだれまで垂らしている。
「あぁ。起こさないように、そ〜っと連れて行きたいんだが、ちょっと手伝ってくれんか?」
『白姫岳で自爆装置が起動された』との報を受け、宅美はリカインたち予備戦力を招集、急遽白姫岳に救援に向かうことに決めた。
今から出かけたところで30分以内に現地に着くのは無理だろうが、負傷者の収容は出来る。
既に、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)を始めとした医療班にも、いつでも負傷者の受け入れが出来るよう、準備を進めさせている。
そして、イコナの契約者である源 鉄心(みなもと・てっしん)もまた、今脱出のために死力を尽くしているはずなのだ。
「よく寝てますし、いっそ、置いていったほうがいいんじゃないですか?」
「それが、この子は置いて行かれる事を酷く恐れているようでな……。何か、辛い記憶があるらしい」
イコナの髪を、優しくかき上げる宅美。その指を、不意にイコナが掴んだ。
「お父様……どうして?」
その辛い頃の夢を見ているのか、イコナの頬を、涙が伝う。
「この子は源君から、私の護衛を頼まれとる。それで、今まで背伸びして頑張ってきたんだ。これで、もしこの子が目を覚ました時、側に私がいなかったら、この子を酷く傷つける事になってしまう」
相変わらず宅美の指を掴んだまま、幸せそうに微笑むイコナ。今度は、何かいい夢でも見ているのだろうか。
「年寄りのワガママと思って、協力してくれんかね?」
「……分かりました」
リカインが更に何か言おうとした時、宅美のケータイが鳴った。
「こちら宅美。どうしたね?何!?……わかった。すぐに行く」
さっきまでの柔和な表情とは打って変わって、宅美は厳しい顔をしている。
「リカイン君!スマンが、行き先は変更だ。金冠岳に向かうぞ!」
「え!?」
「翔洋丸が、金冠岳に墜落した。船長と静麻君と、全く連絡が取れん」
「それじゃ、さっきの轟音は−−」
「翔洋丸が落ちた時の音だろうな。もしかしたら、円華嬢たちもマズイことになっとるかも知れん……。すぐに出れるかね?」
「は、はい。元々、白姫岳に行くつもりでしたから」
「結構。すぐに乗り込んでくれ。私もすぐに行く」
司令室を出たリカインを、木曾 義仲(きそ・よしなか)と中原 鞆絵(なかはら・ともえ)、それにソルファイン・アンフィニス(そるふぁいん・あんふぃにす)が取り囲む。
「それで、戦場にはいつ向かうのじゃ?」
「状況が変わったわ。行き先は金冠岳よ」
「おぉ、金冠岳には剛の者がいると聞いておる。腕が鳴るのぉ!」
「目的も変更。するのは戦闘じゃなくて、人命救助よ」
「え!?人命救助ですか!」
途端に、ソルの顔がパァッと輝く。ソルは、徹底した非戦主義者なのだ。
「なんじゃと!張り合いのない……」
「あぁ、トモさんには、他に仕事があるわ」
「まぁ、なんですか?」
「中にいるお嬢ちゃんを、起こさないようにして船まで運んでくれません?」
「あら、お嬢さんがいるの?」
「ええ。トモさんになら、お孫さんにちょうどいい位の女の子ですよ。そう言えば、トモさんなんかは、宅美司令と話が合うかもしれませんね」
「あらあら。これは楽しみね」
そそくさと、司令室に入っていく鞆絵。
それを、義仲が憮然とした顔で見つめている。
「あれ?どうしたんですか、義仲さん?そんなに難しい顔して。お腹でも痛いんですか?」
「やかましい!」
察しの悪いソルに向かって一喝すると、義仲は大股で歩き去っていった。
『……か』
『……ど……か』
『まどか……』
『目を開けなさい、まどか……』
初めて聞くような、それでいて懐かしさを覚える声。
その声に揺り動かされ、円華は目を覚ました。
「お……とう……さま……?」
「円華さん、大丈夫ですか?」
すぐ目の前に、御上の見慣れた顔がある。
意識を失っていたことに気付き、身体を起こそうとするが、そこら中に痛みが走り、うまく行かない。
予想外の痛みに、顔をしかめる円華。
「まだ、動いてはダメですよ」
御上が、やんわりと静止する。
円華は、頭だけ動かして左右を見た。今自分のいる一帯を除き、土砂で埋め尽くされている。
「これを飲んで下さい。随分、ラクになる筈です」
御上が円華の上体を起こし、《頼もしの薬瓶》を円華の口につける。
その液体を円華は、コクンと、一口飲んだ。身体の中に暖かさが広がり、痛みが少しずつ引いていく。
円華は自力で上体を起こすと、残りの液体を少しずつ口に運ぶ。
「翔洋丸が金冠岳に墜落したんです」
円華の回復にホッとしたような表情を見せながら、御上が説明する。
「かろうじて直撃は免れましたが、大規模な土砂崩れに巻き込まれて、多くのメンバーと離れ離れになってしまいました」
「離れ離れ……?」
「全員と連絡が取れていますので、無事は間違いないのですが、何処にいるのかはさっぱり……」
「良かった……」
『土砂崩れ』と聞いて、一瞬嫌な想像が頭をよぎったが、最悪の事態は免れたようだ。
「ただ……」
「ただ?」
「翔洋丸に乗っていた閃崎君と、船長さんと連絡が取れなくなっています」
「そんな……。それで、捜索は?」
「本部にお願いしてあります。我々は、鏡の回収を優先しないと。……それでいいですね、円華さん」
御上はそう言って、円華の目を見つめる。
円華は一言、「ハイ」とだけ答えた。
その目に、迷いはない。
「先生!」
「お嬢様!」
向こうから、討魔となずな、それに仲間たちが駆けてきた。
みな回復した円華を見て、ホッとした顔をしている。
「とりあえず、このあたりにいるのはこれで全員です」
円華は、メンバーの顔を見た。日下部 社(くさかべ・やしろ)、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)、キルティス・フェリーノ(きるてぃす・ふぇりーの)。
それに討魔となずな、そして御上。
全身泥だらけで、そこら中に傷を追っているが、その目に宿る光には力がある。
「みなさん。こんなコトになってしまいましたが、目的地はもうすぐそこです。行きましょう!離れ離れになったみなさんとも、きっとそこで逢えます!」
円華の言葉に、皆、力強く頷く。
「よぉーし!こうなったら、景気付けや!どうせオレらの居場所なんてバレとるんやし、一曲バァーンといくでぇ!!」
社が左手を、天高く突き上げる。
「出番やで!ミク!!」
手の甲に刻まれた魔法陣が、紅い光を放ったかと思うと、黒々とした雲のようなモノが現れ、人の姿を形作っていく。
「はぁ〜い♪『響 ミク』、社命によってリアルに降臨!」
846プロの誇るネットアイドル『響 ミク』こと、響 未来(ひびき・みらい)が、社長の《召喚》に応え姿を現したのだ。
突然の成り行きに、呆気に取られる一同。
「んん〜、なんだなんだ〜。みんな、ノリが悪いぞ〜!よ〜し、それじゃ今日は、みんな知ってるこの曲からいっちゃうよ!」
ミクの【携帯音楽プレイヤー】から、音楽が流れ始める。
ミクが歌い出したのは、一昔前に地球で流行った、国民的ヒーロー番組の主題歌だ。
今年になってシャンバラで再放送が始まって静かなブームになっていることもあり、ミクの言う通り皆がこの曲を知っていた。
どちらかというと懐かしいさを覚えるような、熱血感溢るる歌だが、今置かれているこのピンチな状況に、その熱い歌詞が実良くにマッチする。
高く澄んだミクの歌声と、オリジナルの歌い手を思い出させる、絶妙にツボを押えた社の声。
その2人の奏でるハーモニーにつられるように、一人、また一人と歌の輪に加わっていく。
曲が3番に入る頃には、円華も含めた全員が歌っていた。
「きっと、みんななら大丈夫!自分を信じて、仲間を信じて、さあ行こう!」
ミクの言葉と、社の《震える魂》に《激励》され、皆、意気揚々と歩き始める。
暗い夜の闇の中で、『歌の絆』に結ばれたこの一角だけは、確かに光に溢れていた。
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