天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

善悪の彼岸

リアクション公開中!

善悪の彼岸

リアクション

「我々は烏合の衆ではないのだ。撃鉄を起こせッ!」
 クレーメックの用意の合図に、仲間内皆が一斉に構えを取った。
 竜の涙目前まで迫られたとしても、慌てることはない。
 それこそ、善悪とも違うクレーメック達の価値に支えられているからだ。
「……ッ、はじめ……ッ!」
「これで守りますわ」
 ヴァルナは、風の鎧、歴戦の防御術で守りを固め、
「これで、よしッ。お願いしますわ!」
 荒ぶる力で味方全員の攻撃力を高める補助を掛けた。
「私も続くッ!」
 優子はオートガード、オートバリア、ディフェンスシフトで味方全員の守りを更に固め、自身をパワーブレスで強化し、一気に前線へと飛び出した。
「はぁぁああっ!」
「私も行きますわ!」
 壁役として飛び出した優子を援護するために麗子もその後ろから続き、粘体のフラワシの力で耐性を得、更にミラージュ、フォースフィールドで自らの身を守る用意をし、鬼眼により敵の 攻撃力を低下さえ、少しでも優子の壁を長く持たせるように続いた。
 無論、狙いはミュラーだ。
 ミュラーを押し返せば、協力者達もこぞって援護に駆けつけるだろう。
 そうなれば、このゴチャマンも構図がわかりやすくなる。
 が、アシッドミストによる霧が発生し、視界が一気に悪くなる。
 それもただのアシッドミストどころではない。
 複数人でのものでなければ、この霧の濃さは異常だ。
「通りすがりの魔法使い、参上!」
「僕は……そうですね。飯綱君(いづなのきみ)とでも名乗っておきましょうか。無論偽名ですよ。ミュラー君の健気な思いに共感して、一臂の力をお貸ししようと思いまして」
 仮面をつけた通りすがりの魔法使いこと御凪 真人(みなぎ・まこと)と、鬼の面を被った飯綱君こと高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)が、同時にアシッドミストを掛けたのだ。
「契約者ってのは……愉快だな」
 ミュラーなりの感謝だ。
「救える命がるのであれば救うことに迷いはありませんよ。しかし、法を犯す事以外の覚悟も必要ですよね。ミュラーさん、貴方はエリザさんのためと言っていますが彼女を助けたいと言うの自分の欲ですよね」
「さあ、どうかな」
「私欲で盗みをする人間を義賊とは言わないでしょう。貴方は義賊という誇りを捨てる事になるかもしれません。そして、盗みによって生かされたのなら、エリザさんの心は傷つくのでは?」
「ふ……そうかもな」
「それでもなおその女の子を助けたいと思うのであれば、俺は協力を惜しみませんよ」
「なら、惜しまないでもらおう。そっちの鬼もな……」
「ここは任せてください。追撃は僕達が断ちましょう」
「任せた……」
「俺が敵の位置を探ります。君は攻撃を!」
 真人は超感覚とディテクトエビルを駆使し、敵の位置を探った。
「手数が必要ですね」
 そう言うと玄秀は式神 広目天王(しきがみ・こうもくてんおう)を呼び出した。
「そこです!」
 真人の指示の方向に向けて、玄秀はサンダーブラストで、広目天王は弓で攻撃を開始した。
「グウウッ!」
 優子を、そして麗子を、はたまた歴戦の防御術で持って、自身の盾――戦乙女の心で攻撃を受け止め、防ぐ亜璃珠を完全に防御一辺倒にさせつづけた。
「ならば、これで霧散させる!」
 後衛のクレーメックは強烈な真空派で霧を解除しようとするが、効果は上げられなかった。
 1人では足りない。
「主の邪魔立てをする者に容赦はせぬぞ」
 逆に位置を晒すこととなり、広く展開し攻撃の方向を絞らせぬようにする広目天王の弓を浴び続けるのだった。
「このまま押し切り、少しでも時間を稼ぎましょう。多勢に無勢。この機を逃せばもはや撤退しかありません」
 玄秀の言うとおり、これはミュラーの突然の宣言から始まった奇襲に近いものなのだ。
 霧が晴れれば一気に形勢は逆転する。

 その間にもミュラーは竜の涙に近づこうとするのだが、ショーケースに座るエッツェルは連結剣をふるって、その場から近づく者を排除しようと試みていた。
 迂闊に近づいて巻き込まれるわけにもいかず、じり貧だった。
「近づく方向を変えるか……ッ」

「ミュラー、竜の涙、盗ませはしない!」
 氷室 カイ(ひむろ・かい)サー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)ルナ・シュヴァルツ(るな・しゅう゛ぁるつ)の3人が、ミュラーの前に立っていた。
 ようやく竜の涙の前まで辿り着けたというのに、番人達が厳し過ぎた。
「おまえの戦う理由……きっと立派であると思う輩もいるだろう。しかし……ッ」
 ルナはそういうと魔鎧となりカイに装着された。
「ハアアッ!」
「――ッ!」
 ベディヴィアの薙ぎ、薙ぎ、袈裟切りの3段攻撃をかわし、態勢を立て直そうとするミュラーだが、後ろにカイのウルバーウルフに回りこまれた。
「……冗談きついぜ。契約者を巻き込んだ方が、成功すると思ったんだが……」
「諦めろ、ミュラー! 大人しく逃げてしまえ!」
 カイの突きをかわし、ミュラーはこれ以上は無理だと判断すると、自慢の逃げ脚でその場を離れた。

「なんじゃ、この霧は! 中で何が起こっておる!? 竜の涙は!? ワシの宝は無事か!?」
「お願いです、ヴィシャスさん!」
 雨宮 渚(あまみや・なぎさ)がアシッドミストを抜けて、ヴィシャスの元に寄った。
「なんじゃ!? それよりワシの竜の涙はどうなっておる!?」
「もちろん、死守していますわ。皆必死になって、ミュラーを抑えています」
 渚のその言葉に、ヴィシャスは安心しきった表情を見せて、
「ハッハッハ、ワシのような大商人に集まる契約者達だ、これくらい当たり前だろう」
 と上機嫌に笑った。
「だから……お願いします」
 渚は頭を下げた。
「何じゃ、先からお願いします、お願いしますと。契約料の上乗せならせんぞ。ここまで手間取ったんじゃ、むしろ高くとられてるわ!」
「私達への報酬はいりませんわ!」
 その言葉にヴィシャスは驚いた。
 が、すぐに裏があると気づき、気を引き締めた。
「私達は、きちんと竜の涙を守り切ってみせます。だから、1人の少女の手術代を肩代わりしてくださいませんか!? お願いします」
「それはワシの得になるのか?」
「もちろんです! 少女を救った、という社会的にいいイメージが出来ますわ。それに手術費は竜の涙よりも――」
「ならん。そんなことにワシの金を使えるか」
「なら……。肩代わりしてくれないのなら、私はヴィシャスさんの悪事の証拠を突き付けますわ」
 それには、ヴィシャスの顔色が変わった。
「ほお、どんな証拠があるというんだね?」
「あなたの商法は脅迫の一種です。被害者の方々からお話も聞いていますわ。訴える用意もあるが怖くてできないと。だから、怯えることのない私達が――」
「勝手にすればいい」
「えっ……」
 渚が根回しでせっかく集めた情報は切り札となりえず、不発だった。

「マスター、どうやら間に合ったようです! 未だ鉄火場が煮えているということは、ミュラー殿も健在でございます」
 沢渡 隆寛(さわたり・りゅうかん)の言葉に、沢渡 真言(さわたり・まこと)は頷いた。
 ミュラーにもヴィシャスにも、真言は手を貸したくなかった。
 しかし、ミュラーの境遇が、同じ病弱の大切な人を持つ身として、ここまで動かした。
「煙幕の必要はありませんね。私は……彼を止めて見せます」
「私めが盾となり、道中マスターの安全をお守りします」
「頼みます。行きましょう、隆寛さん」
 何が飛び交っているのかも正しくわからぬ狭い戦場を、真言は突っ切って行った。
 ミュラーの狙いは竜の涙だ。
 ならば、奥へ奥へ行けば辿り着けるに違いない。
 そうして、カイの攻撃を避けて逃げ出してきたミュラーを見つけた。
「ミュラーさん? ミュラーさんですか?」
 その呼びかけにミュラーは反応に真言の元へ寄った。
「近づけないな……さすが契約者だ」
「ミュラーさん、その怪我は?」
 ミュラーの左頬は青あざができていた。
 唯一食らった一撃だった。
「隆寛さん」
「ハッ」
 隆寛の手がミュラーの頬に触れた。
 どうやら回復してくれているらしい。
「ミュラーさん、傷を癒す間で構いません、聞いていてください。私のパートナーのティティナも身体が弱いのでエリザさんの件はよくお気持ちがわかります。しかし、やはりそれでも、窃盗はしてはいけない事です」
「……今日は……善悪を問う説教が多くてたまらんな……」
「たとえ、同じ選択を迫られる日が来たとしても、私は違う選択肢を選びます。ティティナも私が犯罪に手を染めるくらいなら、私を叱咤して自分の命を絶ちかねませんから……。エリザさんも元気になったとき、ミュラーさんのお話を聞いて悲しむと思います」
「そうだな……。悲しませるためには、生きてもらわないと困るんだ……。待ってろ、エリザ。もうすぐフィナーレだ」
 傷を癒した隆寛と真言は、これ以上言う言葉を持たず、その場を後にした。
 賢明な判断だった。
 もう終幕なのだから――。

 ――追い詰めたぞ、ミュラー!
 出入口は、後から追い付いた護衛の契約者に、ついに固められた。
 しかし、
「見て見てぇ……ハツネ、この子とお友達になったの?」
「ア、 アンゼリカァッ!?」
「パ、パパああああっ!!」
 ミュラーを完全に追い詰めた後発部隊の人だかりが、サァっと引いたそこから現れたのは――明らかに人質として扱われているアンゼリカとハツネ達の姿。
「さて、カッコイイお父さんは見れるかねぇ?」
「クスクス……ミュラー……ハツネ、約束は守ったよ。いい子?」
「ミュ、ミュラー……き、貴様ぁっ!?」
「ああ、いい子だ。さて……役者は揃ったわけだ。盗むってのは、演技でわざとやると中々どうして、難しいものだねぇ」
 全てはミュラーの掌で――。