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善悪の彼岸

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善悪の彼岸

リアクション

 ――ヴィシャス邸・竜の涙――



「よくやってくれた、ハツネ。俺は嬉しいぞ。俺が今度遊んでやろう。だから、アンゼリカを解放してやってくれ」
「え〜……んー……うん、約束だよ、ミュラー。壊して、壊しつくすまで、遊ぼうね」
 そう言って卑しく笑うハツネにミュラーは顔色一つ変えず、その頭を撫でながら、アンゼリカを解放してやった。
 これで頼みの命綱は失った。
 だが、問題はない。
 皆逃げ切れると――ミュラーは信じていた。
「走れえええええええッ!」
 その掛け声とともに、ミュラーと加担した者達は一目散に逃げ出した。
 呆気にとられていた護衛達が、ようやく声をあげた。

 ――追え、追え、追うんだ!
 ――あいつは……
 ――脅迫者だあっ!

 そう言って契約者が続々と竜の涙がある部屋を後にしていく中、残ったクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)は、両膝と手を突き、うなだれていた。
 それもそのはず、クロセルは全てを背負う覚悟でここまできていたのだ。
 ミュラーが竜の涙を盗むことに成功した場合、盗み返して監禁し、カールハインツの善悪の葛藤共々、救えればいいと思っていた。
 しかし、結果は先の通り、だ。
「やられました。素直に……やられました」
 予定していたペット達――剛雁、スカイフィッシュ、シボラのジャガー、賢狼を遊ばせながら、クロセルは座り込んだ。
「でもこれで、ミュラーはまた盗みを働くでしょう。次があるならば……今度こそ……」
 そう決意したクロセルに他に残った唯一のカイ達が声を掛けた。
「どうした? まさか……」
 その怪しむ目にクロセルは力なく首を振った。
 残った泥棒だと思われたのだろう。
 中々に抜け目がない、と思った。
「やられたと思って、ちょっと力が抜けただけです」
「そうか……。どう思えばいいのか……俺もこればかりはわからん」
 2人で同時に、溜息をつくのだった。



 ――ヴィシャス邸・屋上へと続く回廊――



「アーアー、君たちは完全に包囲されています。無駄な抵抗をやめて、おとなしく投降しなさい。公正な裁判を受ける機会は保障します」
 ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)は、逃走経路を遮るように立塞がって、こほん、と1つ咳払いを入れてからテンプレートな忠告をした。
 だが聞く耳など誰も持たない。
 罵声の1つすら返ってこない。
 それほどまでに余裕がないのか、それとも戯言だと内心笑っているのか。
 どちらにせよ、言葉での説得は無意味だった。
「ゴットリープ、諦めて実力行使よ」
 パートナーのレナ・ブランド(れな・ぶらんど)は何か1つ仕草を終えた後、ゴットリープと自身にオートガード、ディフェンスシフトで、防御力を上昇させた上で、パワーブレスで既に戦闘態勢を取り、構えていた。
「まったくもう、どうして、みんな、聞く耳を持たない? ちゃんと法律を守らないんだよ!?」
 ゴットリープは愚痴りながらも、ブツブツと呟くようにイナンナの加護、テイクカバーで守備を固め、弓を構えた。
「後で後悔させればいいんだよ。守らないといけないってね!」
「……そうだなッ!」
「改めて……ッ、厳しい指導の元、更生させるわよッ!」
 腰を落としたかと思うと、レナは集団の中へ一気に駆けだした。
 先頭の者と武器を交え、鍔迫り合いとなると、気合一閃――叫びながら力の限り押した。
「……ふっ!」
 そのレナの脇の甘さに付け込もうとする逃走者に、ゴットリープは命中精度を高めた陽動射撃で正確に攻撃の抑止をし、陣形を崩しにかかった。
「いっけええええええッ!」
 レナの力強い突進力に先頭は押し返され、集団ごと、一時的であれど後退させられた。
 戻した距離を再び詰めさせないために、ゴットリープは訪れた機を無駄にしないように正確に進行前方へと射撃を繰り返し、出足を挫き、動きを鈍くした。

「我、レナから連絡を受け……と、もう鉄火場は出来上がっているな!」
「ケーニッヒか!?」
 ゴットリープの視線の先には、ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)が逃亡者達のケツに噛みつくように――挟撃の形で来ていた。
 レナから連絡を受け、すぐさまパートナーの美悠から補助を受け、更には自身の神速と軽身功を駆使して、ショートカットの連続で駆けつけたのだ。
「さて、ドブネズミ共、追いかけっこは終わりだッ! これから3つ数える。数え終わるまでに出て来ねーヤツは投降の意志無しとみなして全員射殺だからなッ!!」
 だが、それならば先のゴットリープの言葉で両の手を差し出していただろう。
 追い詰められたネズミは――噛むしかないのだ。
「そら、いくぜぇ! 1……ッ! 2……ッ! 3……ッ――」
 ――ファイヤーーーッ!!
 ケーニッヒのその言葉と同時に、ゴットリープの援護射撃が地を這いずる生き物のように逃亡者達の足元を襲い、動きを止め、加速するケーニッヒがレナ同様に集団の中で飛び込んだ。
 武医同術で相手を一瞬で見極めると、握りしめた拳が、空気を裂いた。
「おら、シュシュッ!」
 小気味よい息を吐きながら、鳳凰の拳のワンツーパンツが放たれた。
 それを狙われた――ミュラーはなんなくかわすが、戦いが苦手なミュラーでもこの挟撃で時間を稼がれるのはまずいと思った。

「ヒャッハー、ミュラーちゃん!」
 高笑いと共にゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が、現れた。
 どちらの味方か、とミュラーが考えるまでもなかった。
 貫かれるような熱い視線が、狙われていると本能でわかった。
「悪徳商人からしか盗まない、義賊気取りの盗人。ククク、そんな偽善者ぶってるのはどこのどいつ拝んでやろうと思ってたけど、中々の悪じゃないの! でもさァッ! 中途半端ァッ!? 正義なら正義、悪なら悪でハッキリしろってーぇの! そんなわけで……ミュラーちゃんがここで捕まって、悪の仲間入りってぇシナリオでしょぉ!」

 ミュラーを追いかける契約者の一番後ろに、カールハインツがいた。
「あなたは、最後まで善悪に惑わされた噛ませ犬なのです」
 シメオン・カタストロフ(しめおん・かたすとろふ)がそっと、カールハインツの耳元で囁いた。
「このままでいいのですか? ミュラーがなぜ犯行予告を出したのか。本当に契約者を集めるためなのでしょうか? 見事ミュラーは事を為そうとしていますが、あれは契約者が不在でも十分可能なはずでしょう? 止めて欲しい……そう思っているのではないでしょうか?」
「オレは……オレ、は……」
「今がミュラーを更生させるために捕まえる最後の機会なのです」
 だが、カールハインツは動けなかった。
 どこまでいっても彼は――善悪の彼岸にはたどり着けない。

「愛と正義と平等の名の下に! 革命的魔法少女レッドスター☆えりりん! 横暴なるブルジョアジーを打倒し力なき人民を守るため、ミュラーに手出しはさせないわ! 万博みたいな箱物に浪費する金があるなら健康保険くらい整備しなさいってのよ!」
「ハァ!? んだ、テメェちゃんは?」
 藤林 エリス(ふじばやし・えりす)が挟撃している護衛達を更にミュラー加担組で挟撃するように最後尾――屋上に最も近い位置から現れた。
「盗みを働いて、それでエリザ一人は助かったとしても、同じような不幸はまたパラミタ中で繰り返されるわ。社会制度そのものを変革して、社会の富を平等に全ての人に分配して皆が等しく医療を受けられる真の共産主義社会に改めなければ、根本的な解決にはならないのよ。でも。同じような境遇の子達の中の、たった一人しか救えない無駄で愚かな行動だと分かっていても。むざむざと見殺しになんて出来ないわよ! これも魔法少女のサガなのかしらね!」
「ゴチャゴチャ、ブツブツ、うるせぇってのぉ!」
 ゲドーの攻撃対象がエリスに向いたが、アシッドミストの霧で視界が遮られた。
「クソがッ!」
「シューティングスター☆彡」
 上空から無差別に星のような物が降り注ぐ。
 だが、これで完全に互いの陣形は崩れた。
「逃げ切るぞッ!」
 こうなるともはや、攻撃を放っても星に邪魔され、鬼ごっこしかできず。
 1人、また1人と、屋上へ続く階段を駆け上がって行った。

「おいおい……何か人が増えてるぞ……。どいつを撃てばいいんだか……。まあいい。誤射でやられた奴はすまんな!」
 ハンスは屋上へ続く階段の一番上から、スナイパーライフルで狙撃を開始し、味方が続々と屋上へ抜けた際にも、殿を務めて見せた。

 ――捕まえろ、捕まえろぉぉっ!

 怒声が響き、懸命に追い続けた、
 しかし、追手が屋上へ上がった時にはもう――誰もいなかった。
 
 疾風怒濤の今夜は、これにて、
 ――凪。



 ――孤児院――



 金がない患者は受け入れられない。
 そう言われ、仕方なくエリザは、孤児院に戻ってきていた。

「もう……騒動は収まったでしょうか?」
 神父の許しを得、エリザの傍には、ティティナ・アリセ(てぃてぃな・ありせ)がついていた。
「お姉様も、もしも誰かが同じようになったら、ミュラー様と同じ事をなさろうとなさいますか……?」
 病弱な自分とエリザを重ね合わせながら、思いを馳せた。
 そんな中、来訪してくる者がいた。
「病院にすら入れないとは……。余命いくばくもない病弱の少女が可哀そうではないか」
 ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)神拳 ゼミナー(しんけん・ぜみなー)が、エリザの元を訪れたのだ。
 ヴァルは汗だくのエリザの額を拭いながら、吐き捨てるように言った。
「だが、敢えて言わせてもらおう。ありふれた不幸話だな」
「そんな……」
 とはティティナだ。
 ヴァルはティティナとエリザを交互に見つめながら話を続けた。
「当然だが、人はいつか死ぬ。幼くして亡くなった者には、その失われた未来を嘆き。老いて亡くなった者には、その辿った軌跡を偲び。……だが、当人にとって、その人生はどうだったのか。人生の長短・濃淡・粗密は誰が決めるか。それは当人に他ならない」
「だとしても……」
「今のミュラーはどう転がっても救われないだろう。救うべきエリザの心を見失っているのだから」
「どのような理由があろうと、罪を犯した者は裁かれる。それを許せば奪う者はいずれより強いモノから奪われる。それは社会を為す最低限のルールであり、それは結局弱者を守る法である。故に、ミュラーは裁かれねばならぬ。それは致し方なき事」
「ですが!」
 ゼミナーの言葉にティティナは何か言いたそうだったが、構わずに続けた。
「彼にとって事情があるのは当然。だが、法に例外を作ってはならぬ」
 ぴしゃりと言い放つと、それ以上は何も言えなかった。
 冷たいヴァルの目はもうない。
 今はわが子のような目で、エリザを撫でた。
「俺はエリザの言葉を引き出したい……が……俺にはエリザの病気を治してやることはできない。それでも、残された彼女の人生に心穏やかな時を与えたい。残されたミュラーにとっても。カールハインツは永遠に失ってしまったそれを。エリザはまだ生きている。だから、最後まで諦める事無く、一生懸命に生きろ」
「……ぁ…………ぇ……」
 それはエリザのうわ言だった。
 ヴァルは古びた天井を仰いで嘆いた。
「俺は…ひたすらに力不足だ」
「いちいち情に流される。これも人間か。帝王、お前も流されるな。立ち止まっている間も、このような事件は次々と起きているのだ」
「では、失礼する……」
 ヴァルは立ち上がり、ゼミナーを伴ってエリザの元を後にした。
 微かに耳に届いたのは、同じうわ言だった。



 ――また……遊んで……ね……