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リアクション
★第1章
どこからどこまでが私有地で、どこからどこまでがそうでないのか。
それがヴィシャスの持つ財力だ。
ものものしい警備の数はいるものの、彼らにユルゲンを抑えることはできない。
常人にできるのならば、とうの昔にユルゲンは鉄檻の中にいるだろうし、ここまで名も知れてはいないだろう。
勝負は中――否、竜の涙をとられるかとられないかの寸前になるだろうと、カールハインツは思い、重く、頑丈な戸を開き、館へと足を踏みいれた。
――正面玄関前――
「整列ッ!」
正面玄関から延びる大きな階段の前で、クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)が号令を掛けると、彼の仲間達が並んだ。
ヴィジャスからの命を受け、護衛に参加した中で、彼らが最も数の多いチームであった。
「今回の任務は非常に単純、かつ、難しい。しかし、我々の法と秩序に則る価値観であれば、必ずや成功できると信じている。それでは、始めッ!」
クレーメックの号令と共に、仲間達はそれぞれ、事前に決められた行動を取り始めた。
カールハインツは少しだけミュラーへの不安を感じ、次には馬鹿なことを考えていると頭を振り、クレーメックの横を通り階段を上がっていった。
直後、
「エリザには会えませんでしたわ」
早見 涼子(はやみ・りょうこ)が邸内に入り、開口一番、そうクレーメックに告げた。
「タイミングが悪かったか、丁度彼女が倒れた時と重なってしまって。それでも孤児院の神父から話は聞いてきましたわ。最近、ミュラーは訪れてないそうよ。何より彼は、こっそりと孤児たちと触れ合うのを好むみたいね。あとは万が一に備えて、マーゼンが待機しているわ」
「……手がかりはなし、と考えるべきか」
「そうね。それに彼女はもう、永くはない、でしょうね」
涼子は目を閉じ、静かに祈りを捧げるのであった。
――ヴィシャス邸・庭園――
「これでいいですわね」
三田 麗子(みた・れいこ)はクレーメックの号令の後に庭園に出て、トラッパーによる罠を仕掛けた。
それは無臭の蛍光塗料で、庭園の植え込みや塀、柱廊など、身を隠しながら移動するのに適した場所の地面や床に、踏むと靴底に付着し、足跡が一目瞭然となるものである。
逃走する足取りを追えるものでもあり、また、事後の証拠にもなりえるものだ。
「誰かが引っ掛かることを願うばかりですわ。こちら三田。罠の設置は完了よ」
――ヴィシャス邸・上空――
「こちらからも確認したよ」
麗子が罠を仕掛け終えて邸内に戻っていく様子を、島本 優子(しまもと・ゆうこ)は小型飛空艇オイレで屋敷の上空を旋回飛行しながら見ていた。
襲撃に備えての警戒飛行だが、未だにミュラーの影も、機に乗ずる者達の姿も見えない。
「最も、この程度で見つかる相手なら苦労するわけないわ。こちら島本。周辺に以上はありません」
――ヴィシャス邸・地下――
「お行きなさい」
島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)は、幻獣の主で従えた牧神の猟犬を地下に放ち、そこから通ずる各種通路を動物の鋭い嗅覚、聴覚で警備に当たった。
異常があればすぐに吠え出す猟犬は、鼻を地面にこするようにしながら進むものの、空かしを食らったかのように静かなままである。
ここから襲撃するにせよ、しないにせよ、今はまだ猶予がありそうだった。
「こちら島津。地下の様子も変わりありません。引き続き警戒に当たりますわ」
――ヴィシャス邸・2階廊下――
「ちょっと……、ちょっと……ッ!?」
階段を上がりきったところでカールハインツは後ろから呼びかけられているのに気づき、振り返った。
「オレか?」
「そう、あんたよ。カールハインツ・ベッケンバウワーよね?」
本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)の問いに、カールハインツは頷いた。
彼女が先の――まるで軍隊のように規律を持った集団のうちの1人――であることはわかっていた。
「エリザと、あんたとミュラーの関係を聞かせてもらえる?」
「……随分と……詳しいんだな。それほどまでに知っているならば、オレから聞くこともないだろ。あんたが知っている内容で全てだ」
そのカールハインツの瞳を見て、飛鳥はこれ以上の追及は止めた。
嘘はついていない。
そして何より、悲愴さえ感じてしまったからだ。
だが、これだけは聞かねばならないと、声を振り絞った。
「ねぇ、カールハインツ、難しい質問だとは思うけど、とても大事な事だから、よく考えて答えて頂戴。もしも、エリザがミュラーのしている事を全て知った上で、『これ以上罪を重ねるのはやめて』と頼んだとしたら、ミュラーは自首すると思う? それとも、彼女の願いであっても、それだけは聞き入れないかしら?」
「……あと1時間後……。あと1時間後にくるミュラーに聞けばいい」
カールハインツは吐き捨てるように言い、そのまま背を向け、歩を進めた。
その途中、部屋の1つ1つの門扉やドアにトラッパーで罠を仕掛けている神矢 美悠(かみや・みゆう)の姿を見た。
カールハインツはその罠の類が、オートロックが自動的にかかるものや、ピッキング等で強引に開錠しようとすると高圧電流が流れる罠であるのを経験上知っていた。
「あたしの罠に間違って引っ掛からないでよ、カールハインツ」
美悠と目が合ったカールハインルは、ふんと鼻で笑い、
(……ここにいる契約者達は手強いぞ……ミュラー……)
思わずそんなことを思ってしまったのだ。
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