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パラミタ自由研究

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パラミタ自由研究

リアクション

 

そのころ、イルミンスール魔法学校では……

 
 
機晶石エネルギー充填、ファイヤー!
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)の背中に手をあてて、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が修練場に響き渡る声で叫んだ。
はうぅ〜、ジュレ、ボク、レールガンじゃないから……。でも、ありがと。充分回復したよ」
「うむ」
 SPリチャージをしてやったカレン・クレスティアに礼を言われて、ジュレール・リーヴェンディが満足気にうなずいた。
 二人は、先ほどから修練場でオリジナル魔法の開発に頑張っていたのだ。
 もっとも、そんな簡単に新しい魔法が編み出せるのであれば苦労はない。それでも、開発するという行為そのものは、充分に自由研究に値するだろう。
ここから、本気モードだよ! みなぎる魔力! 大開放!!
 氣を高めると、カレン・クレスティアがアシッドミストの呪文の詠唱に入った。
 先ほどから試しているのは、アシッドミストのコントロールだ。
 普通のアシッドミストは、視線の通る範囲のいずれかのポイントを起点として、そこを中心とした一定範囲に望む濃度の酸の霧を発生させるという物である。
 この範囲と、酸の濃度が、術者の熟練度によって大きく変わるわけだ。
 カレン・クレスティアの見込みは、酸の粒を霧ではなく濃霧や雲近くの密度にまですることができれば、それを室内のような閉鎖空間に充満させて継続したダメージを相手に与えられるというものだった。
 ただし、他の術と違って、酸はコントロールが難しい。他の術は、火や雷の動きをコントロールできるのだが、アシッドミストの場合は、それが酸の濃度のコントロールにおき換わっているためだ。
 そのため、純粋な帯域魔法の性格が強い。それが強みでもあり、弱みでもある。
 基点を移動する物におき、その周回軌道に酸の気流を作りだすことも不可能ではないが、成功率は低かった。純粋に、場所に対する魔法なのである。
「うーん、やっぱり実際に部屋の中に発生させないといまいち感じがつかめないなあ」
 うまく纏めたと思っても、すぐに霧は拡散してしまう。ちょっと酸っぱい鼻につく臭いがするのがその証拠だ。魔法が凝集にむかっているのであれば、臭いは最小限になるはずだろう。
「さすがに、ここに小屋を建てるには手間がかかりすぎるであろう。で、気になったのだが、どうやって、部屋の中でアシッドミストを使うのだ?」
「それは、こう、部屋の端っこに立って、ど真ん中にえいやっと……あっ!」
 ジュレール・リーヴェンディに答えつつ、唐突にカレン・クレスティアは気づいたらしい。部屋の中に自分がいたのでは一蓮托生だ。
 ちょっと行き詰まったので、一休みすることにする。ジュレール・リーヴェンディが、持ってきたサンドイッチを広げるとともに、コーヒーを紙コップに注いでくれた。
「うーん、窓とか、中がのぞけないとだめかあ。だったら、ドアを開けて素早く中にアシッドミストを放って、すぐにドアを閉める!」
「それならば、我がドアにレールガンを打ち込んで穴を開けるから、その穴から、室内にアシッドミストを放てばよいのではないのか?」
「うん、それもありかも。めもめも……」
 もぐもぐとサンドイッチを頬ばりながら、カレン・クレスティアはレポートを纏めていった。
 
「うーん、やっと酸っぱいのがなくなったですぅ」
 同じく修練場で魔法の研究をしていた神代 明日香(かみしろ・あすか)が、ちょっとほっとしたように言った。
「ええっと、アシッドミストは酸っぱいっと……」
 一応、メモをする。彼女のレポートのテーマは、基礎魔法の特徴だ。今回は特にコントロールに注目している。
 本当はテレポートについて研究したかったのだが、未だに禁呪としてそのとっかかりさえ公にはされていない。これではちょっと調べようがなかった。
 酸系の魔法は帯域魔法なので操作はほとんど難しい。同時に、すべての魔法は視線が通らない場所には発生させられない。もしも、見えない場所に魔法の効果を発生させられるのであれば、敵の体内に強酸や炎を発生させれば無敵だろう。
「ええっと、まずは火術ですぅ」
 えいと発生させた火球を、大きさは変えないで温度を上げてみようとする。
 ところが、基本的にはほとんど変化しない。
「ううーん」
 唸ってもだめだった。
 いったん発生した魔法効果は、基本的に変化はしない。それを変化させるには、あらためて火術を実行しなければならないようだ。いわゆる重ねがけである。火力を高めるのであれば、現実的には同じ火球かそれよりも温度の高い火球を最初にあった物に重ねてあたかも温度が上がったかのような効果を出すしかない。
 動きを制御するのではなく、威力を変化させるのはかなり難しそうだ。
「ええっと、難しいですぅっと……」
 めもめも。
「次は雷術ですぅ」
 電圧を上げていこうとするが、よく分からない。だいたいにして、イルミンスールに電圧を測る機械が存在しないのだから調べようがなかった。
 実際、大気中で10メートル先まで放電するとなると単純計算で3000万V必要になる。もちろん、大気条件ではもっと下がる可能性もあるが、はっきり言ってこのへんが限界であろう。
 そのへんは魔法の便利さで、放電現象を球体内に押し込めた雷球というものも存在するが、こちらであれば、もっと低いエネルギーで高威力は望めそうだ。
「よく分からないので、次は氷術ですぅ」
 どこまで温度が下げられるかと挑戦してみる。
 だが、これも一般の温度計では計れる限界もある。
 だいたいにして、氷術は原理がまだ今ひとつ解明されていない。
 氷を召喚して温度を下げる物とも、冷気で温度を下げるだけの物とも言われている。前者であれば液体窒素のような物を呼び出さなければ温度の限界はあるし、後者であれば氷塊などを作りだすことは実質不可能だ。半径30メートルの大気中の水分を集めても両手で軽く持てる氷塊が作れればいい方である。だいたいにして、そんなふうに水分を集められるのであれば、対象の水分を一点にすべて集めて凍結させれば生物に対しては即死の無敵の魔法となる。
 おそらくは、火術が火を集めるのではなく火を発生させるのと同様に、冷気を発生させるという似た原理の魔法とも思われるが、はっきりとはしない。火が燃えるのに燃料が必要となるように、同様の物質が氷として発生するのかもしれないが。
「うーん、数字は頭がくらくらするし、調べようがないですねえ。熱いと冷たいと……」
 仕方ないので、体感温度でメモをしていく。
「次は光と闇ですねぇ」
 似て非なるのがこの二つだ。
 光としては、レーザーのような物を考えがちだが、照明としてのレーザーポインタ以上の破壊力を持つ光はエネルギー的に光術の術式の限界を超える。謎光線でもない限り、ちょっと不条理なことになってしまう。
 基本は、100ワットの電球ほどの光球である。これであれば、およそ一時間ほど自由に空中を移動させることができる。もっと短時間でよければ、任意の形と大きさをもつ光の塊にできるが、しょせんは単なる発光でしかないので、細かい形状を作りだすことはできない。ホログラフィや物質を作る術ではないからだ。
「とりあえず、消えるまで計るですぅ」
 ストップウォッチをカチリと押して、神代明日香は次の魔法にかかった。
 闇術であるが、もともと闇を作るというのが曖昧である。黒い霧は闇ではないし、光を吸い込む空間というのも、意味が違う気がする。基本的に敵の精神に関与する効果が多い魔法なので、本来は心理魔法なのかもしれない。おそらく、その恐怖の具現化が闇なのだ。闇の濃さとか深さとは、そういうことのことを指すのではないだろうか。
「難しいですぅ……」
 魔法がと言うよりは、どうやってその概念と効果を文章にするのかに悩みながら、神代明日香はうんうん唸りながらメモをとっていった。
 それとは対照的に、ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)はお気楽極楽だ。
「5と9のつく日はアイスの日の予備日で世界的にめでたい日なのです。だから、一杯アイスを食べてもいい日なのです」
 レポート書きに専念し始めた神代明日香のそばで、ノルニル『運命の書』がまねをするように、アイスについてのレポートを書き始めた。だが、はっきり言って無茶苦茶である。テーマは、「私はアイスが食べたいから食べる」であろうか。
「と言うことで、頑張った御褒美にアイスがほしいです
 ノルニル『運命の書』が、ちっちゃな両手を神代明日香に突き出した。
「だめですよ、ノルンちゃん。アイスは一日三つまでです」
「ぷうっ」
 レポートで頭が一杯のために素っ気ない神代明日香の返事に、ノルニル『運命の書』がぷうっと頬をふくらませた。
「だったら、シャンバラ山羊のミルクアイスを要求するのです」
「三つまでですよ」
 量より質をとったノルニル『運命の書』に、神代明日香がノートから顔を上げずに答えた。
「分かってるのです。――大きくても三つは三つなのです」
 後ろの方を自分だけに聞こえるようにつぶやくと、ノルニル『運命の書』がアイスを買いに走っていった。
 後には、書きかけの日記と放り出していってしまった自分自身の『運命の書』が無造作に残されている。
「もう、ノルン様ったら、ちゃんと片づけをしないとだめですの……」
 やれやれと、エイム・ブラッドベリー(えいむ・ぶらっどべりー)が片づける。
「これは日記ですの? アイスのことばっかり書いてありますの」
 ちょうど読書感想文を書こうと思っていたエイム・ブラッドベリーが、ノルニル『運命の書』の書いていたノートをパラパラとめくってみた。
「ええっと……。
 駄菓子屋でアイスクリームを食べた
 まあ、いつもアイスですの。
 ええと、それから肝試しに百物語の会に行った。
 私は怖くなかった……。
 怖がりさんが多いので、おトイレに一緒に行ってあげた……。
 私は怖くなかった……。
 順番を待っている人は、恥ずかしいのかもじもじしていた……。
 私は怖くなかった……。
 なので、私は大人の女の威厳を見せてあげるために、堂々とおトイレに入った……。
 私は怖くなかった……。
 なのに、どうしても一人では怖いと言うので、一緒にトイレに入ってあげた。
 私は怖くなかったのですよ、えっへん……。
 でも、怖がった人がしがみついてきたので、二人でその場でお漏……、ええっと……」
 途中まで自分でも気づかずに小声で読みあげていたエイム・ブラッドベリーが、突然小首をかしげた。なぜか、そこで隣から体当たりでも食らったかのように文字が横にすっ飛んで途切れている。
「どうかしたのか?」
 いつの間にか隣で本を読んでいたジュレール・リーヴェンディが、エイム・ブラッドベリーに言った。
「百物語のときどうしたのだ? そういえば、なぜか衣装チェンジしていたようであるが……」
 百物語に参加していたジュレール・リーヴェンディが、あの日のことをちょっと思い出しながらエイム・ブラッドベリーに訊ねた。
「さあ、私にはちょっと……」
 その場にはいなかったエイム・ブラッドベリーが首をかしげた。
「それより、あなた様、何を読んでいるんですの? それは、エイム様の御本尊ですの」
「読もうとしたけれど、読めなかったのだ」
「そうですの」
 なんだか書いてある文字からして難しいので、誰にも『運命の書』を読むことは出来なかった。エイム・ブラッドベリーも、読んでみようと挑戦だけはしたのだ。
 しかし、これでは、手近なところに読書感想文を書くための本がない。日記の感想文では、さすがに認められないだろう。『運命の書』は難しすぎるし……。
「やれやれ、魔法に関して何かヒントがあると思って読んでみたのだが役立たずだとはな。これでは、大図書室に行って本を探すしかないかな」
「そうですの。あそこに行けば、何かいい本がありそうですの」
 なぜか意見の一致をみて、ジュレール・リーヴェンディとエイム・ブラッドベリーは連れだって修練場を出ていった。