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パラミタ自由研究

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    ★    ★    ★
 
「ここが、魔糸製造工場ですか」
 購買で聞いた場所にやってきたソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が、カラカラと糸を紡いでいる糸車の群れを見て言った。ここは、世界樹の中にある魔糸の製造工房である。
 ソア・ウェンボリスの研究課題は『魔糸の製造過程のレポート』だ。
 しかし、魔糸の製造自体はなんだか普通の絹糸の作り方とほとんど変わらない気がする。
 まあ、元の糸を作りだす生物が、パラミタ蚕やパラミタ綿花のように特殊な魔法がかった生物だから、そこから違っているのかもしれないが。
「この糸って特殊なんですか?」
 メモ帳片手に、ソア・ウェンボリスが工房長に訊ねた。
「いやあ。パラミタの生物でないとだめだが、それ以外は特別ということはないなあ」
「ええっと、それじゃあ、他に何か秘密が……」
「イルミンの生徒なら、見れば分かるだろう。よく見てごらん」
 工房長に言われて、ソア・ウェンボリスが魔糸を巻き取っていく糸車を観察してみた。
 糸車自体には変わったところはない。
 じゃあ、巻き取っている糸はと視線を移動させてみて、ソア・ウェンボリスがはたと気づいた。
 糸を糸車に導いているガイドなのだが、普通に考えればまっすぐ誘導してやればよさそうなものなのに、なぜだかあっちこっちに曲がって誘導されている。
 ゆっくりと引っぱられながら寄り合わされていく過程は、まるで複雑な迷路のようだ。それを辿っているうちに、やっとその意味に気づく。この形はルーンだ。糸を縒り合わせていく過程で、糸の通り道をルーンの形にして糸に魔力を染み込ませていたのである。
「大正解。だが、まだこれだけじゃ、魔力を持つだけのただの糸でしかない。さて、じゃあ、どうするかね」
 工房長がソア・ウェンボリスに訊ねた。
「ええと、魔法が発現するように術式をかけます」
「その通り、それがこっちの工房だ」
 そう言うと、工房長が次の工房へソア・ウェンボリスを案内した。
 この工房では、機織り気がパタパタと布を織っていた。
「これは、魔糸を使った衣服でも、比較的魔法防御が高い物になるな。布を織るときに、縦横の糸の交差自体が守りのルーンや魔力強化のルーンになるようにした物だ」
 工房長が見せてくれた機織り機は、実に複雑な三次元的な動きで奇妙に縦横の糸を組み合わせていった。地上にある機織り機とは、まったく似て非なる物だ。
「ただ、このままではルーンは織り込めても布としては紗に近い薄く弱い物になる。この布を複数重ねて、布の間を走る糸で立体魔法陣を微小サイズで縫い込んでいくんだ。これで、高位の魔衣ができあがる。まあ、学生たちにとっては、そうそう簡単には手に入るものではないがな。その制服などのレベルだと、こちらで作っている」
 次の工房へと工房長が進んだ。
「あっ、は、はい」
 メモ取りに夢中になっていたソア・ウェンボリスがあわてて後を追いかけていく。
 続く工房では、イルミンスール魔法学校の新旧制服が縫われていた。
 こちらは、布の部分は通常の物である。ただし、その縫製には魔糸が用いられ、ステッチはそれ自体がルーンとなっていた。これらは、一つ一つ職人さんたちの手縫いである。
「まったく、うちの生徒はしょっちゅう制服をぼろぼろにして帰ってくるんで、いつも生産が追いつかないぐらいだよ。スライムが異常発生したときは、本当にどうしようかと思った」
「あ、はははははは……」
 昔の阿鼻叫喚をちょっと思い出して、ソア・ウェンボリスが引きつった笑いを浮かべた。あのときは雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)のおかげで助かったが、一歩間違えていたらすっぽんぽんの仲間入りだった。
 
    ★    ★    ★
 
「生きているか、トゥトゥ?」
「もちろんであろう。余のサバイバル能力をなめるではない」
 言いつつも、廊下を這って進んでいる犬養進一とトゥトゥ・アンクアメンであった。いや、あのカレーの渦を生きて抜けてきたというだけでも賞賛に値するかもしれない。
 むぎゅっ。
 何者かがトゥトゥ・アンクアメンを踏んだ。
 重い……。
「失礼な。これは信仰の重さです」
 口にだされる前にトゥトゥ・アンクアメンの真意をくみとて、ベリート・エロヒム・ザ・テスタメント(べりーとえろひむ・ざてすためんと)が言い返した。いつもの自身の魔道書本体の重みに加えて、ほぼ同じ厚さのレポートをかかえているから今日の重さは尋常ではない。
「ふっ、エジプトを逃げだした奴の話が載っている物など……ぐぇっ」
「なんですって」
 トゥトゥ・アンクアメンが憎まれ口を叩きかけたので、馬乗りになったベリート・エロヒム・ザ・テスタメントがピョンピョンと跳ねた。
「トゥトゥ、お前は少し黙ってろ。だいたいにして、そのレポートの量はなんだ。人が読む量じゃないだろう」
「何を言うのです。この貴重な書物の数々を評するにはこれでもたりません。一言一句抜くことなどは、このテスタメントが許さないのです。よろしい、あなた方は自称詳しい人のようですから、このテスタメントが直々にテストしてあげましょう」
 そう言うと、ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントが、しっかりと用意しておいたテスト用紙の束を犬養進一たちに突きつけた。
「まったく、職員室の前で何をぎゃあぎゃあとぉ……」
 騒ぎを耳にして、ベルバトス・ノーム(べるばとす・のーむ)教授がそっと様子をうかがう。
「このテストは、後で採点する教師にもさせるものです。ちゃんと採点できるか、このテスタメントが採点してやるのです!」
 泣きながら問題を解いている犬養進一たちの前で、ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントが偉そうに胸を張った。
「こりゃ、大変。でも、不幸は生徒間だけで巡回してもらいましょうかぁ。くっくっ……」
 巻き込まれては大変と、ノーム教授はそそくさと職員室の裏口から脱出していった。
 
    ★    ★    ★
 
「さて、では本番にむかって予行演習だよ」
 誰もいない教室に一人こもって想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)がコホンと一つ咳払いした。
 彼の自由研究のテーマは雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)の観察日記である。
 宿題提出とともに、内容の発表をする予定なので、今日はその予行演習だ。
 このテーマは彼の義姉である想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)の発案であり、想詠夢悠は無理矢理巻き込まれたに近い。
 とりあえず、それぞれでレポートを纏め、当日一緒に発表する予定だ。もっとも、それまで、お互いの中身は内緒という、研究なのにそれでいいのかという形になっている。
 想詠夢悠の主な視点は、雅羅・サンダース三世の災難体質は、魔法的な要因があるのではないのかということであった。それを証明するために、夏休み少し前から、ずっと雅羅・サンダース三世を観察し続けてきたのである。
「ええと、まず彼女の災難は、頻繁につまずくところから始まっていると思うんだ……いや、思われます。これは、まだ軽度の災難でして、オレは発動レベルCと名づけました。この程度でしたら、周囲の人間も避けるなどして、充分に回避できると思います……です」
 完全な棒読みで、想詠夢悠が使い慣れない口調でレポート発表の練習をしていく。
「これが発展していくと、自分が事件に巻き込まれるようになっていきます。これを発動レベルBと名づけました。はっきり言って、かなり迷惑な存在になります。本人は何もしていないと言うでしょうがあ、トラブルが引き寄せられてきた原因は、間違いなく雅羅・サンダース三世だと断言できるので……す」
 なんだか、どうにも発表というのは、想詠夢悠にとってはこっぱずかしいことらしく、あまり上手に口が回らない。
「特に、発動レベルAになると、大変です。周囲を巻き込んで大変な大事になってしまいます。これはすでに普通の物理法則補越えた魔法的な力と見ていいと思います。もしかしたら、何かの強力な呪いかもしれません。ぜひ、イルミンスール魔法学校での研究材料として、雅羅・サンダース三世の確保が必要です。どうか考えてください。おわり……。ふう」
 やれやれという感じで想詠夢悠が大きく息を吐いた。
 とにかくイルミンスールで彼女を確保して、何かの呪いであれば解いてあげなくてはいけないと想詠瑠兎子が強硬に主張していたのだ。レポートはそれを補佐するような形に纏められている。
「でも、これでいいのかなあ」
 何かうまく乗せられているんじゃないかと、想詠夢悠は考え込むのだった。むしろ、監視しなくちゃいけないのは義姉の方じゃないのだろうか。そのへんもじっくりと考える想詠夢悠であった。