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SPB2021シーズンオフ 球道inヴァイシャリー

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SPB2021シーズンオフ 球道inヴァイシャリー

リアクション


【十 結果、或いは結論】

 回はいよいよ最終イニング。
 光一郎のところで代打がコールされた為、ここでお役御免となったのだが、そうなると9回の裏を締める大役を任されるのは、トライアウト生の刹那ということになる。
 白組の監督を務める正子の、大胆といえば大胆であるし、逆に良い加減といえば、相当に良い加減ともいえる采配であった。
「うっ、ど、どうしよう……最後の最後に、登板が回ってくるなんて……」
 流石に気の毒に思ったのか、光一郎とエリィが慰め半分、冷やかし半分で左右から声をかけてやった。
「まぁ〜、どうせ練習試合なんだしぃ、適当にやれば良いじゃん? 俺様なんて、おっかさんと組めなかったから、もう本当に適当に流しちまってたさぁ」
「そういうこといったら、余計プレッシャー与えちまうじゃねぇか……って、実はあたいもあんまり、ひとのこたぁいえないんだけどな」
 実はエリィも、この練習試合ではようやく習得を始めたムービングファストボールを何度も試投していた。マッケンジーがエリィの意図を汲んで、色んなコースに投げさせてくれた為、使い勝手や有効なコースが、おぼろげではあるが、ある程度見えてきたのがエリィにとっての一番の収穫だった。
 ところが、刹那は光一郎やエリィとはまるで事情が異なる。彼女はこの試合がただの練習試合ではなく、己の合否がかかるトライアウトなのだ。
 選手になれるかどうかの瀬戸際である以上、適当に流したり、或いは色々試してみる、などという余裕は微塵にも無い。
「ふたりがトライアウトを受けた時も、こんな感じだった? つまり、緊張するっていうか……」
 刹那の問いに、光一郎とエリィは互いに顔を見合わせた。
 最初の合同トライアウトはプロ選手がひとりも参加しておらず、全員が同じスタートラインに立っていた為、特に肩肘張って力むようなことも無かった。
 しかし今回は、プロとトライアウト生の混合編成による試合形式である為、緊張の度合いはむしろ、刹那の方が圧倒的に高いといって良い。
「なんつぅかさぁ、度胸試しと思って投げりゃ良いじゃん?」
 度胸試し――そういえば、そもそも刹那がトライアウトを受けようと考えたのは、そもそも腕試しをしてみようという発想からだった。
 そういう意味でいえば、試すのが腕から度胸に変わっただけだから、状況はあまり変わっていないともいえるだろう。
 そんな風に考えると、不思議と気分が落ち着いてきた。刹那は自身の両掌で己の頬を二度三度、パンパンと叩いて気合を入れる。
「なるようにしかならないか……何とか頑張ってみるわ」
「だね。あたいがいうのも何だけど、練習を見る限りじゃ、あんた投球フォームは意外と綺麗なんだから、マッケンジーのリードに任せて思いっ切り投げれば良いさ」
 エリィの太鼓判を受けて、刹那は腹を括った。もう四の五のいわず、とにかく投げるだけ投げてみよう。
 いわば、人事を尽くして天命を待つ、の心境であった。

 そんな刹那が9回裏のマウンドに登ると、紅組ラストイニングの先頭バッターは、春美だった。
「よーし、負けないよー」
 もうすっかり、ユニフォームがどろどろに汚れてしまっている。矢張り、打って走って守ってというリズムを体感するのは楽しい。
 試合後のロッカールームではブリジット不在で何となく気分が滅入ることもあったが、試合に出ている限りはとにかく野球を楽しもう――春美はそういう頭の切り替えが出来る女性でもあった。
 打席に入り、バットを構える。
 すると三塁側ダッグアウトから、あゆみが明るい声で、随分と無責任な激励を放ってきた。
「はるみーん! 一発いっちゃえー! ミネルバちゃん今日全然打ててないから、代わりに大きいのをドカーンとねー!」
「えぇー! あゆみちゃん、それいうの無しー」
 この日、やたらと一本足打法に拘っていたミネルバは、結局三打数無安打に終わってしまっていた。このミネルバといい、振り子打法に挑戦するオリヴィアといい、自分から難しい打法に挑むというのは、それはそれでプロとしての自覚と誇りを持っている証拠であろう。
 勿論、モノに出来るまではかなり時間を食うだろうが、その心意気は賞賛されてしかるべきである。
「あゆみちゃん、きっつー……そんな大きいの、春美には無理だよ〜」
 と、いいつつ。
 いきなり初球を叩いて同点のソロ本塁打を放ってしまうのだから、末恐ろしい三塁手である。
 対するマウンド上の刹那は、出会い頭の一発に、がっくりと項垂れてしまっていた。

 練習試合形式のトライアウトは、結局9対9の同点でゲームセットとなった。
 投手が色々試しながら投げていたのに対し、野手は真剣勝負で挑む者が多かった為、どうしても乱打戦になってしまい、幾分締りの無い展開になってしまったのは否めない。
 それでも本塁打が多く飛び交い、派手な空中戦が展開されたのは、観客達にとっては大いに楽しめるプラス要素となって、スタンドが沸きに沸いたのも事実であった。
「スットラ〜イク! バッターアウッ!」
 最後の打者となった輪廻は、結局打つ方でも守る方でもあまり良いところを見せられず、誰が見ても分かる程に憔悴し切った表情で打席を去ろうとする。
 すると、主審のキャンディスが珍しく、厳しい声音で輪廻の背中を追った。
「ほらほら、シャキっとするネ。結果が出なかったからといってそんな態度を見せるようじゃ、プロとしては通用しないね」
「えっ? どういう、ことかね?」
 思わず足を止めて聞き返す輪廻。対するキャンディスは、意味ありげな笑みを、たいむちゃんの着ぐるみの中で汗だくになりながら、こっそりと浮かべる。
 と、その時。
「叩いて被ってジャンケンポン!」
 内野席のどこかからサニーさんのそんな叫び声が聞こえてきた為、思わず右掌を広げて頭上に高々と掲げてしまった。
 何故そんな動作をしてしまったのか、自分でもよく分からないキャンディスであった。

 サニーさんの妙な声が響いた内野席には、何故かヘルメットを被って防御姿勢を取っているスタインブレナー氏と、ハリセンを振り上げたまま固まっているサニーさんの姿があった。
「やりますな、ヅラーさん」
「いやいやいや、スタインブレナーさんも見事なお手前で」
 意味不明のやり取りは、どうやらこのふたりに取っては挨拶だったらしい。
 幾分呆気に取られた様子の円がヘルメットとハリセンを受け取りながら、去り行くサニーさんの後姿を、不思議そうに眺めた。
 これに対しスタインブレナー氏は満足げな表情で二度三度頷き、グラウンドに背を向けた。
「あ、オーナー……その、もう決まりましたか?」
 円が慌てて追いかけながら、問いかける。するとスタインブレナー氏は一瞬歩を止め、肩越しに振り向きながらニヒルな笑みを浮かべて、曰く。
「鯉と葵とおっかさん、プラス職人肌の朴念仁。このスーパーバラエティーユニットでいく。プロデュースの一切は君に任せるぞ」
 オーナーの鶴のひと声で、全てが決まった。
 円は慌てて手帳を取り出し、そこにオットー、葵、あゆみ、ジェイコブの名を書き連ねた。どうやらスタインブレナー氏は個人の選手ではなく、チームでの看板ユニット結成を、最初から考えていたようである。
 ミネルバやオリヴィアの名前が出てこなかったのは残念ではあったが、実績の無い選手を縁故採用する程、スタインブレナー氏は甘くはないし、円も決して望みはしなかった。
 彼女が願うのは球団としてファンを楽しませることであり、お気に入りの選手や個人的に繋がりのある選手を満足させることではないのだ。
(後は、歩ちゃんにお任せ、だね)
 内野席からスタンド裏通路へと向かう際、円は一度だけ、グラウンドに振り向いた。練習試合終了後は、グラウンドでの交流会が予定されている。その進行役に、歩が当たることになっていた。
 だがその前に、トライアウト生の合否発表が控えている。
 両軍の選手達は、キャンディスの号令に従って、本塁付近に集合していた。

 合否の発表役を任されているのは、キャンディスであった。
 やっとたいむちゃんの着ぐるみを脱ぎ去り、汗びっしょりになって金髪が乱れに乱れまくっているその姿は、さながら煉獄の魔王の如き様相を呈していたのだが、本人はとにかく合否結果を読み上げるのに必死で、もうそれどころではない。
「えー、それじゃあ発表するネー……っていっても、これ、全員だわネ」
 そのひとことで、今回のトライアウト生が全て合格した事実が判明してしまった。
 ひとりずつ名を呼び上げて、合否の緊張感を煽るという演出は、キャンディスの頭には無かったようだ。ともあれ、全員が無事に合格したという事実は、その場に和やかな空気を生み出す結果となった。
「やりました……何だか、夢のようです!」
 感激した様子で、ロザリンドが隣のさゆみと手を取り合って喜ぶ。
 するとそこへアデリーヌが駆けつけてきて、ロザリンドとさゆみの双方に対し、喜びと祝いの声をあげた。
「本当に良かった……ふたりとも、おめでとう!」
「あー、うん、何だかよく分からないけど、合格したみたいだね……プロになった以上は、ひとつ頑張ってみようかな」
 結局最後の最後まで、成り行き任せでプロになってしまった格好のさゆみだが、折角ヴァイシャリー・ガルガンチュアの一員になれた以上は、野球を楽しまなくては損であろう。
 その一方で。
「あれー? ボクも合格なのかなー?」
 ソーマがとぼけた表情でキャンディスの汗だくの丸い顔を眺めていると、横から椎名が、ソーマの頭を軽くはたいた。
「だーかーら。ソーマは違うっていってんだろうが」
 ソーマも最後まで自分がトライアウト生なのか、練習試合で訪れただけなのか分かっていない様子だったが、帰りのバスで椎名に懇々と説教されて、ようやくワルキューレの中堅手としての立場を思い出す、という始末であった。