リアクション
* * * 北西の小路地の一角で。 「……うん。分かった」 無機質な声で淡々とグレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)はテレパシーを終えた。 「んん? ランちゃん何だって〜?」 迷彩塗料をほどこした顔で、尾瀬 皆無(おせ・かいむ)がニッと笑う。 グレアムは声と同じく表情も常に無機質なので、会話中の表情や声のトーンで探ろうとしても無駄なのだ。 「あ、もしかして、離れたことで俺様の大切さに気付いたとか? 俺様に会いたいとか? 会いに来てほしーわ〜とかぁ?」 ねねっ? と期待の熱い眼差しで見つめてくる皆無をグレアムは無表情で、じーっと見つめる。 じーっと。 ひたすらじーっと。 「……ゴメンナサイ。ふざけすぎました。俺様が悪かったデス」 無言の圧に屈して、皆無はぺこりと頭を下げる。 グレアムは皆無から目を放すと外壁に植わっているクリフォトの樹を見、考え込んだ。 「……えーっ? 結界解けてないのー?」 グレアムから説明を聞いて、皆無は頓狂な声を上げた。 「じゃあべつに均等にこだわることないじゃん。ということは別行動することもないってわけでー。俺様、愛しのランちゃんと一緒に伐採できるんじゃん」 しかも2人とも、おそろいチェーンソー。一緒に樹を伐採って、これっていわゆる「ケーキ入刀」と同じじゃね? 同じチェーンソー持ってさ。タタタターン、タタタターン♪ って。(激しくマテ) 「たしかに別行動する意味はないね」 ばかがしたばかな妄想は放っておいて、そのことにはグレアムも同意する。 なんといってもあそこからは魔族が次々と出てきているのだ。無意味に戦力を分散するより、まとめた方が早いかもしれない。この動きからして、敵の狙いは居城だ。とすれば、居城近くの伐採をしている乱世たちに合流する方がいいだろう。 乱世からのテレパシーによると、民をこの都から外へ避難させるための破壊工作が行われているようだし。とすると、避難民もその周辺に一時集合しているはず。外壁に穴があけば、即座に避難させられるように。そんな所にクリフォトの樹があっては、危険すぎるか……。 「あれー? グレちん、まただんまりですかぁー? お考え中〜?」 「うるさいな」 つんつん、とつついてきた皆無の手を振り払う。その視界に、外壁を越えてきたワイバーンの姿が入った。 十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)はワイバーンの上からアガデの都をぐるりと取り囲むように植えられたクリフォトの樹を見下ろして、愕然となった。 あの電話の主の言う通りだ。 聞かされたときはまさかと思い、ここに来るまで半信半疑だったが……。 こうなってはもはや、あの電話の主がだれかなどどうでもよかった。「アガデを助けて」という願いもどうでもいい。 ここの人たちを助けなければならない。それは、宵一の決意となった。 ワイバーンを下に向け、低空飛行で魔族たちをなぎ払う。突然の登場に驚き、倒れ、地に手足をついた彼らの中へ、宵一は飛び降りた。 人を人とも思わぬ魔族と戦うことに、ためらいは一切ない。 ブレード・フォンとブッチャーナイフ――得意の二刀流で、彼は魔族を切り裂き、間を縫うように駆け抜けた。 周囲すべてが敵という中、ひたすら斬り伏せ続ける。 「……彼、何したいんだろうね?」 路地の暗がりからその様子を見やりながら、皆無は首をひねった。 魔族はクリフォトの樹から次々と現れている。大元を叩かなくては意味がない。 そんな彼の前、宵一は周辺の魔族を斬り捨て、自分の周囲に余裕ができたと判断するや、ブッチャーナイフで爆炎波を導いた。 「え、まさか?」 「はあああっ!!」 気合一閃。 宵一は爆炎波の炎ごとクリフォトの樹を斬りつける。ガツッと刃が固い幹に食い込んだ瞬間、炎が上に向かって走った。 クリフォトの樹は一瞬で燃え上がり、夜空に吹き上がるたいまつと化す。 「ひいぃっ!! あいつ、これ以上この都燃やす気かよーっっ」 「……いや。日照関係から、家屋は外壁より15メートルほど離れて建てられている。燃えた樹が倒れても火災は発生しないよ」 グレアムが冷静に説明する。 幹が折れて転がったり、枝が折れて飛んだりすれば別だが。 「あ、そうなの? じゃあなんでグレちんはそれしなかったわけ?」 パイロキネシスの使い手じゃん。 皆無の質問に、グレアムはまた、あの無機質な目を向けた。 「あ。今の分かる。すっげーあきれてる目だ」 「……パイロはSPを食いすぎるんだ。それに、もうひとつ考慮すべき問題がある。風向きだ。火の粉が街へ飛べば火災発生だから」 「じゃあやっぱり俺様の考え正しいじゃん」 「ああやって1本ずつ燃やすのなら問題ないよ。対処できるから。実際、僕たちもそうするつもりだったろう?」 パイロだと一度に焼き払うには適しているけど、1本ずつ焼くには非効率すぎる。 それに今、風は外壁に向かって吹いているから、彼がそこまで考慮してやっているのなら、全然問題はない。むしろ彼がしているのは、自分たちがしていることと全く同じだ。 2人の前、宵一は淡々と作業をこなしていった。 魔族を斬り、クリフォトの樹を燃やす。そしてそれは、樹が燃えて数が減るだけやりやすくなっているようだった。 ある程度済んだところで、グレアムたちが路地から出て行く。 「きみたちは?」 宵一の前、グレアムと皆無はクリフォトの欠片を掘り出し、割った。 「俺様たちもクリフォトの樹の伐採をやってるんだよね〜。別々にやるより、一緒にやった方が効率いいと思わね?」 それから皆無は、自分たちが考えている計画を話した。 「南東で、民の避難の手助けか。 まあ、やってみますかな」 宵一は頷いた。 * * * 乱世たちによるクリフォトの樹伐採が功を奏して、南東の外壁付近からは魔族の姿がかなり一掃されていた。 そんな中、マリアが見守る中、ジュンコが破壊工作を用いて外壁の爆破を試みる。その間、無防備になる彼女を守るべく、アルトリアたちは彼女を背にかばって半円を組んでいる。まだまだ油断はできないと、周囲に目を凝らす彼らの間で、ルーシェリアは、みんなに回復魔法をかけていた。 「……皆さん、聞こえますか?」 ふと、外壁に一番近くにいたマリアがそう言って身を起こす。 全員が動きを止め、耳をすました。するとたしかに声が……。 「そちら側、だれかいますか? あちきはレティシア・ブルーウォーター。今から東カナン軍の方々と、ここを破壊しようとしています。もしいましたら、ご返答くださいな」 (うーん。やっぱりあの男が要というわけか) わっと沸き返る南東の外壁を見下ろして、毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は腕組みを解いた。 魔族側についた者としてクリフォトの樹の防衛に来たのだが、思いのほかコントラクターの数が多く、様子見をしていたのだ。 だがクリフォトの樹伐採班まで出張ってきて、かなり伐採されてしまった。全体から見ればまだほんの一部とはいえ、これ以上こうして見ているだけというのもいかないか。 群れをやるにはそこの頭をつぶせばいい。その頭は、今回あの男だ。 オズトゥルク・イスキア。東カナン12騎士の大男。 (……200センチ超ってことは、私より60センチ以上でかいってことだよなぁ) まいったね、こりゃ。 「どうする? やめる?」 オイレに乗ったアルテミシア・ワームウッド(あるてみしあ・わーむうっど)が横について訊く。 「逃げるなら乗せてってあげるよ」 「ばかを言うんじゃない。さっさと定位置について」 「はーい」 アルテミシアは素直に返事をして、オイレを飛ばした。コントラクターたちの探知スキルに引っ掛からないような、適当な距離にある建物に。 「さあ、決行だ」 「ハン! セイト! いるか!」 外壁の向こうに聞こえるよう、オズトゥルクは声を張り上げた。 「その声は、オズ様!! ご無事だったのですね!」 すぐさま重騎馬兵左将軍ハンが答える。 「カタパルトを持って来い! それでロープを結びつけた石を飛ばして外壁を越えるんだ! 急げ! すぐこの周辺の樹が伐採されたことは魔族に知れる!」 「かしこまりました!! ――おい、急げ。カタパルトを後方から持って来させろ」 自分の命令が通じたことに安堵して振り返ったオズトゥルクとマリアの目が合う。 そのほほ笑みと同じで、どこもかしこもやわらかそうな彼女に、オズトゥルクもほっとして笑いかけたとき。 マリアの目が軽く見開かれ、ほおが引き攣った。 禁猟区が反応した。 「皆さん、気をつけて!」 彼女の語尾に重なって、炎が吹き上がった。 大佐のフラワシソリッド・フレイムの羽による爆撃だ。それはナパーム砲のように、触れた瞬間炎が広がり対象者を炬火のごとく燃え上がらせる。 「……ぎゃああああっっ!!」 後方にいたイスキア家の騎士が火だるまになった。 無差別攻撃のようでいて、違う。騎士を狙い打ちしている。 「フチェ! サフェリス! ナーディル! エルドアン!」 オズトゥルクが己の騎士たちの名前を叫んだ。 「いけない!」 蒼白し、駆け寄ろうとしたオズトゥルクをマリアが全身で止める。 「あれはフラワシの攻撃……敵は裏切り者のコントラクターです」 その言葉を口にするとき、刺すような苦い痛みが広がった。 コントラクターとしての力を、人を殺すことに使っていることに対する申し訳ない気持ち……。 (だめ。感情的になってしまっては、命を救う事ができなくなる) マリアは無理やりそれを片隅に押しやった。 「だが……!」 そこに、ラディウスを手にした大佐が姿を現した。 向かってくる騎士も、剣をかまえて様子見をしている騎士も、斬って捨てていく。行動予測、歴戦の立ち回りそれに実践的錯覚があれば、ただの騎士などいかほどでもない。 人殺しには慣れている。 今さら、何を感じることもない。 特段の気負いもなく、むしろ鼻歌さえ口をつきそうな感覚で淡々と殺していくその姿に、オズトゥルクの中でぶつりと糸が切れた。 マリアを強く押しやり、前に出る。 「オズトゥルク様!」 「あんたは彼女たちと一緒に、外壁を頼む。オレぁあいつを殺る」 「無茶な! 相手はコントラクターよ!?」 かなうはずがない! 腕を掴み、必死にとめようとする彼女の手に手を重ね、オズは笑った。 「あいつらはオレの騎士だ。オレがおとしまえつけなくちゃいけねぇんだよ、あいつらの身内のためにもな。 それと、オレは「オズ」だ。ま、「様」付けはどっちでもいいけど、オズトゥルクはやめてくれ」 「オズ……様」 マリアの手をそっとはずさせ、オズトゥルクはクレセントアックスをかついで前に出た。 (そうだ。出て来い、オズトゥルク) 殺気を体中から発散させながら歩いてくるオズトゥルクに、大佐はにやりと笑う。 「うおおっ!!」 咆哮とともに振り下ろされたクレセントアックスを、大佐は後方に跳んでよけた。それからは受け手に回り、彼の技量や体格の違いから押されているようにじりじりと後ずさる。 (……? なんだ?) 豊富な経験を持つオズトゥルクも何かおかしいのは分かるが、それが何かまでは分からない。 そうか、追い詰められた気配が全くないんだ――そうと気付いたときには遅かった。 「まき散らして吹っ飛べ」 大佐は嗤って、自分のこめかみに指をあて「Bang!」と銃で撃つしぐさをする。 同時に、ターーーンというライフル音がした。 アルテミシアが朱の飛沫を込めた狙撃で一発、即死――の、はずだった。 ――だが。 「なに……?」 撃ち抜かれていたのは、大佐の腕の方だった。 |
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