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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第2回/全2回)
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第17章 街〜バルバトス(2)

(――ちっ)
 強化型光条兵器グリントライフルの照準器から目を離し、風祭 隼人(かざまつり・はやと)は内心舌打ちをもらした。
 離れた家屋の屋根に身を伏せた彼は、そこからバルバトスを狙撃するタイミングを見計らっていたのだ。
 本来なら、バルバトスを狙わなければいけなかったかもしれない。だが先だっての折り、南カナンでの戦いで見たバルバトスの驚異的なスピードが、彼をためらわせた。
 もし気付かれていれば……あるいは攻撃を悟られたら。鼎が串刺しになるのは避けられない。だからつい、安全策をとってしまった。
(まだまだ甘いな、俺も)
 バルバトスに存在を気付かれた。だがまだ逃げる時間はあるだろう。
 隼人は光弾を連射し、バルバトスを後方へ飛ばせて鼎と距離をとらせた。
 その隙を狙って、何者かが――おそらく彼のパートナーだろう――うずくまった鼎を運んで行くのが見える。
「よし」
 あとはバルバトスが飛んで来る前に場所を移すだけだ。
 そう思って身を起こす。彼は忘れていた。バルバトスには中距離型攻撃兵器・ガンランスがあることを。
 ぞくりとうなじの毛が逆立つような気配を感じて、反射的、アクセルギアを作動させる。それが彼を救った。
 隼人の足が離れた直後、彼のいた家屋が粉砕される。
「うわあああっ……!」
 爆風に吹き飛ばされ、人形のように瓦礫片ごと道を転がった。
 鼓膜をやられたか、耳がじんじんする。あてた手に血はついていないから、破れたわけではないのだろう。
 道は所々が陥没し、クモの巣状にひび割れている。爆発の影響であちこち瓦礫だらけ、とてもダッシュローラーは使えない。グリントライフルを手に、とにかく路地に飛び込んで逃げようとした隼人だったが。
 路地にたどり着く前に、前方にバルバトスが降り立った。
 音のない世界で、白い4枚羽をはためかせて舞い降りる、美しき魔神バルバトス。
 その赤い唇が、正面に立つ彼に向かい、何事かを彼に告げる。二言、三言。そしてゆっくりと伸ばされた手――それが、ただ差し出された手であるはずがない。
 そこには、おそらくは隼人を即死させるだけの力が込められている。
「くそ……っ!」
 これまでか。
 だがそのとき、隼人の危機を敏感に察知して、路地から影のような何かが飛び出した。
 そのまま背後からバルバトスの伸ばした腕にくらいつく。
ハヤテ!」
 痛みに眉をしかめたバルバトス。一瞬の隙。そしてハヤテの行動が、隼人の気迫をよみがえらせた。
「どけ! ハヤテ!!」
 ハヤテが飛び退くと同時に、手の中に集束したサンダークラップを叩きつける。
 今の隼人に導ける、最大の雷撃魔法。
 だがその直撃を受けても、バルバトスは膝ひとつつくことはなかった。
「……ロノウェちゃんの雷撃に比べると、全然ぬるいわよ、あなた」
 銀色にまで明度を高めた水色の瞳が隼人をねめつけるように見た。ぺろりと口端をなめる赤い舌。
「!!」
 隼人は心臓をわし掴んだ恐怖に押されるように、背後へ跳んだ。
 ミラージュ発動。分身で攪乱し、距離をとるつもりだったのだが。
 それをあざ笑うかのようにバルバトスもまた残像を残してかき消え、次の瞬間、隼人の頭を壁に叩きつけていた。
「あら〜? ちょっと強すぎちゃったかしらぁ?」
 頭部から血を流して気絶している隼人をしげしげと見下ろす。
「人間ってほんと、もろいのね〜。つまんなーい。これだと、次からもう少し手加減してあげなくちゃね〜」
 くつくつと肩を震わせて笑いながら、はだけた彼の胸元にぴたりと指をあてたとき。
 ガツッと音をたてて、流星・光が彼女の面前の壁に突き刺さった。
「……あなた〜?」
 振り向く。
 そこにいたのは魔鎧無銘 ナナシ(むめい・ななし)をまとった永井 託(ながい・たく)だった。
「やぁ」
 と、まるで街で偶然出会った友達にするように、にこにこ笑って手を挙げて見せる。
「ずいぶん過激なナンパをするのねぇ〜」
「うん。まぁ、綺麗な女性の気を引こうと思ったら、これくらいしないといけないと思ってねぇ」
 さっきから見ていたところだと、ライバルはいっぱいいるようだから。
「それに、あなたもすごいよ。もう少しで下半身を吹き飛ばされるとこだった」
 託は、つい先ほどまで自分がいた場所を見た。魔弾を受け、大きくえぐられている。勇士の薬で素早さを上げていなければ、危ないところだった。
「あのさ。なけなしの勇気を振り絞ってここまで来たんだから、その勇気に免じて、もしよかったら少しだけ、お話ししてくれないかな?」
 その提案に、バルバトスは少し考え込むように首を傾げた。
「いいわ〜。今、ちょっと気分がいいから、あなたにナンパされてあげる〜」
「気分がいいんだ。それはよかった」
 にこにこ笑いながら、託はちらりとバルバトスに髪を掴まれている隼人を見た。
 だらりと力なく垂れた手足。意識を取り戻している様子はどこにも伺えなかった。バルバトスがすぐ横に立っているから、託にはどうしようもない。
 こうして話している間になんとか自力で目を覚ましてくれたら……そんな、祈るような思いはおくびにも出さず、託は路地の小門に背を預けた。
 ゆったりと、リラックスしているふうに見えるように腕を組み、ブラックコートの下の籠手型HCの録音機能を作動させる。
「なんだかあなたは人間を見下しているようだけれど、本当は魔族……他の魔神ですら、見下しているんじゃないかな?」
「だとしたら何なの〜?」
「あまり、下に見ない方がいいんじゃない? いつか誰かに……それこそロノウェさんなんかに裏切られるかもよ?」
 それを聞いて、バルバトスは口元に手をあててクスクス笑った。
「あなた、ばかねぇ〜。裏切りっていうのはね、信頼があってこそなのよぉ。私がだれかを信じてるように見える〜?
 あのね、私たちが一緒に行動してるのはパイモン様やルシファー様のためで、あくまで「協力」なの〜。信頼でつながってるわけじゃないのよ」
「そうなの? ロノウェさんとはかなり親しいって聞いてたんだけど? 俺の聞き間違いかなぁ」
 ふむ、と考え込むそぶりを見せる。
 そんな彼を見て、やれやれと言いたげにバルバトスの首が振られた。
「そんなこと、あなたに吹き込んだのは悪魔? 魔鎧? どっちにしても、人間に感化されすぎよね〜。
 魔神はだれもほかの魔神のことなんか信じちゃいないわ。もちろんロノウェちゃんだって、私のことを「信じて」なんかいないわよ〜」
 共通の目的を持つことに、安心してはいたかもしれないけど。今じゃどうだか。
 ふと時計塔での一幕を思い出して、素気なく肩をすくめる。
「じゃあそのパイモン様やルシファー様のことも、信じていないの?」
「あらぁ。彼らの持つ力をおそれ、うやまってるわよ〜? なんてったって、パイモン様はクリフォトの樹を統べられているし〜。そしてルシファー様なら、きっとザナドゥ顕現をはたしてくれるってね〜」
「それが、あなたの望みだから?」
「そうよぉ。よく分かってるじゃなーい」
 満面の笑みを浮かべて頷くバルバトス。
 その姿はまるで、夢を語ることに夢中になっている子どものように見える。
 託は、もう少しで信じてしまいそうになった。彼女の純粋さ、無邪気さを。足元で血を流している隼人の姿がなければ、あるいは信じてしまったかもしれない。
「でもこれは、私だけじゃなくって、ロノウェちゃんやアムちゃん、ナベちゃんたち、みんなの望み。それをかなえてくれるルシファー様のためなら、私たちは何だってするわ〜」
 それはルシファーのためじゃない。自分のためだ。託はそっと心の中でつぶやく。
 そして、できるだけさりげなく聞こえるように、少し声や表情をおどけてみせた。
「ふーん。あなたほどの人にそこまで思われるなんてねぇ。本当にすごい人だったんだろうね、そのルシファー様って。
 案外、その人に恋でもしていたとか?」
「……ふふっ。とおーいとおーい昔には、そーんなこともちょっぴりはあったかしらねー?」
 どちらともとれる笑み。まだ殺気看破には何もひっかからない。
 託はもう少し、踏み込んでみることにした。
「だけど、ザナドゥ顕現という望みをはたしたいのと同じくらい、あなたは人を憎んで、滅ぼしたいと思っている。それは、これを見ても分かるよ。
 話し合いでの解決を望まず、あなたは決裂を企てた。人間が二度とそんなことを持ち出してこないように。ロノウェさんやほかの魔神が、そういう道もあるのだと思わないように。あなたは、戦い以外の道を閉ざしてしまうつもりなんだ」
 バルバトスの眉がぴくりとわずかに反応した。表情は先までと変わらない。だがその反応だけで、十分だった。
 それが、バルバトスの本当の目的。
 彼女の望みは東カナンという国を滅ぼすことではない。人間と魔族の完全な決裂。そこにこそ、彼女の狙いはあったのだった。
「――あなたの話、ちっとも面白くないわ〜」
 何の前触れもなく、突然バルバトスの手が隼人の胸にめり込んだ。
「うあぁっ……!」
 カッと見開かれた隼人の目。
 託を見つめながら、バルバトスはねじり取るような乱暴なしぐさで魂を体から引きちぎる。
「そう……なの……?」
 せばまったのどから無理やり言葉を押し出す。今や、殺気看破は非常ベル並に託の頭で鳴り響いていた。
(託、退け。あの魔神が相手では、我では守りきれん)
 めったにしゃべることのないナナシまでが警告を発する。これは、相当やばい状況ということだ。
 託は氷雪比翼【無翼】をはばたかせ、氷片をまき散らした。同時に爆炎波を放ち、瞬時に氷を霧と化す。その一瞬にまぎれて小門を開け放ち、自身は隠れ身を用いて横の壁を越えた。路地から逃走したふうに見えるように。
(こんな小細工が通用するか分からないけど……まぁ、やらないよりマシだよねぇ)
 できるだけ音をたてないように庭伝いに逃げる。
 バルバトスはあとを追わなかった。
 魂を抜いた隼人はそのまま放置して、鼎たちの所へ戻る。しかし案の定、2人とも姿を消してしまっていた。
「ま、いーわ。魂ちゃんはもらったし〜」
 天使と見まごう4枚羽をはためかせ、バルバトスは飛び去った。


*          *          *


 圧倒的な数の飛行型魔族が埋め尽くす空を、霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)は小型飛空艇オイレに乗って飛んでいた。
 セテカとはとうとう会えずじまいだったけれど、12騎士の人たちに伝えることはできたから、居城の方は大丈夫。だからもう、戻っていいのだ。要の所へ。
「要……要……」
 別れたときの光景を思い出すと、がちがちと歯が鳴って、震えが止まらなくなる。
 あれはパラダイス・ロストの光だった。あんな深手を負った状態でパラダイス・ロストなんかして、はたして無事でいられるのか?
「まさか死……んでたり……しないわよ……ね……?」
 その可能性を考えただけで、冷たい汗が噴き出してくる。ヒールで治したはずの腕が冷たく、重くなって、剣を掴んでいる感覚すら失いそうになった。
「大丈夫……だって、パートナーロスト、してないもの……」
 キュッと手のひらを握り締める。
 体中の熱が失せてしまったような、凍えるような震えにずっと頭がしびれているけれど……でも多分、本当に要を失ったら、パートナーロストの影響はこんなものじゃないはず。――でしょう?
「それに……それに、要、約束したもの……絶対、やぶったりしない……」
 信じてるから。
 疑ったりしないから。
 だから、帰ってきて。早く、早く。
「かなめ……」
 拭いても拭いても、すぐに涙があふれて前が見えなくなる。今もまた、こぼれそうになった涙をこすり取っていると、オイレにドンッと何か重量のある物が飛び乗ってきた。
「要!?」
 はっとなってそちらを振り向く。しかしそこにいたのは魔族だった。すでに大きく後ろへ引かれた槍が、悠美香の背中を狙っている。
 その穂先をすり流そうとクラースナヤを持ち上げたとき。魔族が大きく全身をひきつらせた。槍を手からすべり落とし、ぐらりと揺れたと思うや墜落していく。
 代わるようにその後ろから現れたのは、剣を振り切った要だった。
 大きな月を背にしているため、彼自身は暗く、はっきりとしない。だがその背から出ている鋼鉄の翼、なびく銀の髪、ブラックコートは、要以外にあり得なかった。
「かなめ……!!」
 剣を捨て、両手で彼を抱き締める。においも、感触も、要だ。
 その力強い両腕で包み込まれるように抱き締められた悠美香の足元からオイレの感触が消えたが、互いを見つめる2人に、そのことに気付いている様子はなかった。
「要……目が……。それに、翼も……前と違う……?」
 だけど、そんなことはどうでもいい。こうして生きている彼とまた会えたのだから。
 まだ戦いは続いている。それは分かっている。だけどこの一時。
 2人は額を合わせ、再会できた奇跡を噛み締めていた。