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リアクション
第20章 居 城(3)
奥宮へとつながる回廊の前で。
「あははっ! 燃えなさい!! みんな、燃えてしまえばいい!!」
秋葉 つかさ(あきば・つかさ)は狂声を上げ、我は射す光の閃刃を放っていた。
強烈な光刃が縦横にホールを飛び、剣をかまえて立つ騎士たちへと向かう。剣を盾として防ごうとする騎士もいたが、光刃は鋼鉄の剣などものともせず、真っ二つにした。
「……くそっ!」
わき腹を割られたアラムはよろめき、柱に背をつく。
「リヒト様! ここはお逃げください!」
リヒト家の騎士たちが、すかさず主君を背にかばい立つ。
「かまうな……! おまえたちは彼らを逃がすんだ!」
「いいえ! リヒト様こそそのおけがでは無理です! 彼らを連れてご一緒に避難されてください!!」
「……バルバトス様……」
つかさはせつなげにその名を口にし、まるで夢遊病者のように彼らに歩み寄った。
「ケッ。気持ちワリィ。ああはなりたくねぇな」
上の通路から見下ろして、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は嫌悪に眉をひそめた。
「あれが魂取られて操られるってことか」
自分の意思を持たず、魔神の言うがままに操られる。
つくづく差し出さなくてよかったと思う姿だ。
「あの人……補助してあげなくて、いいんですか?」
後ろからおずおずとアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)が問うた。
「あ? べつにいーだろ。それに、騎士の相手はもう飽きた。あいつら、似たような攻撃しかしてこねぇからな」
街で12騎士と戦っていた竜造は百戦錬磨ですぐにそのパターンを掴み、カウンターで全員斬り伏せてきていた。
最初はイモを洗うほどいた一般人たちもほとんど逃げてしまっていて、おそらく今この棟にいるのはあの騎士たちが後ろにかばっている数名ぐらいだろう。それ以外はきっちり、アユナが魔女のフラスコの毒をふりまいて隠れている部屋からいぶり出したあと、徹雄が処理してきた。
あれも、結局下の階に下りて行って奪うほどの獲物でもない。
「つまんねぇな。この城、もうほとんど残っちゃいねーぜ? これ、陥落したって言わないか?」
後ろの2人を振り返る。
松岡 徹雄(まつおか・てつお)は無言で見返し、アユナは首を振った。
「……やっぱ、言わねーか」
ふむ、と考える。
居城を攻めるということは、ゴールは城を陥落させることだ。今まで具体的に考えてみなかったが、城を陥落させるということはどういうことだ? 何をしたら陥落したことになる?
ぶっつぶすか? ――いや、この規模の建物を破壊するのは自分たちだけでは到底無理だ。1階の柱や壁を崩して崩落させれば崩せるだろうが、自分たちもぺしゃんこになりかねない。
じゃあほかにどういう方法がある?
「…………」
竜造が何を考え込んでいるか知っていると言うように、徹雄がトントンと肩を叩いた。
「あ?」
その指がスッと伸びて、窓から塔を指差す。
奥宮の塔の天辺、そこにひるがえるハダド家の旗、そして東カナン国旗を。
「……ああ。あれをひっぺがして、燃やしてやるか」
奥宮は静寂に包まれていた。
もともとここに入れるのはハダド家一族と12騎士、そして厳選された者のみ。東カナンの者は絶対にここへ入ろうなどとは考えない。城の門からも遠く、逃げる人々はそちらへ殺到しただろうから、奥宮に人がいないのは当然といえば当然だった。
柱1本とっても表の城よりはるかに贅を凝らした、美しい宮。
そこを竜造は鮮血色の長ドスを手にすたすた歩いていく。周囲のつくりには一切感心がないと、窓から見た塔のある方角だけを目指している。その後ろを徹雄が飄々と、そしてかなり離れた後ろをアユナが。
(きれいな所……)
とてとて歩きながら、アユナはそうっと下から盗み見るように周りを見た。
この国にもトモちゃんはいなかったけれど、こんなきれいな所を知ることができた。
この国が陥落したあと、ここはどうなるのか。やっぱり魔神のだれかが所有して、その配下の魔族が管理するとか?
(バルバトス様はすでに居城をお持ちなのですから、ありえることです)
もしかしたら。
竜造さんがこのお城を陥落させたら、その功績として、このお城がもらえるかもしれない。もらえたらいいな。もし、お城まるごともらえなくても、この宮のどこかお部屋がもらえたら……。
そうしたら、トモちゃんが見つかったら、そこで2人で暮らそう。小さくてもいいから、居心地のいい、きれいなお部屋で、トモちゃんと私、ずーっとずーっと2人で……。
(そのためにも、邪魔な人たちは全部片付けなきゃ)
「――あ? アユナはどこ行った?」
曲がり角で不意に彼女の不在に気付いた竜造が足を止めた。振り返った徹雄もそこにアユナがいないのを見て、肩をすくめて見せる。
「んだよ、手洗いか? どっか消えるならひと言ことわっていけよな、あのマイペース娘。
にしても、結局この城にゃあ骨のあるやつァ1人もいなかったな。これならまだ街でぶっ殺したあのイェサリとかいう騎士の方が、手応えがあったってモンだ」
ぶつくさこぼしながら角を曲がったときだった。
「きさまか」
そんな言葉が聞こえた。
正面、T字路のつきあたりに、影のように立つ者がいた。忍び装束のような黒衣をまとい、両手に短剣を逆手にして持っている。
通路や室内など空間の限られた場所で戦うときの持ち方だ。通路だというのに長剣を順手で持って斬りかかってきた騎士たちとはあきらかに毛色が違う。そして、その持ち方で戦うということは、それなりの使い手ということ。
「……へっ。ああ、そうとも。それがどうした?」
黒装束の者――カインは、もうひと言も発することはなかった。ただ走り込み、竜造と剣を合わせた。
ギィンと鋼のかみ合う音がして、うす暗い通路に火花が散る。
(こいつ、やはり違う!)
カインの繰り出す太刀筋は先までの騎士のものと全く違っていた。人体の急所を狙っての一撃必殺。それが防がれれば即座に離脱し、深追いはしない。
(しかも……速い!)
百戦錬磨を用いて先読みをしても、反応の方が追いつけない。すれ違いざまの一撃をすり流した竜造は、即座にその背中に長ドスを突き立てようとした。しかし長ドスが突いたのは壁で、カインの姿は掻き消えていた。
「どこに……!?」
「上だ!」
仕事中でありながら、徹雄が声を出して叫んだ。
仰ぎ見た竜造の目に入ったのは、天井を蹴ったカインの姿。そして寸前まで迫った剣先だった。
かわしようがない。
「……くそったれ!!」
首を狙った一撃。ガチリと音がして、龍鱗化が阻んでくれる。なければ動脈を切り裂かれて、血のシャワーを吹き出していたことだったろう。
カインは竜造の胸を蹴り、宙返りをして音もなく降り立った。そして間合いをとって後方へ退く。
(やはりな)
その動きを見て徹雄は確信した。黒い刀身の短剣、極力音を消した動きを用いた一撃離脱の戦い方。暗殺者の剣だ。
(とすると……)
視線を周囲へ走らせる。
暗殺者はまず1人で行動などしない。確実にターゲットを仕留めるために、2人以上のパートナーと事にあたるのが大半だ。しかもわざわざああして姿を見せて行動するということは、だ。
案の定、それらしい気配が後方からした。
(まさかあの領主が治める東カナンに、こんな子飼いがいたとはねぇ)
振り向きざま、徹雄は先制攻撃に出た。暗殺者相手に様子見などしていられない。イカ墨をばら撒いて視界を奪い、彗星のアンクレットによる高速攻撃で死角からの一撃――それが、彼の狙いだった。そしてそれは、成功した。
だが。
「……!」
さざれ石の短刀を相手の脇の急所に突き込んだ瞬間、彼は三方から同時攻撃を受けていた。
「まさか……仲間を、犠牲にするとは……ね」
わが身を犠牲にしてもターゲットは仕留める。それはある意味、暗殺者の非情な決意でもあった。
「徹雄!!」
首を落とせ――カインが己の首の前で親指を水平に振り、指示を出す。
主君の命令に従い、サディク家の騎士たちはうつ伏せになった虫の息の徹雄の髪を掴み上げ、のどを切り裂こうとする。
「させるか!」
身をひるがえした竜造をカインが襲う。
「邪魔すんな!!」
金剛力の剛腕でカインの剣を長ドスで叩き折る。そして再び徹雄の方へと向き直るが、もう遅い。カインは望みを果たした。カインに邪魔をされ、貴重な数秒を費やしてしまった。
「ちくしょう!!」
今まさに切り裂かんとする騎士に向け、長ドスを投げようとする竜造の前。
「だめーーーーーーっ!!」
同じ通路に現れたアユナが炎術を放った。
近距離から迫り来る火炎に騎士たちは跳びずさり、再び脇の通路の闇へとまぎれ込む。
アユナは酸度ゼロのアシッドミストによる霧を作り出した。撤退だ。
アシッドミストは長くは続かない。徹雄を肩にかついでその場を離脱しようとした竜造の背に、カインの投げナイフが飛んだ。それを叩き落した直後、すぐ真横にカインが現れる。しかしこれを竜造は読んでいた。
「そうそうやられっぱなしでいられるかよ!」
歴戦の武術による垂直蹴りがカインの正面に入った。カインは退いたがかわしきれない。上着の一部と顔を覆っていた布が引き裂かれて飛んだ。
「……おまえ、女か!?」
肌に無数の刀傷を持ち、中性的なきつい顔立ちをしていたが、まぎれもなく胸にふくらみがあった。
仰天して、竜造は思わず動きを止めてまじまじと見入ってしまう。
そのとき、立っておれないほどの激しい縦揺れとともに、2人の間の天井が崩落し、通路を埋めた。
1度で終わらず2度3度と続く、砲撃に似た強烈な攻撃は魔弾などではない。
「バルバトス!! てめー、中にいる俺たちも一緒にぶっつぶす気か!!」