リアクション
* * * 気を取り直し、再び西へ向かったロノウェは、そう時間をかけずに魔族と人間が混戦している現場に到着した。 「あなたたち――」 と、自軍の兵に命令を出そうとして、そこで止める。 魔族の進軍を止めようと戦っている人間たちには見覚えがあった。 「ロノウェ!」 彼女に気付いたイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)がそちらを振り仰ぎ、その名を呼ぶ。 彼らは彼女を追って会談会議室を出たものの、進攻するロノウェ軍とはち合わせとなり、これを突破すべく戦っていたのだった。 戦いから気をそらした彼を守護するため、セルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)が前方の敵に光術を放つ。強い光に目をやられた魔族は後ろによろめいた。立ち直れないでいる間に、端から順にライトニングランスを叩き込んでいく。 ロノウェ軍の魔族は雷撃には耐性があるが、物理攻撃にまではそうはいかない。足をやられた魔族はその場でうずくまり、仲間の手で後方へと送られた。 「セル」 「こちらは私だけで十分です」 (イオは、イオの望むことをしてください) そしてそれは、ロノウェと話し合うことだ。 ならば、自分は一秒でも長くその時間が稼げるようにするだけ。 「徹しません……!」 セルウィーはライチャススピアをかまえ、踏み込みと同時にランスバレストで前方の魔族たちのふとももを一気に貫いた。 彼女なら大丈夫だ。安心して背中を預けられる存在。 その能力、忠誠心に全幅の信頼を持つイーオンは、戦場に背を向けロノウェをひたと見据える。 「人間。あなたなの」 「キミともう一度話がしたい」 「こちらには何も話すことはないわ。言ったでしょう? 講和締結の条件はイナンナの引き渡しよ。それ以外は一切応じない」 感情のない、冷めた目と表情だった。 眼鏡の奥、暗く明度を落とした瞳が闇の色に見えるのは、今が夜だからだろうか? 「講和会談などどうでもいい! そんなもの、締結しなくたっていいんだ! キミが約束してくれるなら、俺はその言葉を信じよう!」 ピク、とロノウェのほおが反応する。 「本当に我々は剣をかざしてしか対話できないのか! キミも、俺たちも、こうして手を持っている。この手を取り合うことはできないのか!? 武器を持たず、平和的にキミ達が地上に出てくるというのなら、協力だってしよう。必ずそうなるよう、俺たちは全力で動く! そしてきっとかなえてみせる! それがどんなに困難な道であろうと、きっと!」 「……その言葉は以前にも聞いたわ、人間。そして守られなかった。 言ったでしょう、もううんざりなのよ」 人間は、果たせもしない約束をしては平然と破り、裏切り、そしてそのことを恥とも思わず反省もしない。 なぜならそれは―― 「昔の人がやったことだから、か……。分かるぞ。人間は、忘れる生き物だからな」 ロノウェの言葉に、フィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)はつぶやいた。 その間にも、目くらまし程度に濃度を薄めたアシッドミストを放ち、セルウィーの攻撃の補助をする。 忘れなければ、生きていけないこともある。「時間が解決してくれる」「時間が特効薬」人間の言葉には、そういう格言がある。そしてそれは、人が生きていく上でとても重要なことなのだ。 忘れなければ……受けた瞬間のまま継続していては、到底耐えられない痛みもある。魔神は違うかもしれないが、人間はそこまで強くはない。 痛みを、苦しみを、忘れること。 それが人間の強さだと、思った。 良くも悪くも。 「でも、だからこそ、私は人間って面白いと思うがなぁ」 だれに言うでもなくつぶやき、フィーネは一緒に戦っている人間たちへと視線を流す。 その先で神崎 優(かんざき・ゆう)もまた、屋根の上のロノウェに向き合っていた。 「1つ確認したい。あなたは最初からこうする為に講話会談に参加し、時間稼ぎをしていたのか? 本当はきちんと講話をし、その上で行動するつもりだったんじゃないか?」 「……バルバトス様がいらっしゃらなければ結果は違っていた、とあなたは思いたいかもしれないけれど、私の考えは今も変わっていないし、変わることはないとはじめから思っていたわ。会談に参加したのは、バルバトス様に説得された上でのことよ。私だけだったら絶対に受けなかったわ」 それが彼女の策のひとつで、隠れみのとして使用されることは知らなかったが……そんなことを彼らに教える義理はない。 バルバトスが説得しなければ彼女は講和会談に参加することはなかった。それは事実。人間なんかと馴れ合う気など、一切なかったのだから。 とすれば、いずれカナン侵攻は再開され、北カナンへの行程上にある東カナンは魔族の攻撃を受けていたのは間違いない。 アガデ襲撃は、時間の問題だったのだ。 あの時計塔で街を見下ろすうち、ロノウェはそう考えた。納得もしていた。 だが考えるたび、心は重く沈み、冷え冷えとしたものが体に広がっていく。 「俺はあなたの話を聞いた。あなたの言葉を。あなたはどんな時もまっすぐに相手を見、応える人だ。今、俺たちにそうしてくれているように。そんなあなたがこんな騙し討ちのような卑怯な手を使う者とはどうしても思えない。もしそうなら、なぜバルバトスのように話さなかったんだ? なぜ俺たちの話を最後まで聞き、真剣に答えるなどという、こちらを試すような事をした?」 「…………」 「あなたはこちらが裏切り続け、何も言わずに地下へ押し込めたから同じようにしてやったと言った。そして、信頼できない相手だから、支配するのだと。本当に、それだけなのか? 俺にはザナドゥにも原因があり、互いに原因から目をそらし続けてきたから今に至っているように思える。 やられたからやり返し、信頼できないから支配する……。一体いつまでそんな楽な方へ逃げ続けるんだ!」 「……楽?」 「そうだ! 歩み寄ることもせず、信頼できないからと簡単に切り捨てていてはいつまでも同じ事の繰り返しだ。あなたが言ったことじゃないか、同じことの繰り返しはうんざりだと。 互いに歩み寄り、現状を変えようと行動しなければ、未来を変える事もできないぞ」 「そうよ! いつまでも同じことを繰り返しては駄目なの!」 優の言葉をあと押しするように、隣についていた神崎 零(かんざき・れい)が叫んだ。 「ほかの誰でもない、私たちで未来を変えなきゃ!」 「私はそうしているわ。そして今度こそ、人間は支配すべきだと結論したの。同じことを繰り返しているのはあなたたち、人間よ」 そしてバルバトスの策はこうして成された。人間はまた、かつてと同じことを繰り返すだろう。 魔族は敵、相容れない存在、今度こそ滅ぼすべきだと。 バルバトスの高笑いが聞こえるようだ――ロノウェは目を伏せた。 「ロノウェ?」 黙り込んでしまった彼女を、優が不思議そうに見上げる。 炎に照らされているためだろうか。その表情はどこか、苦痛に耐えているように優には見えた。 「……人間。あなたは、私が何度それをしてきたと思っているの。何度人間にその機会を与えてきたか。その上で言っているのよ、人間は都合よく忘れて、都合よくしゃべり、都合よく約束するの。個では到底果たせない約束をね。そして「昔の人が言ったこと」と都合よく反故にする」 それは、耳をすましてようやく聞こえるほどに低い。 「でもそれは、人間に限ったことではないでしょう? 魔族は全員、都合のいいことは言わないというの?」 「そうね。だけど約束はしないわ。約束は契約と同じだもの」 その言葉に、零は数瞬ためらった。 けれど言わなくてはならない。たとえ彼女を追い詰めることになっても。 その決意で顔を上げた。 「じゃあ、講和会談という話し合いに応じたのは、約束ではないの? その裏で襲撃をしたのは、約束の反故ではないのなら、何?」 「…………」 「魔族だって人間と同じなの。人間だって、魔族と同じなのよ」 気付いて、ロノウェ。 「魔族が支配すれば……二度とこんなことは起きないわ……」 「そんなのは逃げ口上だ。周りを見ろ!」 優は燃え上がった東の区画を指し示した。 「これが魔族のしたことだ! いつか当事者である俺たちが死んで、いつか人間はこのことを忘れるかもしれない。だがあなたは生きている限りこれを覚えていることになる! この先何千年も! これをあなたは誇れるのか!? 目をつぶり、見えないふりをしても、それはこの一時の逃げにしかならないんだ。ザナドゥのことを真剣に想う、誇り高きあなたにそんな逃げるようなことをしてほしくない! 俺は誰もが解り合い、認め合い、絆を繋げ合える世界にする為に、未来を切り開く為に俺の戦いをしている! そしてその中にはザナドゥだって、あなただって含まれる。だからロノウェ、俺はあなたと解り合いたい!!」 優の手がロノウェに向かって差し出される。 「ロノウェ!」 イーオンもまた、手を差し出した。 「俺を見ろ! 人間が信じられないというのなら、いきなり人間すべてを信じなくていい。まず俺を信じてほしい。いつかきっとその思いを俺が変えてみせるから。だから今は俺を信じて、この手を取ってくれ」 どちらも強い目だった。 わずかの揺らぎもない、一点の曇りなく己の信念を持つ者の目。 「……無駄よ、人間。私は、人間のために同族を裏切ったりしない」 ふいと目をそらし、ロノウェは彼らを越えて、セルウィーたちと戦っている自軍に命じた。 「ここはもういいわ。あなたたちは居城攻めの部隊に合流しなさい」 「分かりました」 ロノウェの命令は絶対だ。魔族は人間たちの壁を突き崩そうとするのをやめ、剣を引いて脇の路地に消えた。 「待て!」 そんなこと、許しておけない。 フィーネはあわててブリザードを放ち、彼らを足止めしようとする。だが次の瞬間、ロノウェの超級雷撃がブリザードを蹴散らし、地を裂き走った。地響きをたて、向かい側にあった家屋2つが一瞬で崩れ落ちる。 自分たちの使うサンダーブラストなど児戯に等しい、桁違いの威力にだれもが息を飲んだ。 「行きなさい。ここは私が引き受けます」 「――は……はいっ」 同じく魔神の持つ力に畏怖し、動きを止めていた魔族が、再び路地へと走り込む。しかし今度ばかりはだれもそれを止めようとはしなかった。 「待て、ロノウェ」 最後の魔族が消えて、彼らに背を向けたロノウェを神代 聖夜(かみしろ・せいや)が呼び止めた。 「ロノウェ、同族を裏切りたくないという気持ちは分かる。俺たちはだれもあなたにそんなことをしてほしいとは思っていない。 だが、覚悟しといた方が良いぞ。優はこう見えて頑固者で、誰かを助けたい、解り合いたいと想ったらどこまでも本気でぶつかり、梃でも動かないからな」 「そうです」 陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)もまた。 「私や優が解り合えたように、そなたにも彼の事を解ってほしい。そしてどうか彼を信じて、周りを見てください。必ず必ず力関係ではなく、そなたを信頼して、側にいる人がいるはずです!」 2人を、ロノウェは振り返らなかった。 彼らがどんな表情をしているか、振り返らずとも分かる。先の3人と同じ、迷いのない、真摯な目で見上げているに違いない。 今の自分には、それを見返す強さはないことを、ロノウェは知っていた。 だからロノウェは、無言でその場を去った。 自分は、間違っていない。人間は信頼できない種族で、自らのした約束すら果たせない種族。魔族が支配し、導くのが絶対に正しい。 なのになぜ、こんなに……。 胸が、痛い。 |
||