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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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第4章 歌姫たちの晩餐歌 5

 ケーニッヒはパートナーのアンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)たちと合流し、シャムスたちのいる大ホールへと急いでいた。
 大ホールの入口が見える。もうすぐだ……!
 と――入口へとさしかかろうとしたところで、ケーニッヒはその門前にいる敵の集団に気づいた。
「ナベリウス……」
「駄目だよー、この中はとりこみちゅうなのー」
「そうだー」
「そうだー」
 緊迫した場の空気には似合わない陽気な声で、三人娘が手を振りあげて訴えた。
「なにが取り込み中よ! そんなこと言ってる場合じゃないっての! さっさとどけ!」
「そうよ……その向こうには、みんながいるのよ!」
 神矢 美悠(かみや・みゆう)天津 麻衣(あまつ・まい)が、それぞれに武器を構えて声を張り上げる。
 門前にいたのはなにもナベリウスだけではなかった。ナベリウスを筆頭に、翼を生やした魔族が隊を成して大ホールの入口を守っている。
 そしてなにより――ナベリウスの横にいたのは、モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)浴槽の公爵 クロケル(あくまでただの・くろける)だった。
(ふん……上々だ)
 モードレットは内心、喝采をあげているところだった。
 なにせ、今日という日には死ぬほど飽き飽きしていたのだ。ザナドゥに来てからというものの、もっと血の滾る催しを期待していたのだが……結局のところそれは肩透かしを食らう結果だった。
 そのことについて何らどうこう言うつもりはない。平和に過ごしたい奴はそうすればいい。しかし、自分は違う。命をかける場所以外、自分の居場所はない。彼女にとって、生きるということはつまりそういうことだ。
 だからいま、モードレットはナベリウスのもとにいた。その背後にある強大な力に期待を込めて、今は血を見るだけに衝動を留めているのだった。
(しかし……)
 気になったのはクロケルだ。奴が何を考えているのか、それはモードレットにも分からぬことだった。モードレットがナベリウスとコンタクトを取るのに、仲介をしてくれたは良かったが……彼自身はナベリウスたちの味方であるつもりはないらしい。
 今回を見届けて、そのうち去ることを彼は告げていた。
 ――好きにすればいい。
 モードレットにとってそんなことは些細なことだった。
 今はそれよりも、この顛末がどう転ぶか。そして自分の血が喜びに打ち震えるか。それだけが重要なことだった。



「ふむ……どうやらそろそろ潮時のようだな」
 翼を生やした魔族の一人が呟いた。
 どうやらリーダー格の男のようだ。魔族は地に降り立ち、アムドゥスキアスたちの前に進み出た。
「本日は失礼を承知で足を運ばせてもらった。誠に申し訳ない」
「……何が目的だ」
 こちらを嘲るように紳士的な口調で頭を下げた魔族に対し、アムドゥスキアスは冷酷な声で言った。子どもらしい無邪気さはなりを潜め、いまは芸術の魔神としてのアムドゥスキアスがそこにいた。
「なに、アムドゥスキアス様。アムトーシスと全面抗争するほど、我々も馬鹿ではないのです。ただ一つの目的。いえ、お貸ししていたものと言いましょうか…………エンヘドゥ嬢をおとなしくこちらに引き渡しさえすれば、街からは手を引くことに致しましょう」
「なんだと……っ!?」
 怒りをあらわにして牙を剥いたのはシャムスだった。無論、エンヘドゥを守る契約者たちも、敵を睨み据えて身構える。
 そんな彼女たちに、予想しなかった声が聞こえた。
「それは出来ない」
 アムドゥスキアスだった。
「彼女たちはボクと、芸術大会という戦いによって決着を付けることを約束したのだ」
「ほう……?」
「芸術の魔神として、その約束を破ることは許されない。そして、厳選な審査の結果――ボクは地上の者たちにエンヘドゥさんを返還することを決めた」
「…………」
 アムドゥスキアスの声にも、そして瞳にも、嘘や偽りはなかった。
「正々堂々と戦いを挑んだ相手に対し、このような始末は納得できない……そうバルバトス様に伝えておくんだね。ここはボクの街だ。今すぐ出て行け」
 彼の声は、怒りに打ち震えていた。
 仮にも魔神。その背後からにじみ出る力の波動に、敵の魔族はたじろいだ。
 が――
「いえ……わたくしは、行きます」
「……なに」
 魔族の予想も反して、進み出たのは他ならぬエンヘドゥ自身だった。
「エンヘドゥ……何を……!?」
「ここでわたくしが行かなければ、街にはより大きな被害が出る。そうでしょう?」
「よく分かっていますね……お嬢さん」
 魔族はにたりと笑った。
 そう。確かに……全面抗争すれば、アムトーシスがこの数の魔族に負けるような道理はないだろう。しかし、少なくとも傷は残る。住民の被害もゼロでは済まないはずだ。
「どの方よりもよっぽど優秀だ。あなたさえこちらに来て下されば、私たちは今すぐにでも街から引きあげましょう」
 魔族のもとに歩み進んでゆくエンヘドゥ。
「エンヘドゥ……そんなことは……っ!?」
 朝斗が彼女の背中に呼びかけた。だが、振り返った彼女は、何の恐怖もなさそうにほほ笑んでいた。
「大丈夫です。わたくしには、これがありますから」
 そう言って、エンヘドゥが握りしめたのは、胸元に光っていた『月雫石のイヤリング』の片割れだった。いつでも握っていられるように、紐を括りつけてペンダントにしていたのだ。
「エンヘドゥ……」
 ルシェンが哀しく声を漏らす。
 そしてようやく、魔族はエンヘドゥの身体を抱いて引き寄せた。
「では、私たちはこれで……」
 飛び立とうとする。
 が、その前に――魔族は醜悪な笑みでアムドゥスキアスたちを振りかえった。
「おっと、そうでした。アムドゥスキアス様」
「…………」
「バルバトス様からの伝言です。『残念だったわね〜、あと一歩のところだったのに〜。でも、あなたたちの余興、とっても楽しませてもらったわ♪』と、いうことで」
「……ッ!」
 全て――
 全て奴の、手のひらの上だったとでもいうのか。
 アムドゥスキアスは拳を握った。肉に爪が食い込み、血があふれるほどに。
 魔神としての強大な力がどれだけあっても、人一人の魂すら救えない。何もない自分。何も変えられない自分。その無力さを叩き潰すように、彼は静かに、唇を噛んだ。