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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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第1章 芸術の都 4

 アムトーシスの中腹にある公園に、一人の少年とそれを見守る青年がいた。
「ん……と」
 少年は数点のイーゼルに乗せた絵画を並べ、足元の紙に『白菊珂慧:個展』と描く。それを展示物の前に置いて、少年――白菊 珂慧(しらぎく・かけい)はぼそりと呟いた。
「……終わり」
「白菊、あのですね……」
「うん?」
 話しかけられて、珂慧は振り返った。隣で彼のことを見ていたクルト・ルーナ・リュング(くると・るーなりゅんぐ)は、眉を曲げて呆れていた。
「隅の方が良いのは分かりますが………………隅にも限界がありますよ」
「そう……かな?」
 珂慧は首をかしげた。
 しかし、客観的に見ればクルトの言うことは確かだった。そもそも彼らがいる公園自体が、アムトーシスでも草とベンチぐらいしかない場所で、全く目立たない公園である。その上、その公園の隅の隅の、そのまた隅の位置に、珂慧は絵画を展示しているのだ。
 展示方法も絵画を置いて紙に描いた名前をちょこんと置いて……まあなんというか、かろうじて「展示かな?」と分かるレベルだった。
 当然、見物客の姿などありはしない。
 が、珂慧はそんなこと気にしていないようだった。
 ベンチに座って、彼は絵を描き始める。クルトは諦めてため息をつくと、せめて見た目だけでもちゃんとしようと、イーゼルの位置を並べ替え始めた。紙の後ろには黒いボートを置き、補強しておく。
「…………」
 珂慧はそんなクルトをちらりと見やったが、すぐに絵画へと気持ちを入れ替えた。
 彼が描いていたのはアムトーシスではなく、薔薇園の風景だった。
 枯れた花、満開の花……赤やピンクや、青紫。蕾の花。様々な花の姿が描かれてゆく。手法は水彩画だ。珂慧は水彩画が好きだった。色がにじむ雰囲気が、なぜか心をとても穏やかにさせてくれる。
 たくさんの花を描き、周りの風景を描き、やがて最後に、真ん中に白い薔薇が咲いた。
 しかしそれは、まっさらな薔薇だった。何の色も乗せていない、紙そのものの色。本当に白い薔薇。これだけが、空白だった。
 未完成だ。しかし、珂慧はそれを完成させるつもりはなかった。人も魔族も、生きていくとしたら完成なんてことはありえないと彼は思っている。美しい姿にも醜い姿にも変化するし、次の瞬間にどんな表情が見られるかなんて、誰にも完璧には予想できないことだ。
(それは……この白の色も)
 観る者、それぞれが想像する色。未完成だからこその美しさ。その面白さ。
 ――珂慧は画家として、そんなことを表現したかった。
「白菊」
「……?」
 そうして絵が完成したとき、クルトに耳元で囁かれて珂慧は振り向いた。
 と、その表情がきょとんとして固まる。
「ほう……これはなかなか」
「色遣いが面白いなー」
「わたくし、こちらの水辺の絵が好きですわ」
 いつの間にか数名の客が集まり、思い思いに珂慧の絵画を観ているのだ。
 想像もしていなかったのか、珂慧はしばらく呆然としていた。すると、そんな彼に気づいた一人の紳士風の男が近づいてきた。
「君がこの個展の画家かね? もしよろしければ、あちらの作品について色々とお聞かせ願いたいのだが……」
「あ、え……え、えっと……その……」
 喋るのは苦手である。しどろもどろというか、頼りなさげに、珂慧は言葉尻をすぼめた。そして、クルトの手をぐっと引っ張る。
「クルト……パス」
 予想はしていたのか、クルトはため息をこぼした。
「絵画に疎い私に説明を求められても困りますよ」
 困った顔でクルトが見つめると、珂慧はいかにも「でも……」と言いたげな表情になった。そんな彼に、クルトは穏やかな笑みを見せた。
「大丈夫です。……私に語ってくれたように話せば」
「…………」
 そこまで言われては……といったように、珂慧は憮然となる。
 と、そんなとき、先ほどの紳士風の男が『まっさらな薔薇の絵』を観て疑問の声をあげた。
「ほう、これは……まだ完成していないものなのですかな?」
「あ、いえ、それは――」
 しどろもどろだが、珂慧はなんとか絵のことを紳士風の男に説明していた。
 その間に、クルトはその場を離れていった。きっと途中でクルトがいないことに気づいて、後から文句を言われるかもしれないが――まあ、きっと、そんなことも彼には必要なのだ。
 この個展は彼の展示。そして彼は画家なのだから。
 とはいえ後に――10人ぐらいの見物客が訪れて珂慧がパニックになるのは、また別の話だった。



「お兄さん、分かったことが一つあるのです」
 噴水広場にやってきて、なにやら身体全体を覆うマントを着こんでいるクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)はそんなことを言った。
「ほう」
 それに対して、パートナーのハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)が返答した。一体何を分かったというのか……と、多少は興味ありげな瞳だが、どうせまたくだらないことだろうとも思っていた。
 なにせザナドゥに来てから早々、留置所にぶち込まれた男である。ハンニバルが根回ししえくれたおかげでなんとか早めに出てくることが出来たが、懲りていないのは彼を知る者なら分かろうというものだった。
 クドは満を持してというように語りだす。
「先日、このアムトーシスで共に語らい、そして友となった名も知らぬ悪魔の紳士さんとおっちゃん。彼らと言葉を交わして分かった事なのです! 変態は世界を越える! そう! 変態に世界も種族も関係ありません! 例え世界が違えど! 種族が違えど! 変態達は通じ合えるのです! ――ここでの出会いでお兄さんはそう確信しました」
 グッと、クドは拳を握る。
 こいつは一体何を言っているのだろう、といった視線がハンニバルから注がれた。いっそのこと行くべきは留置所ではなく病院ではないだろうか?
「ですから――」
 バッ……と、クドはそれまで纏っていたマントを引っぺがした。
 すると、その下に隠されていたのは花柄のパンツ一枚になったクドの肉体。他に隠すものは何もなく、彼はビシッとポーズを決めた。
 魔族と人という異種混同の人々がごった返す中央広場に、悲鳴に響き渡った。
「変態というアート! このアートを世の人々に知らしめることこそが、お兄さんの役目なんです!」
 鍛え抜かれて引き締まった肉体は、無駄なほどに完成度が高く、光術を利用した後光が背中から差して彼の肉体を引き出させる。
「おっちゃんと紳士さん、そしてこの光景を目にしている顔も知らぬ同志さん達、貴方たちにも届けましょう! これがお兄さんです! クド・ストレイフという――変態です!!」
 どこかのお母さんらしき魔族は「これっ、見てはいけません!」と言って子供の目を隠し、若き女性は逆に顔を真っ赤にしながらも呆然とそれを見つめていた。見つめられることはある意味快感か、クドはなぜか恍惚の表情を浮かべている。
 だが――そんな時間も長くは続かない。
「そこの男! 何をしているっ!」
 数名の警備兵らしき魔族たちがやって来て、クドの身体を拘束した。
「あっ、な、何をするっ!? お兄さんはただアートを披露しようと……」
「そんなアートがあるかっ! いいから! ちょっとこっちに来い!」
「変態は、変態は不滅ああぁぁぁ!」
 ズルズルと引きずられながら叫ぶクドの声が遠くなっていく。
 ハンニバルはそんな彼を路地裏から眺めていた。
「うむ。…………ご愁傷さまなのだ」
 手のひらを合わせて、ハンニバルは、チーン……と、音が聞こえてきそうな瞑想をした。



 スウェル・アルト(すうぇる・あると)は虹を作ろうとしていた。
 ただ、一人ではない。この街で出逢った魔族の少年とである。
 少年の名はレド・ミッチェルといった。幼い頃に母親を亡くし、今は一人、この街で暮らしているらしい。生計は主に絵画を売ることで立てているが、そうでないときは現在修行中の彫刻家の家で、助手として働いているということだ。
「レド、それ、取って……」
 脚立に座って巨大なキャンバスに絵を描いていたスウェルは、同じく隣で、もう一つの脚立に登っているレドに声をかけた。
 うん、と頷いたレドは、脚立の角に引っかけてあった塗料の缶をスウェルに手渡す。
「はい、どうぞ」
 頭の上から降りてきた塗料を受け取るとき、スウェルはレドの笑みを見た。
 頭に小さな角を生やした彼の笑み。それを見ると、スウェルは絵画作りに彼を誘ったことが間違っていなかったと感じられた。
 と――そんな彼女たちに被衣 紅藤(かつぎ・べにふじ)の声がかかる。
「お二人方とも、そろそろ休憩されてはいかがでしょうか?」
 眼下に見える彼女は、気持ち程度に用意したテーブルに紅茶を並べていた。ハーブティーの心地よい香りが漂う。
 スウェルはレドと顔を見合わせ、
「そう、だね」
 と、呟いた。
 二人とも作業を中止させ、しばしの休憩に入る。
 テーブル席に腰をおろして、紅茶を飲む。専門の喫茶店にも負けないほどの香り高い紅茶を口にして、レドは目を見開いた。
「美味しい……」
「ありがとうございます」
 賛辞に感謝を述べて、紅藤はお茶菓子も二人の前に用意した。
 しばらく、紅茶を飲みながらの穏やかな時間が流れる。そもそもスウェルは口数が多いほうではない。時間は静かに、そしてゆっくりと流れていた。
 そんなとき、ふと紅藤が言った。
「ところで……私はあなたに謝罪しなければなりません」
「え?」
 レドのカップに二杯目の紅茶を入れながら、彼女は意を決したように語った。
「私は正直に申し上げて……ザナドゥが好きではありません」
「…………」
「しかし、それで私の身勝手な感情をあなたにぶつけてしまったことは、違うことだと分かっているつもりです」
 気づけば、スウェルも彼女とレドの会話を見ていた。
「ですから、そのことだけは……謝罪を」
「い、いいですよ」
 レドは慌てて手を振った。
「誰だって、抑えきれない感情ってのはあるものだと思います」
 彼は紅茶を傾けた。口に広がったハーブの香りと温かさは、彼に母が亡くなったときの悲しみを思い出させた。
「だから……気にしないでください」
「……ありがとうございま」
「あー! 私を差し置いて、みんなでティータイムしてる! ひどいですよぉ!」
 二人の会話を遮るように、大声が発せられたのはそのときだった。
 振り向いた三人の視線の先にいたのは、塗料の買い物に行っていたスウェルのもう一人のパートナー、アンドロマリウス・グラスハープ(あんどろまりうす・ぐらすはーぷ)である。褐色肌の、一見すれば精悍な男前に見える彼は、子供のように涙目になって眉を歪めていた。
「せっかく人がお手伝いを頑張っていたと言うのに! ひどいですよ、スウェル!」
「……ごめん」
 すっかり忘れていたといわんばかりに、淡々とスウェルは呟く。ぶーぶーと口を尖らせたアンドロマリウスは塗料を床に置いて、テーブルまでやって来た。
「私もティータイムしたいです! 紅さん! 私の紅茶は!」
「……カップはあるので勝手に飲めば良いでございましょう」
「愛が! 私への愛がないと思います!」
 大げさに嘆くアンドロマリウスがティータイムを始める頃には、すでにレドとスウェルは十分休憩を取り終えていた。
 言い争う(というよりは一方的なものだが)二人はさしおいて、彼女たちは再び作品作りへと戻った。脚立に登って、アンドロマリウスが買ってきた塗料を使ってキャンバスに筆を走らせてゆく。
 夏の空のように鮮やかな青い色。ザナドゥの空はずっと暗澹とした薄闇であるため、その色にはレドは驚いていた。地上の虹を描くとは聞いていたが、地上の空の色はこんなにも青いのか、と。
 そんな青色の上には虹を描く七色の塗料。その中に、スウェルは絆のアミュレットを細かく砕いて粒状にしたものを混ぜた。きっと虹の鮮やかさを表現するためだろうが、それとともに、二人を見ていた紅藤は、何か別の意思を感じ取れるような気がした。
(絆の、アミュレット……)
 キラキラと光るアミュレットの砂が、虹の絵に浮かぶ。
 地上の虹。
 そう名付けられた絵画を前にして、レドは改めてその美しさに見とれていた。
「虹だ……」
「そう。……虹」
 レドとスウェルは呟いた。
 空の色は違うけれど。
 虹は二つの世界に架かっている。
 スウェルとレドの筆がともにキャンバスの絵を作るように、虹の架け橋が繋がれば良い。
 そんなことを思って、
「紅さん、私はお茶菓子も所望しています!」
 紅藤は、文句を垂れるアンドロマリウスにうんざりしながら、お茶菓子を放り投げてやった。
「ひどいっ!」