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手の届く果て

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手の届く果て

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「これでいいだろう」
 源 鉄心(みなもと・てっしん)は、パートナーであるティー・ティー(てぃー・てぃー)イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)と共に野盗を縛り上げた。
 と言っても自分達で倒した野盗ではなく、道中見事なまでに倒されていた野盗――幸か不幸か鉄心達は全く野盗と遭遇してこなかった――を縛り上げ、突きだそうというわけだ。
「私は一安心です」
 それはティーが野盗と遭遇し、警告を発しても聞き入れてもらえなかった時の、切なさと悔しさが絶妙に入り混じった感情を抱かなくて済んだことからくる本心だ。
「ノビている野盗が多ければ多いほど、それは進行を続けた契約者に打ち負けたということだし、それは彼女にとってもいいことだろう」
 鉄心のいう彼女とはリーシャである。
「んっ……?」
 鉄心は銃型HCに更新された情報に気付いた。
「これは……彼女の名が出たのか……リー、シャ……」
「……また人間が私の名を……呼んだ?」
 通路の陰から現れたのはリーシャだった。
「キミが……リーシャ?」
「……貴方達も……」
 リーシャの視線が縛られた野盗に向けられ、ティーは弁解した。
「待って! 私たちは泥棒――ッ、を、捕まえる方です。敵じゃないです、話を聞いて下さい!」
「ティーの言う通りだ。そして、先ずは住処を騒がせた事を謝りたい。すまなかった。……まさか住んでいる者が居るとは思わなかったのでね」
「人間は……皆そう言って私達を襲うわ」
 その間にもアップデートされる情報を鉄心は見た。
 だから――何も言えなかった。
 無害、無実、安全を言ったところで、リーシャの背景を考えるとどうも納得させられる気がしなかった。
 だから、単刀直入に言った。
「ある病気で苦しんでる人達が居る。薬の製造法が知りたいんだ。ベルティオールの調合書と言う本の話を聞き、此処に探しに来たのだが……。製法さえ分かれば俺達がキミの住処で騒ぐことはもうない。書庫の在処を教えて貰えないかな? 大事な本なら、代わりと言っては何だがイコナの禁忌の書をその間に預けても」
「ふえええ、ひどいですわ……」
 しょぼくれるイコナを見て、リーシャは首を傾げて聞いた。
「……その子?」
 そのリーシャの様子も相まって、イコナは仮説が正しいと、切り出した。
「その本、病気の人たちを助ける為に創られたのではありませんの?」
「――ッ、ベルは創られた子じゃ――ッ!」
 鉄心の元に、知りえた情報全てが揃い、そしてそれはがイコナの言葉とリーシャの反応で証明された。
「わたくし自身は料理本の本能か、基本的に人を生かしたり、美味しいって幸せにしたいと願ってます。ベルさんも根は同じじゃないかな……」
「……ッ、ベルには……会わせたくない。人間は嫌いだから……ッ。でもそっちはもっと嫌い……ッ!」
 追いかける間もなく、リーシャは煙幕を使って姿を消した。
 最後の言葉の瞬間、リーシャの視線は鉄心達から野党に向けられていた。



 ――迷宮内・第四階層――



「人間は嫌いだ……」
 リーシャはさすがに逃げ疲れて、通路にしゃがみ込んだ。
「お嬢〜ちゃん」
「――ッ!」
 リーシャは気付かなかった。
 いつの間にか目の前に立っていた騎沙良 詩穂(きさら・しほ)に――。
「詩穂だよ。キミのお名前は?」
 どうして気付かなかった――。
 リーシャはそれで頭が一杯だった。
 というのも、リーシャは敵意やそれに近い欲という存在を発する者に対しては敏感に察知できるが、それ以外の者に対しては普通の少女と同じなのだ。
 そこに契約者のような力ある者が意識して近づけば、気付く方が無理というものだ。
「キミはベルティオールちゃんを守ってるんだよね? 偉い偉い――」
「ベル、を――ッ!?」
 知っているのか――?
 そう続けようとしたが、にこやかな笑顔で突然頭を撫でられ、困惑してしまった。
 詩穂のカマかけは見事にハマった。
「ずうーっと、2人でこの迷宮にいるの? 寂しくない? 怖くなぁい?」
「……人間は……嫌いだッ」
 そっぽを向きながらリーシャは吐き捨てる様に言った。
 詩穂は全てを見透かしたように言った。
「詩穂達はね、熱病で苦しんでいる獣人達のためにベルティオールちゃんに会いにきただけなんだよ。だから傷付けたりしない。ううん、守ってあげるよ」
 そんな言葉に惑わされてたまるか――。
 リーシャはそう言い聞かすのだが、ここまで話を投げかけてくる人間達は、逃げてから初めてのことだ。
 最初の子は、楽しそうに歌を歌っていた。
 次に会った人は、友達になろうと叫んでいた。
 その次に会った人は、同じように傷付けないと言い、その次の人は野盗を縛っていた。
 久し振りに人間相手に覚える感情が、全てを否定してしまいそうだった。

 少しばかり惑い始めてリーシャは突然高笑いを耳にした。
「フハハハ! この物件こそ、我が秘密結社のアジトにするのにふさわしい!」
「ここが私と兄さんの新居になるんですね♪」
「ふ、2人とも……物件でも新居でもないですからっ」
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)ヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)の3人がポーズを決めながら、現れた。
 その唐突さにはリーシャは、あんぐりと開いた口が塞がらなかった。
「お、キミが噂の少女だね! 失礼する! 我が名は天才科学者ドクター・ハデス! この物件を貸してもらいたくてやってきた! ……あ、これはつまらないものですが。あと、こちらはここのオーナーに」
 そう言ってハデスはリーシャに、蒸しパンケーキと高級ワインをあげた。
「流石兄さん。素敵なプレゼントですね」
「いやいや、相手の女の子明らかに未成年ですからぁ〜」
「ハハハ、流石我がパートナー、ヘスティア・ウルカヌスだ! 突っ込みの鋭さに恐れ参った!」
「まあ、ヘスティアさんは兄さんを狙ってッ!? 新たな三角関係ですか?」
「エエエッ!?」
「ええっ、新婚だなんて、そんなっ。私たちは兄妹で、そんな関係じゃありませんっ」
「エエエッ、いきなり何でそんな話が飛び飛びにっ」
 もはや、リーシャは置いてきぼりである。
 それはそうと、この蒸しパンケーキは私のだろうか――。
 ならば、後でベルと2人で食べよう――。
 そんなリーシャをおかまいなしに、ドクターは話を続ける。
「ああ、そんなに警戒しなくて結構。我々が借りたいのは入口近くのフロアだけだ。迷宮の奥で、キミとオーナーが暮らすのを邪魔するつもりはない。むしろ、押し売りや新聞の勧誘などが来たら、我々秘密結社オリュンポスが、責任をもって追い返そう。さあ、予行演習を見せてやれ」
「まあ、また兄さんをイケナイ、ピンク色の場所へ連れて行こうとするんですね。兄さんは私一筋で毎日愛を確かめ合っているんです! だ・か・ら、結構ですっ」
「ええええっ、全然押し売りと新聞の勧誘お断りになってません。それじゃあ後輩が先輩を飲みに誘っているだけですっ」
「という感じです」
 と、咲耶がリーシャの手を取ったが、当のリーシャは目を白黒させていた。
(うふふ。この子と仲良くなれば、家賃を安くしてくれるかもっ。そしたら私は、兄さんの良妻賢母、です)
「はわわ、咲耶様が、『うふふ、仲良くなれば、家賃が安くなるはずです。そうすれば私は良妻賢母です』というようなオーラを纏ってるですっ」
「ええと……」
 リーシャはどうすればいいかわからず、とりあえず頭を下げて言った。
「人間は嫌いなので、お引き取り下さい……」
「オーマイガッ! では、新しい物件を探しにいくとするかっ」
 と、笑いながらドクター達は帰路についた。