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手の届く果て

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手の届く果て

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★4章



 ――リーシャ……誰を連れてくるの……?
 ――リーシャ……わたしをどうするの……?
 底知れぬ迷宮の籠の中、ベルティオールの調合書――ベルは、不安に震えていた。
 暫定最下層――第五階層に目的のモノはあった。



 ――迷宮内・第五階層――



 第四階層から三度隠し扉を抜けた先、短い螺旋階段を抜け、リーシャを先頭に契約者が集団でついていった。

「すっごぉ〜い」
「本当だ……」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とそのパートナーコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は、その書庫の広さと本の多さに驚きの声を上げた。
「ねぇねぇ、リーちゃん! どれがベルティオールの調合書なの!?」
「リーちゃん……私?」
「そうだよ! リーシャだからリーちゃん! だめ?」
「あんまり……好きじゃない……」
「そっかぁ……」
「それに、ここにベルは……いない……」
「そんなッ!?」
 そのリーシャの言葉にコハクが声を上げた。
 優しいコハクはようやく、獣人を助けられる熱病対策――ベルティオールの調合書を手に入れられると思っていたので、その言葉に心底驚き、悲しんだ。
「ようやく、ようやく獣人達を救えると思ったのに……そんなのって……」
 そのコハクの様子にリーシャは内心焦った。
 どう伝えればいいのだろうか。
「ここにはベルはいない……ここには……」
 そう言ってリーシャは並ぶ本棚を指差した。
「アッ……ごめん」
 それが何を意味したのかコハクはわかったようで素直に謝った。
 ただ単に言葉のあや――リーシャの言葉足らずだったのだ。
「リーちゃ……リーシャちゃん、ごめんね。私もコハクもようやく治療できるって思って嬉しかったから。それにコハクはね、優しいんだよ! きっとリーシャちゃんもわかるよ」
「……そう」
「あ、リーシャちゃんも優しいよ!」
「……? どうして?」
「だって、ベルちゃんを守ろうとしてたんでしょ? それに私達に守ろうとしてたベルちゃんを紹介してくれるんだもん! リーシャちゃんも獣人を助けたい、優しい子だよ!」
 その屈託のない笑顔に、リーシャはどう応えていいかわからない。
「リーシャちゃん、あの本は何? あ、あっちの本は!?」
 飛び回るような美羽にリーシャは恥ずかしさを堪えながら言った。
「……ん……いよ……」
「ん? なになに!? 聞こえなかった?」
「リーちゃんで……いいよ……」
 それが堪らなく心の距離が近づいた証拠のように思えて、美羽はリーシャに抱きついたのだった。



「こっちじゃ、こっち――っ」
 まるで蚊の音のような小さな声で、契約者集団の最後方にいた禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)が、パートナーである佐野 和輝(さの・かずき)アニス・パラス(あにす・ぱらす)に、前方集団とは違う本棚の間を指差した。
「アニス、こっちに凄い魔法使いの本があるのではなかろうか」
「おおお〜、れっつらごー」
「はぁ……ッ」
 ノリノリなアニスとダンタリオンを見て、和輝は思わず小さな溜息を漏らした。
 ――おかしい、俺達は救援目的でここにきたはずだ。
 ――これじゃあまるで盗賊と変わらないじゃないか。
 ――いや、しかし……まあ、ねぇ……。
 ――ここの様々な本に興味をそそられないってのもおかしな話だし、まあ、少しだけ。
 気づくと和輝も、思考が本寄りに移っていた。
 そうして和輝達は本体とは逸れ、趣味の世界へと飛び込んで行った。
「目移りしてしまう」
 ダンタリオンの言葉はもっともで、そこには医療、魔法、技術、研究――と様々な本が乱立していた。
 図書館のように規則的に並んでいないのがまた、興味を刺激するというものだ。
「リオンリオン、魔法の勉強勉強しよ! たくさん魔法を覚えて、和輝の役に立とう!」
「嬉しいことを言ってくれる」
 そう言う和輝は、既に歴史の銃カタログのようなものを手に取り、ホクホク顔で見ていた。
「ふむ……アニスに丁度いい魔法の書か……。おお、これなんてどうであろう」
 ダンタリオンはシンプリケーション・オブ・スクエア――即ち魔方陣の簡略化についての本を手に取り、地面に広げた。
「魔方陣、詠唱、使用する道具、どれも欠けてはならぬ要素であろう? 今はそのうちの魔方陣の簡略化について学ぶと良い。ふむ……この共存する魔方陣の簡略化のパターンをまずは見つけてみるとよい。地面に書きながらでも探してみたらよかろう」
「はーい、リオン先生ッ!」
「さてと……私は何を……」
 ダンタリオンは浮かれる気持ちを抑えきれず、早口にアニスに宿題を出し、本棚を物色し始めた。
「おお……あれは絶版になった本ではないか。おお……こちらにも……おお……」
 ダンタリオンは一冊、また一冊と本を山積みにした。
「うおっ! リオン、何をしている!?」
 そのあまりの山積みされた本――もはやタワーと呼ぶに相応しいほど――に和輝は思わず声を上げた。
「どうも良き本が多くて、困ったものだ」
「……全くだ……。せっかくだから泊まれないか検討してみよう」
「おお、それは良い案だ」
 2人はニヤニヤと笑みを浮かべて、笑ったのだった。