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ここはパラ実プリズン~大脱走!!~

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ここはパラ実プリズン~大脱走!!~

リアクション

   4

 昼から出勤した鷹村 真一郎と松本 可奈が、受刑者たちを連れて廃墟の片付けに出かけるのを、ルカルカ・ルーは上の窓から眺めていた。
 ロイ・グラードがつるはしをためつすがめつしており、可奈が早く他の受刑者の後についていくよう、せっついている。
 真一郎がふとこちらを見上げたような気がして、ルカルカは小さく手を振った。それだけで、自分の顔がにやけているのが分かる。
「先生〜」
 背中に声をかけられ、ルカルカはハッとする。頬を手の平で叩き、にやけた顔を直すと振り返った。
「これ、何すんの?」
 ガートルード・ハーレックに配ってもらったケミカルライトを、女子受刑者たちは不思議そうに眺めている。
「コンサートとかで使うでしょ。こうやって」
 ルカルカは袋に入ったまま、ケミカルライトを大きく振った。
「ああ、あれ」
 一人が袋を開けようとするのを、ルカルカは慌てて止めた。
「それ、五分しか光らないから!」
「たった?」
「その代わり、普通のケミカルライトより強烈に発光するの」
 米軍でも使用されている代物である。ルカルカは胸を張った。
「ふ〜ん。で、これ、どうするの?」
「レクリエーション用。今度、ミニコンサートを開こうと思って」
「……」
 受刑者たちが顔を見合わせた。
「音楽が得意なコとか、いるでしょ?」
「まあ……」
「それで楽しめればな、って」
 受刑者たちは苦笑する。
「先生って、本当、変わってるよねェ」
「そう?」
「あたしらを楽しませることばかり考えてる。何だか、悪いことするの馬鹿馬鹿しくなっちまう」
「でも外に出ると、同じことするけどサ」
「どうして?」
 ルカルカに尋ねられ、その少女は小首を傾げてこう答えた。見たところ、可愛らしい少女だが、美人局をやって捕まったらしかった。
「悪いことしてるんじゃなくてサ、面倒なコトしたくないから、楽にしてたらそうなっちゃっただけ」
「でも――」
 ルカルカが更に口を開こうとしたとき、ガタンと音がした。振り返ると、アリア・セレスティが床に倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
 ガートルードが駆け寄り、抱き起こす。アリアは血の気のない白い顔で、ぴくりとも動かなかった。ケミカルライトが転がり、ガートルードはそれを拾うと自分のポケットに突っ込んだ。
「気を失っています」
「大変。医務室へ連れて行ってくれる?」
「分かりました」
 ガートルードは大きな身長を生かして、ひょいとアリアを抱き上げた。
 二人が出て行くのを見送って、美人局で捕まった少女が口を尖らせた。
「放っておけばいいのに。あの女、ちょっと可愛いからってサ、すぐ同情買うようなことすんだよ」
 ルカルカが顔をしかめた。
「賭けてもいいよ。あいつ、いつか脱獄するって」
「脱獄なんて意味ないよ。ここは荒野だし、町まで超遠いよ。もし飛行魔法使ってもバテちゃうよ。お水やゴハンどうするの? 夜は寒いし、遭難しちゃうだけよ?」
 あまりに真剣な表情に、受刑者たちはやはりクスクスと笑った。
「やっぱり先生、変わってるよね」
「どこが?」
 その答えは、クスクス笑いで返された。


 ガートルードは医務室を出た後、ポケットに入れっぱなしのケミカルライトに気が付いた。アリアに返そうと戻りかけたが、どの道彼女はしばらく使えない。在庫も余っていたことだし、アリアにはそちらを渡せばいいだろう。
 どんな風に光るんだろう?
 ガートルードは、ほとんど使われていない部屋に入った。スイッチを入れなければ、真っ暗だ。そこで誰もいないことを確認すると、ケミカルライトを折ってみた。パアッとピンク色の光が部屋を照らす。
 あまりに眩しくて、明かりが部屋の外まで漏れているのが分かった。
「どどどど、どうしよう!?」
 ケミカルライトを持ったまま右往左往し、制服の下にそれを突っ込むと床に伏せ、早く五分経つようひたすら祈るのだった。


 昨夜の内に厨房でちょろまかしたマッチをポケットから出し、口に咥えた煙草に火をつけた。ふう、と煙を吐き出したところで、
「高崎悠司!!」
 怒鳴られて、悠司はそれを噴き出した。
「せせせ、先生!」
 叶 白竜だ。
「何をしているんです?」
「あー、ちょっと休憩?」
 白竜は周囲を見渡した。悠司は建物周辺の掃き掃除を命じられており、箒が塀に立てかけられていた。落ち葉は一応、一ヶ所に集められている。
「誰が休んでいいと?」
 白竜はじろりと悠司を睨んだ。
「そんなこと言ったって人間なんだから、そりゃ一服――いや、一休みぐらいは、さ」
「君はそもそもサボり過ぎです」
「そういうこと言うかあ? それ利用して、俺にあれこれ手伝わせたのは、どこのどなた様ですっけね?」
「何のことです?」
 白竜は空っとぼけた。
 確かに悠司を利用して、アイザックたちに脱獄の意思があるかを確かめた。これは非公式の方法だ。
 犯罪行為でなければ、纏は黙認するだろう。だがジュリアに知られれば問題になる。とはいえ、それを証明するのは悠司の言葉しかなかった。唯一の物的証拠である煙草は、今消えた。それについて言い立てたところで、不利なのは悠司だ。
「汚えな」
 白竜は悠司の肘を掴み、更にポケットに手を突っ込んでマッチを抜き取った。
「厨房から盗んだんですね」
「まあ、ちょっと」
「懲罰房行きです」
「おい、たかがそれぐらいで」
「たかが? 十分ですよ」
「……くそ。それが狙いかよ」
「あなた方に脱獄されると、私が困るのでね。明後日まで、大人しくしていてもらいましょう」
 アイザックたちに接触した以上、悠司が影響を受けている可能性はある。怪しげな行動を取っていることもあり、隔離しておく方が安全だと白竜は考えた。
 ぶつくさ言いながら悠司が連れて行かれた後、南 鮪がその場にやってきた。
「何だァ? 誰もいねェじゃねェか!」
 落ち葉を入れる大きな袋を取りに行かされていたのだが、戻ってみれば一人きり。いくら愛する南門所長のためと言え、こんなクソ面白くない仕事を一人でやる気にはなれなかった。
「クソッつまんねーぜ!」
 地面を踵で蹴るように抉った鮪は、その穴のすぐ傍に煙草が落ちているのに気付いた。
「おお!」
 見れば、まだ火がついている。煙草を見かけたら吸うのはパラ実生として――正式には波羅蜜多実業空京大分校生徒だが――ごく自然な行動だ。ひょいと拾ってぱくりと咥えたが、すぐさま吐き出してしまった。
「まじぃ〜!!」
 シケモクだから当然だ。
「チッ。っとに面白くねェ。こうなりゃ南門に俺流の愛をくれてやるぜ! まずはここを出なくちゃな!」
 テンション高く笑いながら門へと向かった鮪の背後の落ち葉から、うっすらと煙が上がったことを本人は知る由もなかった。


 鍬を手に、屋良 黎明華はぶつぶつ呟いていた。
「おかしいのだ。花の乙女が、どうして土まみれにならないといけないのだ」
 スクリミール・ミュルミドーン(すくりみーる・みゅるみどーん)がついと目をやった。
「入浴したいんでしょう、あなた」
「そうなのだ!」
「だったら、作業すれば入れるわよ。汚れたら入浴と言うのが決まりだから」
「う〜。嬉しいのか嬉しくないのかよく分からないのだ。でも、お風呂は嬉しいのだ」
 黎明華はざっくざっくと畑を耕し、その後をフィーア・四条が種芋を持って植えていく。
 フィーアとしては温室を作ってさつまいもを作りたかったのだが、「芋」「芋」と言うものだから、じゃがいもと勘違いされたのだった。それでも、秋植えに相応しい種芋を探してきたのだから、スクリミールとしては感謝してほしいところだ。
 スクリミールは、ブルタ・バルチャのパートナーだ。普段は職員として事務職に携わっているが、花妖精なので所内の草木の世話は彼女が一手に引き受けていた。新しく何か植えると聞いて薔薇を希望していたのに、なぜか芋である。それはもう、不満があった。
 ちなみに芋づくりが許可されたのは、体を動かせば脱走する気もなくなるだろう、という考えがあるのだが、フィーアは没収された黄金色の菓子が効力を発揮したと思っている。
「あのう、ズボンを……」
 八塚 くららが恐る恐るといった体で声をかけたが、フィーアは無視をした。くららはこの仕事を放り出したくなっていた。
 スクリミールは傍らの木に手を当て、目を閉じた。さわ、さわ、さわ……葉っぱが風に揺れ、話をしているかのようだ。いや現に、スクリミールには言葉として聞こえていた。
『煙草を吸っている人がいるよ……』
『煙がこっちに来るよ……』
 木が嫌がっているのが分かった。
「誰よ、まったく」
 スクリミールは目を吊り上げて、舌打ちした。