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ここはパラ実プリズン~大脱走!!~

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ここはパラ実プリズン~大脱走!!~

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   2

 季節が秋に移ろい始め、シャンバラ刑務所・新棟のある荒野の空気も朝と晩はぐっと冷えるようになってきた。
 看守としてはまだ新人のクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)セリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)は、前の日から警衛任務についていた。九時になれば下番して休みとなるべきところだが、クローラはそのまま仕事をするつもりでいる。
「休むべき時に休まないと、いざという時、動けないぞ」
 肩から爆発物探知機「シーカー」をかけ、食材トラックの内部の検査を終えたセリオスが言った。クローラの合図で、トラックが厨房へとゆっくり走っていく。
「今がその『いざ』という時だ」
 空京爆破犯アイザック・ストーン(あいざっく・すとーん)ウィリアム・ニコルソン(うぃりあむ・にこるそん)の身柄が本棟へ移送されるのは明後日――いや、夜が明けたから明日に迫っている。
 二人の有罪が確定してすぐ、クローラとセリオスは刑務所内の爆破物探索を行った。「シーカー」は、爆薬の揮発成分と、機晶石の固有振動数を利用してその存在を検知する両方の機能を持った優れものだ。
 だがそれ故に、単純明快な欠点もあった。
 機晶石も検知するということは、緊箍にも反応してしまうわけで、受刑者とすれ違う度にけたたましくビービーと音を立て続けた。
 反応の全てを調べることは出来ず、受刑者たちに嘲笑された上、爆発物の探索は失敗に終わった。それでも一定の効果はあったとクローラは思っている。
「何もなかったとなれば、脱獄を計画する者たちは油断するでしょう。ボロも出すかもしれません」
 探索前の会議で、クローラはそう訴えた。ジュリアが言った。
「失敗すれば、お前たちへの評価が下がるぞ」
「別に出世なんて考えちゃいません」
と、セリオスが答えた。
「我々や上層部のではない。受刑者からのだ」
「?」
「つまり、何かあっても、あんたたちに頼ったり話をしたり、ってのは見込めないってことだよ」
 纏がクローラとセリオスの顔を見ながら、そう言った。
「言い換えれば、侮られる」
「油断させられるでしょう」
「メリットとしてはね。だが、馬鹿にされたら看守は出来ないよ。まあ、その時は、しばらく看守の仕事を離れてもらおうか」
 そんなわけで、二人は一日おきに夜通しの警衛任務についていた。正直、セリオスは草臥れている。
 それでも、
「侮られたなら、見直させればいい。仕事でな」
 クローラの熱意を、どうにか成就させてやりたいと思うのだった。


 届けられた食材を見て、厨房のエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)は唖然とした。
 彼女の前にあるのは、丸々とした豚だった。普通、屠畜された豚は解体されるのだが、この豚は頭だけが切り落とされている。
「これは……」
 ――何かの間違いであろう、とエクスは思った。手違いで、解体されないまま、届いたのだ。
 しかし、見事な豚である。これと、冷凍庫に残った豚肉を使って何か料理が出来るだろうか、とエクスは素早く計算したが、すぐにかぶりを振った。
 生姜焼きはそもそも明日の予定である。メニューなど変更しても構わないが、今日だけは無理だった。
 冷暗所に吊るしてある大量の野兎が、いい感じに熟成してきている。緑色になった腹がその目印だ。後は皮を剥ぎ、内臓を抜き、ソースを作るために血抜きして――とエクスは段取りを考えた。
 朝食は他のスタッフに任せる。握り飯でも握っておけ、と言ってある。何しろ、睡蓮ですら目を回す作業だ。エクスが一人で行うしかない。
「さて、やるか」
 エクスは腕まくりをし、豚肉を冷凍室へ運ぶよう指示すると、自分は冷暗所へ嬉々として向かった。


 傍らに湯気の立つカップが置かれ、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は振り返った。
「ああ、すまない」
「何の何の」
 世 羅儀(せい・らぎ)が、自分もカップに口を付けながら立っていた。
「来てくれて助かってるんだ」
 何しろ、百を超えるモニターである。もちろん顔認識ソフトはあるが、リアルタイムの発見は、肉眼の方が速いこともある。しかしいかんせん、それにも限界がある。信頼できるスタッフが増えるのは、モニタールームの責任者としては歓迎すべきことだった。
 しかもダリルは有機コンピューターだの人間コンピューターだの呼ばれ、ついでに特技もコンピューターだったりするから、こんなに頼りになることはない。
 パートナーの叶 白竜(よう・ぱいろん)からは、「監視カメラを見たがる人物に警戒して後で報告しろ」と言われているが、さすがにダリルは問題ないだろうと羅儀は彼の隣にゆったり座った。
「あんたがいれば、オレは安心してお色気シーンを探せるよ」
 羅儀が笑いながら言うと、ダリルは僅かに眉を動かし、
「ああ、ルカか」
と頷いた。羅儀はぎょっとした。ダリルのパートナー、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)と恋人の真一郎は、仕事が終わるとあちこちでこっそり逢引をしていた。それを見るのが羅儀の楽しみの一つでもあったのだが、本人たちは知る由もない――はずだ。
 青ざめながら隣に目をやったが、ダリルは平然とモニターを見ている。
「……それ、知っているのか?」
「何がだ?」
「その――本人たちだよ」
「ルカか? 知らないだろうな」
「じゃ、あんたはどうして」
「所構わずイチャイチャしている二人だからな。別に推理するまでもない。――ああ、いっそ教えてやれば、少しは控えるかもしれないな」
「やめてくれ!」
 羅儀が慌てて両手を振ったときだった。
 ダリルの【ホークアイ】が、正面のカメラ映像に異変を捉えた。素早くズームし、羅儀もそのモニターに目をやった。
 砂煙が上がっている。それも段々、大きくなって――。


 パーラジツ、パララ、パーラジツ!
 騒音を撒き散らしながら、スパイクバイクに跨っているのは、
「俺様の名前を知ってるか! そう、俺様はモヒカンの中のモヒカン漢ゲブー様! とりあえず気に食わないから刑務所をぶっこわす! ケガしたくなきゃ逃げな! がはは!!」
 ――ゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)だった。
「真正面から襲ってくる者がいるとは……勇気があるな」
 クローラが呟いた。
「ただの馬鹿って気もするけどね」
 セリオスが如意棒を手にした。
 すると、
『二人とも、武器はいらない。こちらの言うとおりにしてくれ』
と、ダリルの声が無線機から聞こえてきた。
「武器を使うなって……」
と眉を寄せたセリオスも、ダリルの案を聞いてにやりとした。「面白そうだね」
 二人は同時に警衛所を飛び出すと、跳ね橋の下に身を潜ませた。堀にはピラニアが棲んでいるから、落ちないように気を付ける。
「パラ実には校舎がねぇ! つまり刑務所にも建物は不要だぜー! バイトだし俺様が破壊してやるっぜー!」
 爆音と騒音と共にピンクのモヒカンを棚引かせ、ゲブーが跳ね橋に差し掛かったその瞬間、クローラとセリオスがさっと腕を上げた。
 ピン、と張った「戦乱の絆」がスパイクバイクのタイヤに引っ掛かる。
「――お?」
 ゲブーの尻がふわりと浮いた。ハンドルを握る手は軽く添えてあっただけなので、あっと言う間に指が剥がれ、そのまま慣性の法則に従って、ゲブーの身体は前へと放り出された。
 ゲブーが敷地内へ落ちると同時にバイクは門へ激突し、跳ね返って堀へと滑って行った。
「いってぇ……誰だこのヤロー!?」
 尾てい骨やら背中やら腕やら首やら摩りながら、ゲブーは怒鳴った。その背後にクローラとセリオスが立った。
「……がはは! ちょっとTVで<モヒカン7>が始まるから今日のところはここまでにしてやるぜー!」
 すっくと立ち上がり、ゲブーは振り返った――その目の前で火花が散り、ばたりと引っ繰り返る。
「……やり過ぎたか?」
 クローラは機晶スタンガンと気絶したゲブーを見比べた。
「いや、いいんじゃないかな」
 セリオスがゲブーの波羅蜜多ツナギをめくり、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。何と、機晶爆弾が三つも出てきた。
「気絶ぐらいでちょうどよかったと思うよ」
「そうだな」
と、クローラも頷いた。