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ここはパラ実プリズン~大脱走!!~

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ここはパラ実プリズン~大脱走!!~

リアクション

   5

 ふっと目が覚めると、白い天井が視界に入った。ああ、またここに来ちゃったのかとアリア・セレスティは思った。
 何とか体を起こすと、「大丈夫ですか?」と声がかかった。柔らかい、耳に心地よい低音だ。
「……松島先生は?」
「お休みです。私はロビンソン。今日からしばらく、代理でここの主人ですよ。さあ、無理しないでもう少し寝ていなさい」
「でも……戻らないと叱られます」
「誰が? 体調の悪い人間を作業させるほど、ここは人間味のない刑務所なんですか? 私がちゃんと診断書を書いてあげますよ」
 久しくこんな優しい言葉をかけられたことがない。アリアの両目に涙が盛り上がり、それがぽろぽろと零れた。
「どうしました?」
 アリアはつっかえつっかえ、なぜここに来たのか、ここでどんな目に遭っているかをロビンソンに話した。
「……つまり、あなたは無実なんですね」
「よく分かりません……」
「あなたが罪だというなら、悪魔と契約している人は全員、ここに来なければいけません」
 ロビンソンは笑った。アリアを力づけようとするかのように。すっと彼の腕がアリアの首筋へ伸びた。
 アリアは思わず身を竦めた。何かされると思った。ほとんど条件反射のようなものだ。
 だが、小さくピピッと音がしたかと思うと、首にあった圧迫感が急に消えた。
「私は医者ですから、緊急時に備えて緊箍の解除方法を知っているんですよ」
「あの……?」
 アリアは戸惑いながらロビンソンを見上げた。
「私はちょっと、薬を取りに行ってきます。夕食時は患者が増えるそうなので。いいですか、ここを出たらいけませんよ」
 ロビンソンはにっこり微笑むと、音もなく立ち上がった。背の高い人だな、とアリアは思った。そして彼の消えたドアへ深々と頭を下げると、ベッドを降りた。


「よっと。おいお前」
 運動の準備で独房に戻っていた国頭 武尊は、声をかけられて振り返った。見かけた覚えのない男が立っている。
「ここを出たいか?」
「そりゃあ、まあな」
 緑色の長い髪、金の瞳、派手だがどことなくモテなさそう……いや、そもそも看守の制服も、オレンジの受刑者服も着ていない。
「誰だ?」
「誰でもいい。今すぐ助けてやっから、出な」
「出ろって……おい、看守は!?」
「看守ぅ? ああ、その辺で幻見て転がり回ってるかな」
 言いながら、ゲドー・ジャドウは扉を開け、武尊の首に手を当てた。そしていきなり【雷術】を使った。
「ぎゃああああ!」
「騒ぐな騒ぐな。どうせお前もこの刑務所でのんびりライフを満喫してた口だろ〜? これっぐらい、我慢しろってーの」
 過剰に流された電流でショートし、緊箍は呆気なく外れた。床に落ちたそれを、武尊は首を撫でながらびっくり眼で見つめたが、すぐに流れてくる焦げ臭い煙に息を飲んだ。
「何しやがった?」
「ん〜? 独房のマットレスは、ぺちゃんこのくせに結構燃えるんだわ、これが」
 ゲドーはマットレスへ手の平をかざした。【ファイアストーム】を発動しようとし――武尊に羽交い絞めにされた。
「おいおい?」
「させるかよ!」
「邪魔すんのか〜?」
「オレの早期出所のために大人しく捕まれ!」
「いい度胸じゃないの」
 ゲドーが武尊の頭に手を伸ばしたその時、音もなく影が現れ、ゲドーの側頭部を打った。
 ゲドーと武尊は独房の壁に、叩きつけられた。が、同時に【雷術】が発動、武尊は意識を失う。
「誰だぁ!?」
 むくりと起き上がったゲドーの前に、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が立っていた。ハイパーガントレットをつけた手の甲をゲドーに向け、くい、と誘うような仕草をする。
「やれやれ。一番手薄になる昼間を狙うとはな」
 夜は受刑者が一ヶ所に集まる。人員増強をした分、実は警備は楽なのだ。だが、昼間は看守も受刑者もあちこちに散らばっている。隙が多い。お天道様の下で悪事を働くのは、大抵の人間にとって躊躇いがあるものだが、ゲドーは違った。
「ほぉ〜? 忍者だけあって、気配とかないのね。でも言っとくけど、俺様、強いよ? 覚悟できてる?」
  ゲドーは五芒星の描かれた舌をべろりと出した。
  その時、火事を知らせるサイレンが所内に鳴り響いた――。


「火元はどこだ!?」
 目の前のモニターを切り替えながら、世 羅儀が怒鳴った。
 ダリル・ガイザックは、【ホークアイ】と【ゴッドスピード】を発動し、全てのモニターを同時に見る。それを頭の中で素早く整理し、画像として処理していく。
「あった!」
 先に見つけたのは羅儀だ。
「建物脇――くそ、燃え広がっているぞ!」
「こちらもだ! 特別房、懲罰房から火が! 独房にも広がっている!」
 二人の指示で、消火器を持った看守が火元へ駆けていく。
 しかしモニターの中、受刑者たちは建物から避難しようと出口へ殺到していた。


「消火設備は?」
 クレア・シュミットが尋ねた。
「スプリンクラーが動いています。しかし――」
 ジュリアの歯切れが悪い。「どうやら、一部、破壊されているようです」
「破壊? 整備不良ではなく?」
「ありえません!」
 ジュリアは言下に否定した。設備の点検は定期的に行っている。
 人為的に破壊されている、とモニタールームから報告が上がっている。
 火元は三ヶ所以上と思われるが、逃げた受刑者が更に火をつけ、燃え広がっている。既に受刑者のほとんどが建物から逃げ出しているが、外にも火元がある以上、その人数全てを敷地内に留めておくことは難しかった。
「門を開け」
 纏の言葉に、ジュリアとクレアはぎょっとした。
「いけません、所長!」
「受刑者を逃がすつもりですか?」
「このままでは、怪我人どころか死人が出るかもしれない」
「しかし、もし逃亡したら!」
「草の根分けても探し出すさ」
「……それが出来なかったとき、どうなるかは承知の上、ということですね?」
 クレアは、いっそ冷ややかとも言える目で纏を見た。纏はにっと笑った。
「もちろん!」
「……ならば、言うことはありません。ハンス」
「はい、クレア様」
「怪我人が出るだろう。ロビンソン先生を手伝ってやれ」
「承知しました」
 ハンス・ティーレマンがジュリアと共に所長室を飛び出していく。
「――さて。気合を入れますか」
 ポケットから取り出した輪ゴムで長い髪を手早くまとめ、纏は所長室にあるマイクの前に立った。


『全員、落ち着け!!』
 建物とその周辺に、纏の声が響いた。
『あたしは所長の南門纏だ。いいか、今から正門を開ける。所員だけでなく、受刑者も全員、避難しろ』
 看守たちの間にざわめきが広がった。そんなことをすれば、逃げ出す者が必ず出てくる。
『だがいいか、火が消えたら必ず戻ってこい。緊箍がある以上、どこへ逃げても無駄だ。逃げた分、罪が重くなると思え』
 御託はいいから早く開けろ、と怒鳴る声が外から聞こえた。纏は続けた。
『なお、看守は最後まで留まり、全員避難させること。一人の死者も出すな。以上だ!』