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いけないご主人様・お嬢様をねじ伏せろ!

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第四章 千客万来・メイド喫茶 7

「頼む! 知り合いのあなただけが頼りなんだ!」
 レミリア・スウェッソン(れみりあ・すうぇっそん)にそう頼み込まれて、雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は小さくため息をついた。
「何となく厄介事に巻き込まれそうだから呼び込みに回ってたんだけど……仕方ないわね」

 ことの起こりは、レミリアのパートナーである南部 豊和(なんぶ・とよかず)のこのつぶやきであった。
「メイド喫茶って名前は良く聞くんですけど、どんな場所か知らないんですよね。一度でいいから行ってみたいなぁ」
「それなら、行ってみるか? ちょうどネオ秋葉原なるものができたようだしな」
 豊和の様子に、つい安請け合いしてしまったレミリア。
 とはいえ、それだけならまだよかったのだが。
「え、でも僕初めてですし、ちゃんとできるか不安で……」
 不安そうな豊和を安心させるべく、とんでもない口からでまかせを言ってしまったのである。
「私に任せろ。東は秋葉原、西は日本橋までメイド喫茶を制覇した女だぞ?」
 もちろん、実際にはレミリアもメイド喫茶など行ったことはない。
「すごいですね! メジャーどころしか行ってないような気もしますけど!」
 豊和は正直な感想を言っただけで、素直に感動しているのだ。
 決して全部承知の上でツッコミを入れているわけではない、念のため。
 ともあれ、そんなことを言ってしまった手前、うかつなことをして豊和に恥をかかせるわけにはいかない。
 大慌てでネットなどの情報をあたり、大まかな知識は得られたはずなのだが……やはり、不安は少なからずある。
 どうしたものかと思っていたところで、呼び込みをしていた雅羅を見つけたのは、レミリアにとってはまさに天の助けであった。
 先に豊和を店内に入れ、かなり必死に頼み込み……無事に、雅羅に接客を担当してもらえることになったのであった。

「わぁ……」
 いろいろなメイド服に身を包んだ美女・美少女が忙しく行き来する光景に緊張を隠せない豊和。
「お帰りなさいませ、ご主人様。こちらへどうぞ」
 雅羅に案内されて席に着いても、相変わらずガチガチのままである。
「お食事はいかがなさいますか?」
「えっ?」
 さっそくどうしていいかわからず、助けを求めるようにレミリアを見る。
「豊和、こういう店ではコーヒーとオムレツを頼むものだ」
 ネットで調べたうろ覚えの知識なのだが、それを悟られるわけにはいかない。
 自信たっぷりにそう言うと、豊和は納得したように頷き、言われた通りに注文する。
「あの、コーヒーとオムレツをお願いします」
「私も同じものを頼む」
「かしこまりました」
 とりあえず注文が終わり、ほっと一息つく豊和。
 その向かいで、レミリアも同じくらい、あるいはそれ以上に安堵していた。
 もっとも、それを表に出すわけにはいかないので、あくまで平静を装ってはいたが。

 と、ちょうどその時。
「なんでこんな格好を……」
「秋葉原の文化を語るなら、秋葉原の民族衣装を着ないとね」
 チェックのシャツにジーンズ、アニメ柄の紙袋にパンパンのリュックサックという、今さら珍しいくらいガチガチのオタク・ファッションに身を包んだ少年と、ゴスロリ・ファッションとサングラス姿の女性の二人組が来店していた。
 想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)である。
 この二人のお目当ては……もちろん、雅羅であった。
 そして、ちょうどそんな二人の視界に、豊和たちからオーダーをとって戻る途中の雅羅の姿が映った。
「雅羅ちゃん、こんにちは」
 名指しで挨拶されては、いくら仕事中とはいえ足を止めないわけにはいかない。
「ああ、瑠兎子。今……」
 忙しいからまた後で、と続けたかったのだが、それを遮って瑠兎子が再び口を開く。
「あらあら。ここでは瑠兎子『お嬢様』じゃなくて? まだまだ未熟なメイドさんのようねぇ」
 この時点で地雷踏んだ感アリアリなのだが、だからといって逃げるわけにもいかない。
「でも安心して。このワタシが、メイド喫茶に相応しいメイドに躾けてあげるから」
 大きなお世話もいいところだとか、やっぱり呼び込みに徹して接客に回るんじゃなかったとか、嫌な予感の正体はこれだったのかとか、そんな思いが頭の中を渦巻く。
「日本の秋葉原でメイド喫茶を知り、雅羅ちゃんについても人一倍分かっているワタシ達なら、普段の雅羅ちゃんとメイドの雅羅ちゃんを比較して、その店の質を知ることもできる……」
 二倍ジャンプして三倍回転を加えればパワー六倍、みたいな理論であるが、言ってる方は自分の理論に酔っているのだからそんな指摘は通用しない。
「今日のワタシはメイド喫茶のメイド・トレーナーとして来たの! ここのメイド代表として、雅羅ちゃん、貴女を指名するわ! ワタシのテストについてきなさい!」
 そう言ってびしっと雅羅を指差す瑠兎子に、雅羅はきっぱりこう言った。
「あ、ごめん。今、先約あるから」
 何という的確なカウンター。並の相手ならこれで気勢をそぐことも可能だっただろう。
 しかし今回は相手が悪かった、パワー六倍の上、義姉弟で二人いるからさらに二倍、ツッコミのパワーを上回る1200万パワーなのである。何がかは不明だが。
「甘いわね! 同時にお客様の二組くらい対応できなくてどうするの!」
「ええっ!?」
「そちらはそちら、こちらはこちらで対応なさい!!」
 無理が通れば道理引っ込む。この無茶振りにはさすがに雅羅も返す言葉を失い、慌てて助けを求めるように周囲を見回すが、瑠兎子たちの目当てが雅羅なのはどう見ても明らかだし、そうでなかったとしても進んで関わりあいになりたい相手ではない。
「……あの、もしよかったら向こうのテーブル代わ」
「大丈夫両方私がやる」
 見当外れの助け船をきっぱりとシャットアウトすると、雅羅はとぼとぼとキッチンへオーダーを伝えに向かったのだった。

「お待たせしました、ご主人様、お嬢様」
 豊和とレミリアのところに、雅羅がコーヒーとオムレツを運んでくる。
「ご主人様、ミルクはお入れしますか?」
 雅羅の問いかけに、豊和は緊張したままこう答えた。
「あ、いえ、自分で入れます」
「えっ」
「あっ」
「……えっ?」
 一瞬、辺りの空気が凍りつく。
 ……が、とりあえず気を取り直して。
「オムライス、ケチャップで何をお書きいたしましょうか?」
 その問いかけにも、相変わらず緊張したままこう答えてしまう。
「あ、普通にかけてください」
「えっ」
「あっ」
「……えっ?」
 再び、辺りの空気が凍りつく。何というコテコテの天丼。
「そ、それではまた何かありましたらお呼びください……」
 むしろなくてもときどきお呼びください、と言いたいのをぐっと飲み込んで、雅羅が去って行く。
 後に残されたのは、何が何だかわからずきょとんとしている豊和と、額を押さえるレミリア。
「あの、レミリアさん……?」
 豊和がおそるおそる尋ねると、レミリアはようやく口を開いた。
「すまない、豊和。先に言っておくべきだった」
 改めて書くまでもなく、ミルクはメイドさんに入れてもらってまぜまぜまでしてもらうのが正解、オムレツにはケチャップで好きな絵か、対応できるメイドさんなら文字なんかを書いてもらうのが正解である。
 そのことをレミリアに教えられて、豊和は恥ずかしさのあまりしゅんとした様子でため息をついた。
「うう……不勉強が身に染みます……」