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いけないご主人様・お嬢様をねじ伏せろ!

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いけないご主人様・お嬢様をねじ伏せろ!

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第四章 千客万来・メイド喫茶 8

 さて、そんな様子をこっそり見て、というか撮影していた瑠兎子。
「ふふふ、メイド喫茶はメイドさんだけでなく、ご主人様の側もプロでなくてはねぇ?」
「ねぇ、って、オレに同意を求められても」
 すっかり暴走状態の瑠兎子に、すでに夢悠すらタジタジである。
 そこへ、雅羅が注文された二人分のオムライスとアイスティーを運んでくる。
「お待たせいたしました、ご主人様、お嬢様」
 それを見て、瑠兎子の目がギラリと輝く。
「ではさっそくテストをはじめるわ! まずは『らヴ込めサービス』から!」
「ら、『らヴ込めサービス』……?」
 すでに逃げ腰の雅羅に、瑠兎子が熱く説明する。
「オムライスへお客様の名前を平仮名で、ハートマーク付きで可愛くケチャップで文字を入れ、『らヴちゅ〜にゅう☆』と言いながら、両手で作ったハートマークをオムライスへ向ける!」
「そ、そこまで!?」
「いいから、さあ、さあ!」
 ギラギラした目で迫る瑠兎子と、特に強制はしないながらも期待に満ちた目で見つめる夢悠。
「……わかりました、やらせていただきます」
 内心で頭を抱えつつ、「るうね」の文字を入れ、ハートマークをつける。
「ゆめちか」となると一文字増える分やや難しいが、これもどうにか読める範囲でうまくまとめた。
「えーと……ら、らヴちゅ〜にゅう……」
 顔から火が出そうになりつつもどうにかこなす雅羅。
 しかし、これはテストの1つめに過ぎなかった。
「テスト2! ドリンクにストローを二つさし、先にメイドが『お毒見しまーす』とストローで少し飲み、『美味しいですよ』と客を誘って数秒間二人で飲む『お毒見サービス』!」
「えええっ!?」
 そのためにホットではなくストローを使うアイスティーであるから、当然逃がすはずがない。
 結局これも半ば無理矢理つき合わせ、さらに要望はエスカレートする。
「テスト3! 『ご主人様ORお嬢様への愛でお腹いっぱいです』と、お腹に詰め物をしてくる『ご懐妊サービス』!」
 ……と、瑠兎子がそんな無茶振り・オブ・無茶振りをかましたとき。
「……そんなの、どこのメイド喫茶でやってるのよ」
 とうとう我慢しかねて割って入ってきたのは、メイド喫茶のオーナーでもある理沙だった。
「そもそも、可能なサービスの範囲はお店によってもメイドちゃんによっても様々! それを自分の基準で押しつけるべきではないわ! そもそもほとんどのメイド喫茶で無許可の撮影は禁止よ!」
 いやはや、全くの正論であります。
 当然その隙に雅羅はそそくさとテーブルを離れ、後は理沙がメイド喫茶の何たるかを語る大☆説教祭となったのであった。
 もちろん瑠兎子のご乱行を知っている他のメイドたちが助け船を出すはずもなく、頃合いを見計らってセレスティアが止めるまでそれが続いたことは言うまでもない。

 そうして難を逃れた雅羅が最初にしたのは、豊和とレミリアの様子を見に行くことだった。
 そうとう気まずい雰囲気になっていたので、どうなっているかと心配していたのだが、不思議と二人とも穏やかな表情を浮かべていた。
「ご主人様、お嬢様、何かございましたらお申しつけください」
 雅羅がそう言うと、豊和は少し考えてから、目一杯の笑顔でこう言った。
「いえ、特に注文はありませんが……その、ありがとうございました」
「どういたしまして」
 その笑顔に、雅羅もなぜだか救われたような気分になるのだった。

「……ふむ」
 次に来店したのは、やや場違いな感じの気難しそうな中年の紳士だった。
 そのどこか値踏みするような視線と、どことなく不穏な空気に、皆の足が止まる。
 そんな中、彼の接客を買って出たのが小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だった。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
 彼の纏っている異質な空気に気づいていながら、いや、気づいているからこそ、とびきりの笑顔で誠実に応対する。
「……ああ」
 紳士は相変わらず無愛想ではあったが、心なしかその表情が少し緩んだようにも見えた。

 コートを受け取ってハンガーにかけ、テーブルへと案内する。
「お食事はいかがなさいますか?」
 笑顔のままで尋ねる美羽に、紳士は少し考えてからこう答える。
「軽食と紅茶を。細かい内容は君にお任せするよ」
 相変わらずあまり表情を変えないこの男は、厄介な客には違いない。
 けれども、少なくともはっきりした敵意があるようには思えなかった。
 かといって、好意があるというわけでもない。
 ただ、寂しそうな人だな、と美羽は思った。
 そして、この人を笑顔にしてみたいな、とも。

 さて、こうしてお客さんが増えてくると、ますますホールのメイドさんの数が足りなくなってくる……という口実が成り立つ。
 その口実に飛びついたのは、他でもないレラージュ・サルタガナス(れら・るなす)であった。
「紫翠様、これに着替えてホールに回ってくださいません?」
 その言葉とともに差し出されたミニ丈の和風メイド服に、神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)は困惑した表情を浮かべた。
「あの……自分、調理担当なんですけど……」
「お客様が入りすぎて、ホールのメイドが足りないのですわ」
 その言葉に、同じく調理を担当していたベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が反応する。
「紫翠さん、こちらは私たちだけで大丈夫ですから、行ってあげてください」
 素直で真面目な彼女には、レラージュの思惑がどこにあるかなどもちろんわからない。
 ただ、忙しい方に人を回してほしいという一心で言ったことなのだが、結果的にこれが紫翠の逃げ道を塞ぐ形になる。
「さ、ベアトリーチェさんもそう仰っていることですし、早く」
「……仕方ありませんね」
 結局、そのまま押し切られてしまう紫翠。
 ちなみに「だったらベアトリーチェがホールに出ればいいんじゃ」というのは、ベアトリーチェの卓越した料理技術と、接客に向かない恥ずかしがりやな性格を考えれば無理な相談である。
 オムライスやパフェといった定番メニューの質が高い水準を維持できているのは、なんといっても腕のいい料理人である彼女の働きによるところが大きいのだから。

 というわけで、例によって例のごとく女装させられてホールに出されてしまう紫翠。
「あの、でも……これ丈短いし……それに視線も痛いんですけど」
 真っ赤になって恥ずかしがる紫翠に、レラージュは嬉しそうに言う。
「視線は、美人ですから見るのです。やっぱりよくお似合いですわ。メイド服」
 ちなみに当のレラージュは長袖にロングスカートのクラシカルなメイド服であり、紫翠のものと比べるとだいぶ露出度的には下である。
「……はぁ」
 ともあれ、もはやこれ以上何を言ってもムダであろうと考え、そのまま接客に移る紫翠。
 メイド服は不本意ではあるものの、接客自体は経験者であるため、なんだかんだで無難にこなして行く辺りはさすがである。
 むしろ危なっかしいのは接客経験に乏しいレラージュの方であるが、問題となるのは料理や紅茶を運ぶ際の手つきくらいで、客あしらいなどはむしろ上手い方と言えた。
 そして何より、平均(外見)年齢の低い中にあって、癒し系の紫翠と妖艶なレラージュという方向性の違いはあれど、そういった「大人の魅力」はまた貴重だったのである。