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【重層世界のフェアリーテイル】夕陽のコントラクター(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】夕陽のコントラクター(前編)

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第4章

 酒場から飛び出したはいいものの、雅羅・サンダースは何もジャンゴのアジトのありかを知っているわけではない。
 とにかく、ダウンタウンの方角に向けて走り出す。悪党らしきものが襲ってくるなら返り討ちにしてやれ、という算段だ。
「待って!」
 勢いこんでいる雅羅に、背後から声がかけられる。想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)が、どこで用意したものか、西部開拓時代にあわせた服を着て立っている。
「……止めるつもり? 言っておくけど、何を言われようと、私はやめないわよ」
 髪をかき上げ、雅羅が告げる。
「そんな。でも、あんな悪党の所に行ったら、雅羅ちゃん殺されちゃうよ!」
「……って、雰囲気に浸るつもりで来たんじゃないわよ」
 想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)が、いきなり展開に飲まれそうになっている夢悠の頭をこつんと叩いた。こちらは、花飾りつきの帽子まで用意している。
「……う。で、出たわね」
 なぜか身構えてしまう雅羅に、瑠兎子はにっこりと笑みを向ける。
「安心して。今日は雅羅ちゃんもシリアスだから、触ったり触らせたりしに来たわけじゃないのよ」
「……だったら、どういうつもりよ」
 身構えっぱなしの雅羅が問うと、瑠兎子は笑顔のままにじり寄る。
「郷に入っては郷に従えと言うとおり、雅羅ちゃんにもしたがってもらうわよ!」
 がばっ! なりふり構わず、瑠兎子は雅羅に飛びついた!
「きゃあああっ!」
 雅羅の悲鳴が、町の一角に響き渡った。


 しばらくして……
「……ま、まあ、なかなか悪くないわね」
「でしょ? さすが、サイズもぴったりね」
 両手を合わせて、瑠兎子がほほえむ。雅羅は今や、制服から、ハットにベストとジーンズ、チャップスにブーツ。保安官スタイルだ。さすがに、紛らわしいのでバッジはつけていないが。
「さあ、行きましょう! ワタシも一緒に戦うわよ!」
「ご、ごめん。なんていうか、お姉ちゃんが盛り上がっちゃって」
「まあ……いいわよ。ただし、私の脚を引っ張らないでよね」
 どうやら、衣装に関して、雅羅はそれなりに乗り気らしい。受け入れられて瑠兎子も嬉しげに頷いた。
 そのときだ。
「やめろ! このロープは貴様らを縛り上げるために用意したんであって、俺様が引きずられるために持って来たんじゃない! ちょっと、やめてくださいおねがいします!」
 路地から悲痛きわまりない叫びが聞こえてきた。はっとそれを聞きつけて路地へ飛び出すと、何人かの無法者らしき男が白馬に男を縛り付け、引きずらせようとしているところだ。
「このっ! 無抵抗なひとに暴力を振るうなんて!」
 バントラインスペシャルが火を噴く。
「えいっ!」
 夢悠も、掌から雷を放って応戦する。
「うわっ」「ぐえっ」「ぎゃあ!」
 無法者たちは次々に倒れる。雅羅は白馬に繋がれた男に駆け寄り、そのロープを解いた。
「大丈夫? けがはない?」
「かろうじて致命傷といったところか……」
 その男……ハットとポンチョだけを着た変熊 仮面(へんくま・かめん)が、無法者にねじ込まれたサボテンをすぽんと抜きながら答えた。
「……」
 がちっ。雅羅が撃鉄を起こした。
「うわわわっ! ちょっと待って!」
 慌てて飛び出してきた(隠れていたのだ)にゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)が、そのまま眉間を撃ち抜きそうな雅羅を慌てて止める。
「師匠にも悪気があって全裸で暴漢に襲われていたわけじゃないにゃ。ただ、こういうキャラなんだにゃ」
「にゃんくま……俺様をかばってくれているのか。俺様が襲われている間は逃げて隠れていたのに」
「師匠のピンチを見捨ててはおけないにゃ……」
 なにやら通じ合う様子のふたり。雅羅はばからしくなって銃を収めた。
「……もう、行くわよ」
「待ってくれ。正義を思う心は俺も一緒だ。今のは少し、逮捕術をミスってしまっただけだ」
 どこかから取りだしたヒマワリの花を胸と股間に装着しながら、変熊が告げる。
「……なんで私にばかり、災難が……」
「まあまあ、雅羅ちゃん。仲間はひとりでも多い方がいいわよ」
 慰めようとする瑠兎子。
「今日はもう、二つ目よ」
「それってワタシが災難に入ってない!?」
 などと、ぎゃあぎゃあ騒いでいる時。
「誰か、助け……あああっ!」
 駆け込んできた子供に向け、ヴィト・ブシェッタ(う゛ぃと・ぶしぇった)がその背中を突撃銃で撃ったのだ。だだだっ、と低い銃声と共に、子供の背中が真っ赤に染まり、どさりと転倒する。
「……なんてことを!」
「子供を傷つけるとは、さすがの俺も見過ごせんぞ!」
 叫ぶ雅羅より先に、変熊がショットガンを(どこかから)抜き放ち、ヴィトに向けて撃ち放つ。
「……チッ、面倒な連中に見つかった」
 ゆる族とは思えぬ低い語調で呟き、ヴィトはその姿を風景に溶け込ませる。
「……光学迷彩か! どこに隠れた!」
「もう逃げたにゃ」
 一応は獣人であるにゃんくまが超感覚を発揮する。ヴィトが路地に駆け込む足音を聞いたのだ。
「……キミ、大丈夫!? 待って、まず傷口を……」
 夢悠が撃たれた少年に駆け寄り、治療を行おうとするが……
「そんな悠長なことをしている場合じゃないわよ!」
 雅羅が叫び、少年に向けて癒しの魔法を唱える。傷口を塞がれても、失血がひどい。少年は必死に呼吸を喘がせている。
「キミ、大丈夫? いったい、どうしてあんなやつに終われてたの?」
 焦った様子の夢悠が聞くと、少年は涙の浮かんだ目で、彼らに告げる。
「じゃ、ジャンゴってやつに、倉庫に閉じ込められて……ま、まだ、友達が捕まってるんだ」
「そう……よく頑張ったわね。ごめんなさい。私がもっと、癒しの力を使いこなせれば……」
 雅羅が少年の頭を撫でる。
「……その子供たちも、助けに行かなきゃ。その子は任せたわよ」
 無法者の卑劣さに業を煮やしたように、雅羅は呟く。そして、少年の言う倉庫へ向けて駆け出した。
「それなら、私が」
 と、進み出たのは杜守 柚(ともり・ゆず)。雅羅の後を心配して追って来たものの、今ようやく追いついたのだ。
「気をしっかり保つんだ。焦らず、ゆっくりと呼吸して」
 杜守 三月(ともり・みつき)が少年を支え、柚が癒しの魔法を施す。
「あ、ありがとう……」
 少年が、ためらいがちに言う。そのとき……
「柚! ダメだ!」
 どん、と三月が少年を突き飛ばす。
「三月!? なんてことを……」
 そう言いかけた柚の視界で、少年の姿がぐにゃりと歪んだ。
「……気づかれてしまったか。鋭いやつが居るものだ」
 少年の姿が、成人の男……サルヴァトーレ・リッジョ(さるう゛ぁとーれ・りっじょ)へと変貌する。
「なっ!? 今のは、演技!? 雅羅ちゃんをおびき出すつもりですか!?」
 思わず、柚も語気が荒くなる。サルヴァトーレはひとつずつ答えるのが面倒だというように額を押さえた。
「撃たれたのは本当だ。お人好しが癒してくれると確信していたからな」
 サルヴァトーレは懐を探り、そういえば今は葉巻を持って来ていないことを思い出して鼻を鳴らした。
「今頃は、無法者の仲間が彼女を監禁してくれているはずだ。ああいう有名人は、倒すよりも何かと便利に使った方がいいからな。ジャンゴに俺がそう提案した」
「なんてことを……!」
 三月がマシンガンを抜く。と同時、路地の物陰から、何人もの悪党が飛び出してきた。サルヴァトーレが後ろへ下がると、悪党たちが銃を手に手に契約者を取り囲む。
「彼女を追いかけてもらっては困るからな。君たちの相手は彼らがしてくれるよ」