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首狩りの魔物

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首狩りの魔物

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 隠し部屋 

 十兵衛達が戦っている頃、別の入り口を使った契約者達の一部は既に隠し部屋へとたどり着いていた。
 
「これで全部だ」

 白銀 昶(しろがね・あきら)は運んで来た食料を隠し部屋に置いて言う。

「ご苦労様」
 
 清泉 北都(いずみ・ほくと)は昶をねぎらうと、新聞紙や風呂敷に包んで持参した食料を村人達に配リ始めた。

「さあ。皆さん食料だよ。篭城用なら日持ちする食糧ばかりだっただろうから、瑞々しい果物や、子供達には飴やチョコ等も持って来たよ」

 それを聞いて子供たちが目を輝かせる。大人も心持ちホッとした表情を浮かべた。

「応援も来たし、まずはお茶でもして、張りつめていた気持ちをゆっくり解いて行きましょう」

 北都はそう言いながら、持参したポットでお湯を沸かしお茶の用意をする。

「さあ、緑茶にお煎餅。紅茶にクッキー。好きな方をどうぞ。珈琲は香りが強いから、これは安全になって外に出られたらにしようか」


 昶は、お茶などの用意は北都に任せ『超感覚』で辺りの警戒を始めた。それを見て北都がいう。
「昶、どうせなら狼姿になってみたら? なんといっても動物は和むからねえ」
 そう言う北都も『超感覚』によって犬耳+尻尾を出した姿になっている。周りには子供たちが嬉しそうに集まっている。
「ほら。このとおり、この方が子供達へのウケがいいしね」
「……そういうもんか?」
 昶は首をかしげつつも狼姿になった。すると、
「わあ、大きいワンちゃんだ!」
「カワイイ」
 北都の言葉どおり、子供たちが大喜びで駆けよって来た。そして、昶の毛皮をもふもふしだす。
「うわあ。もふもふだよ」
「あったかいよ」
 子供たちが口々に言う。それを聞いて昶はつぶやいた。
「ま、今の季節は寒いからな。もふりたけえばもふれ。冬毛だからふわふわだぜ」
 そして、その場に寝そべって子供たちのなすがままにされた。
「礼を言う」
 蓮妓は北都に頭を下げた。
「ここに来て以来、皆一日たりとも気が休まる時がなかったのだ。おかげで少しは心が慰められただろう」
「礼なんていいよ。それより、蓮妓さんもお茶でも飲んだら?」
「そうさせてもらうとするか」
 蓮妓はうなずくと、北都から緑茶を受け取って飲んだ。

 その時、隠し通路に通じる床が開き、十兵衛達が入って来る。

「蓮妓殿はどこにおられる?」
 十兵衛の言葉に蓮妓は顔を上げた。そして、十兵衛を見ると目を輝かせた。
「そのお姿。柳生十兵衛殿か?」
「そうだ」
 うなずく十兵衛に蓮妓は言う。
「お待ち申し上げていました。私が、この赤津城村頭領、朝比奈蓮妓です。真桜は?」
「真桜殿は、鏡池に向かわれた」
「鏡池? またなぜそのようなところに?」
「話せば長くなる。まずは、こちらの状況を聞きたい」

 それから、十兵衛は蓮妓やその弟の慈恩から現在の村の状況を詳しく聞いた。
 それによれば、状況は真桜の話していたよりもさらに悪化していた。化け物達は、ついにこの隠し部屋に気付き、彼らを追い出さんとして恐ろしい力で揺さぶってくるのだという。
「その度に、皆怯えて夜も眠る事ができません」
 慈恩は言った。
「今も存命の村の有志が、化け物達を殲滅せんとして昼夜魔物達と戦ってはいますが、雑魚敵を倒しても無想がいる限り犠牲は増える一方なのです。何しろ、無想の強さは理解の範疇を超えています。あのような化け物を倒す方法はどの書物にも載っていません。正直、万策尽きた思いです」
「簡単にあきらめるな慈恩。策を講じるために十兵衛殿を呼んだのだ」
 蓮妓の言葉に十兵衛はうなずく。
「左様。その為に私は来たのです」
「では、何かあの魔物を倒す方法があるのですか?」
「確実とは言えないまでも一つ」
 そう答えると、十兵衛は以前真桜に話した事を、もう一度この姉弟に話した。つまり、この村を襲った化け物の名が『無想』という名の元狂剣士だという事と、化け物が自分の首を探しているということ、そして、その首はこの村の北側の鏡池の底に沈んでいるかもしれないので、真桜が探しに行ったという事等……。

「つまり、その首を見つけて返しさえすれば、魔物はおとなしくなるという事か?」
「分からぬが、その可能性はある」
 十兵衛がうなずく。

「あのー……」
 水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)が口を開いた。
「蓮妓さんと慈恩さんは、無想について何か聞いた事がありませんか?」
「おぬしは?」
 蓮妓が緋雨を見る。
「ああ、私は水心子緋雨といいます。こっちにいるのはパートナーの天津 麻羅(あまつ・まら)
「初にお目にかかるのう。蓮妓殿、慈恩殿」
 麻羅が頭を下げる。
「実は、私、この件に関しては色々と腑に落ちない点があって……それを聞き込むために、麻羅と一緒ににここに来たんです」
「第一の目的は、皆に食料を渡すためじゃがな」
 麻羅が言う。
「で、腑に落ちない事というのは、なんです?」
 慈恩が尋ねる。すると、緋雨は答えた。
「私、思ったんだけど、十兵衛さんの言う事が正しければ無想さんの首を刎ねられたのが百年前になるということだけど、百年間、こんな騒ぎをずっと起こしてたらもう既に退治されてるはずよね。首を刎ねられたのは百年前だけど騒ぎを起こし始めたのはつい最近ってことかしら?」
 その質問には蓮妓が答えた。
「そうだな。私の知る限りはこの付近で無想とやらが暴れたという話はついぞ聞いた事無いな。しかし、この辺りで暴れていなくとも、よそで暴れていたとは考えられんか? しかし、あまりにも強すぎて退治されなかったと」
「その可能性はありますね。しかし、これだけ派手な事を頻繁にやっていれば、この村にまで噂が広まっていても不思議ではありませんが」
 慈恩が言う。
「ありがとうございます」
 緋雨は蓮妓の言葉をメモった。そして、さらに疑問点を述べる。
「あと、とある高僧は何で首を胴体と離して封印したのかしらね。無想さんが首を手に入れる事でさらに凶悪になるから、封印しているのかしら。首を手に入れたら成仏とかするのなら成仏させない為に封印した事になるのよね」
 それには十兵衛が答えた。
「無想は、首がつながっていた頃から既に邪悪なものに取り憑かれておったと聞いておる。ただ殺しても死なぬから、その為に首を斬り捨て封印したとも考えられる」
「なるほど……」
 緋雨はその言葉もメモっていく。
「ただ誰か、無想さんが首を手に入れないように邪魔してるという事は、現状では首を渡す事が打開策になるのよね。もし、それで無想が凶悪になったりするのなら、鏡池さんを凶暴化して守らせたりしないから。となると高僧は無想さんに騒ぎを起こさせる為に首を封印してた事になるのよね」
「つまり、その高僧が全ての鍵を握る黒幕のようなものというわけか?」
 蓮妓の言葉に麻羅が答えた。
「そういう事もあるかもしれぬと、緋雨は考えておるのじゃ。緋雨は、この件の背後には何か大きなものが蠢いているような気がしているらしいのじゃ。それを調べるためには聞き込みしかないゆえ、わしのアドバイスに従い、ここにこうして参ったのじゃ」
「そうだったか。しかし、残念ながら、我々はこの件については何も知らんのだ」
 蓮妓が済まなさそうにいう。
「あ、でも……」
 慈恩が言う。
「今、思い出したのですが、子供の頃、蔵の中で魔物の首の話が書いてある書物を読んだ事があります。蔵の奥で埃をかぶったようなひどく古い紙に書かれた物で、ただのおとぎ話と思って忘れていたのですが……そのおとぎ話によれば、首は返してはならぬと……」
「え?」
 緋雨は慈恩を見た。
「じゃあ、なんて書いてあったの?」
「確か、魔物を倒したければ首を潰せと」
「潰せと?」
 十兵衛と蓮妓は顔を見合わせた。

 と、その時だ

「何かが近づいているよ」
 と、北都が叫んだ。北都の張った『禁猟区』が青白く光っている。

 ドーン……ドーン

 大きな音とともに、ギシギシと音をたてて部屋が揺れるのを感じる。
 何者かが、壁を叩いているらしい。

「うわ!」
「怖いよ」

 子供たちが泣きながら昶にしがみついた。

「大丈夫だ」
 十兵衛は声をかけると、周りの契約者達に目配せした。契約者達はうなずき立ち上がった。