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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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     ◆

 場所は代わって二階。明子、昴、天地はそれぞれ手分けをして一階、二階内で怪しいものがないかを探し回っていた。集合を二階の階段としていた為に、二階を調べ終わった天地、明子が昴が上がってくるのを待っていた。
「遅いわね、彼女」
「幾ら上よりも探す場所が少ないとはいえ、一階全てを一人で見回るのはやはり時間も掛かるので御座いましょう」
「あー、だよねぇ………手伝いに行った方が良いかな、やっぱ」
 言いながら、明子は手すりに手をかけながら階段を降り始める。が、そこで二人に向けて声がする。
「すみません…………時間が掛かってしまいました……………」
 階段を上がってきたのは昴。肩で息をしているところを見るからに、恐らくは急いで上がってきたのだろう。
「そんなに慌てて来なくても良かったのに」
「そうで御座いますよ、手前等もいま、そちらに向かおうとしたので御座いますよ」
 「そうでしたか」と、大きく一度深呼吸した彼女は息を整え、彼女たちの更に上を見上げる。
「と、なれば………あとはこの上…………ですか」
「三階か屋上よね。んー、人目につかないんであれば屋上だと思うけど。ま、行ってみりゃ良いか」
 三人は三階へと足を運ぼうとする、と。突然に明子が何やら思い出したように足を止めた。
「ちょっと待った。………一応様子、見に行った方が良いかな」
「はて? どちらに、で、御座いますか?」
「まだ私たちの他に、誰か…………いるのですか?」
「あ、あぁ……まぁね。ってか、一応私はその人のお見舞いで来たからさ」
「あぁ……えっと、ウォウルさん………でしたっけ」
「うん。ちょっと心配だし、ちゃんと寝てるか確認してからそっち行くから先行ってて貰えるかな?」
「………わかりました」
「お気をつけて」
「うん、二人もね」
 明子はそう言うと二人に背を向け、小走りでウォウルの部屋へと戻っていく。
「さて…………私たちは、行きましょうか」
「ですね。時に昴………もし怪しげなものがあっても、闇雲に進むのは自重下さいませね」
「わかって、ますよ………」
 二人もそう会話を交え、三階へと上っていく。初めは三階を調べようとした二人ではあるが、しかし屋上が怪しいと踏んだ為にその足で更に階段を上ると、屋上に続く階段の踊り場――。

「すみません、一応深夜は屋上への立ち入りを許可していないんですが……」

 二人の前に姿を現したのは、バケツとモップを担いだ清掃員。二人は思わず言葉を失う。まさか此処で病院の関係者に会うとは思っていなかったらしい。その為に、深夜になってからこっそりと病院に潜り込んだのだから。が、見つかってしまってからは仕方がない。そう考えたのか、おろおろとしている昴を他所に、天地が一歩前へと踏み出して口を開く。
「勝手に入ってしまって申し訳ありません。しかし手前たちは決して怪しいものでは御座いません。少し気になるものを屋上に見たので確認を――」
「気になるもの、ですか………。自分はずっと此処で清掃をしていましたがその様なものは――」
「…………清掃?」
 人間、対応に困ったときや不足の事態に遭遇したときは、殆どが目線をあらぬところへ游がせる。無論、昴もその状態だった訳だがしかし、そこでふと気付く。その行為が実を結ぶ。彼女はひたすら言葉を探し、対処法を探していた。探しながらひたすらに下を見ていた。記憶を掘り起こしていた。そこに来ての、清掃員の発言――。『ずっと此処で清掃をしていた』という、発言。
「天地…………彼は、清掃員では、ないです………。多分」
「それは――?」
「はい?」
 昴の言葉に耳を疑う天地と清掃員。
「おかしい………。掃除をしていたのであれば、此処がこんなに汚れているはずが、ない………。埃が溜まるはずが、ない。何より………少し考えれば、判ること…………この時間に清掃員がいるはずが、ない………。もしいれば、下の階にもいるはず。でも居なかった」
「……? 言われてみれば確かにそうで御座いますね。この時間、此処にだけ掃除の人がいるはずが………」
 二人は咄嗟に階段をかけ上がり、立ち塞がる清掃員の両脇を抜けようとした。が――。

「『部外者の立ち入りは許可していないんですが。』………聞こえなかったか? てめぇ等………」

突如として声色が変わり、言葉の途中から急激に低く、ドスの効いた声が響く。同時に聞こえてきたのは、壁に何かが当たる音。二人の前には彼が担いでいたモップが、つっかえ棒のように二人の行く手を遮っていた。
「全くよぉ………聞き分けのねぇのは良くねぇよ………。人様の忠告はしっかり耳の穴かっぽじって聞いとくもんだぜ」
「っ!?」
「………………」
 二人は数秒程度動きを止めていたが、直ぐ様階段から元いた踊り場に飛び降り、構えを取る。その様子に、清掃員は笑みをこぼしながら帽子を脱いだ。
「良いじゃねぇか。分かってるねぇ、『場所取り』ってやつをよ。そうだよ、こっちは有利に出来てんだ、賢明な判断だぜ」
「誰、ですか…………?」
「俺か? 内緒だ。そうだな、でも……そうさな、んー。敢えて言うなら、『てめぇ等の敵』だろうよ」
「敵………それさえわかれば充分に御座いますよ。ならばその道、力づくでも通らせていただくまで」
 昴と天地は、それぞれ自分の武器を手に、一層の構えを持ってその男――大石 鍬次郎と対峙する。



     ◆

 一度戻ってきたウォウルの部屋から出た明子は、疲れきった表情を浮かべて大きくため息をつく。
「全く………何で病人ってあんなに元気なのかしら。早く寝なさいよ」
 どうやら様子を見に行ったウォウルがまだ起きていたらしい。その対応に疲れたのか、がっくりと肩を落としながら彼女は歩みを進めた。
「さて、んじゃ気を取り直して三階か。此処まで探してなにも無いなら、やっぱ私の気のせいか? いや、待て待て…………昴ちゃんたちが来てたってことは、やっぱり何かがあるってことか」
 一人呟きながら廊下を歩き、三階へと繋がる階段を上っていく。
「考えすぎってのも馬鹿らしいんだよなぁ………でも大事は厄介だし。はぁ、なんだか面倒になってきたわね。っとと……… ん? 何あれ」
 階段を上りきり、三階の廊下を歩いていた彼女は、廊下の真ん中に何かを見付けた。恐る恐る近付いていくと、それはどうやら人らしい。
「…………何でこんなとこで寝てんだ? 夜這いにでも失敗したか?」
 数回横たわっている人影の頬をつついてると、傍らにビニール袋が落ちているのに気付いたらしい。
「なんだこれ、って暖かっ!? 出来立てのほやほやじゃん。ってことは、部外者か」
 尚も頬をつつく明子。その人影は、先程『ヒプノシス』をかけられた武尊、その人。
「うぅん……………それ、おかわり」
「お客さーん、もう店にある食材全部食べちゃってますよー、ないですよー」
「な、何だと!? その様な事、あるはずが――! ……って、あれ? 何故こんなところに………」
「いや、私が聞きたい。それはヒジョーに私が聞きたい。何してたの」
 頭を振りながら辺りを見回していた武尊は、暫く考えるような動作を浮かべ沈黙する。と、直ぐ様「あぁ、そうだ」と明子の顔を見る。
「夜食の帰りに何やらよくわからないものを見たのだ。気になって来たは良いが、突然何者かに襲われたのだ」
「よくわからないもの……? どこで?」
「屋上で」
「あぁ、屋上でね。……………って、屋上で!?」
 思わずノリツッコミをしながら、明子は慌てて武尊の胸ぐらを掴む。
「それは何っ!?」
「………い、いや だからそれがわかぬから此処に――」
「何処でっ!?」
「だから………屋上で」
「あ、そっか」
「それより、いつまで……………」
 苦しそうに自分の胸ぐらを掴む明子の手を指差す武尊。
「その、我にも……その、心の準備が」
「せんでいーわーい」
 棒読みでツッコミ、勢い良く彼を上に放り投げると、武尊はちゃっかり地面に着地し、ぽんぽんと服を払った。
「何やら知っているようだな。事情を話してくれると助かるが」
「いきなり普通になるのか………うん。でもまずは屋上に行きましょう。それ、なんかまずいものかもしれないし」
 二人はそのまま階段へと向かいながら、明子は武尊に何となくの概要を話していた。彼女自身、細かい詳細は聞かされていないので大まかではあるが。
「成る程、そのウォウルとやらの様子がおかしかった。と。その御仁から話は聞いていないのか」
「まぁね、それだってこっちの完全な勘違いかもいれないしさ。入院してるやつに心配とかかけても仕方ないっしょ?」
 「確かにな」と頷く武尊は、階段付近で足を止める。自らの横に並んでいた明子の姿が消えたからである。
「待って、何か変な音しない?」
「変な音…………?」
 二人が耳を澄ませると、確かに何処からか音が聞こえた。何か固いものが物がぶつかり合うような、しかしそこまで大きなものではない、渇いた音。
「屋上の方からじゃないの? これ」
「参ろう!」
 二人は走った。走って階段をかけ上がり、そしてその場面に遭遇する。
「無理無理っ! そんな調子じゃ直ぐに夜が明けちまうぜ!」
「くっ………こんなところで大きな技は………使えない」
「参りましたね。此方は攻め手、あちらは守り手…………。更にこの高低差で御座いましょう………」
 武尊、明子の前には、悔しそうな表情を浮かべて上を見上げる昴、天地の姿があった。
「昴ちゃん!?」
「これは一体何事か………」
 言いながら二人も昴たちの隣に並ぶ。
「お、人数増えたな。でも無理だろうよ、んな狭ぇとこで四人全員ってのは無理あるぜ」
 鍬次郎は別段取り乱すでも動揺するでもなく、笑いながら四人を見下ろしていた。
「清掃員さんと戦ってる意味がわからないんだけどさ」
「あれ…………清掃員じゃない、です」
「何処からどう見てもせいそういんだと、我は思うが………?」
「変装をしていたので御座いますよ」
 四人はそう会話を交わし、見上げる。さてどうしたものか、とでも、余裕があれば誰かしらが言っていただろう空気の中。
「よし、場所が悪いのはわかった。だから一旦引き返そう。もしアイツが追ってきたら、その隙に誰かが屋上に行けるしね」
 明子が提案し、三人は頷いた。
「お、何だ? 逃げんのかよ、ったく、張り合いがねぇなぁ」
 一目散に階段をかけ降りる四人を見送る鍬次郎は、聞こえるように大声でそう言うと、何処か可笑しげに笑いながら傍らに投げていた帽子を拾い、ぶっきらぼうにそれを被る。階段にどっかりと座りながら、今まで使っていたモップを肩に担いだままに。そして腰から銃型のHCを取り出した。
「おう、ハツネか。首尾はどうだ? ――よし、こいつぁ長丁場になるぜ、一旦屋上に引き上げてこい」
 下の階、ウォウルを狙い、陽動を掛けようとしていたハツネ、春華の別動隊を呼び寄せた鍬次郎は、通信を終えるとHCを再び腰へとしまう。
「良いねぇ、おもしれぇなぁ………。こいつぁハツネの事、言えねぇや。『ウォウル・クラウン』ねぇ………。あれ関係にちょっかい出してりゃこれだもんよぉ………かっははは、この仕事が終わったら、今度は仕事関係なく皆々手合わせ、ってのも、柄じゃあねぇが悪くねぇ。はっ………柄じゃあ、ねぇよな」
 その自嘲気味たるや笑いは、しかし何処か純粋な子供のようで――誰がいるわけでもないないその場で、まるで照れ隠しさながらに帽子の鍔を抑え込む。
にんまりと笑う歪な口と、『これは仕事』という意思が、相反している彼は、しかしてこう、口ずさむのだ。

 「たまにぁこう言うのも、悪かねぇな。悪かねぇよ」

 ――と。


「追ってこないな」
 様子を伺いならも、おのおのが構えを持って階段の両脇で息を殺していたが、武尊がそう言って踊り場に出る。
彼等は二階まで降りてきていた。此れからの事を考えるために。いち早く屋上に上がり、屋上のそれを確認するために。あの清掃員――大石 鍬次郎を突破するために。
「先ずは、これから、ですね」
「応援は呼んでも……あの場所で固まられていればあの者が先程言った通り、意味を成さないですからね」
「でも流石にさ、四人で行けば潰せるっしょ」
「無理だと思うぞ。我等はこの施設を壊すことをよしとしないだろう。しかし向こうは関係がない。周りに気を配って戦うか、全く気にせずに戦うかでは大きな差が生じてしまうもの………」
「ふぅ………まぁでもさ、屋上に何かがあることはわかったし、突っ込むにしろ何するにしろ、まずは作戦練るとしましょ」
 明子の提案により、四人は廊下を歩き始めた。何処に向かっているのか、この中の三人は知らないままに――。