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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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 それぞれ荷物やらを渡した彼等は、ウォウルと話をしていた。
「いやぁ、入院していたとは言え、命に別状がなくて何よりでしたよ」
「えぇ。皆さんが看病してくれたお陰ですよ。ありがとう」
 ルイの言葉に対して会釈をしながら、ウォウルは返事を返す。
「本当だよ! ってか寧ろもっと感謝すべきだよ!」
「あはは、そ……そうですねぇ」
「それよりどうなんです? 体の具合は」
「今はリハビリの日々ですよ。今日はお休みいただいたんですけどね」
「リハビリ? 何の?」
 セルファが首を傾げて尋ねるのに対し、あっけらかんとウォウルは返事を返した。
「歩行訓練ですよ。心肺機能が低下しているのもあるんですが、寝たきりのままだと極端に運動機能が衰えてしまうので、との、主治医のお言葉です。あのヤブ医者が……」
 笑顔で呟く彼は、そこで何とも忌々しい顔を浮かべて小さく呟いた。語尾、小さな声で。
「ヤブ医者……?」
「いえ、なんでも」
 一同が見たこともない顔を浮かべて呟くウォウルは慌てていつものニヘラ顔を浮かべる。と、そのやりとりを後ろで静かに聞いていたレキが口を開いた。
「そ、それより、ね! あの…ラナさんの事なんだけど……」
「あぁ、皆さんには本当にご迷惑をおかけして――」
「いや、その……私たちほら、止められなくて、さ……」
「なんていうのか、申し訳ありませんでした……」
 レキの言葉に続け、カムイが謝る。が、その言葉、その表情を前に、ウォウルが素っ頓狂な表情を浮かべて言葉を呑んだ。
「出来る事ならラナさん、無事のままで元に戻したかったのですが……」
「えっと、レキさん? カムイさん?」
「……はい」
「大丈夫ですよ? まさかさっきからずっとそこで、申し訳なさそうにしてたの、それが原因ですか?」
「……うん」
 「これは困った」と言った顔で、ウォウルは苦笑を浮かべる。
「あの、それはこちらが謝罪する事ですので、皆さんはお気になさらず」
「その、俺もその……ウォウルさん、あんたには申し訳ない事を――」
「おや、エヴァルトさん。大丈夫ですか あれから体の具合は」
 エヴァルトも謝ろうと口を開いた途端、ウォウルに言葉をかき消される。
「あ、ああ。今は何とも。大した怪我もなかった。って、そうじゃなく……」
「なら良いんですよ。貴方もとんだ災難に巻き込んでしまった。それは僕が全面的に謝る事です、その上あの状況でした。心配でしたが、戻ってこれて幸いです、本当に良かった」
 心の底からの「良かった」と言う言葉を発するウォウルに、エヴァルトは苦笑を浮かべるより他ない。
「兎に角、すまない。怪我をしているあんたにあんな事をしてしまった……細かな記憶はないが、どこか遠くの方で俺は、見ている事しか出来なかったんだ。意識が戻った時はもう――」
 言葉に詰まる。何を言えばいいのか分からなくなる。故に彼は下を俯いた。
 静寂に包まれた病室内に更に来客がきたのは、丁度エヴァルトが俯いた時である。
扉が開き、林田 樹(はやしだ・いつき)緒方 章(おがた・あきら)林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が部屋に入ってくる。
「ようヘラ男。死んではいないみたいだな」
「やぁやぁ初めましてだねぇウォウル君とやらいつもうちの樹ちゃんがお世話になっているみたいだからついつい僕もついてきてしまったよ体の具合は大丈夫かなっ!」
「こら章! 一気に言うなっ! 台詞が読み辛いわ!」
「う……おうるしゃん、こたたち、きたろ。ないじょむれすか…………?」
 樹の肩に乗っていたコタローは、そう言うと章の肩の上に飛び乗り、次いでウォウルのベッドへと飛び乗った。
「えぇ、大丈夫ですよ。わざわざすみませんねぇ、お見舞いに来てもらって」
「いや、殺しても死なないようなたまの奴が入院したって聞いたからさ、冷やかしに来てやろうと思っ――」
「またまたぁ、樹ちゃんったら強がりさんなんだからぁ。昨日の夜、いきなり血相変えて帰ってきたのは何処の誰ちゃんだったかなぁ」
 にやにやしながら隣にいる樹の腕を肘でつつく章。樹は一度大きくため息をつくと、章の脇腹めがけて肘鉄砲を見舞う。
「煩いな、知り合いが入院したら誰だって驚くだろうが。全く」
「うぉっ!?…………仰る通りで…………ってて」
 が、そのやり取りを終えた二人は、沈黙している場を見回す。勿論、首を傾げて。
「………ん? なんか、私ら、間が悪かったような?」
「…………さぁ。何で皆してそんな意気消沈なんだい?」
 誰ともなく、「いや、それは」と言いかけた瞬間、再び病室の扉が開く。
「回診ですよぉ、不良患者さんっ☆」
「何だ、大勢見舞いが来てたのか」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は部屋には行ってくるや辺りを見回す。二人の後ろから閃崎 静麻(せんざき・しずま)もやって来ていたようで、ルカルカ、ダリルに倣い一同を見やった。
「おぉ、凄い人数だことで。って事で久しいなウォウル。いや、面と向かって話すのはこれが初めまして、だっけか」
 言いながら、彼は空いていたソファに腰をかける。
「主治医さんから承諾を得て回診なのよ、だからちゃんと無理しないでね」
 ルカルカは、手に持っているカルテをポンポンと軽く叩き、やや悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「に、しても。ウォウル、お前何故黙っていたんだ? 此処の副院長先生がお前の――」
「いやぁルカルカさんにダリルさん お二人に診ていただければ安心ですねよねぇ! あはははは………」
 ダリルの言葉を慌てて遮るウォウルの様子を不思議そうに見つめる一同。と、ウォウルは懸命に話題を反らそうとあたふたし始めた。
「皆さん本当にお優しいですね! いやはやもう感激過ぎて涙が出てきましたよ。ところで、先程の続きなのですが、何故お三方はそんなに深刻そうな表情を浮かべているんでしたっけ?」
「いや、だからその、ラナさんの件で………」
「ん? 小娘になんかあったのか?」
「小娘? はてねぇ、全く話が読めないんだけど。僕としては」
 申し訳なさそうい呟くレキの言葉を聞き、入ってきた樹が首を傾げる。隣にいた章もそれにつられて首を傾げた為、ウォウル、ルカルカ、ダリル、静麻が代わる代わる、一か月前の出来事を説明した。
「成程。そう言う訳だったんだね」
「なぁ章、あんた本当にわかってんのか?」
「うん! ばっちりさ! 要はあれだろう? 『壮絶な痴話喧嘩に皆が巻き込まれてしまった!』的な? ねぇ? そんな感じだったよね?」
「おう、全然違うぞ」
 樹の言葉に反応した章が自信ありげにそう言うと、彼等の後ろに座っていた静麻がナイスなタイミングでツッコミを入れた。
「ま、なんにせよ……あの小娘がどうにかなって、皆もそれに巻き込まれ、んで、あんたはそんな体になった、ってそう言う訳だな? ん? コタロー、お前何を……」
「う! こた、おうるしゃんがくうしそうらから……」
「コタ君、それじゃあウォウル君、死んでしまうよ?」
 にこにこした笑顔で返事を返す章。コタローはウォウルを心配したのか、近くにあったティッシュを一枚取り、彼の顔の上に乗せていたらしく、慌ててルカルカがそれを取った。
「コタローちゃん!? 今のは駄目なの! 今のはね、もう亡くなった方にする事で……」
「おいおい、それもなんだか露骨な表現だな……」
 思わず口にするルカルカを見て、再び静麻がツッコミを入れる。
「(し、死ぬかと思った…)まぁ、なんにせよ……皆さんが僕やラナに謝る事なんか何一つありませんよ。皆さんには感謝をしてもしきれない……ただ、それだけですから」
「ウォウルさん……貴方はまたそうやって自分で……」
 その言葉を聞いたルイは、瞳一杯に涙を浮かべながらウォウルに歩み寄って行く。
「ルイ、ルイ! 病人だからね!? その人はあくまでも、忘れちゃ駄目だけど、病人だからっ!」
「ウォウルさん! あのときに言ったでしょう!? もっと皆さんをお頼りなさい! そうでなくては、皆さんに失礼です!」
「これでも頼ってるんですが……ねぇ……」
「まぁでもほら、仕方ないったら仕方ないんじゃない? いきなり頼れって方が、無理だと思う。私たち、なんだか色々巻き込まれてたけどさ、付き合い短いしね。頼られるのって悪い気分しないけど、頼る方って結構勇気、要ると思うんだ」
「……珍しいですね、セルファ」
 おずおずと、真人が呟いた。
「何が?」
「いえ、ウォウルさんの事、もっと悪い印象を持ってるものだと……」
「ちょ! それどういう事よ! 事実言って何が悪いのさぁ!」
「まぁでも、そんなものなのかな。もっとこうさ、気楽に頼めば良いのに。私たち、全然迷惑だとか思ってないよ?」
 二人のやり取りを見ていたレキが口を開くと、隣に立っていたカムイも頷いた。
「確かに色々巻き込まれた……と、言うよりは協力しましたけど、面白かったですよ。色々あって」
「だから前の時だって、みんな集まってくれたんじゃないのか? 俺は偶然通りかかっただけだが、それでも何とかしたいと思った」
 エヴァルトも腕を組みながら、何やら思い起こしているのか遠い目でそう続けた。
「僕も、ね。最近皆さんに頼ってばかりだな、と、考える事があります。事実、皆さんなしでは、どうにもなりません。ですよね、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)さん」
 その部屋にいない者の名。ウォウルが突然にそう呟くと、何処からともなく彼はやってくる。
「なんだ、気付いてたんですか」
「えぇ。随分前から」
 なんだ。そう呟きながら唯斗が肩を落とす。
「貴方にも度々、助けられている気がしますよ。故に名乗りを挙げていただかなくても、しっかりと覚えています」
 何を言う事はない。しかし彼は、唯斗は、ただただベッドに横になっているウォウルへと視線を向けている。瞳のみが表に出ている為にその表情は読めないが、確かに彼はウォウルを見ていた。
「じゃあさ、頼るついでにしっかり診察しないとね」
 そこで、ルカルカが手を打ってそう切り出す。無論、隣に佇むダリルへと目配せしながら。
「そうだな、そろそろ退院は出来そうだが、それもリハビリの進み方次第だ。それに、退院できたからと言って体が自由になる訳じゃない。退院はあくまでも病院にいる必要がないから、に過ぎないぞ」
「完治したから退院するのではなく、処置の必要がないから退院、ですもんね」
「そういう事だ。お前の方はそれでいい。暫くの間は安静にしていろ。外出するにしても精々散歩程度に留めておけ。学校に関しては診断書でも出しておけば何とでもなろうさ。もしならなかったとしても、一年留年するだけだ。そのくらい、今後の日常生活やら痛みやらに比べればどうと言う事はなかろう?」
「簡単に言いますねぇ。ま、事実そうなんですけど」
「それで――肝心のラナさんは?」
 ルカルカの切り出した言葉に、病室内が静まった。
「今どこにいるの?」
「家、ですよ。本人のね」
「……それ、大丈夫なんですか?」
 ルカルカの質問に対し、別段変わりなく返事を返したウォウルの言葉を聞き、ルイが心配そうな表情を浮かべる。
「大丈夫です。事前に海君に頼んで、鎖で縛ってあります。手足の結合も認められていないので、第三者の介入がない以外に彼女が暴れる術はない」
「……何だか、気になるし、謝りに行きたい気分はあるけど……」
「気分の良い物ではありませんよね、やっぱり」
 レキとカムイが顔を曇らせる。
「まぁ、会いに行っても会話が出来るかどうか、怪しいところですからね。彼女の事はあまり気にしないで良いですよ」
「……病気なの?」
 セラエノ断章は心配そうに尋ねると、ウォウルはにっこりと笑って返事を返した。
「いいえ、と、まぁ断定はできないんですが、恐らくは違いますよ」
「……何故そう言える?」
「ダリルさん、これはね、あくまでも僕の推測です。僕もその全容を知る者ではないですしね。僕はあくまで彼女の描くシナリオの一登場人物に過ぎませんから推測の域を出ませんが、恐らくそれはない筈です。問題なのは、彼女の製造過程。彼女の出生の秘密。そのもの――。故に出来れば、これは皆さんには頼まない方が良いのでは、と考えています」
「……もし、さ」
 そこでセルファが口を開いた。
「もし、ラナさんが……本人が私たちに解決を望んだら?」
「…………」
 黙る。彼は黙って一同を一度見て、何かを観念したかの様に項垂れる。
「頼むよりほかには、ないでしょうね。もしどういう結果になったとしても、彼女がそれを望むなら、それは曲がらない事実になる。何せ彼女の事ですよ。よく『神のみぞ知る』なんて小洒落た言葉がありますが、彼女の道は、未来は、彼女以外に知る由もない。僕や皆さんも、自身が知る事はあっても他者が知る事は出来ないんです。彼女がそれを望むのであれば、それは僕たちにはどうする事もできません。例えその道が、最悪の事態を招いたとしても」
 決して脅した訳ではない。しかし、それは本当にあり得る話なのだ。ラナロックにも、ウォウルにも、おろか誰にだって、その可能性がない訳ではない。彼はそれを危惧しているのだ。だから自然、彼等、彼女等にもその思考が伝播していく。
「でもさ、頼ってくれたらやっぱり――」
「力になる。ただのそれだけだろう。俺たちがコントラクターであり続ける限り、それは決して変わらんだろう」
 樹の言葉に、ダリルが頷く。頷いて言葉を繋げ、やはりどこか腑に落ちないと言いたげな表情を浮かべていた。と――
「はーい、ただいまー! おお、いるいる、たくさんいるわねー……って」
 勢いよく入ってきた明子は、病室の中の雰囲気を見て言葉を失った。いきなりの登場が為に、一同は明子を、明子は一同を互いに静かなまま見回す。
「……って、うぉい! これはお通夜か? お通夜なのか? そんな空気で、一体誰が死んだんだ? 明らかに親戚のおじさんって感じではないだろ」
 おそるおそる、と言う形容が尤も似合う形でもって、ツッコミを入れながら部屋に足を踏み入れる彼女。
「んー、その言葉、案外洒落になってないかもしれませんよね」
 表情の取れないまま、窓際に凭れ掛かっていた唯斗が、苦笑にも似た声色で一言呟くのだ。