天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

リアクション公開中!

過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

リアクション

     ◆

 相田 なぶら(あいだ・なぶら)フィアナ・コルト(ふぃあな・こると)は、病室に向けて歩みを進めている。
「なぶらさん、これは一体どこに向かっているんですか?」
 そんな言葉を投げかけながら、フィアナはなぶらの後を歩く。
「うん? いやさ、お見舞いに来たのは良いんだけどねぇ。なんかこの中、って言うかこの建物内、雰囲気が少しおかしいなぁ、と」
 きょろきょろしながら辺りを伺うなぶらは、ふと足を止めて首を傾げる。
「思ったんだ………けど、事実みたい」
「?」
 何かを発見したのか、言いかけた言葉を最後まで述べた彼は、目の前の光景を見つめていた。彼の陰からひょっこりと顔を出して前を確認したフィアナの視界には、何やら物々しい雰囲気で話し合っている七人の姿。
「誰か、大病でも患っているんでしょうか?」
「いや、違うと思う。なんだろう、その、もっと違う意味での緊張感、って言うのかなぁ」
 彼はずいずいと再び足を進め、しかし今度は先程と違って目的のある足取りで、彼はその七人の元へと歩み寄る。
「やぁ、どうしたの? 深刻そうな顔をして」
 二人を見上げた一同の中、静麻が突如、口を開いた。それは今、共にいる昴、天地、武尊たちから聞いた話。この病院で起こっている、もしくは起こるかもしれない出来事。
「い、いきなり何を話して――」
「いや、協力してくれそうだったからよ。確か一か月前も、いたよな。あの現場に」
「あの現場――……? あぁ、ラナロックさんたちの」
「そうだ。で、まだ確証はないが、あの話はまだ終わっちゃねぇって事らしいぜ。今もなお継続中って事だ。俺たちはそれを確かめに行く。まぁ、まずは退避経路の確認作業をしようって話なんだが」
「……なぶらさん」
「うん、僕たちも協力させて貰おうかな」
 静麻の話を心配そうに聞いていたフィアナに対して、なぶらはこともなげに返事を返した。
「それで、まずはどうするの?」
「現状、水面下で動く事を想定し、動ける人数は此処にいる九人と言う事になります。随時協力者が増えるかもしれませんが、当面はこの九人で動くとして――」
 改めて、と一同を見回す真人。どうやら彼とセルファも病室を抜け出したのか、彼等の中に加わっている。
「で、今話してたのは経路確認の方法よ。皆で手分けして、屋上以外の危険物の探索と、もしもの時の為に脱出経路を考えておこうって事になってね」
「成る程。じゃあ俺たちも一緒に――」
「いや、無茶なお願いかもしれないですけど、お二人にはセルファと一緒に屋上に向かってもらおうかと思っています」
「屋上……?」
「はっ!? 何それ! さっきまでと話が違うじゃない!」
 フィアナの言葉に被せる形でセルファが叫ぶ。
「こっちは九人。一階から三階までで必要な人数は、二人一組で動いて六人。でも、それが妨害される可能性だってあります。だから三人は直接屋上に向かい、時間稼ぎをしてもらおうかと。話を聞くところ、昨晩からこの事態に気付いている方たちによれば、妨害する者がいる、との事です。しかしその者達は無意味な追撃をしてこない、あくまでも追い払うだけ。ならば完全に防衛に集中してもらい、こちらはやれるだけの事をやっておく。何事にも準備は必要でしょう?」
「うっ………そうだけどさ」
「それに、僕が此処で魔法をかけて応戦する訳にはいかないんですよ。規模が大きすぎる」
 どうやらそれには納得したのか、セルファは口を噤んだ。
「待って待って、だったら私が行くわ」
「明子殿?」
 突然の明子の挙手に、隣にいた武尊が驚きの色を見せる。
「私ほら、気楽に行きたいしね。どうも探し物って柄じゃないって言うか、ねぇ」
「……そうですか、ならばセルファとの席は交代しましょう」
「うん、そうしてよ」
 何気なく立ち上がる彼女は、スカートの裾をぽんぽんと手で叩き、ぼんやりと窓の外を見やった。
「何か気になる事でもあるのか?」
「あぁ、ううん。さっきのほら、託って人。どうなったかなって。ただそれだけ」
 静麻の質問に答えた彼女。先程の会話を聞いて何か思うところがあるのか、彼女はなおもぼんやりしたままだ。
「では、動くと致しましょう。最善を尽くす為に」
 天地の切り出した一言に、『最善ね』と、
先程病室の話を聞いていた一同が苦笑を浮かべるが、昴、天地、武尊、なぶら、フィアナがその真意を知る事はない。



     ◆

 処変わってウォウルの病室。そこに今までいた面々の姿はなく、残っているのはレキ、カムイ、聖、璃央、綾瀬の五人だけだ。
どうやら他の面々は昼食を取りに行ったらしい。
「林檎、食べますか?」
 カムイはそう言いながらウォウルの近くでパイプ椅子に座っている。
「いただきます」
「皮、向きますね」
「ならば、私が食べさせてあげますわ」
 と、カムイの隣に座った綾瀬が名乗りをあげる。
「え、いや、食べるのは流石に自分で食べ――」
「食べさせてあげますわ」
 彼の言葉を遮り、いつぞやよろしく顔をずいと近づける綾瀬。
「えぇ! あぁはいはい! お願いします、お願いしますから」
「素直な事はよろしい事ですわよ」
 にっこりと笑う彼女は、再び椅子に体を戻してそう言った。
「流石のウォウルさんも、入院してたら形無しだねぇ」
 レキは苦笑を浮かべながらそのやり取りを見ていた。
「なんだ、羨ましいなぁ…先輩」
「だったら私が食べさせてあげるよ! 実は聖の分のクッキーも……」
「うん凄く七色だねー」
「何? その感想なに!?」
 ウォウル、カムイ、綾瀬、レキから少しばかり離れた場所、聖と璃央はそんなやり取りをしている。
「それでね、ウォウルさん。一つ考えた事があるんだけど」
 突然に切り出したレキの顔を、ウォウルは首を傾げながらに見つめた。
「なんかさ、なんていうんだろう……この前の一件さ、これはもしかして言っちゃいけない事かなって思ったからみんなの前では言えずにいたんだけどね、凄く無力感を感じた」
「…………」
「私たちじゃあ、ラナさんを止められないんだなぁって」
「…………」
 ウォウルは静かにその言葉に耳を傾け、カムイは静かに林檎の皮を剥く。綾瀬は別段何と言う様子もなく、ただただぼんやりとしているだけ。
「まぁ、それだけなんだけど」
「昔ね――」
 言い切ったレキに対し、ウォウルが呟く。
「昔ね、僕の知り合いで凄い奴がいたんですよ。成績優秀、容姿端麗、その上性格が明るくて裏表がない。運動も出来る万能の知り合いでした」
 突然の言葉に、レキもカムイも、綾瀬や聖、璃央までもが、不思議そうな表情を浮かべた。
「でもねぇ、そいつは兎に角人に物を頼むのが駄目だったんです。人に頼る事を畏れていたんですよ。何故でしょうね」
 返事はない。
「自己完結している存在は、そこで終わりなんですよ。誰にも頼る事が出来ず、何に縋ることも出来ない。何もない、何もない。だから僕はね、その知り合いに言ってやりました。お前は空っぽだ、と」
 返事はない。
「そしたらそいつは笑ってましたよ。『全くだ』てね」
「それで、その知り合いさんは――」
 璃央がウォウルの言葉を促した。
「死にましたよ。とっくにね。死にましたとも。惜しまれはすれど、悲しまれる事はない。『あぁ、あいつでも死ぬことがあるんだ』と言われ、思われ、みんなの記憶の中から風化していきましたよ。全く、馬鹿な奴でした」
 随分と呆気らかんとした表情で、平然とした様子でそう言ったウォウルは、レキに向かい続ける。
「貴女の言う無力は、決して無力ではないんです。貴女が思う無力とは、すなわち人が最も必要とし、人が最も強くなれる思いだと、僕は思いますよ。そいつはそれがないから死んだ。しかし貴女たちは違う。それ強さにつながります」
「友達を、守れなくても?」
 レキがぽつりと呟く一言。その一言はしかし、恐らく彼女の本音であり、彼女の思いの主軸たるもの。
「貴女たちがいなければ僕は死に、貴女たちがいなければラナロックは死んでいた。形の上で縛られてはいけないと、僕はそう思います。幾ら救いようのない物語だとしても、貴女がそこにいる以上、救える道は必ずある。と、まぁこれはその知り合いの受け売りですがね」
 自嘲気味に笑った彼は、しかし次の瞬間声を失う。ウォウルの口には、綺麗にカットされたうさぎさんの林檎が押し込まれていた。綾瀬の手によって。
「あら、格好をつけているところ申し訳ありませんわ。カムイ様の剥いてくださったうさぎさんがあまりに可愛かったもので、つい」
「あ、綾瀬ちゃん!?」
 若干、呼吸困難に陥っているウォウルの背中をレキとカムイが叩きながら、随分と満足そうな綾瀬の顔にレキが驚く。その瞬間だった。
「あり得ねー!!! なんだよ屋上が立ち入り禁止とか!!」
 叫び声共々扉を蹴り開けたのは日比谷 皐月(ひびや・さつき)。手にはおでんセットが握られている。
「……え?」
「誰……?」
 扉の近くにいた聖と璃央が思わず呟き、それを見ていた皐月が、何とも訝しげな顔で二人に近付く。
「……ん? 誰よあんたら。 俺の病室に何でいる?」
「俺の、病室? あれ、此処ってウォウルさんの病室じゃ……」
「いや、俺の病室に決まっ――ん? あれ?  此処、個室?」
 言いながら辺りを見回していた皐月は、そこで漸く何かに気付く。
「うわっ! 部屋間違えた! ごめんなっ!」
 慌てて出て行こうとする皐月を、ウォウルが慌てて呼び止めた。
「お待ちください、貴方今、屋上、と……」
 彼の静止に首を傾げた皐月は、振り返って頷く。
「折角病室抜け出しておでんでも食ってやろうとしてたのによ。鍋やらダシやらも持参してったのに、清掃員がいて「入るな」だって。だったらもっとまともな病院食だせよー、ったく」
 ぶつぶつと言いながら彼はどっかりと椅子に座る。
「ま、いいや。個室ならぜってーばれねーって。みんなも食う? おでん」
 備え付けてあったテーブルに鍋を置くと、店開きをしながらにそんな事を尋ねる。
「あぁ、そうだ。言い忘れた、此処でおでん食っていい?」
「え、えぇ。まぁもう初めているみたいなので、良いですよ。続けて」
 苦笑を浮かべるウォウル。それと同じように苦笑を浮かべたり、将又唖然としながら面々が淡々とおでんの準備に取り掛かっている皐月を見ていた。
「お邪魔しますぅ! ウォウルさん、お加減どうですかぁ?」
「……失礼します」
「わぁ! アルトリアさん、丁寧だねぇ……って、事で、ウォウル先輩、お久しぶりです。大丈夫ですか? 怪我」
「やっほー、初めまして、かなぁ」
 皐月をまじまじと見ていた一同は、その声に今度は扉の方へと目をやる。と、そこにはルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)アルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)堂島 結(どうじま・ゆい)プレシア・クライン(ぷれしあ・くらいん)の姿があった。どうやら四人もウォウルのお見舞いに来た様である。と、部屋に入るなり早々に出迎える皐月の姿をまじまじと見つめる彼女たち。
「……何故病院で、おでん?」
「さぁ? わからないですぅ」
「まぁでもおいしそうないい匂い!」
「ウォウル殿、その節はお世話になりまして……」
「あぁ、いえいえ。こちらこそ」
 結、ルーシェリアは不思議そうに皐月の背中を見つめ、プレシアは皐月の肩越しにひょっこりと鍋の中を覗きこむ。アルトリアは丁寧にウォウルにお辞儀をし、ウォウルは彼女に倣ってお辞儀を返していた。
「なんかまた、面白い人たちが来たなぁ。良いよなぁ、ウォウルさんといると面白い人たちと交流出来て」
「聖、危うく私たちもその『面白い人たち』の仲間になってるからね?」
「知ってるって」
 はっはっは、などと聖がその様子を見て笑い声をあげる。レキとカムイは深く考える事を辞めたのか、「まぁいつも通りだね」などと笑顔をこぼしながらその様子を見ているし、綾瀬は懸命に林檎を剥きながらそれをウォウルの口へと運んでいく(半ば強引に食べさせている、と言う方が、この場合は適切である)。
綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)がその部屋に入ってきたときは
既に、再びお祭り騒ぎが再開されている。あちらでおしゃべり、こちらで笑い、それぞれが思い思いの事を楽しんでいたりする。
「こんにちは。ってあれ? 此処よね? ウォウル君の入院している病院って」
「みたいですわよ? だってほら、あすこにウォウルさんがおらわれますもの」
 アデリーヌがウォウルを指差すと、一同の目が一斉に集まった。
「「いらっしゃーい(ませー)」」
 何人に言われたかも定かではない声に一瞬肩を竦める二人は、しかし恐る恐るウォウルの元へと歩いていく。
「お久しぶり。覚えてる?」
「えぇ、ラナを脅かそうとしたときにご迷惑をおかけした。あの時はありがとうございました」
「また悪ふざけかと思いましたが……お体が悪いのは本当でしたわね」
 心配そうにウォウルの姿を見る二人。対して彼は「いえいえ、大した事はありませんよ」と呟く。が、その言葉が引き金に、綾瀬が素早い突きを脇腹に突き刺した。
「何が『大した事がない』のですかしら? さんざ方々に迷惑をかけておいて言える言葉とは思いませんでしたわねぇ」
「……あ、綾瀬さん………そっちの脇は……」
 上半身を起こしていた彼は、綾瀬の一撃に思わず崩れ落ちていく。
「ウォウル先輩!?」
「ありゃ……嘘つくとああなるのかぁ、くわばらくわばら………」
 結が慌ててウォウルの元へと駆け寄り、その様子を見ていたプレシアがややおどけた様に笑う。
「ま、まぁ…でも、命に別状はなくってよかったじゃない。うんうん」
「そ、そんな事よりもお二人はまたどうしてこちらに?」
 懸命に復帰を図ろうとするウォウルを、レキ、カムイ、綾瀬が懸命にベッドに抑え込んでいると、ウォウルは断念したのか横になったまま、二人に尋ねる。
「たまたまこちらを通る用事がありましてね? そしたらあなたの名前が会話の中で聞こえたので。気になってきたんですのよ」
「ま、ホント偶然だったから何も持ってないんだけどね。こんな事ならなんか、お見舞いに持ってくるんだったかなぁ」
 失敗した。とで言いたげにさゆみは眉を顰める。
「大丈夫大丈夫。もう結構な数、皆から貰ってるんだし。ね? ウォウルさん?」
「えぇ。そうですねぇ」
「うっしゃ! おでん完成っ! やっべーうまそー! 久々だなぁ……! ってよりさ、ウォウル、此処の病院食まっずくねー?」
「そう? ですか? 僕は美味しくいただいてますけどねぇ」
 はて、と疑問を浮かべながら返事を返すウォウルに聞こえない様、聖が皐月に耳打ちした。
「あの人ね、味覚がおかしーのさぁ。ほんと」
「……ま、そうだろうな。此処の病院食が美味いってんだからさ」
「そんなに不味いの? 此処のごはん」
 二人の会話を聞いていた璃央が興味深げに尋ねた。
「私も気になるかなぁ」
「えっへへ、私は病院食より目の前のおでんが気になるよねっ!」
 「何々―っ!?」とで言う様に唯とプレシアがその会話に参加。
「お、じゃあみんなで食おーよ。折角人がいんならみんなで食った方が美味いに決まってるっしょ!」
「わーい!」
「本当に!?」
 皐月の申し出に嬉しそうな顔の結たちは、パイプ椅子を新しく持ってきて彼の隣に並べて座った。