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嵐の中で

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<part1 戦端>


 木々を大地から引き剥がさんばかりの風が荒れ狂い、雨が叩きつける。
「うわっ、囲まれた!?」
 山岳地帯から撤退しようとしていたフィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)は、敵のシュメッターリング部隊に追いつかれ、包囲されてしまった。
 孤立無援。シュメッターリングはじりじりと包囲の輪を狭めてくる。
「うう……まずいです……」
 フィリップがつぶやき、震える手で操縦桿を握り締めた、そのときである。
「フィル君!」
 叫び声と共に、大きな炎が一体のシュメッターリングを襲った。
 フィリップが驚いて声の方を確認すると、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)が炎の戦乙女ブリュンヒルデを連れて立っていた。
「大丈夫!? 怪我してない!?」
「う、うん。まだイコン部隊は再編成されてないんじゃ……?」
「フィル君のピンチなのに、そんなの待ってられないよ! 私が時間を稼ぐから、フィル君は今のうちに逃げて!」
「そ、そんな。女の子をオトリにするなんて……」
「いいから早く!」
 フレデリカは焔の嵐を立て続けに周囲のシュメッターリングに放った。雷雨のせいで威力が出ないが、包囲の輪が緩む。フィリップはそのあいだをかいくぐって抜け出した。
 追ってくるシュメッターリング。
「行かせないわ!」
 フレデリカはブリュンヒルデのビームランスで敵機のアックスと組み合った。響く金属音。
 敵機は後退し、クラッカーを射出する。クラッカーが爆発した。
「きゃあああっ!?」
 爆風で吹き飛ばされるフレデリカ。
「フリッカ!?」
 フィリップのプラヴァーがフレデリカの体を抱き止めた。フィリップはそのまま山の麓へと全力で逃走する。アームの中に抱えられたフレデリカの息は弱々しい。
「もう、無茶しすぎですよ。フリッカ……」
 フィリップはトンネル前の仮設本部に戻った。フレデリカを衛生兵に預ける。
 容体が心配だが、今はやることがある。後ろ髪を引かれながら、トンネルの土砂を撤去する作業へと向かった。


 ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)は聖騎士の駿馬で山を駆け上っていた。
 救助部隊が不時着の現場にたどり着くにはまだ時間がかかる。先行して乗客を守らなければ。そう考えてのことである。
 幸い、敵のイコン部隊はルーシェリアに気付いていないようだった。仲間の徒歩部隊は遥か後方だ。
「これは一番乗りかもしれないですぅ……」
 つぶやいたルーシェリアの横を、またたび 明日風(またたび・あすか)が駆け抜けた。千里走りの術を使っているものだから、素早いことこのうえない。
「お先に」
「あ、待ってくださぁい!」
 ルーシェリアは駿馬のスピードを上げた。

「この作戦、ダイブ無理があるんじゃナイ?」
 アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)の肩に腰かけ、揺られながら言った。二人は巨大なヒヨコ風生物、ジャイアントピヨの背中にしがみついて山を登っていた。
「大丈夫……、ピヨはイコンじゃないし、敵に見つかっても『なんだタダの鳥か』で見逃してもらえるって……。ていうか、この微妙な揺れが気持ち良すぎて寝ちゃいそうだ……」
「こんな状況でよく眠れるネ」
 アリスは呆れる。
 ジャイアントピヨが山の頂上に到着した。
 たたずんでいた敵のシュメッターリングがぐるりと顔をこちらに向ける。アキラとアリスはジャイアントピヨの羽に身を埋めて息を潜めた。
 ふん、と鼻を鳴らすようにしてシュメッターリングが顔を背けた。止めていた息を吐く二人。
「なんとかなったネ」
「だから言っただろ」
 言い合う二人を乗せ、ジャイアントピヨは山を降りていった。

 飛空艇は山の麓の谷間に不時着していた。河をまたいで横に大きく傾ぎ、船底の真下を水流が激しく流れている。飛空艇は右側部にトラブルが起きたらしく、黒く焼け焦げていた。
 雷雨のせいで乗客は外に出られず、飛空艇の窓や乗降口から怯えた目で外を眺めている。
「皆さぁん、助けに来ましたよぉ。酷い怪我をしている人はいませんかぁ?」
 ルーシェリアは乗降口の前に駿馬で走り込んだ。
 先に着いていた明日風が乗降口から出てくる。
「結構な人数が負傷してるみたいだねぇ。お仲間に連絡したいんだけど、どうもこの携帯電話って奴の使い方が分からなくてね。代わりにかけてくれないかい?」
「分かりましたぁ」
 ルーシェリアは明日風から携帯を受け取って電話帳を開いた。
 アリスとアキラを乗せたジャイアントピヨも飛空艇の前に到着する。
「ヒヨコだ!」「でっかーい!」「でも可愛い!」
 子供の乗客たちがジャイアントピヨを見て騒ぎ出す。
「うん、ピヨの癒し効果は抜群みたいだなあ。アリスも行って来な」
「ワタシを生け贄にする気!?」
 アキラはアリスを子供たちに差し出した。
「きゃー!」「お人形さんだ!」「かーわーいー!」
 主に女の子たちが大喜びでアリスをもみくちゃにする。取り合う。
「やーめーてー!」
 じたばた暴れるアリス。
 ――これで救助が来るまで少しは不安が和らぐだろう。
 アキラは満足し、ジャイアントピヨを移動させた。土砂が流れてくると思われる方向に立ちはだかって備える。いざとなったら身を挺して飛空艇をかばうつもりだった。
「電話、かけましたよぉ」
「ありがとう」
 ルーシェリアから携帯を受け取り、明日風は仲間に呼びかける。
「もしもし。拙者だけど……」

「……なるほど、状況は分かったわ」
 トンネル前に造られた仮設本部。その軍用テントの中で、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は明日風の電話を受けた。
「なんだって?」
 レオン・ダンドリオン(れおん・たんどりおん)が尋ねる。
「負傷者多数、飛空艇の自力飛行はほぼ不可能らしいわ。ちょうど河の上に不時着しちゃってるから、川の水量が上がったらアウトみたい」
 リカインは伝え、レオンに手を振る。
「レオン君は行って行って。連絡役は私が引き受けるわ」
「けどなー、俺がここを任せられたんだし」
「適材適所って言うでしょ。歌姫の私なら遠くの仲間も助けられるわ。情報はちゃんとレオン君にも回すから」
「りょーかい」
 レオンは仮設本部を飛び出し、トンネルへと向かった。
「イコン部隊はまだ発進できない?」
 リカインは本部脇に停めた移動整備車両キャバリエでイコンを整備中の長谷川 真琴(はせがわ・まこと)に訊いた。
 キャバリエは時と場所を選ばずイコンを整備できる優れ物。こういう荒天時に精密機器を整備するには打ってつけだ。
「もうすぐ一機終わります!」
 真琴はイコンのネジをきゅっと締めた。イコンの肩にまたがって整備をしているのだが、雨の中を駆けつけたイコン自体が濡れているせいで、気を抜くと滑り落ちそうになる。
 コックピットのアレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)が焦れる。
「大体でいいっすよ! とりあえず動けりゃなんとかなるっすから!」
「駄目ですよ。こういう状況の悪いときは、きちんと整備しないと実力の半分も出せないんですから。最悪、故障して敵に狙い撃ちされることだってあります」
 真琴は穏やかにいなし、手早くも手を抜かずに整備を続ける。
「そうだ。整備なしで嵐の中に飛び込むなんて、命を捨てに行くようなもんだぜ」
 真田 恵美(さなだ・めぐみ)は真琴を手伝い、イコンに兵装をしっかりと取り付けた。ショートカットの髪も服も汗びっしょりになっている。
「ここはこれでいいか?」
「うん。初めてにしてはちゃんとできてますね」
「授業で指にタコができるまでやったからな」
 そう胸を張りつつ、恵美は緊張していた。授業では間違っても点数が引かれるだけで済む。しかし、実戦では自分たちの整備の如何で人の命が左右されるのだ。重責だった。
「済みました!」
 真琴と恵美はイコンから素早く降りた。
「よっしゃ行くぜー!」
 アレックスはイコンを急発進させる。
 真琴と恵美は次のイコンに取りかかった。辻永 翔(つじなが・しょう)の乗るプラヴァーである。
「普段はイーグリットに乗ってるんですよね?」
「ああ。この風じゃイーグリットはまずいからな」
 真琴の問いに、翔がうなずいた。
「じゃあ、操作感がなるべく変わらないようプログラムを調整しておきますね」
 恵美がコックピットに端末を接続し、真琴が慣れた手つきでコマンドを打ち込む。
「できました。気をつけて行ってきてください」
「頑張れよ!」
 二人に見送られ、翔のイコンも発進した。

「さーて撃つぜー撃ちまくるぜー」
 ヴァラヌス鹵獲型アオドラのコックピットに収まったアレックスはノリノリで山を登っていった。
 隣席のサンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)がため息をつく。
「私たち二人じゃイコンの全力は出せないの分かってるでしょ? あんまり調子に乗らないでね」
「へーきへーき。敵を見つけたらショルダーキャノンでぼかーんで一撃だぜ!」
「やっ、やめてよ! 山に直撃して土砂崩れでも起きたらどうするの! 使っていいのはハンドガンだけ! ショルダーキャノンなんか使ったら承知しないからね!」
 サンドラの人でも殺せそうな睨みに、アレックスはすくみ上がる。
「イエッサー……」
 アオドラが山岳の中腹まで到達した。
 サンドラは敵陣を観察し、仮設本部のリカインに通信する。
「こちらアオドラ。敵はシュメッターリングが多数。シュバルツ・フリーゲも一機確認したわ」
「了解。引き続き報告をお願い」
 リカインは次々と発進するイコン部隊を横目で見ながら答えた。