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第二章 地獄のクッキングファイト 8

「くっ……さっきリタイヤしておくべきだったか……」
 げんなりした表情で、大吾はぽつりと呟いた。
 これだけの「強者」が集まる中、「ちょっとマズい」料理の作り手に負けられる機会などそうはない。
 あの時、料理のせいでダウンしたフリでもしていれば、そのまま危険な料理を食べずに「負け抜け」できたのではないか?
 まあ、今さらそんなことを考えてみても後の祭りであるし……それに。
「何を言っているんですか。それじゃせっかくの料理を食べてもらえないじゃないですか」
 セイルはまだまだやる気を失っていないので、一人で逃げようとしても許してはもらえないだろう。
「……となると、やっぱりやるしかないのか……!」

「佐々木さん、ちょっとそっちのスープをお願い!」
「わかりました。見ておきますねぇ」
 キッチンで何種類ものラーメンを一度に作っているのはラーメン中毒の少女、堂島 結(どうじま・ゆい)
 そして、その作業をスタッフとして手伝っているのは、なんと佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)であった。
 パラミタではだいぶ名が知れている料理人の部類に入る彼が、なぜこんな珍妙な企画に、それもスタッフとして参加しているのか、というと。
(まあ、『美味しい』と『まずい』は紙一重ですからね)
 彼に言わせれば、これはまたとない貴重な修行の機会であるのだという。
「特に何もしてないのに謎料理になる」という七不思議組を例外とすると、ほとんどの謎料理は素材と調理法、もしくは素材同士の組み合わせがおかしいことによって発生する。
 しかし、その「おかしな発想」は、あえてポジティブにとらえるならば「非常に独創的な発想」であり、その中には貴重な宝石の原石が埋もれていないとも限らない。
 それに何より、「美味しく作るためのポイントを外れているからマズくなる」のであるとすれば、多くの料理のマズさの秘訣(?)を知ることは、逆に言えば、外すべからざる料理のポイントをより深く知るチャンスでもあるのだ。
 ……とはいえ、あまりにも破壊的なものを食べてダウンしたり、舌が破壊されたりしては元も子もない。
 そうならないよう、比較的マイルドな参加者のキッチンのみをうまく渡り歩き……そして、今は結の手伝いをしている、と、そういうわけである。

「うーん……」
「お味の方はいかがですか?」
 尋ねる賈思キョウ著 『斉民要術』(かしきょうちょ・せいみんようじゅつ)に、弥十郎は苦笑しながら小声でこう答えた。
「いかがも何も。ただ、発想そのものは面白いですし、もう少し工夫すれば美味しくなる余地はあるような気はします」

 と、そんな感じで二人がラーメンを作っている間に、それを食べてくれる実験体……もとい、お客様を確保してくる大役を仰せつかってしまったのは、結の兄である堂島 直樹(どうじま・なおき)だった。
 よく考えるまでもなく、この大会の「戦闘担当」というのは、戦うこと自体に意義でも見いだせるのでなければ、基本的に損ばかりで何の得もない話である。
 勝ったところで何が得られるでもなく、負ければ何を食べさせられるかわかったものではない。
 それでも、彼がそんな役目を引き受けたのは、やはり可愛い妹の喜ぶ顔が見たい、という理由が大きかったのだろう。美しきは兄妹愛、である。

 かくして、大吾たちと直樹は出会った。
「お、俺が無事に帰るためには避けられない戦いか……!」
「アハハハッ! さっきは失敗したけど、今度こそは!!」
 同時に戦闘態勢をとる大吾とセイルであったが、すでにその温度差がひどい。
 いきなり機晶斬竜刀・神薙を抜き放って切り掛かるセイルと、まずはがっちり守りを固めて間合いを気にする大吾。
 迎撃する直樹は銃使いのようだから、間合いを詰めてしまえばこちらが有利のはず。
 そう考えて、全力で飛び込んだセイルだったが、なんと直樹は逆に自分から飛び込んできたのである。
 剣の間合いを一瞬で通り抜け、一気にゼロ距離へ。
 電光のごとき飛び膝蹴りの一撃で、セイルはあっさりダウンした。
 直樹は今でこそ銃を使っているが、もともとは格闘術をメインとしており、実はまだそっちの方が得意だったりするのである。
 そしてもう一つ――思い出してほしい、このフィールドを覆う結界の効果を。
 最後のトドメはマズい料理で刺さなければならず、逆においしい料理は相手をパワーアップさせてしまう。
 ……では、トドメには至らないがマズい料理を食べた場合は?
 答えは、「トドメは刺されないがほとんど回復もしない」である。
 よって、もともと二人の体力は大して回復していなかったのだ。
 もちろん、この状態で一騎討ちに持ち込んだところで、大吾に勝ち目があるはずもなく。
 結局、またしても二人まとめて確保されてしまったのだった。

「さすがお兄ちゃん! 二人も連れてきてくれるなんて!」
 直樹が戻ってきたのを見て、結は嬉々として彼女の創作ラーメンの用意を始めた。
「はい、まず女の子にはこれ!」
 セイルの前に置かれたのは、なぜか甘い香りの漂う醤油ラーメンのようなもの。
「これは?」
「プリンラーメンよ。どうぞ召し上がれ!」
 ああ、もう名前の時点で大事故確定である。
 げんなりした様子でセイルは麺を口に運び……少し目をぱちくりさせた。
「この麺……全然コシがなくて、しかもなんだかプルプルしてますが」
「プリンラーメンだからね」
「スープは……これ、カラメルソース入ってますよね?」
「プリンラーメンだからね」
 なんという大惨事……と、思うだろうか?
「……最初に想像したよりはかなりマシ……というか、変わってますけど、そこまで悪くはないですね」
 プリンとラーメンと考えると微妙な気がしてしまうが、実はカラメルと醤油の相性はそこまで悪くない。
 よって、ラーメンとしては明らかに規格外な存在になってしまうが、「もともとこういう食べ物」と考えれば、これはこれでアリなのである。

 ともあれ、今回の相手も致死性の料理を作るような相手ではないらしい。
 セイルの反応を見てほっと安堵の息をついた大吾だったが、運命は彼にちょっとだけ残酷だった。
「あなたにはこれ! 疲れてるみたいだから、私のとっておきをどうぞ!」
 そう言いながら結が大吾の前に置いた丼の中には……カオスが広がっていた。
 なにやら刺激臭のする麺に、強烈に薬臭いスープ……いや、これはスープというより、どう考えても煮立てた栄養ドリンクそのものである。
「こ、これは一体……」
「特製・元気モリモリラーメンよ!」
 元気モリモリどころか、もう見た瞬間に即座にぐったりなのはこれいかに。
 とはいえ、食べないことにはなくならないし、セイルの時のように「食べてみたら悪くなかった」という可能性もまだわずかながら残されている。
 意を決して麺を口に入れてみた大吾であったが……麺の食感がのっけからおかしく、なんだかシャリシャリする上に妙に辛い。
「元気が出るように、ニンニクとショウガをたっぷり練り込んだんだけど、どうかしら?」
 その気持ちだけ受け取れればよかったのに、と大吾は深いため息をついたのであった。