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第二章 地獄のクッキングファイト 10

 さて。
 どれだけ多くの参加者がいようと、そんなこととは一切関係なく、戦う運命にある者、というのは存在する。
「また会ったな」
 仕掛ける気満々なのは、日比谷 皐月(ひびや・さつき)
「やれやれ。戦闘担当として引っ張ってこられて来てみれば……奇遇だねぇ、兄弟」
 かすかな笑みすら浮かべて迎え撃つは、八神 誠一(やがみ・せいいち)である。
「男の喧嘩に言葉は要らねーだろ?」
「……だねぇ。お互い、アレは食いたくないしねぇ」
 誠一のその言葉に、皐月も釣られてキッチンの方を見た。

「せ〜ちゃん、頑張るのだよー」
 誠一の側のキッチンに控えているのはオフィーリア・ペトレイアス(おふぃーりあ・ぺとれいあす)
 そして、彼女の後ろでうごめいている毒々しい紫色の物体こそが、彼女の「料理」であった。
 名付けて「ケーキオブファンタジー」。
 材料をイルミンスールの呪物商やらキマクの闇市やらで仕入れている時点ですでにアウトなのだが、そこにオフィーリアの独特の料理センスが加わっているのだから、普通に怪物の一つもできようというものである。

「皐月、負けたらどうなるか……わかってますね?」
 一方、皐月の側のキッチンにいるのは雨宮 七日(あめみや・なのか)
 彼女の「料理」もまた、彼女の後ろでうごめいていた……しかも、不気味なうめき声を上げながら。
 通称「チョコレートアンデッド」。
 アンデッドがチョコレート化したのかチョコレートがアンデッド化したのかは知らないが、いずれにしてもこれまたこの時点ですでにアウト。
 その上これは「バレンタインのチョコレートを作る練習をしていたら誕生した」という十ヶ月近くも前のシロモノであり、あまつさえ普通にアンデッドとして戦闘にまで使われていた経緯を持つという。
 その最中で魔物を補食していたという情報もあるから、すでに何が入っているかわかったものではない。

「……なおさら、負けるわけにはいかねーな」
「ああ。お互いにねぇ」
 お互いのキッチンで微笑む暴君と怪物のペアに一度ため息をついて、引きつった笑みを交わす二人。
 だが、実際に戦いに入ってしまえば、そんな「些細なこと」はどうでもよくなるのがライバルというものなのだ。

「さあ、始めようぜ!!」
 皐月のその言葉で、戦いの火ぶたは切って落とされた。
 先手を取ったのは誠一、早速得意の煙幕ファンデーションで視界を遮りにかかる。
 かつてこれで痛い目を見ている誠一であったが、今回はむしろそれを待っていた。
(いきなり来やがったか……ならっ!)
「おおおっ!!」
 一度大きく下がって煙から離れると、煙が追いついてくる前にチャージブレイクし、その全力で思い切り足元の地面を殴りつける。
「!?」
 殺気感知で相手の居場所を探ろうと自ら煙幕の中に飛び込んだ誠一にはこの動きが正確には見えず、足元の揺れと目の前から飛んでくる石の破片に一瞬の動揺が生まれる。
 気づいた時には、上空に巨大な氷の槍が生まれていた。
 皐月の武器を核に、全ての氷の盾を攻撃に転用し、巨大な槍を作り上げたのである。
「ブチ抜けえぇっ!」
 上空からの渾身のランスバレスト。
 だが。
「遅いっ!」
 不安定な足場の中、どうにか飛び下がって落下点から逃れる誠一。
 今までの皐月の戦闘パターンから「無茶をしてくるタイプ」というのは想像できていたが、さすがにここまでとは予測できなかった。
 だが、それもあまりに大振りすぎてムダに終わった……と思った、その矢先だった。

 誠一が体勢を立て直すより早く、氷の槍を蹴って皐月が跳んだ。
「もらったっ!!」
 とっさに受けようとした誠一の腕に渾身の蹴りを叩き込み、誠一の刀を落とさせる。
「言ったろ、男の喧嘩だ、って。なら、武器は邪魔だよな?」
 技量では明らかに誠一が勝るかもしれないが、単純な身体能力には大きな差はなく、むしろ皐月の方が上かもしれない。
 勝機があるとすれば、技量も戦術も関係ないガチの殴り合いに持ち込めた時だけ。
 皐月はそう考え――それを成功させたのである。
「そうかもしれないねぇ。それじゃ、それでお相手しようか」
 ことここに至って、誠一も覚悟を決め……二人の戦いの第二ラウンドが開始されたのだった。





 レン・リベルリア(れん・りべるりあ)は、一人でキッチンで料理の「選別」をしていた。
 彼のパートナー、奏輝 優奈(かなて・ゆうな)が魔法と料理の両方の練習として魔法を織り交ぜながら作り上げた料理の中から、紛れ込んでいる謎料理を選別して撤去するお仕事である。

「手伝いましょうか?」
 そう声をかけたのは、さすらいの料理スタッフである弥十郎である。
「スタッフさんですか? よろしくお願いします」
 一生懸命に料理を一口味見しては皿を戻し、ときどき思い切り顔をしかめながら謎料理を片付けるけなげなレンの姿を見ていると……この大会の真相を知っている弥十郎は、何とも言えぬ罪悪感を感じるのであった。
「あの、そっちどうですか?」
「いえ、今のところ問題ないですねぇ。なかなか上手に作れていると思いますよ」
「そうですか、よかったです」
 少年、その君が取り除いた謎料理、それを食べさせないことにはこの大会における勝利はないのだ。
 だが、誰がそんな残酷な事実を告げることができるだろうか?
 弥十郎は祈った。この料理の作り手には気の毒だが、願わくば、この料理の出番が来ませんように、と。

 そして実際、それは訪れなかった。
 魔法の才能であれば出場者の中でも結構なレベルにあるはずの優奈であったが、さすがにルイ・フリード(るい・ふりーど)が相手では分が悪すぎた。
「申し訳ありませんが、リアのためにも一緒に来てもらいますよ!」
 2m超のルイの巨体が、まるで重さを感じさせずに駆け、跳び、速く重い一撃を放つ。
 優奈の魔術が効果を発揮しなかったわけではないが、単純にそれがルイを倒すに至るまで優奈が持ちこたえられなかった、というだけのことである。
「あかんなぁ……これは私の負けやな」
「では、こちらへ来てください。リアが料理を作って待っています」
 わりとあっさりと負けを認める優奈。
 もともとそこまで勝ちにこだわっていたわけではない彼女にしてみれば、すでにここまでの調理と戦闘だけでも十分練習はできたし、負けることによって他人の料理を食べることになれば、それも研究材料にできる、という思惑だったので、別に負けたら負けたで構わなかったのだ……が。

 ルイのパートナーであるリア・リム(りあ・りむ)の料理は、キノコマンのフルコースであった。
 キノコマンの頭部は非常食にもなるのだが、非常時でもないのにキノコマンを六匹も食材として使ってしまうその豪快さは特筆に値する。
 そして、その調理方法もまた豪快であった。
 用意したキノコマンの頭部六つのうち、一つは薄くスライスして「キノコマンの刺身」に。
 それはまだいいのだが、残った五つのうち三つをそのまま串に刺し、塩をふって丸焼きにした「キノコマンの串焼き」は……実に見た目のインパクトが強すぎる。
 串に刺さってキノコマン、三つ並んでキノコマン、塩を振られてもキノコマンであり、しかもそれぞれが全く違った断末魔の表情を浮かべたままだというのだから、これでは完全に料理というより呪われたトーテムポールか何かである。
 そして最後に、「これだけだと栄養が偏る』と考えて作ったのが、謎料理の定番である「鍋」だった。
 不足する野菜分を補うため、つゆのベースは、というかつゆは丸ごと青汁。
 そこに不足するタンパク質を補うためにプロテインをたっぷり練り込んだ小麦粉の団子を浮かべ、やっぱり断末魔の表情を浮かべているキノコマンの頭部二つを豪快に両断し、そのまま鍋に放り込む。
 最後に味を整えるために鷹の爪を入れ……たところで脂肪分が不足するのを思い出し、最後にシボラのバターを入れて煮込んだ、といういろいろ後づけで無計画に拡張した感アリアリの一品である。
 見た目のインパクトでは串焼きに一歩譲るものの、謎料理としてのクオリティは明らかにこちらが上であるといえよう。
「これでも気持ちを込めて作ったんだ、ちゃんと食べてくれよ?」
 胸を張るリアに、優奈は少しげんなりした様子でこう呟いたのだった。
「そらルールやし食べるけどな……もう味以前の問題やろ……」