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第二章 地獄のクッキングファイト 13

「こうなれば、俺一人でも……と思ったんですが」
 恭也の頬を、冷や汗が伝う。
 それほどまでに、彼の相対した敵は強大だった。
 たまらずちらりとキッチンに目をやると、激辛海鮮鍋の仕上げをしているアベル・アランド(あべる・あらんど)と目が合った。
 当然、彼も状況が変わったことはわかっているはずなのだが……援護に来てくれる気配は、いっこうにない。
 ……となれば、やはり一人で何とかするしかない。
「ごにゃ〜ぽ☆ ボクは風……風(ボク)の動きを捉えきれるかな?」
 不敵に笑う、裁という強敵を。

「くっ!」
 まずはスプレーショットで相手の出足をくじき、とにかく距離を保つことを第一に考えるが、純粋な速さの差に加え、全身と後退ではやはり相手に分がある。
「それならっ!」
 光術で目くらましを試みるも、次の瞬間、狙いを定めたはずの相手がかき消える。
「ミラージュ!? しまった!!」
 そのかき消えた幻影の後ろから、まるで舞うような動きで迫る裁が、炎のリボンを振るう。
 その一撃を受けきれず、ふらつくところに死角からの追撃。
「がっ!!」
 たまらずがくりと倒れた恭也の目に、飛び込んできたのは……。

「い〜とみ〜♪」

 そう叫びながら突っ込んでくるのは、節足動物のような足とぎょろりとした目玉を持つ特大チョコボール。
 その胴体には、ご丁寧にも真っ青な字で「い〜とみ〜」の文字とハートマークが描かれている。
「そんなものが食べられるかあぁ!!」
 最後の力を振り絞って、口に飛び込んでこようとする「それ」を恭也がはねのけると……。

「うごぉっ!?」

 払いのけられた「それ」が、ものの見事に蜃気楼の怪異 蛤貝比売命(しんきろうのかいい・うむぎひめのみこと)を誤爆した。
「ああああああああ!!」
 よほど壮絶な味がするのか、苦しげにのたうち回る蛤貝比売命。
「だ、大丈夫なのですか〜?」
 魔鎧形態のまま、ドール・ゴールド(どーる・ごーるど)が心配そうに言う。
「さぁ、口直しにこれを飲むんだ☆」
 裁が差し出したコップを、蛤貝比売命は中身もロクに見ずに受け取り、そのまま飲み干し……。
「うがあああああああああああ!!!」
 口直しどころか、単なる追い打ちに今度は転がり回って苦しむ。
「い、いっそ、魂が抜けてくれたほうが楽じゃぁぁぁ!!!」

 この、味方のはずの蛤貝比売命にトドメをさした謎の飲み物(?)。
 これこそ、裁の得意料理である「蒼汁(アジュール)」である。
 いわゆる「青汁」は実際には緑色だが、この「蒼汁」は本当に蒼い。
 ちなみに先ほどの自走式チョコボール「い〜とみ〜」の胴体に描かれていた文字もこの蒼汁によるものである。
「いつ見ても、絶対これは飲み物の色ではないのですよ〜?」
 全くもってその通りなのだが、一応これでも「企業秘密の原液(注:一応食用の材料のみで作られています)」に栄養価の高い食材を適当に放り込んだあげく、汁気がなくなるまで鍋で煮詰めるとこうなる、という……れっきとしたオール食用素材由来の「料理」である。
「さぁ、キミもこの蒼汁を飲むんだ☆」
 飲んでどうなったか、実例を間近で見ているだけに飲みづらくはあるが……さっきの「い〜とみ〜」との二択であれば、こちらの方がまだマシに見える。
「仕方ありません……諦めも肝心ですね」
 ため息をつきながらコップを受け取り、見ないようにして一気に飲み込む恭也。
 次の瞬間、たちまち顔色が青く……というか、蒼汁色になる。
「こ……こんなもの料理とは認めません……っ!!」
 それだけ言い残して、恭也はその場にばったりと倒れ、そのまま動かなくなった……と、思われたのだが。

 不意に、恭也がゆらりと立ち上がった。
 その目には危険な光が宿り、その口元には邪悪な笑みが浮かび。
「な、何が起こっているのですか〜?」
 ドールが驚きの声を上げ、さしもの裁も一歩後ずさる。

 そして、次の瞬間、恭也が動いた。
「!?」
 裁ですら追いつくどころか、知覚することすら困難なほどの神速で、彼女が用意してあった三品めの料理「シューマウンテン☆」を奪い取る。
 ちなみに、これは天高く積まれた大量のシュークリームの山なのだが、一見普通な外見とは裏腹に、中身は蒼汁クリームやらハバネロやらといった「badとworseとworstしか入っていない」全く嬉しくないロシアン仕様のシロモノである。

 ともあれ。
 キッチンからその様子を見て、アベルは唖然とした表情で呟いた。
「まさか……暴走!?」
「……勝ったな」
 ドヤ顔でそう続けたのはいつの間にか戻ってきていたウィリアム。
 そんな二人の見守る中、最大の武器を手にした恭也が向かったのは。

「はい、あーん☆」
「ああ、なんだかどんどん美味しく感じるようになってきた気がします……」
 結局、あの後も何だかんだでずーっとデローン丼を食べ続けている春太。
 だんだんいい感じに洗脳されかかってきたところに、悪魔と化した恭也が現れた。
「え!?」
 リアクションする暇すら与えず、氷雨の口の中にシュークリームをねじ込む。
 一拍遅れて彼女の顔が蒼汁色に変わり、声もなくその場に倒れ伏したのを見て、恭也は見るものの魂さえ凍るような笑みを浮かべ、次の獲物のもとへと向かったのだった。

「ふっふっふっ……犠牲者増えろ、もっと増えろ……!」

 この恭也の無差別攻撃は押し込むべきシュークリームがなくなるまで続き、予選の終了を早めるために多大な貢献をしたのであるが……本人はその直後に再び気絶してしまい、しかもその間の記憶は全く残っていないそうである。