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リアクション
「ちっくしょ……!なんで俺があいつらを連れてこなきゃいけねぇんだよ……」
ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)は喫煙所で一人ぼやいていた。
その視線の先には、自らのパートナーであるオウガ・クローディス(おうが・くろーでぃす)と秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)のふたり。
周囲はクリスマス一色。クリスマスイベントをやっているのだから当たり前。
公園内には、もちろん家族連れの姿も無いことは無いが、主な客層はカップルたち。
「……ナンパには、むかねぇだろ」
一人でうろつくにはもっと向かないが。ラルクはあきれ気味に紫煙を吐き出す。
『闘神の書』に半ば無理矢理引っ張ってこられたのだが、話を聞けば『闘神の書』とオウガの二人でナンパをするのがメインらしい。
付き合ってられるか、と、こうして一服を決め込んでいる。
幸いにして喫煙所でまでいちゃついて居るような連中は居ない。壁にもたれ掛かって、煙をゆっくりと肺へ落とす。
思い浮かぶのは、入院中の、愛する妻のこと。
「あー、俺も砕音とイチャラブしてぇ!」
帰りに見舞いに寄ろう、と決める。どうせなら、ポインセチアか何かを買っていって病室に飾ってやろうか。
乱暴にたばこを灰皿へと押しつけると、ラルクは暇つぶしに、クリスマス市へと繰り出すのだった。
そんな自棄気味のパートナーの気持ちなどつゆ知らず、『闘神の書』は今日こそナンパを成功させるぞと息巻いていた。
「……あの、良かったんですか? 主を連れてきても?」
付き合わされているオウガは、喫煙所でむすーっとしているラルクをちらっと振り仰いで、闘神に問いかける。
「あたぼうよ! 何時もいちゃつくのを見せつけられてるんだから、お返しでぃ!」
「なるほど……そういうことですか……」
確かに、見舞いに付き合わされるたびにラルクと砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)夫婦のいちゃいちゃを見せつけられて居るだ。たまには良いか、とオウガも納得する。
「そんなことよりオウガ! 今日こそナンパを成功させるぜ!」
にやりと笑って闘神は気合いを入れる。
闘神は一言で言えば筋肉隆々。そしてオウガは一言で言うならば……赤鬼?
二人とも、失礼ながら近頃の女性にもてるタイプとは――少々、ずれている。
が、彼らのお目当ては「筋肉質な男性」。そういう嗜好の男性からは、気に入られる外見だ。
――それより問題は、「そういう志嗜好の男性」が、こういった場にはそう多くない、ということだった。
「畜生、やっぱ簡単にはいかねぇよなぁ……!」
暫く公園内をぶらついた後、闘神はがっくりと肩を落とした。
歩き回ってはみたものの、なかなか好みの男性には巡り会えない。居たけれど恋人連れ、という状況ですら無かった。居ない。
最後の望みを託して中央広場まで足を伸ばしたが、ここにもそれらしき影はなかった。どころか、右も左もカップルばかりで、いささかいたたまれない。
「まあまあ、良い気分転換にはなったでは無いですか」
オウガがぽんぽんと闘神の肩を叩いて慰める。
そうだけどよ、と言いながらも、闘神は諦めきれない様子だ。
確かに、カップルだらけの空間で独り身ふたり、というのはちょっと寂しいものがある。
折しも日が落ち始めた中で、火が入れられたばかりのイルミネーションが、舞い散る雪を照らし出している。
少し肌寒いだろうか。
「冷えますね」
そう言って、オウガは闘神との距離を少し、詰める。
慰めるように肩に回していた手を、緩やかに腕へと滑らせ、そっと抱き寄せた。
「お、おぃ、何すんでぇ」
オウガの様子が少しおかしい、と察した闘神は、少し驚いたそぶりを見せる。
こうして触れられること自体は珍しいことではない。体だけの関係とはいえ、肌を合わせる仲だ。
けれど、致すことは致していても、それはあくまでただのギブアンドテイク。
こんな恋人同士のような、優しいふれあいを持つような仲ではないはずなのに。
「たまには、良いではないですか。……肌寒いですし」
「お……おう……」
こつん、と厚みのある肩に額を寄せてくるオウガの様子に、闘神は少し戸惑いながらも、不思議な心地よさにとらわれて受け入れてしまう。
――そう、ただ、肌寒いから暖め合っているだけ。それだけだ、と自分に言い聞かせるように。
「……体だけの関係、というのも、少し寂しい気がしますがね……」
「ん……? 何だ?」
ちらりと振り向く闘神に、いいえ、と、首を振る。
「何でもありませんよ……さあ、あまり主を待たせても悪いですし、そろそろ行きましょうか」
言うと、オウガは寄せていた頭をすっと起こす。
ひゅうと冬の風が二人の間を渡った。
「そう、だな」
二人はそっと腕を離すと、ラルクを探して市の方へと歩いて行った。
■■■
「あ……糊買ってねえ」
樹月 刀真(きづき・とうま)がぴたりと足を止めた。
「えっ……ええー、戻るの−?」
同行していた二人のパートナーのうちの一人、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が不満そうな声を上げる。
今日は年末の買い物に出ている。もうだいぶ歩き回って、おなかもぺこぺこだ。やっと一通り買い物も終わって、これからご飯を食べに行こうとしていたのに。
「えーっと……じゃあ俺だけで戻るから、そこの公園で待っててくれ」
刀真は二人に告げると、さっと踵を返して空京の街へと戻っていく。
残された二人が、そこの、と指された方を見ると、色とりどりのイルミネーションに輝いている公園。
「仕方があるまい、待つとするか」
月夜と、もう一人の刀真のパートナー・玉藻 前(たまもの・まえ)は、ぶらぶらと公園の入り口をくぐる。
中は結構な賑わいを見せている。何かイベントをやっているようだ。
入り口で配られているチラシを何の気なしに受け取った玉藻が、クリスマスのイベントらしいなと呟く。
――クリスマスの妖精は、同性カップルを応援しています。
その一文の意味は計りかねて首をかしげるが、中央広場では雪を降らせるデモンストレーションが行われているらしい。
「何々、何かやってるの?」
「らしいな、行ってみるか」
うん、と元気に頷く月夜を連れて、玉藻は中央広場へと向かった。
とりどりの光が照らし出す中で、白い結晶がはらはらと踊っている。
「うわぁ−、綺麗だねー! ……でも、ちょっと肌寒いかも」
人工の物とは言え、雪は雪。肌に触れれば冷たいし、辺りの気温も心なしか下がっている気がする。
「玉ちゃん、温めて?」
冗談めかして言いながら、月夜は玉藻にぎゅっと抱きつく。
「うーん、玉ちゃん暖かいし良い匂いー……」
ごろごろとなついてくる月夜を、玉藻も拒んだりはしない。
よしよし、と受け止めて、ぽんぽんと背中をあやしてやる。
それはこの二人に取って、さして珍しくも無い、よくある光景――の、はずだった。
「ん……玉ちゃん、気持ち良い……」
けれど、今日はどこか月夜の雰囲気が違う。
目がとろんと熱っぽく、求めるように玉藻を見上げてくる。
なるほど、先ほどの一文はこういう意味か。納得した玉藻は、寄る辺なくすり寄ってくる月夜をやんわりと抱きしめて、その頭を撫でてやる。
すると、うん、と小さく身じろいで一層距離を縮めてくる。
それが可愛くて、玉藻は月夜の頬にそっと口づける。十分になで回したことに対する満足を込めて。
「ふふ……くすぐったぁい……」
月夜は嫌がる素振りも見せずに微笑んでいる。
ならばと玉藻は、額にもそっと唇を寄せた。
友情を込めて優しく触れると、そのまま滑るように瞼へ。常に刀真の隣に立っていることに対する憧憬を込めて。
最後には、変わらぬ愛情を込めて、唇へと触れる。
ん、と小さな吐息が月夜の唇の隙間から漏れる。
柔らかな二つの唇は、そのまま暫く触れあっていた。
一方その頃。
買い忘れたものを買い足し、刀真は急ぎ足に公園へと戻っていた。
――あいつらが俺のことを慕ってくれているのは、分かる。いい加減その思いには答えてやりたい。だが……だが、俺は確実にあいつらに溺れる自信がある! それは、よくない。うん……よくない。よくない……よな……
刀真の脳裏に浮かぶのは、パートナーふたりのこと。
いつまでも埒のあかない自問自答をしているうちに、あっという間に公園へ着いてしまう。
今から食事に行くというのに屋台は見ないだろう、と判断し、ひとまず中央のシンボルツリーを目指してみる。
果たしてパートナー達はそこに居た。
けれど、どこか少し様子がおかしい。月夜が玉藻に抱きついているのは、それほど驚くような光景では無いのだが、何というか、雰囲気が。
何とはなしに声を掛けづらくて刀真が躊躇っていると、月夜の方が刀真の姿に気づいた。
なにやら慌てた様子で玉藻から飛び退くように離れ、真っ赤な顔でその後ろに隠れてしまう。
反面、玉藻はすました顔をして、刀真に軽く手を上げて合図をする。
「……?」
「どうした刀真」
しきりに首をかしげている刀真に、玉藻が問いかける。
「お前達、何か……変じゃないか。特に月夜……」
「いや? 別に何も無いよ」
ふふふ、と笑う玉藻に、刀真は鼻白む。
「……まあ、いいや。飯食べに行こう」
何かはぐらかされた様な気がする、と思いながらも、刀真は二人を連れて公園を後にするのだった。
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