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リアクション
杜守 柚(ともり・ゆず)は、友人の高円寺 海(こうえんじ・かい)をクリスマス市に誘っていた。
「はぐれちゃいそうですね……ここ、掴んでいても良いですか?」
辺りは結構な人混み。柚は、はぐれないようにと海の洋服の裾をぎゅっと握っている。
海は少し恥ずかしそうに視線をそらしているけれど、やめろとも言わない。
そのままの格好で、ぐるりと市を回る。
そのうちに少し疲れてきて、二人は暖かい飲み物を買ってベンチに腰を下ろした。寒さもこたえる。
柚の手にはホットカフェオレ。海の手にはロイヤルミルクティー。
湯気の立つカップを両手で抱きかかえるように持ち、ふーふーと冷ましながら並んで啜る。
「私、クリスマス市って初めてなんですっ。海くんは、行ったことありますか?」
「いや、オレも初めてだ。賑やかなもんだな」
楽しそうな柚に対し、海はどこか冷めた素振り。だけれども、今まで文句の一つも言わずに柚に付き合っている。
「じゃあ、折角ですから記念に何か買って行きましょう!」
カップの中のドリンクをすっかり飲み干すと、柚はにっこり笑って立ち上がる。
そうだな、せっかくだし、と海も立ち上がった。
それから、また柚が海の洋服を掴んだ状態で市を見て回る。
今度は明確に、お土産を買うという目標があるからか、先ほどより回るペースもゆっくりだ。
クリスマス用のオブジェやオーナメント、アクセサリーが目に付く。花やお菓子などの残らない物は嫌だ。折角の記念なのだから――と、柚が思っていると。
海がふと足を止めた。
そして、店先に並んだ小さなサンタクロースたちをじっと見つめる。
「なんですか、これ?」
柚も一緒になって覗き込む。
並んでいるのは、昔懐かしいブリキでできた、ゼンマイ仕掛けのサンタクロース。
大中小様々なサイズがあるけれど、どれも赤い服に赤い帽子、白いおひげの典型的サンタクロースの格好だ。
ゼンマイを巻くと、トコトコと歩くようになっているらしい。
やはり男子。ギミックに弱い。
「可愛いですね」
「そうだな……」
海の表情が少し緩む。
柚は、一番小さい人形を二つ手にすると、店主に差し出した。
「あ……オレも金出すぜ」
「いいんです、私からのクリスマスプレゼントですから」
てきぱきと会計を済ませた柚は、二つのサンタ人形のうち一つを海に差し出した。
「それに、お揃いって、憧れてたんです」
柚はそう言って、恥ずかしそうに笑って見せた。
「今日は……ありがとうございました。付き合って貰って。……来年もまた、一緒に来られたら嬉しいです。誘っても、良いですか?」
今なら言えそうな気がして、柚は勇気を振り絞る。
「そうだな……予定がなかったらな」
海は相変わらず、ぶっきらぼうだったけれど。
また来年も絶対、海を誘おう。柚はそう、固く決意するのだった。
■■■
「あああああ……緊張、した……」
シュクレ・コンフィズリー(しゅくれ・こんふぃずりー)は、木の陰で一人震えていた。
シュクレは薔薇学の新入生である。
今日はクリスマスイベントのチラシを見てやってきていた。
慕っている薔薇学の教師、ヴィスタ・ユド・ベルニオス(う゛ぃすた・ゆどべるにおす)が来るかもしれない――そう思って。
ヴィスタがジャム作りに凝っているらしい、と聞いてからというもの、ずっと気になっていたのだ。
シュクレもまたパティシエを目指す身。先生とお近づきになれたら、と、手作りのラズベリージャムも作ってきた。
……結局、最後の最後で声が掛けられず、居合わせた薔薇学の知り合いに渡して貰ったのだけれど。
声を掛けることもできなかったけれど、メッセージを添えたジャムはちゃんと先生の手に届いた。
シュクレは細く、長く息を吐き出すと、ふっと表情を緩めた。
「今度は……ちゃんと、声掛けられるよね」
今度学内で見かけたら、今度こそ自分で声を掛けよう。
そして、ジャムの感想を聞くんだ。
シュクレは一人、密かに誓う。
■■■
「お待たせしました、環菜」
御神楽 陽太(みかぐら・ようた)は、手に焼きたてのドーナッツを手に、ベンチに腰掛けている妻・御神楽 環菜(みかぐら・かんな)の元へ戻ってきた。
抹茶色をしたドーナッツは、油で揚げず型に流して焼いたタイプで甘さもカロリーも控えめ。
クリスマスリースを模してチョコレートでデコレーションされているそれを、よいしょ、と二つに割る。
「半分こしましょう」
ベンチに腰を下ろしながら、割った片方を環菜に差し出す。
環菜はそれを受け取ると、はむ、と口に運んだ。
「クリスマスの賑わいって、何か良いですよね」
陽太もまたドーナツを食みながら、辺りを行き交う人混みや、露店の賑わいをぼんやりと見つめて微笑む。
普段の空京の人混みとは違う、どこかみんな浮かれた様子で、きらきらと輝いている。
「そうね……嫌いじゃないわ」
陽太が眺めている人混みに、環菜もまた目をやってクスクスと笑う。
「そういえば、去年のクリスマスは環菜、入院中でしたよね。今年は二人で、こんな風にデートできて、幸せです」
この一年の思い出を辿るように、陽太はそっと環菜の肩を抱き寄せる。
「去年だって、ほんの数日前まではナラカにいて……環菜が生きて、手の届くところに居てくれただけで、本当に夢のようでしたけど」
「そうだったわね」
陽太の肩に頭を預けながら、環菜もまた去年のクリスマス前後のことに思いを馳せる。
あの頃は、こんな穏やかなひとときが訪れるなんて、思っても居なかった。
思わず口元に、笑みが浮かぶ。
「ずっとそばに居てくれて……ありがとう、陽太」
「こちらこそ、環菜」
二人はお互いの顔を覗き込んで、笑い合う。
それだけで、ふんわりと幸せな気持ちがあふれてくる。
「そうだ、寒くないですか? あの、良かったら、このマフラーを一緒に巻きましょう」
そう言うと陽太は、自分がしていた長いマフラーを一度ほどく。
途端にすうっと冷たい風が首筋を撫でていくけれど、改めて愛する妻と一つのマフラーにくるまると、すぐにまた暖かくなる。
「良いけれど、このままじゃ歩けないわ」
「はは……歩くときは、環菜が使って下さい」
そんなことを言いながら、二人はそのままずっとベンチに腰掛けて、人々の穏やかな営みを眺めていた。
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